温もりの意味

人が人を想う気持ちを込めた作品です

新しい出会い・騒々しい日々

・・・チュンチュン、チュンチュン。

「・・・んっ。」

朝の柔らかな日差しが、部屋の中をカーテン越しに照らす中、小鳥の囀り(さえずり)によって目を覚ます。

「・・・今、何時だろう・・・」

まだ半分以上頭が寝ている状態で、枕元にある目覚ましに手を伸ばす。

「・・・6時半。」

アラームをセットしている時間よりも、1時間早く起きてしまった。

「・・・・・・」

もう少し寝ていよう。

そう思い、掛け布団を頭まで被りなおした。

と、その時、足元から何かがモゾモゾと侵入し、首の辺りで止まった。

???「ニャー。」

「・・・・・・。」

無言で被りなおしたばかりの掛け布団を、ゆっくりと退ける。

アメリカン・ショートヘアーの子猫と、目が合った。

その子猫は、その場でコロンと横になり・・・。

???「ニャー。」

オハヨウと言わんばかりに、もう一度鳴いた。

「・・・おはよう。ネル。」

そう言って俺は、目の前で、こちらを見ながら寝転がっている子猫を

そっと抱き締めた。

この子猫の名前は、「ネル」。

二ヶ月前に俺の祖父ちゃんの知り合いが飼っていた猫が、子供を産んだと祖父ちゃんから聞いて

なら、一匹譲ってもらえないかな?

と、その時の話の流れで冗談で言ってみたところ、数日後なんと本当に譲ってもらえたのだ。

「ちゃんと、面倒みるんだぞ。」と言いながら、祖父ちゃんは子猫の首の後ろを掴みながら、差し出してきた。

俺はといえば、・・・冗談だったんだけど。と思いながらも、両手でしっかりと受け取り、その温かさに驚いた。

小さくて、柔らかくて、少し力の加減を間違えれば壊れて

しまうんじゃないかと思った。

「・・・。」

ゆっくりと慎重に、自分の胸に抱きかかえる。

ネル「・・・・・・ニャー。」

俺のほうに顔を向けながら、小さく鳴いた。

その瞬間、冗談でも軽い気持ちで「譲ってもらえないかな?」などと言った自分を恥じた。

わからないけど何故か、そう思った。

でも、わかる事もある。

この子猫と出会った事で、俺の心の中で温かい小さな種が

芽を出したのだ・・・。

・・・・・・。

「ネルが朝の挨拶をしてくれたんじゃ、起きないとな。今日は大事な日だし。」

俺は上半身を起こし、ぐっと伸びをした。


ベッドから立ち上がり、制服に着替える。

リビングに行くと、母さんが朝食を食べながらテレビを観ていた。

母さん「あら・・・、今日は随分と早起きなんだね?」

俺の顔を見るなり、開口一番そんな事を言ってきた。

「もうちょっと、寝ていようと思ったんだけどね。ネルが挨拶に来てくれた。」

母さん「そう。ネル、寝坊すけさんを起こしてくれて、ありがとね♪」

ネル「ニャ!」

判っているのか判っていないのか、ネルは元気良く鳴いた。

母さんは笑顔で返す。

母さん「2人とも御飯食べるでしょ?用意するね。」

「うん。」

母さんが今、自然と言ったように、ネルは動物として飼っている訳じゃない。

家族として一緒に住んでいるのだ。

この二ヶ月で、いなくてはいけない家族の一員として。

母さん「はい。どうぞ!」

2人の前に、それぞれ皿が置かれる。

俺は手を合わせてから、いただきますと言ってトーストに手を伸ばす前に

テーブルの上に座っているネルに視線を向けた。

一生懸命に俺がやったように、手(前肢)を合わせようとしていた。

「あはは。ネルには無理だよ、ほら___」

俺はネルの手(前肢)を支えてあげて、合わせるようにした。

ネル「ニャー。」

それで満足したのか、御飯を勢い良く食べ始めた。

朝食が済んでからリビングの時計を見ると、7時半。

今日は入学式だから、早めに出ておくか。

そう決めた俺は部屋に鞄を取りに行って、玄関に向かった。

母さん「あれ・・・、もう行くの?まだ遅刻するような時間じゃないよ?」

靴を履こうとしたところで、母さんが不思議そうな顔で聞いてきた。

「・・・・・・。」

母さん「・・・どうしたの?」

どうやら、本当に判らないようだ・・・。

俺は1つ溜め息を吐くと___。

「今日。学校。入学式。」

単語を1つずつ片言のように言った。

それで、ようやく理解したのか。母さんは___。

母さん「・・・あっ!あ~あ~あ~!!」

手をパチンと打ち鳴らして、声を漏らした。

母さん「すっかり忘れてたわ。」

「息子の入学式を忘れるって、どんな親だよ?それに制服も違うし!」

母さん「こんな親!」

悪びれる様子もなく、自分を指差す。

「・・・・・・。」

思わず、深く溜め息を吐く。

母さん「だって仕方ないじゃん。家の中で仕事してるから、ほとんど外にも出ないし。」

「わかってるよ。でもさ、日にちぐらいは覚えておこうよ?」

母さん「気が向いたらね。」

「っっったく。」

もう、なにも言う気がしなくなってきた。

母さんはイラストレーターの仕事をしていて、普段は、あまり表に出ない。

・・・って言うか出ようとしない。

本人曰く、「疲れるから」だそうだ。

けどまぁ、ちゃんと家事自体はやってるし良いかとも思う。

その分、俺が買い物に行かなきゃいけない訳だけど・・・。
まぁ、そこんところも別に良いかってそう思う。

頑張って俺を育ててくれたんだから。

「じゃあ、もう行くよ。入学式に遅れるのは嫌だからね。」

母さん「行ってらっしゃい。知らない人には、ついて行っちゃ駄目だからね?」

「・・・・・・あのさ、いくつだと思ってるの。」

母さん「ん~?3っちゅじゃありまちぇんでちたっけ~?」

ニヤニヤと、からかう気が満々の笑みで言ってきた。

・・・・・・相手にすると長くなるから、ほっとこう。

うん。

「じゃあ、行ってきます。今日は買ってくる物は、ないんだよね?」

母さん「ないよ!3日後までは大丈夫!」

「了解。」

靴を履いて立ち上がったところで、ネルが玄関にやってきた。

俺はネルを抱き上げて、鼻と鼻をくっ付けた。

「行ってきます。ネル良い子にしてるんだぞ?」

ネル「ニャー!」

二人が見送ってくれる中、俺は手を振って家を出た。

さてと、学校までどのくらい掛かるか、時間を確認しながら歩かないとな。

(今日から高校生か・・・)

少し緊張しながらも、俺は歩き出した。

けれど楽しみのほうが大きかった。

今日という日を境に、日常がどんな風に変化するのか・・・。

日常がどんな風に始まるのか・・・。

ドキドキしながら、考えながら学校へ向かう。

これから俺が過ごす・・・。

新しい日々へと・・・・・・。

・・・ガヤガヤ___。

入学式の後、やはりと言うか何と言うか・・・。

教室の中は、ちょっとした賑わいをみせていた。

担任や生徒の自己紹介が終わり、簡単な連絡が済むと

後は初日は何もないので、それぞれが早くもグループを作って

談笑していた。

(・・・みんな凄いな。)

正直、心からそう思った。

初めて顔を合わせ、知り合ったばかりだというのに

まるで以前から知り合いですと言わんばかりに、笑顔で会話をしている。

(まぁ、楽しいほうが良いに決まってるし。そんなに警戒心を持っても仕方ないしな。)

周りを見ながら、そんな事を思う。

そして、ふと気になって、窓際の一番前の席に座ってる女の子に

視線を向ける。

自己紹介の時に、一言も喋らず

黒板に名前を書き、おじぎをしてから名前を消して、席に戻った女の子・・・。

人嫌いなのだろうか?なんなのだろうか?

それを見て担任の教師は、少し引きつった苦笑をしていたけれど特に何も言わなかった。

初日から険悪な雰囲気にしたくなかったのだろう。

他の生徒も何人かは、唖然としていた。同時に、第一印象がそんな感じだったからだろうか・・・近付き難いという先入観が、皆の中に植え付けられたようだった。

(・・・警戒心、か。)

周りの皆は、誰も、その子の所にだけは近付かなかった。

(話しをしてみなければ、判らないだろうに・・・。)

