リドルワンドロ 4/~
04/01テーマ「武智乙哉」
 ある時は脱獄者。
 またある時はラーメン屋の常連。
 またある時は快楽殺人者。
 
 かくして、その正体は?
【武智乙哉は夜歩く】
 新宿。真夜中だというのに、街は喧噪に溢れている。
 そんな中、一際大きな叫びが響いた。甲高い、若い女の声。
 
 「キャアアアアッ!!!」
 何だ何だと群がる野次馬。その中を縫うように、高そうな女性鞄を抱えた小柄な醜男が息を切らして走る。彼のモノスゴイ剣幕に圧倒され、群衆は何も出来ずに戸惑っていた。そんな中。
 「おっさん、ちょっとストップ♪」
 たった今、大衆中華店から出てきた細身の少女が、彼の眼前に立った。ご機嫌そうな笑みを浮かべている。
 「邪魔だこのアマァ!!」
 男は、その少女を突き飛ばそうと突進。─小柄とはいえ成人の男だ。華奢なあの少女は吹っ飛んでしまうだろう─誰もがそう思っていた、だが。
 「なってないね」
 少女は、男がぶつかる直前に半身をずらして避けた。予想外の動きに、男のみならず群衆までもが唖然。
 男は、その勢いで思いきりすっ転んだ。少女は彼の手から鞄を取ると、女性にそれを手渡す。
 「はい、お姉さん。大丈夫でしたか」
 「え、ええ…。ありがとう」
 少し驚いたように笑む女性を見た少女は、安心したように立ち上がった。
 「あ、待って」
 「なんですか?」
 女性は鞄から携帯を取り出した。
 「ねえ、連絡先と名前教えて?ちょっとだけどお礼したいわ」
 「名前は、『乙哉』です。連絡先は、□□-○○○-△△△△です。」
 「ありがとう。じゃあこれで」
 「あ、待ってください」
 「何?」
 
「また何かされたら大変です、お宅までお迎えしますよ。」
 屈託の無い笑顔を見せる乙哉。女性は何かよくわからない感情に支配され、思わずこう返す。
 「折角なら、上がっていって」
 天才的な人心掌握術で他人の心を蜘蛛のように絡め取り、『捕食』して悦びを味わう。
 
 武智乙哉は、夜歩く。
 「…むにゃむにゃ…たけち、おとやは…よる…」
 「武智さーん、楽しそうに何寝てるんすか?」
 「ん~…しえなちゃんうる…さ… うぅん……」
 「ウチがあんな雑魚に見えるんすか、へー…」
 「おい」
04/02 テーマ「絵本」
 「ねえねえ兎角、私、これ参加してみる」
 マンションの一角、晴と私の部屋。昼間だというのに何せず過ごしていると、突然晴が話題を持ちかけてきた。その手には1枚のチラシが。
 「『絵本大賞コンテスト』…?何だ、これは」
 私が怪訝に呟くと、晴は笑顔でこう答えた。
 「絵本描いて送ってみるんです。当たったらいいなぁ」
 「金を稼ぎたいのか?百合に伝えればすぐ手に入るが」
 「そういうんじゃないのーっ!兎角さんたらっ」
 ぷんぷん、と聞こえそうな怒り方をされた。…金以外?賞品か?
「絵本大賞コンテスト?」
 「ああ、そうだ。大賞になれば賞金50万、デビューもできる」
 「へー」
 「これでマトモな食生活にありつける」
 「しえなちゃん…!」
 「兎角さん、絵の具足りない!ごめんなさい、画材店で買ってきて!はいメモ」
 ここのところ、晴はずっと絵本を描き続けている。料理洗濯お構いなしだ。仕方無く私がやっているが。
 晴に渡された紙切れに書かれた絵の具を、迷いながら選ぶ。何だこの番号は。ただの絵の具だ、こんなに分別する必要は無いだろうに。
 ため息をついていると、顔見知りに出会う。…あまり会いたくない類の奴だったが。
 「あー!東サンじゃん」
 「…武智、何だ」
 「画材店なんて来るんだ珍しいなぁーっと」
 大嘗めに嘗めた口調でベラベラと喋る武智。面倒臭い。
 「私が使うのではない。は…一ノ瀬に頼まれて来たんだ」
 「晴ちゃんに尽くしてるねー」
 「…もういいか。じゃあな」
 口早に吐き捨て、レジに向かう。幸い客が少なかったお陰か、すぐ会計できた。「もっと喋りたかったのにー」と言い出しそうな表情の武智を置いて店を出た。
 「え、東に会った?」
 「うん。相変わらずカリカリしてたよ」
 「…そうか」
 「しえなちゃんと東さんって戦ったら確実に…やっぱいいや、無かった事に」
 「死ね」
  
 【数週間後】
 「できたーーーーっ!!!」
 やっと、終わったらしい。達成感に包まれた彼女は、疲れからか、机に突っ伏したまま寝息を立て始めた。苦笑しつつベッドに運んで布団を掛けてやると、机に置かれた絵本を試しに読んでみた。
 『うさぎさんといっしょ
 さく・え:あずま はる』
『あるひのこと。もりに、みんなのがっこうが できました。』
 『おんなのこのはるちゃんは、かっこいいうさぎさんと、おともだちになりました。』
 