そう考えた俺は、勢い良く立ち上がり数歩、足を進めた。

俺自身も特には誰とも話しをしていなかったので、声を掛けてみようと思った。

そして、その子の所まで後少しという所で___。

???「・・・おい。」

肩をポンポンっと軽く叩かれて、後ろを振り向く。

そこには、一人の男子生徒が笑顔で立っていた。

???「何やってるんだよ?せっかくの高校生活初日だってのに、誰とも話さないで?」

「あ~・・・、ちょっとな。」

今、俺に話し掛けてきたやつは幼馴染みで、名前は『中沢(なかざわ) 貴幸(たかゆき)』。

どういう訳か、幼稚園、小学校、中学校と全てにおいて一緒のクラスだった。

同じ高校に通う事は知っていたが、ここでまで同じ事が続くと、つくづく腐れ縁と言う言葉が、身に染みて判った。

今はコイツに構うべきではないと判断した俺は、視線を元に戻した。

けれど、その先に声を掛けようとした子は居ない。

・・・・・・。

教室の入り口を見ると、鞄を持って出て行く所だった。

「あっ・・・。」

今すぐ行けば、追いつく事が出来る!でも・・・。

貴幸「ん?どうした?」

「・・・いや、なんでもない。」

どうせ3年間は、この高校に通うんだ。1年間は確実に同じクラスなんだから、焦る必要はないか。

貴幸「それよりも、周り見てみろよ!さっきも違う奴と話してたんだけどさ、このクラス可愛い子が多いと思わないか?」

何故か興奮気味になっている奴が1名・・・。

言われて周りを見てみる。

「・・・・・・そうか?」

貴幸「何を言ってやがる!お前の目は節穴ですか?ちゃんと見てますか?何でドキドキしないんですか?」

鼻息荒く、コブシを強く握り締めながら訴えてくる。

「・・・・・・。」

正直アツ苦しいが、コイツは幼い頃からこんな性格だ。

女の子を見れば、すぐに暴走する・・・。

今では流石にやらないが、幼稚園の時なんかはスカート捲りをしょっちゅうやっていた変態さんだ。

その頃の貴幸が良く言っていた言葉が『父ちゃんから教えて貰ったんだ。女の子のパンツは、男のロマンだって!』・・・だそうだ。

貴幸はどうでもいいんだが、いつも捲られて泣いている子を慰めなきゃいけない立場としては、少し複雑だった。

「だって、そこまで騒ぐ程の事じゃないだろ?」

貴幸「・・・お前ってさぁ~、顔は良いんだから自分から積極的に話し掛ければ

絶対に、すぐに彼女出来ると思うんだけどなぁ~。」

「どうだっていいよ。それに、恋人は作ろうとするもんじゃないと思うし。」

貴幸「真面目すぎるぞ!!!」

「・・・・・・お前は、不真面目すぎるぞ?」

頭が痛くなってきた・・・。

コイツはコイツで、モテると思うんだけどな。

黙ってれば・・・。

いかにもスポーツタイプって感じで、背は高いし、髪は短めで顔は悪くないし。

性格だって、割とサッパリしていて話しやすい。

ある一点を除いては、誰から見ても合格なのに・・・。

貴幸「あのさ・・・なんでそんな、可哀相なものを見るような眼差しで見詰めてくるんだ・・・?」

「んっ?自分が可哀相な人だって自覚なかったのか?」

貴幸「ある訳ねぇだろ!!!」

???「なんか、二人とも楽しそうだね♪」

ふいに横から声を掛けられた。

・・・・・・・・・。

俺と貴幸は揃って振り向く。

そこには、小柄な女の子がニコニコと笑顔で立っていた。

「・・・えっと、君は確か___」

言いかけて、『ガバッ』と貴幸が頭を抱え込んできた。

貴幸「おい!この子だよ!!さっき俺が他の奴と話してた可愛い子の1人は!!!」

「そうなのか?」

何故か小声で言ってくるので、俺も小声で返す。

貴幸「あぁ・・・。」

???「・・・あのぅ、もしかして、お邪魔だったかな?」

申し訳なさそうな感じで聞いてくるので、ちゃんと目を見て話そうと

向き直った。

「いや、そんなこと___」

貴幸「そんな事ないよ!」

俺の顔を押し退けて、勢い良く前へ踏み込んだ。

「・・・・・・・・・。」

???「・・・・・・・・・。」

貴幸「君みたいな可愛い子から話し掛けられて邪魔だなんて思う野郎が居る筈がない!いや、もし居たとしたなら、俺が全力でぶっ飛ばす!!!」

???「・・・あ、あははは・・・・・・。」

女の子は、渇いた笑い声を漏らしながら困惑しているようだ。

当たり前だよな。

仮に立場が逆で、俺が何気なく声を掛けて、ここまで食いつかれたら絶対に戸惑うもんな。

仕方ない・・・止めるか。

貴幸「あっ、ちなみに俺の名前は中沢 貴幸っての!よろし___グッ!?」

後ろからチョークスリーパーを決めて、声を出せない程度に絞める。

昔から色々と試してきたが、暴走モード突入寸前のコイツを止めるには、コレが一番手っ取り早かった。

「・・・ごめんね。驚かせちゃって。コイツ幼い頃からこうで。」

???「・・・・・・ううん。それは、いいんだけど・・・大丈夫なの?」

俺達のやり取りに唖然としながら、貴幸の首を指差す。

「大丈夫、大丈夫!このぐらいやらないと、躾にならないから。」

と、首を絞め付けている腕に向けて、手のひらでタップされる。

貴幸「・・・・・・・・・~っ。」

そろそろ限界のようだ。

仕方なしに腕を解くと、ゼェゼェと息が聞こえる。

貴幸「ごらぁ~!毎度毎度、お前は俺を殺す気か!?」

顔を真っ赤にして抗議の声をあげている。

貴幸「しかも躾ってなんだ?俺は、お前のペットになった覚えはないぞ!?」

「ペットだろ!毎年、一年中、季節や時期を問わず、発情した犬みたいに暴走するんだから。飼い主の俺が止めないと。」

貴幸「いつ、お前が飼い主になった?それと、俺は発情してる訳じゃねぇ!

可愛い子が目の前に居たら話しをする。仲良くなって、お付き合いをする!

そしてあわよくば・・・あわよく・・・ば・・・・・・」

貴幸の言葉が尻すぼみになって止まる。

俺の異変に気が付いたのだろう。

「んっ?あわよくば・・・どうした?」

ニッコリと笑顔で、貴幸の次の言葉を待つ。

ただし、目だけは意識して怒り満載で!

貴幸「・・・・・・・・・。」

「♪♪♪!」

貴幸「・・・・・・・・・ごめんなさい。」

しょんぼりしながら、謝ってくる。

どうやら反省したようだ。・・・少なくとも今だけは。

???「・・・くっ、・・・はは、あははははは♪」

女の子が笑いだした。先ほどの渇いた笑いではなく、今度は心底楽しそうな笑い声を上げながら。

???「あははは♪・・・ごっ、ごめんね!なんだか、君達のやりとりが面白すぎて!あははは♪」

どうやら、ツボにはまったようだ。

まぁ、気を悪くされるよりも笑ってくれたほうが、こちらとしても安心する。

その子は、ひとしきり笑った後___。

???「では、改めまして。さっきも、皆の前で自己紹介したけど。私は咲実だよ♪『秋葉(あきば) 咲実(さくみ)』。宜しくね♪」

そう言って右手を差し出して来た。

俺もそれに応えて、右手を差し出し握手をする。

「宜しく!」

貴幸「俺も俺も!俺も握手!」

咲実「はいはい♪宜しくね、中沢君!」

クスクスと笑いながら、秋葉は貴幸とも握手を交わす。

どうやら、この短時間で貴幸の性格を大体は把握したようだ。

「じゃあ俺は特にする事もないし、先に帰るわ!」

実際は貴幸と話しをしていると、普段の3倍は疲れてしまうので、早く帰ろうと思っただけだった。

本人が目の前に居るので、あえて口には出さないが。

咲実「えっ?も・・・・・・、・・・うん、わかった!気を付けてね?」

何か言いかけたようだが、途中で止まった。

代わりに、笑顔で小さく手を振ってくる。

貴幸「気を付けて帰れよぉ~!」

「おぅ。」

自分の席に向かい、鞄を掴む。

そして教室の入り口へ向かおうとしたところで___。

咲実「あっ!そうだ、待って待って!?」

何かを思い出したのか、呼び止められたので振り返る。

「どうした?」

咲実「名前、名前!自己紹介の時だけじゃ、覚えられなかったから。」

言われて納得した。

確かにあれだけじゃ、名前覚えられないもんな。

「じゃあ、俺からも改めて。夜明。『春日(かすが) 夜明(よあき)』って言うんだ。珍しい名前だって良く言われる。」

咲実「へぇ~・・・確かに珍しいかも!」

「だろ?」

他の人からすれば、聞き慣れない名前かも知れない。

だけど、俺は自分の名前が好きだった。

大切な家族が付けてくれた、大切な名前だから。

「それじゃ、またな。」

咲実「うん!またね♪」

そして俺は教室を後にした。


「ただいまぁ~。」

家に着いてリビングへ行く。

と、・・・・・・目の前に不思議な光景が待っていた。

「・・・・・・何してるの?」

母さん「・・・ん~?あっ、おかえりぃ~。」

何故かリビングの床で横になっている母さん。

それだけならば、まだしっかりと現実として受け止めよう。

しかし___。

・・・・・・何故にネコポーズ?

その隣では、ネルが全く見向きもせずに、床に這いつくばって寝ている。

母さん「ネルが全然構ってくれないのよぉ~。」

そう言いながら、ネコポーズ?にした手を『シャっシャっ』と動かしながら

悔しそうに顔を歪める。

事情は判った。判ったんだけど、もう一度聞いてみよう・・・うん。

「・・・・・・何してるの?」

再度、同じように聞く。

母さん「あぁ~・・・。もう、ダメかぁ~。諦めよう。」

残念そうに呟きながら体を起こす。

まるで子供がふてくされた様な、そんな感じだ。

ネルはネルで、意に介した様子もなく寝ている。

「いつから、やってるの?」

母さん「ん~?30分ぐらい前かな?」

・・・・・・よくもまぁ、そんなに粘れるもんだな。

流石に頭を抱えて、溜め息を吐く。

母さん「そんな事よりも、早かったじゃない。せっかくの入学式だったんだから、沢山友達作ってくれば良かったのに。」

「1人とは仲良くなれたよ。女の子だけどね。あと、貴幸とは毎度の事ながら、また同じクラスになっちゃったし。」

母さん「アンタ達って、本当に腐れ縁ねぇ~。・・・それで?その女の子はどんな感じだったの?可愛い子?」

興味があるのかないのか、判らない口調で聞いてくる。

「可愛いかどうかで言えば、可愛かったかな。背は小さくて小顔だったし、髪は短くて活発的な印象の子だった。」

母さん「・・・・・・それだけ?」

「?・・・それだけって?」

今度は母さんが溜め息を吐く。

母さん「・・・はぁ~。あんた、仮にも思春期の男の子でしょうが。自分の好みの女の子を見付けてくるとか、そういうのしないの?」

「俺は貴幸とは違うの!見付けるとか、作るとか、そういうもんじゃないと思うしね。」

母さん「全く、誰に似たんだかね!」

呆れた口調でそう言いながらも、表情は微笑んでいた。

何かを、懐かしむ様に。

「・・・・・・あっ。」

母さん「んっ?どうしたの?」

ふと漏らした声に、母さんが目を丸くして反応する。

「あぁ、いや、そういえば気になる子は居たかなって!」

視線を逸らさず無言で頷き、続きを促してくる。

「なんかさ、一言も喋らない子が居たんだ。皆での自己紹介の時も、何も喋らずに黒板に名前を書いて、一礼してから、そのまま自分の席に戻った女の子が。」

母さん「あんたって、昔からそういう子ばっか気にするよね。泣いてたり、寂しがってたり、ちょっとでも違う子がいたら家に連れてきて、一生懸命遊んであげてたりしたもんね。」

・・・。

そうなんだよな。

母さんが言うように、普通に過ごしている子は特には気にならない。

だけど俺なりの感覚で、少しでも『なんか違うな』と思ったら、ずっと気になってしまう。

けれど、忘れちゃう時もあるんだよな。

・・・・・・貴幸と話した後は特に。

現に、つい今しがたまで忘れてたし。

でも、それでも・・・。

母さん「・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

母さん「・・・・・・。」

「・・・・・・・・・!!!うわっ!?」

ソファーに座り、数秒ボーっとしていた所へ、母さんがニヤニヤ顔で頬に手をつきながら俺の顔を覗き込んでいた。

「お、お、驚かせないでよ!」

本当にビックリした!

マジで心臓に悪い!!!

母さん「そこまでボーっとしてる、あんたが悪い。」

表情を元に戻さず、自分は悪くないとばかりに言ってくる。

母さん「まっどうせ放っとけないとか、そんな事考えてたんでしょ?その気になる子の事!」

流石と言うか、なんと言うか。

まぁ・・・。

「うん。」

素直に頷く。

母さん「じゃあ私はそろそろ休憩終わりにして仕事に戻るわ。今回の結構大変なんだよね。」

「そんな大変な中、せっかくの休憩であんな事してたんだ・・・?」

母さん「そっ!」

短く返事をすると、そのまま仕事部屋へと行った。

俺も部屋に戻るか。

リビングを出て階段を上がり、自室へ入る。

鞄を机の脇に置き、制服を脱いで私服へと着替えた。

___ピンポ~ン。

ベッドに腰を降ろそうと思った所へ、チャイムが鳴る。

???「兄ちゃ~ん!!!」

「おっ!来たのか。」

俺は玄関へと向かい、ドアを開ける。

そこには、2人の子供が居た。

近所に住む男の子と女の子。この2人は兄妹だ。

二年前に、ある事情があって面倒を見て以来、すっかり懐かれてしまった。

まぁ、俺は一人っ子だから、実の兄の様に慕ってくれる事を素直に嬉しく思っている。

「拓也、美咲、今日はどうした?」

拓也「兄ちゃん兄ちゃん。今日、高校の入学式だったんでしょ?」

「あぁ、そうだよ。」

美咲「んとね、小学校とはどんな風に違うのかな?って気になって、お兄さんに聞きに来たの♪」

「そういう事か。じゃあ上がっていきな。立ったままじゃ疲れるだろ?」

拓也・美咲「うん♪」

2人は元気いっぱいに、同時に頷いた。

そのままリビングへと招き入れる。

「はいよ!」

ソファーに座った2人の目の前のテーブルに、コップに注いだオレンジジュースを差し出す。

拓也「ありがと!兄ちゃん!」

美咲「ありがとう♪お兄さん!」

ジュースを口にするのを待ってから、俺は話し始めた。

・・・とは言っても、今日は終わってから特にする事もなく、すぐに帰って来てしまったので、俺も良くは観察してなかった。

なので、学校の外観や内装、どれだけ広かった等を簡単に説明した。

2人はそれだけでも満足しているのか、笑顔を絶やさずに聞いていた。

拓也「へぇ~、それでそれで!どんな人達と同じクラスになったの?」

「お前達も良く知ってる、あの貴幸と同じクラスだ。」

美咲「そ、そうなんだ・・・?」

美咲が若干、苦笑気味に言った。

何故こういう反応をしてるかと言うと・・・・・・俺と知り合ってから、拓也と美咲も貴幸とは知り合いになったのだが・・・。

あのバカはどういうつもりか、年齢を気にせず子供から大人まで口説きまくるのだ。

会うたびにそういった事をされるので、美咲は少し貴幸に対して引いているようだ。

まぁ毎回、兄貴である拓也が妹を守ろうと、貴幸のケツに思いっきり蹴りをお見舞いしては口喧嘩になっている。

なんて言うか、『ボケ役と、ツッコミ役』だ。

拓也「あっ、にっ、兄ちゃんと仲良くなった人は居るの?」

横目で美咲を確認しながら聞いてくる。

どうやら話題を逸らそうとしているようだ。

「(ちゃんと、お兄ちゃんしてるんだな)」

そんな2人を見てると、思わず頬が緩んでくる。

「仲良くなったかどうかは判らないけど、話しをした人は1人いるよ。」

拓也「男の人?女の人?」

「女の人!でも、お互いの名前を教えあって、それだけで俺が先に帰って来ちゃったっていうような感じだけどな。」

本当は貴幸も絡んでるのだが、省く事にした。

美咲「じゃあ、まだお友達が出来た訳じゃないんだ?」

「それは多分、これからかな!」

美咲「じゃあ・・・じゃあさ・・・・・・。」

なんだか恥ずかしそうに、モジモジしている。

美咲「・・・お友達、沢山出来ても出来なくても、またこうして、私達とお話ししたり遊んだりしてくれる・・・?」

少し遠慮がちに聞いてきた。

・・・・・・・・・。

「(そういう事か・・・。)」

この2人も今日からは、新学期だ。それも、学年が上がっての。

大抵なら、久し振りに会った仲の良い友達と学校で楽しく話しをしている時間帯だろう。

だけど、今ここに来ているのは、きっと俺が今日から高校生だから。

新しく通う学校、新しく出会う人達、そんな新しい生活の中、俺が自然と離れていくんじゃないかと心配して・・・。

俺は美咲の頭の上に、左手を乗せた。

そっと撫でる。

「当然だ!お前らが嫌だって言っても、一緒に遊ぶぞ!」

笑いながら言った。

それで安心したのか、満開の笑顔で本当に嬉しそうに、腹の部分に抱き付いてきた。

美咲「ありがとう♪お兄さん♪」

そう言うと、子猫のように頬を摺り寄せてきた。

そんな美咲の頭を、俺は撫で続ける。

拓也は傍で妹を優しい眼差しで見守っていた。

「(・・・ったく。)」

俺はおもむろに、拓也の頭を空いてるほうの右手でワシャワシャと撫でる。

『お前だって、甘えて良いんだぞ?』と、言葉に出さない代わりに、気持ちを込めて。

俺の意図を理解したのか。

拓也はニカッと、笑顔を浮かべた。

そして俺はワザと大きな声で___。

「さてと、話しはお終い。次は思いっきり遊ぶぞ!」

拓也「じゃあ、何して遊ぶ?」

美咲「わ~い♪」

時計を見れば、まだ2時過ぎ。

それから俺達は、色んな事をして遊んだ。

オセロ、トランプ、テレビゲーム、それに飽きたら目を覚ましたネルを拓也がからかったり、美咲がそれを見て拓也を叱ったり。

とにかく暗くなるまで、俺達は遊んでいた___。

拓也と一緒に6時から始まるアニメを観ていたら、CMに入った所で近くから寝息が聞こえてきた。

振り向くと美咲とネルが寝ていた。

ネルは美咲の腕を枕に。

美咲はそんなネルを優しく抱くように。

「・・・拓也!」

声を極力抑えて、拓也に教える。

拓也「あぁ・・・、寝ちゃったんだ?」

俺と同じ様に、声を抑えて呟く。

「送ってくよ。このままじゃ帰れないだろ!」

拓也「うん。ありがとう!」

ネルを引き離し、起こさないように美咲を抱き上げる。

ここから2人の家までは10分と掛からないので、そう遠くない。

靴を履いて、玄関を出た所で___。

拓也「・・・今日は、ありがとね。」

卓也は、そう言った。

拓也「美咲のやつ、ずっと気にしててさ。離れていっちゃうんじゃないかって。」

・・・・・・。

「・・・そんな事ある訳ないだろ。この先いつだって遊びに来い。遠慮なくな!」

あえて、そっけなく言う。

気にしなくても良いように。

子供だから気遣いは出来ないとか、一般的にはそういった偏見を持つ人は多いけど・・・そんな事はない。

子供は子供なりに敏感なのだ。

どうしたらいいか判らない為に、気遣いが出来ないように見えてしまう。

「今度遊ぶ時は、高校で出来た友達を呼んでおくから。皆で騒ごうぜ!」

拓也「うん♪」

後は何も言わずに、2人を家まで送り届けた。

それからは、母さんは本当に忙しそうだったので、俺が御飯の用意をした。

ネルと2人で御飯を食べてから、おにぎりを握ってラッピングをし、テーブルの上に置く。

風呂に入って自分の部屋に戻る頃には、9時を回っていた。

「・・・・・・・・・。」

何もする事がない訳じゃないけれど、今はベッドに横になって天井を眺めている。

ぼ~っとしているにも関わらず、頭に浮かぶのは学校での事。

・・・自己紹介の時に、一言も喋らなかった女の子。

その事だけが印象的で、黒板に書かれた名前は見る暇もなく消されてしまった。

その後も誰とも話さず・・・と言うより、誰も近付こうとはしなかった。

まるで、あの子の周囲だけ、目には見えない空間で囲まれているように。

それと、もう1人。

俺と貴幸に話し掛けてきた女の子。

俺が最初に帰ろうとした時、何かを言いかけて止めていた。

「(・・・何を言おうとしていたんだろ。)」

しばらく考えてみるが、結局は判らない。

そのうち眠気に誘われ、俺は寝る事にした___。


「・・・・・・んっ。」

カーテン越しの朝の日差しで、目が覚めた。