 『ごはんのじかん、うさぎさんは、いつもカレーライスばかりです。
 はるちゃんはいいました。「うさぎさん、どうしていつもカレーライスをたべるの?」うさぎさんはこうこたえました。「カレーライスはおいしいんだ。」』
『いつもカレーライスばかりたべていたうさぎさんは、あるひ、びょうきになってしまきました。』
『うさぎさんは、「カレーライスをたべたらなおるよ」と、なんどもなんどもいいました。』
『でも、はるちゃんは、カレーライスをつくってあげませんでした。おかゆとおみそしる、おさかな、サラダをつくって、うさぎさんにたべさせました。』
 『すると、うさぎさんのびょうきは、なんと、すぐになおったのです。
 うさぎさんはいいました。「このごはんも、おいしいね!」』
おしまい
 「な、なんだこれは…」
 「あ、見ましたか」
 丁度目を覚ました晴が寄ってきて、私の耳元でこう言う。
 「バランス良く食べてくださいね?うさぎさん」
 【後日談】
 「あの絵本、たべもの賞取れました」
 「…おめでとう…」
 「はい!賞品で野菜が沢山貰えるみたいです」
 「…良かったな…」
 
 「落ちたの?」
 「…ああ…」
 「まあアレだね、赤髪の王子様と貧乏な女の子がお城でーっていうのは流石に無理だと」
 「……」
04/06 テーマ「しろ」
 痛い。
 銀色の何かが突き刺さった自分の腹部が、休むことなく赤い液体を吐き出している。
 「…っ、あぁ、あ…」
 喉から出る呻き。ふいに眩んだ視界。飛びそうな意識を繋ぐかのように、全身がズキズキと疼く。
 「あがぁ…く゛う゛う゛っ!!!」
 自らの腹に刺さっているナイフの柄を握り、思い切り引き抜いた。体験した事のない痛みが全身を走る。
 緩んだ筋肉に力を入れる。割れんばかりに爪を立て、ズリズリと床を這う。血痕がそこを真っ赤に染め上げ、ウチの移動履歴のように残っていた。
 エレベーターまでの距離が、普段の何十倍も長く見えた。
 少し前まで、ミョウジョウ学園はウチの城だった。初めて他人に認められて、王冠を授かったウチだけの、巨大な城。
 そんな此処が、今はウチに牙を剥いている。「ごっこ遊びはもうお終いだ」と嗤い、ウチを絶望の淵に追いやっている。
 
王冠を失った道化師は、どうやって必要とされようか。
04/08 テーマ「花」
 流れゆく人の群れに踏まれる、都会の道。そして、その雑踏の中で、小さな小さな体を無惨に折られる、「街の花」。
 晴たち-「一族の女性」というのは、それに似てるって、思います。 
 どんなに傷ついても、逃げる事を許されない。
 一族という名の道の中に生まれ、雨風に曝されつつひたすら生きてきた。
 雑踏の上を歩く暗殺者によって、幾度となく死にそうになった。
 雑踏の中、そんなふうに生きていた晴の目の前に座り、自分も雨に濡れながらも、無機質なアスファルトから引き抜いてくれた人がいます。
 「何だこいつは」と嘲笑されても、「邪魔だ」と唾棄されても、その人は諦めずに晴を救ってくれました。
 その人のお陰で晴は…
 「おい、そろそろカレーを」
 「はーい、ちゃんと野菜も食べてくださいね?」 
 「…あぁ」
…こんなにも「本当の」笑顔になれる、幸せな場所に根を下ろす事ができました。
04/29 テーマ「百合目一」
 「私が理事長の百合です」
 ミョウジョウ学園のホールに、少ししゃがれたような大人の声が響きわたる。
 我ながら、この名前はどうかと思う。
 
百合目一。花の「百合」に、目に一つ。初対面の相手に堂々と名乗ったらほぼ必ず聞き返される。正直辛い。
 でもまあ、この名前は嫌いではない。若かりし頃の出来事、もとい、私の人生の分岐点ともいえるあの日を、名乗る度に想起させてくれるから──
 「自己紹介だ。じゃ、出席番号1番」
 凡庸そうな教師が番号を読んだと同時に、青い髪の少女が勢いよく立ち上がり、大きく息を吸い込んだ。そして。
「ハイ!出席番号1番、東空身です!百合目一さんにガチで惚れました!好きです!以上!!」
 十数秒間。その時間は、クラスメイト全員の表情を凍りつかせ、私の脳内を掻き回すには十分すぎるほどだった。私が物凄い混乱をしている間に教師が苦笑いしながら、「2番」と進行させている。
 クラスメイトは、先ほどの事案がなかったかのように順々に自己紹介をしていった。
 そして最後の番になった。しかしさっきの混乱が未だ続いてる私には、教師の「13番」という声は聞こえなかった。
 そして数秒後に気がつく。周りからは、クスクスと陰湿な笑い声が向けられている。本当にどうしよう、と私はギュッと目を瞑った。すると、
 「そこの人たち、目一ちゃんのこと笑うのホントにやめてくれる?」
 一瞬誰の声かわからなかった。若干恐れながら目を開けると、私の前には青髪の少女が、冷たく殺気を放ちながら立っていた。
 今思えば、相当理不尽な人だった。急に公衆の面前で愛を叫び、叫ばれた人の混乱具合を覗き見する他人を怒る。いやいや元はお前が元凶だ。
 
でも、子供だった私は、 突然自分に恋慕してきたその人を、
 
愛してしまったのである。
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