まだ半分以上眠気が残っているものの、体を起こす。

しばしボーっとしてから、時間を確認した。

7時・・・。

寝直したら、遅刻する時間まで寝てしまうのが目に見えていたので、さっさと制服に着替えて、リビングに下りる。

母さん「おはよう。」

コーヒーを飲んでいる母さん。

ネルは窓際で日向ぼっこをしている。

「朝食は食べたの?」

母さん「食べたよ。昨日、夜明が作ってくれた、おにぎりね。」

「って事は、徹夜?」

母さん「そっ!」

「・・・倒れるような無理だけは、しないでよね!」

母さん「・・・・・・・・・。」

無言で見詰めてくる母さん・・・。

「(・・・やぶ蛇だったかも。)」

そう思った時には既に遅く・・・母さんは、もの凄い勢いで抱き付いてきた。

俺の頭をワシャワシャと、掻き回してくる。

母さん「夜明ぃぃぃ~♪なになに?そんなに母さんが心配になった?心配になっちゃった?♪♪♪」

俺はそのまま、されるがままに大人しくしていた。

徹夜明けの母さんは、いつもこんな感じなのだ。疲れでテンションが上がっていると言うか・・・俺の言葉で一気に爆発すると言うか・・・。

まぁ、実際はこうされるのが嫌じゃない。

母さんにだって発散する機会があったって良いっていうか、誰かに甘える事で、少しでも安らげるなら、俺は甘んじて受け入れようと思う。

大切な母親だからこそ・・・。

ただ・・・・・・・・・。

「っっっっ!かっ・・・母さん!ギブッ、ギブッ!!!」

床をバンバンと叩いて限界を訴える。

俺が今なにをされているかと言うと・・・。

母さん「なになに?もう限界?限界?♪♪♪」

メチャクチャ嬉しそうにしながら、母さんは俺に【さそり固め】を極めてきてるのだ。

「限界限界限界ぃぃぃぃぃ~!!!」

何故こうなっているのか・・・。もしくは何故こうなるのか・・・。

それは俺が声を大にして聞きたい!!!

何回かに1回はこうなってしまうのだ。

普通に甘えてくる事のほうが多いので、ついつい油断してしまう。

母さん「じゃあね♪じゃあね♪次はぁ~___。」

「もう、止めてぇぇぇ~!!!」

朝っぱらから俺の叫び声が、家の中に響き渡った・・・。

学校に着いてからは、教室に入るなり、俺は自分の席に突っ伏した。

家での出来事で、まるで1日中肉体労働をしていたみたいに疲れている。


貴幸「どうした?なんか元気ないみたいだけど。」

「・・・・・・そうか。」

今相手をすると更に疲れる奴に絡まれてしまった。

仕方なく顔を上げると___。

「・・・・・・?」

咲実「どうしたの?」

首を傾げながら聞いてくる秋葉。

うん。貴幸と秋葉が声を掛けてくるのは判る。判るんだけど・・・。

「なんか増えてないか・・・?」

このままでいてもどうしようもないので、素直に聞く事にする。

昨日は、俺の周りには2人しか居なかったのに今は5人。

確実に3人増えている。

男が1人!女が2人!

貴幸「あぁ、そういう事か!」

それで納得したのか、貴幸は説明しだした。

貴幸「昨日お前が帰ってから、秋葉と一緒に他の奴らにも声を掛けてたんだ。んで、その中で特に仲良くなったのがコイツらって訳。」

俺は知らない3人に視線を向ける。

「(とにかく、自己紹介しておかなきゃな)」

そう思ったのだが、男のほうが先に手を差し出してくる。

???「僕の名前は、『日向(ひゅうが) 冬真(とうま)』。冬真で良いよ。宜しくね!」

この上なく爽やかな笑顔で挨拶をしてくれたので、俺も同じく手を差し出す。

「俺は春日 夜明。宜しくな!冬真!」

そして握手をした。

冬真「うん。」

貴幸と違って落ち着いていて、どことなく安心出来るタイプだ。

髪型は長くもなく短くもなく、どこか中性的な顔立ちで好青年って感じだ。

???「あっ・・・あのぅ・・・。」

今度は、2人の女の子の内の1人が歩み出て来た。

長い髪を両脇でツインテールにした女の子。

???「わ、私、『室生(むろう) 向日葵(ひまわり)』。えっと・・・あの・・・春日君、宜しくね?」

なんだか、怯えた子猫の様な印象のする子だった。

見るからに内気で、懸命に話そうとしているのが判る。

こうしている今も、スカートの裾を強く握り締めているから・・・。

「・・・・・・・・・。」

向日葵「あっ!・・・。」

俺は思わず立ち上がって室生の頭をそっと撫でていた。

大丈夫だよと、安心させるように。

俺のその手をしばらく眺めた後___。

向日葵「・・・・・・えへっ♪」

小さく微笑んで俺の手の上に、自分の手を重ねてきた。

???「へぇ~、向日葵がこんな風に簡単に懐くなんて・・・珍しいね!」

室生の姿を見ながら声を上げる最後の1人。

「そうなの?」

俺の返事にこちらを向く。

???「うん。他の男子と話しても、昨日はこんな風にならなかったのに!それに今までだって___。あっ!私は『霧祁(きりき) 琴音(ことね)』。琴音で良いよ!この子が、こんなに安心してるみたいだしね・・・。」

そう言って慈しむように室生を見る琴音。

室生は掴んだ俺の手を、自分の頬に擦り付けていた。

琴音「それとさ、この子の事も、向日葵って呼び捨てにしてあげてよ?そしたら・・・喜ぶからさ!」

琴音はニッと、白い歯を見せて笑った。向日葵の頭に手を置きながら。

身長が少し高めで、長い髪をそのまま下ろしているため凛々しく見える。

そうした2人を見ていると、まるで姉妹のようだ。

「判った!宜しくな琴音。それと、向日葵!」

向日葵「っっっ♪」

ポスン!

言われた通り、俺が呼び捨てにすると、嬉々として腕に抱き付いてきた。

琴音「あはは♪本当に気に入られたみたいだね!そうだ。夜明って呼ばせてもらうけど、いい?」

「あぁ。そっちのほうが、俺も楽かな!」

琴音「向日葵も、夜明って呼ばせて貰ったら?」

向日葵「っっっ!?」

プルプルと首を横に振る。

琴音「・・・?名字のほうが良い?」

もう一度首を横に振る。

向日葵「・・・・・・よっ・・・。」

琴音「よ?」

向日葵「・・・よっ・・・夜、明・・・さん・・・。」

頬を赤く染め、恥ずかしそうに上目遣いで言われた・・・。

「・・・・・・・・・琴音?」

俺は手招きで琴音を呼び、耳元で小さな声で囁く。

「・・・なんか、守ってやりたくなるな!」

琴音「・・・・・・でしょ♪」

向日葵はコソコソ話す俺達を、小さく首を傾げながら不思議そうに見ていた。

キーン、コーン、カーン、コーン・・・。

「おっ、そろそろホームルームだな。」

貴幸「じゃあ、また後でな。」

咲実「後でね。」

冬真「じゃ。」

向日葵「・・・また。」

琴音「また、話してやってね。」

それぞれそう言って、自分の席に戻っていった。

それから担任が入ってきて、ホームルームが始まった。

___。

4時限目の授業が終わり、昼休み。

視線は、ある人物のほうを向いていた。

昨日俺が声を掛けようとした女の子。

「(・・・昼飯食わないのかな?)」

一向に動こうとしないのを見て、そう思った。

他の皆は、弁当箱を持ってグループを作ったり、購買に急いだり、学食に行ったりしている。

俺は席を立って近付いた。

「・・・ねぇ、昼飯食わないの?」

???「・・・・・・。」

女の子は無反応。

「ちゃんと食わないと体壊すよ?それとも、弁当忘れた?」

???「・・・・・・。」

ガタンッ___。

いきなり席を立ち上がると、ツカツカと教室から早歩きで出て行った。

「・・・・・・。」

引き止める事も出来ず、俺は呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。

なんだか・・・他人との関わりを拒否している様な感じがしたから。

仕方ないと考えながら、自分の席に戻る。

貴幸「よっ、お待たせ。さっさと学食行こうぜ?」

トイレから戻ってきた貴幸が、大声を張り上げながら言う。

「・・・そうだな。」

貴幸「んっ?どうした?辛気臭い顔して!」

「んな顔してねぇよ!」

貴幸「そうか?まぁ、どっちでもいいや。早く行こうぜ!」

気分が乗らないような気もしたが、俺は貴幸と共に学食へと向かった。

琴音「おっ!やっと来たな。こっちだ、こっち!」

琴音が手を振り、場所を教えてくれる。

朝に挨拶を交わした他の面子も集まっていた。

貴幸がトイレが我慢出来ないと言い出したので、仕方なく教室で待っている間に、皆には先に向かって貰ったのだ。

冬真「結構遅かったんだね。」

「実は、貴幸の花摘みが長くてな!」

貴幸「俺は乙女か!!!」

咲実「あはは・・・。」

・・・・・・ジーーーーッ!

料理を載せたトレイを持ったまま立っていると、視線を感じた。

見てみると、そこには向日葵が居る。

・・・・・・ジーーーーッ!

「・・・ど、どうした?」

真剣な眼差しに思わずどもってしまった。

咲実「・・・っぷ。」

冬真「・・・っく。」

琴音「・・・っはは。」

腹を抱えて笑い出す3人・・・。

琴音「あははは♪・・・いや、向日葵の隣が空いてるだろ?」

「う、うん。」

琴音「どうしても隣に座るのは、夜明じゃなきゃ嫌だってきかなかったんだよ。」

正直意外だった。そんなに頑固そうには見えないのに。

「じゃあ、せっかくだから座らせて貰わないとな。」

俺は向日葵の隣に腰を降ろした。

一転して、向日葵の表情が綻ぶ。

そのまま俺に体重を預けるように寄り掛かり、食事を始めた。

冬真「なぁ、夜明ってなんでそんなに好かれやすいの?」

「・・・?どうした急に?」

冬真「だってさ、普通、今日の朝に話し始めたばかりの人に、そこまで気を許せないだろ?」

向日葵を見ながら言う。

冬真「だから不思議って言うか・・・なんか凄いなって!」

咲実「私もそう思う。普通は、それなりの時間を掛けて、知っていく上で気を許せるか判断するよね!」

そんな事を言われても、俺自身は特に何かした訳じゃないので、返答に困るんだが・・・。

琴音「別に、おかしな事なんてないんじゃない!人が人を好きになるのに、理由なんて必要ないと思うな。気を許せるかどうかも、また然り。直感でもなんでも良いと思う。自分が安らげると思うなら・・・なおさらさ・・・。」

琴音の言葉には、なにか含みがあるように聞こえた・・・。

それは、簡単には聞いてはいけない事のようにも。

だから俺は話題を変える事にした。

「それよりさ?」

咲実「どうしたの?」

「・・・・・・。誰か俺の正面から静かに殺気を放ってる奴を、どうにか出来ないかな?」

正面・・・そこには貴幸が座っていた。

うどんを箸で掴み、口に運ぼうとした所で動きが止まっている。

琴音「あっ!」

冬真「んっ?」

琴音「あぁ、いや、今チアリーダーの格好をしたもの凄く可愛い女の子が、学食の出入り口から出て行ったんだ。」

ガタンッ!ダダダダダダ___。

もはや神速の如く勢いで、貴幸は走り去っていった。

食べかけのうどんをそのままに。

「・・・・・・・・・。」

咲実「・・・・・・・・・。」

冬真「・・・・・・・・・。」

俺達は何も言えず、ただ呆然としていた。ただ1人を除いて。

琴音「これで良いか?」

何事もなかったかのように聞いてくる。

「・・・あ、ありがとう。」

それしか言えなかった。

そんな中、向日葵は向日葵で、幸せそうにサンドイッチを頬張っていたのだった。


夜に1人、部屋の中で電気も点けずに、窓から外を眺めていた。

どうしてだろうと、そんな事を考えながら。

昼休みに声を掛けてはみたが、見向きもされず、どこかへ行ってしまった。

誰に対しても、あぁなんだろうか・・・。それとも俺だから・・・。

いや・・・多分、誰に対してもだろうな。

でなければ、あんな見るからに孤立した感じにはならない。

なら・・・何故あんな風に人を拒絶するんだろう。

まるで、誰にも自分に踏み込ませないように。

・・・・・・・・・。

『「私もそう思う。普通は、それなりの時間を掛けて、知っていく上で気を許せるか判断するよね!」』・・・。

ふと、咲実が昼休みに言った言葉が、脳裏を過ぎる。

・・・そうだよな。実際、いきなり仲良くなってくれるなんて、人によっては無理な話しだよな。

そんな当たり前の事を今更のように考え直すと俺は___。

「(よし。明日から、コツコツといくか!)」

そう自分に言い聞かせた。


翌日。

俺は早めに学校へ行き、その子が登校するのを待った。

席に座ってから10分ぐらいで、教室の入り口から入ってくる。

時計を確認したら【7時43分】。

昨日もこの時間帯なんだろうか?

そんな事よりも、今はやるべき事がある。

俺は椅子から立ち上がると、その子の席に向かった。

「おはよう。」

なるべく明るく挨拶をした。

???「・・・・・・・・・。」

やはりと言うか、無反応だった。

俺は少し残念に思いながらも、自分の席に戻る。

それから、ちょっと時間を置いて昨日のメンバーが集まり、他愛のない会話をしてからホームルームの鐘が鳴り、授業が始まった。

___。

放課後になり、俺が視線を動かさずジーッとある一点を見つめていると琴音が寄ってきた。

琴音「何を、ボーッとしてんの?」

俺の前で、手をヒラヒラと振ってから、俺と同じ方向を見た。

それだけで、理解したようだ。

琴音「・・・あぁ、あの子か。」

「うん。入学して来てから、ずっと1人で居るからさ。」

琴音「私も、声は掛けてないけど・・・なんとなく気にはなっててさ。だって、せっかく同じクラスになれたんだから、仲良くしたいじゃん。」

「だよな・・・。」

すくなからず、俺と同じ考えを持っててくれた事に、俺は喜びを感じた。

「少しずつでも良いから、仲良くなりたい!」

俺が、小さく・・・それでいて強く呟くと、琴音が微笑んだ。

琴音「・・・・・・なんだかさ、一瞬で向日葵が懐いたのが、判る気がするよ。」

「・・・自分では判らないんだが?」

琴音「あはは♪だからこそ、良いんじゃないかな!」

俺は首を捻る事しか、出来なかった。


それからも俺は、早くに登校して、諦めずに声を掛け続けた。

___。

高校に入学して10日目が過ぎた頃、昼休みに俺は、購買でパンを買ってどこで食べようかと、外をうろついていた。

いつものメンバーではなく、たまには1人で食べようと気まぐれで思い立ったからだ。

校舎裏へ足を踏み入れた時、思わず動きが止まった。

校舎裏に設置されているベンチの所に、女の子が座って居たから。

長い髪をポニーテールに結わえた女の子・・・。

一冊のノートを脇に置き、視線は空を見上げながら・・・。

俺はなるべく普通に側に寄り、声を掛けた。

「・・・隣、いいかな?」

???「・・・・・・・・・。」

視線だけをこちらに向け、またすぐに元に戻す。

何も言わなかったが、それを了承と受け止め隣に腰を下ろす。

互いに何も言わず、ただ、それぞれの時間を過ごす。

俺がパンを食べ終わり、何か話す事はないかな?と模索していると、隣でビリビリと紙を破る音が聞こえた。

目の前に何かが差し出され、黙ってそれを手に取る。

『何でいつも、私に声を掛けてくるの?』、そこには、そう書かれていた。

振り向くと、女の子は先ほどまでと変わらず、空を見上げている。

手元にはノートを抱えて。

「何でって言われてもな・・・。」

そう呟くと、女の子は顔を下に向け、ノートに文字を書いていく。

そして、それを破き俺に差し出す。

『他の人は私を気にも掛けないのに』。

「・・・そんな事はない!」

思わず言葉に力が篭ってしまった。

???「・・・・・・・・・。」

そんな事は気にもしていないとばかりに、女の子は文字を書き連ねる。

『周りを見てれば判るでしょ?』。

「そんな事ない。少なくとも俺は、君と仲良くなりたいと思ってる!」

???「・・・・・・・・・。」

自然と言葉に力が入ってしまう。だけど、そればかりはどうしようもなかった。俺は本当に、そう思っているから・・・。

意外だったのか。全く表情を変えなかったのに、今は驚きの色を滲み出していた。

ビリビリッ!

『変な人』。

そう言って?女の子は立ち上がった。

「あっ!ちょっと、待って!!!」

急いで呼び止めると、立ち去ろうとした足が止まった。

まるで、『まだ、何か?』と、そう言いたそうな表情だ。

「あっ・・・、その、同じクラスなのにこんな事聞くのはちょっとアレなんだけど・・・君の名前は?」

すると再びノートに書いて破き___。

『藤堂(とうどう) 真由季(まゆき)』、渡してそのまま去って行った。

「(・・・少しは、進めた感じかな。)」

そう考えてから、俺もこの場を後にしようとした。

その時だった。

ふと茂みを見ると、頭がピョコンと飛び出している。

そればかりではなく、見慣れた後頭部が・・・。

「秋葉?」

声を掛けると、バツが悪そうに振り向いた。

咲実「あ、あはは・・・。き、奇遇だね?」

目を合わせず、不自然にそんな事を言う。

本当に奇遇なんだろうか・・・?

「そんな所で何やってるんだ?」

咲実「え~っと・・・、それは・・・。」

なんだか、ハッキリしないものの言い方だ。

貴幸「お~い!夜明、見つかったかぁ~?」

遠くから貴幸の叫び声が聞こえてくる。

少しして、姿が見えた。

貴幸「おっ!こんなトコに居たのか。皆で探したんだぜ?」

「あれ?俺、言って行かなかったっけ?」

貴幸「聞いたよ!だけど、俺たちは俺たちで学食までは行ったんだけど、混んでてさ。だから仕方なく購買にしたんだけど・・・それだけじゃなくて、室生がお前が居ないから落ち込んじゃっててさ・・・。」

よっぽど、酷い状態だったのだろう。貴幸は苦笑しながら言った。

貴幸「それで、探してたって訳。」

「成る程な。」

それを聞いて、納得した。秋葉がここに居る理由が。ただ・・・。

「なんで茂みに隠れてたんだ?」

俺を探してたなら、声を掛けてくれれば良かったのに。

咲実「あ、あはは・・・ご、ごめん・・・。」

「まぁ、いっか。」

どこか、誤魔化している雰囲気だったが、細かい事は気にしない事にした。

「それよりも、皆で俺を探してるんだったよな?さっさと合流しようぜ!」

そう言って2人を促した。

貴幸「だな。」

咲実「そうだね。」

それから皆と合流して、昼休みを過ごした。


「・・・・・・・・・。」

母さん「・・・何を、そんなに考え込んでるの?」

「・・・・・・えっ?」

母さん「あんた、帰って来てからずっとそんな調子じゃない。どうしたっての?」

夕食が済んでソファーに座ってると、そんな風に言ってきた。

「特には何も・・・何で?」

聞くと、母さんはリビングのテレビを指差した。

母さん「テレビを観る時に、あんたが頬杖をつきながら観てる時は、普通の事じゃなくて、何か特別な事を深く考えてる時だから!」

「そっか・・・。」

俺は否定もせずに、ただ頷いた。

「・・・あのさ、母さん。直接自分で話せば早いはずなのに、わざわざ紙に書いて言葉を伝えてくるのって、なんでかな?」

どうしようか迷ったけれど、テレビの電源を消してから、聞いてみる事にした。

母さん「・・・状況は?」

そう言ってから、俺の隣に腰を降ろした。どうやら、真剣に聞いてくれるみたいだ。

「俺が、入学式の日に帰って来てから、気になる子がいるって言ったよね?その子なんだけど・・・毎日挨拶しても、ずっと返事もしてくれなかったんだ。

だけど今日の昼休みに偶然、外のベンチの所で会って隣に座っても良いかどうか聞いたんだ。」

母さん「うん。」

「目だけは、こっちを見て何も言わなかったから、そのまま隣に座ったんだ。

それで、何て話しかけようか迷ってたんだけど・・・向こうのほうから話し掛けてくれたんだ。・・・ノートに書いて破った紙で。」

母さん「紙で?」

「うん。それで・・・何で喋らずに、わざわざノートに書いて話すのか全然判らなくてさ・・・。」

母さん「・・・・・・その子は、他のクラスメートとは、誰とも話してないんだよね?形はどうあれ。」

母さんが少しだけ考えてから、そう聞いてきた。

「・・・?・・・うん。」

母さん「・・・だったら、夜明は、そのまま話し掛けるのを続けな。その子が、そこまで気になるんだったらね。案ずるより産むが易し。それで、その子が、あんたに事情を話してくれる気になったら、話してくれるだろ。」

「・・・・・・うん。そうだよね。・・・よしっ!」

俺は勢い良く立ち上がると、大きく伸びをした。

「ありがとう、母さん。少しはスッキリしたよ。」

母さん「どういたしまして。大体、ウジウジ考えてるなんて、あんたらしくないじゃない。正面からドンといきな。いつもみたいにさ。」

「そうする。」

お互いに笑顔で頷き合った。

「じゃあ、そろそろ寝るよ。明日からも、絶対に頑張らなきゃいけないから。」

母さん「あんまり気負い過ぎるんじゃないよ。気負い過ぎたら、潰れるのは自分だからね。」

「了解!」

そう返事を返して、俺は自室に戻り眠る事にした。


***

あの人は、何故、話し掛けるんだろう。

あの人は、何故、気に掛けるんだろう。

誰も気にしない。

誰も声を掛けない。

なのに・・・あの人だけ。

何故・・・?どうして・・・?判らない・・・判らない・・・。

ただ、気になるだけ?

ただの興味本位?

私には判らない。

けれど・・・多分、今だけだろうな・・・。

どうせ、あの人も離れていく。

あの人も、その内、興味をなくす。

過去の周りの人たちが・・・そうであったように・・・・・・。

***


翌日。

朝の学校は、いつも通りだった。

俺は早めに登校して、藤堂が来るのを待って、来たら挨拶をする。

もちろん、なんの反応もしてくれないけど、俺は構わなかった。


それから、また数日が経過した。

まだまだ掛かるかと思われた俺と藤堂の距離は、俺が思っていたよりも早く、少しずつ縮まっていっていたようだ。

俺が「おはよう」と言うと、予め書いてきておいたのか、『おはよう』と紙を手渡してくれるようになった。態度は、やはりまだまだそっけないが。

それでも、昼休みも相変わらず校舎裏のベンチに座って空を眺めている時、俺が行って話し掛けると、それにちゃんと応えてくれるようにもなった。

・・・ノート越しでは、あるけれど。

でも、俺は、それだけでも満足していた。

今はまだ、これでいいと・・・。


***

・・・どうして、あの人は諦めないんだろう。

・・・どうして、あの人は続けられるんだろう。

・・・期待してもいいのかな?

・・・変われる事を。

・・・取り戻せる事を。

・・・本当なら、自分で動かなきゃいけない。

・・・でも、動けない。

・・・行動に出来ない。

・・・怖いから?

・・・怯えてるから?

・・・私は、逃げてるのかな?

・・・私は、どうしたいのかな?

・・・誰か、答えをください。

・・・答えを。

***


1日が過ぎ去るのは早いもので、あと何日かで5月に入ろうとしていた。

今日は日曜日。

学校は休みなので、俺は何もする事がなく、街の中を散歩がてら歩いていた。

ゲームセンターや本屋等、新しい物が入っていないかチェックする。

昼はマックで済ませ、それから、また色々と街の中を歩き回った。

そんな中、ある建物の中から思わぬ人物が出てきた。

俺は物陰に身を隠す。

何故、隠れてしまったのか自分でも判らない。

堂々と声を掛ける事も出来なかった。

少し間を置いて、物陰から出た。

そして、その人の後ろ姿を見送る。

「・・・・・・藤堂。」

小さく声に出してから、藤堂が出て来た建物を見る。

そこには・・・『心療内科』と書かれていた・・・。

それからは、彼女の事を考えるばかりで散歩する気にもなれず、すぐに自分の家に戻った。

夕食を食べる気にもなれず、母さんとネルの分だけを作って、部屋にずっと篭っていた。

・・・『心療内科』。そこは、少なからずも心に傷を負った人や悩みを持った人が赴く場所。

彼女に一体、何があったんだろう。

誰とも話さないのも、そこに原因があるのだろうか?

いきなり、聞く事は出来ない。

簡単に踏み込んではいけないと思うから。

やっぱり時間を掛けるしかないか・・・。

コンコン・・・。

「どうぞ・・・。」

部屋のドアがノックされたので、そう答えた。

そこから入ってきたのは、母さんとネル。

ネルは即座に俺の膝の上に寝転がった。

母さん「どうしたの?夕食も食べないで!」

椅子に腰掛けながら、そう聞いてくる。

「・・・ちょっと、考え事。」

母さん「何を考えていたの?」

静かに、優しくそう言ってきた。

「・・・・・・・・・。」

俺は、しばらく黙ったまま。

それでも母さんは、俺が何か言うのを待ってくれていた。

「・・・あのさ。」

母さん「うん。」

「今日、街の中を散歩していたら、俺が前に言っていた女の子を見かけたんだ。」

母さん「うん。」

「その子が出てきた建物の名前を見たら、心療内科だった。」

母さん「うん。」

「喋らない事と何か関係があるのかなって・・・、また関係があるんだとしたら、どれだけの心の傷を、その子が負っているのかなって。」

母さん「うん。」

「俺は、どこまで踏み込んでいいのかなって・・・そう、考えちゃってさ。」

俺がそう言って間を空けると、母さんは1つ小さな溜め息をこぼし、静かに言った。

母さん「それは、あんたの考え過ぎじゃないかな。」

「・・・どういう事?」

母さん「理由があるにしろ、ないにしろ、あんたはその女の子が気になる訳なんでしょ?」

「うん。」

母さん「なら悩む必要はないじゃん。あんたはいつも通りのあんたで、女の子と接してやればいい。気にしすぎれば、かえって逆に女の子の傷を広げちゃうんじゃないの?何も気にせず、何も気負わず、自然体でいればいいんだよ。・・・時期がくれば、必ず理由も何もかも判る時が来るから。」

そう言って、母さんは俺の部屋を出て行った。

俺はベッドに身を沈めた。

・・・そうだよな。

俺は俺のままでいなきゃ。

そう気持ちを切り替え、ベッドから立ち上がる。

そして、そのままリビングへと向かった。

そこには、ソファーに座ってコーヒーを飲んでいる母さんがいた。

母さん「あれ?もういいの?」

「うん。いつまでも考え込んでても仕方がないし。それに・・・『人と人は一部の事に共感は出来ても、全てを共有出来る訳じゃない』。・・・父さんがよく、そう言ってたのを思い出したからさ。」

母さん「・・・そっか。」

母さんは俺の側に近付き、頭に手を置いた。

母さん「・・・やっぱり、あんたはあの人に似てるよ。」

そう・・・懐かしむように言った。


「行ってきます」

母さん「はいよ。行ってらっしゃい。」

昨日、母さんと話してから少し楽になった。

『俺は俺のままでいなきゃいけないんだ』・・・そう思うと、体が軽くなった。

判る時期ってのが、いつになるか判らないけど、焦ってもしょうがない。

早くても、遅くても、今の状況を続けていかなきゃ。

学校の門をくぐり、下駄箱の所にくると、足元に何かが落ちている事に気がついた。

よく見ると、それは生徒手帳だった。

「(誰のだろ?)」

そう思った俺は多少気は進まないものの、中を見る事にした。

誰の物か判れば届ける事が出来るから。

開いてみると、それは秋葉の生徒手帳だった。

「(なんだ、秋葉が落としたのか。)」

教室に行った時に渡すか。そう思い一度ポケットの中にしまおうとしたら、手帳の隙間から何かが落ちた。

すぐさま拾おうと思ったが、それを見た瞬間、動きが止まった。

一枚の写真。

そこには、秋葉と藤堂が仲良く顔をくっつけ合い笑顔で笑っていた。

俺は秋葉と藤堂が一緒に居る所を見た事がない。

2人は今とは違う制服を着ていた。

おそらく中学生の時のだろう。

俺は、それを拾い教室に向かった。

「おはよう。」

咲実「あっ、春日君おはよう!」

自分の席に鞄を置き、秋葉に生徒手帳を見せる。

「秋葉・・・これ落としただろ?」

咲実「・・・っ!!!」

驚きの表情をしてから、自分のポケットをまさぐる。

落とした事に気付かなかったのだろう。

咲実「・・・あっ、ありがとう。」

ぎこちない笑顔を浮かべながら、それを受け取る。

「・・・・・・あのさ、秋葉って、藤堂と・・・仲・・・良かったのか?」

聞こうかどうしようか迷ったけれど、聞いてみなければ何も判らないので聞いてみる事にした。

咲実「・・・写真・・・見ちゃったんだ?」

「・・・ごめん。」

秋葉は静かに首を横に振った。

咲実「大丈夫。・・・あのね、ちょっと話しがあるんだ。付き合って貰えるかな?」

「うん。」

断る理由もないので、俺は頷いた。

2人で向かったのは、校舎裏のベンチの所。

そこに座ると、秋葉は少し言い辛そうに、ゆっくりと話し始めた。

咲実「・・・んとね、なにから話せばいいかな。・・・そうだ。・・・確かに春日君が言った通り、私と真由季ちゃんは仲良しだよ。・・・ううん。・・・仲良しだったって言ったほうが正しいかな。」

「今は?」

咲実「今は・・・今は・・・違う・・・かな。そうしたいけど、出来ないの。

・・・ううん、出来ないじゃなくて、私がそうしないだけなのかな・・・。」

「・・・藤堂が心療内科に通ってるのと、なにか関係があるのか?」

秋葉は、驚きの色をその瞳に滲ませた。

咲実「どうして知ってるの?」

「日曜に散歩してる時に偶然見掛けたんだ。藤堂が出て来た建物の名前を見てみたら・・・心療内科って書いてあった。」

俺はバツが悪そうに、そう答えた。

咲実「・・・そっか。その事が関係していると言えば、関係しているかな。だけど・・・具体的な事は、私の口からは言えない。」

「いや・・・いいんだ。言えないなら言えないで、無理に言おうとしなくてもいい。」

咲実「ありがとう。ただ・・・私の口から言えるのは・・・入学式の時の事、覚えてる?」

「・・・?うん。」

咲実「あの時、私が春日君達に話し掛けたのはね・・・他の誰もが気にもしていなかったのに、春日君だけが、真由季ちゃんの事を気にしてくれていたのが判ったから。だから、話し掛けたの。」

秋葉は、寂しそうに言葉を続ける。

咲実「最初の時は、なんで気にしていたのかを聞こうと思ったんだけど、その日は聞けなかったから、後からでもいいやって思った。けれど、聞けるタイミングが中々なくて、結局聞けなかった。そのまま何日か過ごしている内に、春日君がまだ気にしてくれているのが判った。

真由季ちゃんがね・・・形はどうであれ、誰かと話している所なんて久し振りに見たよ。

それでね・・・思ったんだ。春日君なら、真由季ちゃんを変えてくれるかなって・・・以前の真由季ちゃんを・・・取り戻してくれるかなって・・・。

期待してもいいのかなって・・・。

私はね・・・私は・・・臆病だから、何も出来なかった。

情けないよね・・・自分じゃ何も出来ないから、他の人にそれをやってもらおうなんて・・・」

秋葉の声に少しずつ・・・少しずつだけど・・・涙の色が滲み始めた。

咲実「・・・何かしてあげたいのに・・・、なんとか・・・してあげたいのに・・・何も出来なくて・・・自分が悔しくて・・・。だんだんと、・・・声を掛ける事も出来なくなって・・・だん・・・だん・・・と、疎遠に・・・な・・・って・・・。」

・・・俺は秋葉の頭を、自分の胸に引き寄せた。それが引き金になったのか・・・最初は嗚咽程度だった泣き声は、次第に大きくなっていった。

咲実「・・・っく、・・・ひぐっ、・・・・・・ぅぇぇえええぇぇぇ・・・。」

今まで溜め込んでいた葛藤を、涙と一緒に吐き出すように・・・秋葉は泣いた。

・・・俺に何か出来る事はあるんだろうか?

2人の間に大きな溝があるなら、埋めてやりたい。

後の事を考えても仕方がない。

俺は、動こうと強く想った。誰かを傷付けてしまうかも知れない・・・。

それを覚悟して・・・。


朝の出来事から時間が経ち、今は昼休み。

あれから秋葉は顔を洗ってから教室に戻り、何事もなかったかのように、皆と挨拶を交わした。

そして今も、皆と一緒に笑顔をこぼしながら学食へ向かった。

俺は1人で食べたいからと、それなりに理由を付けて、今は自分の席に座っていた。

今すぐに動くべきか、動かざるべきか、迷っている。

『母さん「どういたしまして。大体、ウジウジ考えてるなんて、あんたらしくないじゃない。正面からドンといきな。いつもみたいにさ。」』

ふと、母さんの言葉が思い浮かぶ。

・・・そうだよな、いつもみたいに正面から行かなきゃ!

強くこぶしを握り締めると、俺は勢い良く立ち上がり、ある場所へと向かった。

その場所は・・・。

「よっ!藤堂!」

俺は元気良く声を掛けると、藤堂の隣に腰をおろした。

そこは、昼休みになると、いつも1人で座っている校舎裏のベンチ。

藤堂はそんな俺を見て、早速ノートに書き始めた。

そして『今日は何しに来たの?』と、ノートに書いた文字を見せてくれる。

最初の頃は破いてから渡してきていたが、最近では、そのまま見せてくれるようになっていた。

「藤堂は何で、心療内科に通ってるんだ?」

ためらいが生じる前に、単刀直入に聞いた。

・・・傷付く事を覚悟で。怒られる事を覚悟で。

藤堂の目が細められる。やはり怒ったのだろうか?

真由季「『それを知ってどうするの?』」

「どうするって言うか・・・俺はもっと藤堂の事を知って仲良くなりたいと思って・・・。」

真由季「『それを知れば、仲良くなれると、本当にそう思ってるの?』」

一瞬・・・本当に一瞬だけ、藤堂の瞳が悲しげに揺れた。

だから、俺は・・・。

「・・・思ってる!」

声に力を込めて、ハッキリとそう言った。

「藤堂が何故喋らないのか、藤堂が何故他の誰とも話しをしないのか、藤堂が何故心療内科に通ってるのか、全部を知った上でちゃんと理解して、仲良くなりたい!」

それを聞いた藤堂は困惑の表情をした。

しばらく俯いてから顔を上げ、『話すには、時間がたりない。』・・・そうノートに書いた。

それを見た俺は1つの提案をする。

「なら今日の放課後、俺ん家に来ないか?」

『はっ?』っと、まるでそう言いたそうに、唖然とした顔。

今のこの時だけで、いくつの藤堂の表情が見られただろうか?

そう考えただけで、踏み込んでみて良かった。そう思える。

そして、そんな俺に諦めたのか。藤堂は・・・。

真由季「『判った。』」

そう一言、ノートに書いた。


昼休みと残りの授業が終わり放課後。

俺は急いで帰り支度をする。

貴幸「おぅ、夜明。これからどっか行かねぇか?」

「悪い、ちょっと用事があるんだ。また今度な!」

俺は鞄を持って藤堂の席へ向かう。

どうやら向こうは、先に仕度が出来ていたようだ。

「おまたせ。それじゃあ、行くか!」

こくん、と頷き藤堂が席を立つ。

周りがこちらを伺いながらヒソヒソと何か話しているが、いちいち気にしてられない。気にすれば、負けだから。

「じゃあな!」

残った、いつもの面子にそう声を掛ける。

貴幸「・・・おっ、・・・おぅ。」

冬真「・・・・・・。」

向日葵「・・・・・・。」

琴音「・・・・・・。」

皆、何事だと言わんばかりに、目を白黒させていた。

そんな中、咲実だけが微笑を浮かべている。

『頑張って』と、背中を押すように。


俺と藤堂は一緒に俺の家に向かって歩き出した。

何気なく見てみると、どこか緊張しているようにも見える。

「・・・藤堂、緊張してるのか?」

黙ったままも気まずいので、なんとなく聞いてみた。

真由季「『してない。』」

そう書いたノートを見せてきた。

そして・・・。

真由季「『ただ、少し怖い。』」

「・・・。」

それから、家に着くまでは何も言えなかった。


「ただいま。」

母さん「おかえりぃ~!」

リビングのほうから、母さんの声がした。

どうやら、今は休憩中のようだ。

俺はリビングに藤堂を連れていく。

藤堂は母さんの姿を見ると、何も言わずにお辞儀をした。

母さん「・・・。」

母さんはそれだけで、大体の事情を察したようだ。

母さん「あらぁ~、夜明が女の子連れて来るなんて珍しいじゃない。もしかして恋人?」

気を使ってか、明るくそう言い放ってくれた。

「そんなんじゃないよ。俺に恋人なんて出来る訳ないじゃん。大事な友達。」

真由季「・・・!」

藤堂が身を固くする気配がした。

・・・何か変な事を言っただろうか?

母さん「なんだ・・・つまんないの。こういう可愛い子が夜明のお嫁さんになってくれたら嬉しかったのにな。」

「・・・なんか、話しが飛躍してない?」

母さん「細かい事は気にしないの!ここに立ってても仕方ないんだから、早く部屋に行きな。」

「はいはい。あっ、そうだ。この子は藤堂 真由季。俺と同じクラス。」

母さん「・・・藤堂!」

「・・・どうしたの?」

小さな声で呟くのが気になって聞いてみた。

母さん「・・・いや、なんでもない。それより、ほら、早く行きな。」

「うん。じゃあ、行くよ藤堂。」

コクンと頷く藤堂を連れて、俺達はリビングを後にした。


部屋に入ると、藤堂はどこか落ち着かないのか、そわそわしていた。

「ほら、座って。」

クッションを床に置いて、座るのを待つ。

「何か飲むか?」

藤堂が頷いたので俺は、飲み物を取りに、もう一度リビングに向かった。

母さん「・・・夜明!」

コップに2人分、飲み物を注いで戻ろうとしたところで母さんが声を掛けてくる。

母さん「・・・。」

そして何も言わず、こぶしを握り締め、自分の胸に持っていった。

「・・・。」

それだけで何を言おうとしているのか判った俺は、ただ、深く頷いた。

部屋に戻ると、藤堂はノートを用意して待っていた。

「おまたせ!」

コップを目の前に置くと、藤堂は早速ノートに文字を書き見せてきた。

真由季「『さっきの、何?』」

「さっきの?」

意味が判らなかったので、首を捻りながら問い返す。

真由季「『あなたの母親に、私の事、友達って。』」

「なんか、おかしかったか?」

真由季「『私は、あなたと友達になった覚えはない。』」

そう否定された。だから・・・。

「俺はもう友達のつもりでいたんだけどな。実際、入学式の時から、ずっと友達になりたいと、そう想ってた。」

俺が迷いなくそう言うと、藤堂の表情が曇る。

真由季「『何で、そうなの?』」

「・・・えっ?」

真由季「『何で私を見て、そう思えるの?』」

「俺が、俺だから!」

ハッキリと、そう言ってやった。

それを聞いた藤堂は、ゆっくりと吐息だけで溜め息を吐く。

真由季「『あんたって、本当に変な人。』」

「自覚がなくて済まん。」

冗談めかして言うと、藤堂は体の力を抜いた。

今は、自然体で座っている。

真由季「『私は、』」
ノートを使ってではあるけれど、藤堂は語り始めた・・・。

真由季「『私は、喋らないんじゃなくて、喋れないの。』」

「・・・喋れ・・・ない・・・?」

それは、俺が想像していた事の斜め上をいく事実だった。

真由季「『ある日を境に、私は喋れなくなった。今でも、たまに思い出す。思い出したくもないのに、思い出すの。それは、私がまだ中学一年生の頃、起こった。秋ぐらいの時に、私は仲の良かった友人と遊ぶ約束をしていて、待ち合わせ場所で待っていた。』」

・・・仲の良かった友人・・・それは秋葉の事だと感じた。

真由季「『だけど、友人が待ち合わせ場所に来る前に、それは起こった。いきなり誰かに腕を掴まれ、無理矢理暗い路地に引き込まれた。中年の髭を生やした、お酒くさいオジサン。私は、その人に着ていた服を剥ぎ取られ、体中をまさぐられた。その時に、そのオジサンは言った。ちゃんと泣き叫べよ!助けてくださいって言ってみろよ!って。私はそれどころじゃなかった。恐怖でいっぱいで、声どころか、体さえもガタガタ震えて、いうことをきかなかった。ただ怖くて怖くて、涙だけが出ていた。そしたら、いきなりオジサンは倒れた。うめき声をあげてから。助けてくれたのは、友人だった。待ち合わせ場所に居なかった私を探してくれていたみたい。その場所に、私のバッグだけが、置き去りにされていたから。オジサンを殴りつけた木の棒を投げ捨ててから、友人は私を泣きながら抱き締めてくれた。恐怖から開放された私は、安心してか、その場で意識を失ったの。気がついた時には、自分の部屋に居た。側では友人が私の手を握り締めながら、疲れて眠っていた。それで、起こそうと思って、声を掛けようと思って、気がついたの。自分の声が、出ない事に。』」

・・・あまりの事実に、俺は言葉も出なかった。

・・・だけど、この話しにはまだ続きがある。

真由季「『それから、私は心療内科に通い始めた。薬は出されたけど、いつ治るか、それは判らないって言われた。声が出せなくなるケースは、いくつもあるらしいけど、声を出せるようになるには個人差があるみたい。そして、声が出せなくなった事を学校側に説明して、クラスの皆も判ってくれた。最初は皆、心配して声を掛けてくれてた。特別仲の良かった友人は、それ以上に。だけど、ある時、妙な噂が流れ出したの。私は襲われたほうじゃなく、誘ったほうだって。バレたらマズイから、嘘を吐いて同情を引こうとしてるだけだって。最初は私も噂の事は気にしなかった。友人が励ましてくれてたから。けど、次第に私に話し掛ける人は居なくなっていった。仲の良かった友人さえも、私から離れていった。周りの事は仕方ないって、そう思えた。でも、仲の良かった子にさえ、離れていかれた事が悲しかった。だから、思ったの。こんなに辛い想いをするなら、友達なんて求めなければ良い。関わりを持とうとしなければいいって。だから、喋れないのもあるけど、自分から、あえて、そういう態度を示してきたって訳。』」

・・・ある程度の覚悟はしていたけど、こんな事があったんなら、仕方がないよなって思える。

・・・でも、仕方がないで片付けちゃダメなんだ。

聞く事だけを聞いて、それを放っておくなんて、そんな無責任な事は絶対にしたくないから。

「・・・だったら、・・・だったら、逃げてちゃダメだ!」

真由季「『逃げてなんかいない。自分を守ってるだけ。』」

「いいや!逃げてる!」

俺は、いつの間にか大声を出していた。

「自分を守りたいなら、ちゃんと周りと向き合えよ!ちゃんと周りと判り合えよ!お前と仲良くなりたい奴なんて、沢山いる。たとえ、お前が、どんな過去を持ってても、どんな障害を抱えてても、お前と仲良くなりたい奴は沢山いるんだ!今、お前の周りにいる奴らは、興味がない訳でも、友達になろうと思っていない訳でもないんだ。お前が・・・お前自身が・・・自分を見えない壁の中に押し込めちまってるんだよ。」

真由季「『そんなはずない。だって、1番仲の良かった友人さえも、私を見捨てた。』」

「・・・秋葉は、ずっと後悔して、ずっと苦しんでたよ・・・。」

秋葉の名前を出すと、藤堂の目は驚きに見開かれた。

名前は言っていないのに、どうして知っているの?と・・・そう、言いたげに。

「・・・偶然、秋葉が落とした生徒手帳を拾ったんだ。届けようとポケットの中に仕舞おうとした時に、手帳から一枚の写真が落ちてきた。そこにはさ・・・幸せそうな秋葉と藤堂が写ってた。」

藤堂の体が小さく震え出す。

「それで、届けた時に聞いてみたんだ。仲良かったのか?って。秋葉は別の場所に移ってから、事情を話してくれた。だけど、藤堂の事情だけは言わなかった。それは、自分の口からは言えないって。だから、俺が実際聞いたのは、秋葉の事情だけ。・・・それでも、あいつはあいつなりに苦しんでた。自分は臆病だから、何も出来ない。何もしてあげられない。・・・そんな気持ちから、自分が悔しくなって、だんだんと声を掛ける事も出来なくなって・・・、だから疎遠になっちゃったって・・・そう教えてくれた。最後には・・・涙を流してまで。」

藤堂は、震える手で・・・ゆっくりと文字を書き始めた。

真由季「『本当に、あの子が、そう言っていたの?』」

「・・・あぁ、本当だ・・・。」

真由季「『そっか』」

その時だけ、藤堂は柔らかく微笑んだ。

その瞳に、涙を滲ませながら・・・。

真由季「『ねぇ、私で良いの?』」

「・・・?何がだ?」

真由季「『本当に、私なんかと友達になってくれるの?』」

「私なんかとか言うな。藤堂だから、友達になりたいんだ!」

しばらく俯き・・・。

真由季「『ありがとう。』」

そう返してくれた。

俺は嘘、偽りなしに嬉しかった。藤堂が、俺に全てを話してくれた事も、友達になってくれた事も。

真由季「『ならさ、あんたの友達、私に紹介して。』」

「・・・えっ?いいのか?」

真由季「『あんたが言ったんじゃない。逃げてるだけだって。それに、もう一度、あの子と仲良くなりたいから。』」

「・・・判った。それじゃ、明日紹介するよ!」

藤堂は深く・・・強く頷いた。

そして、翌日の放課後。

俺は約束通り、藤堂に皆を紹介した。



貴幸「うおおおおぉぉぉ!夜明、テメェ、俺の知らない間に、いつの間に仲良くなりやがった!?」

「・・・・・・うるせぇよ。」

琴音「私も、あなたの事は気になってたんだ。でも、話す切っ掛けがなかなかなくてさ。でも、これからは宜しくね!」

向日葵「・・・あ、あの、私も!よ、宜しく・・・!」

冬真「僕も宜しく。あっ、貴幸はちょっとうるさいけど気にしなくていいから。いつも、あんな感じだからさ。」

藤堂は、若干戸惑いながらも頷いた。

喋れなかった事情を説明して、それでもなお、普通に話してくれるのが落ち着かないらしい。

だけど、すぐに慣れると、俺はそう感じていた。

咲実「・・・あ、あの・・・真由季・・・ちゃん。」

そして、秋葉がおずおずと藤堂の前に歩み出た。

咲実「・・・えと、・・・その・・・。」

そんな秋葉を見かねてか・・・あるいは、仲が良かったぶん、彼女の性格を判って仕方ないなと思ったのか・・・。

藤堂のほうから、秋葉に手を差し出し、握手を求めた。

それでも、少し恥ずかしいのだろうか・・・藤堂の頬は、ほんのりと朱色に染まっていた。

その行為を確認して安心したのか・・・僅かに涙を浮かべながら・・・秋葉はこう言った。

咲実「・・・また、・・・また、仲良くしてね!真由季ちゃん♪」

温もりの意味

温もりの意味

人が人を想う気持ちを込めた作品です

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更新日
登録日
2015-04-03

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