世界の声を聴きたくない2

投稿遅れてしまいすみませんでした。
今回は長文となるので覚悟して見ていただきたいかもしれません。

感情を失くしてしまった悲しき青年のお話。

俺の父に殺しの依頼が来た
その依頼はとにかくそいつを跡形もなく消せ
と言う依頼だった。
俺は横目で父を見ながら朝食を食べていた。
また父さんは人を殺して帰ってくるのか…
そう思いつつ何食わぬ顔で目の前の食べ物に手を出そうとしたその時だ
父は俺にある言葉を持ち掛けてきた。
「明日の依頼、お前もついてこないか。」
俺は勿論「いやだ。」と答えた
だが、父さんは俺に
「お前は何もしなくていい、ただそこにいるだけでいいんだ。」
それを聞いた俺は、今までの父の誘いが少しでも減るかもしれないと思い
その条件を聞き入れた。
そして次の日の夜だ
俺は念のためだと言われ、銃を二挺渡された。
いよいよ依頼を進攻させようという時に、父はこう言った。
「これも訓練の一つだと思え。」
訓練…
あぁ…憂鬱だ…
「”狩り”を始める、利乃、しっかり見てろ。」
「…。」
”狩り”―
狩りとは、裏の世界で
人を殺す時間=(イコール)獲物を捕らえる
そういう意味で”狩り”と命名している。
いよいよ父の狩りが始まった
「利乃、お前は二階を調べて来い。」
「俺は何もしない条件でここに来た、だから何もしない。」
「人は殺さなくていいんだ、人を見つけたら私を呼べ。」
俺は少し考えてこう言った。
「…それ以外は何もしない……
本当に俺は人を殺さない。」
父は小さく頷き、人を殺しに俺の前から消えた。
俺は父に言われた通り二階へ向かった
二階には三つの部屋があった
まず始めに俺は目の前にある真ん中の扉に手をかけた
扉を開き中を覗く…
その部屋の中にはだれも居なかった
俺はこのままあと二つの部屋に誰も居ないことを願った
次の部屋へと視点を切り替え、向かって左側の扉の中に足を踏み入れた…
そこにも幸い人影はなく、とても静かな空間が広がっていた。
あと一部屋…
そう思い最後の扉に目をやる、するとそこには、小さな”男の子”の不安そうにたたずむ姿があった。
「お兄ちゃん…ダレ?」
小さい子供だ…
あぁ…見つけてしまった…。
父を呼ぼうと俺は口を開こうとした…
その時だ…。
「あなたは誰!?
何で家の中に居るの!?」
女性の声だった、おそらくこの男の子の母親だろう。
男の子はすごく不安そうな顔立ちで一階へ続く階段を見ていた。
「お母……さん…?」
とても弱々しい声だった
「私に近寄らないで!!
嫌!やめて!!離し…」
パーンと銃の音が家中に響き渡った時
女性の声は銃声と共に静かに消えていった
死んだのだ…
この男の子の母親はもうこの世に居ない。
「お母さん…!?」
この子も俺の父は殺すのか…。
この世界は残酷だ…
男の子は俺の方を見て震えていた。
目には涙が浮かんでおり
足がすくんで動けないようだった。

―お母さん!!お母さんなんで死んじゃったの!?
ねぇ何で?ねぇ…ねぇ…
なんで僕を置いて行っちゃったの…
お母さん……
……”死にたくない”―

俺はその男の子の怯える姿を見て、なぜか母の死んだあの日を思い出した。
俺の感情がすべて消し去られてしまったあの最悪な日…
あぁ…嫌なことを思い出してしまった…
”俺は死が怖い”
「利乃、人は居たか。」
父の声だった
俺は目の前に居る男の子をしばらく見つめ
何も言わずにその場を去った。
「居ない。」
「そうか、じゃあもうこの家には要はない、帰るぞ。」
情が湧いたのか俺は男の子のことを父に知らせることはなかった。
「帰るぞ」父にそう言われ俺は父の手に掴んであるあの男の子の母親であろう女性の遺体を見た。
「その遺体持ってくの。」
父は「あぁ」とそれだけを言い、女性の遺体を車のトランクに乗せた。
俺はなぜかあの男の子の事が気になった。
その時だ…
”ギシッ”
二階から木の廊下がキシむ音がが聞こえた
俺は反射的に音のする方へ目を向けた
すると、そこには先ほどまでの男の子が目をかっ開き
亡き母の乗った車を見ていた
その男の子は先ほどまでの弱々しい姿はどこにもなかった
男の子…いや彼は、憎しみに満ち溢れた表情で俺を睨んでいた。
目から複数の涙が零れ落ちている。
母の死を目の当たりにしてしまったせいだろう。
そう思っていた時だ…
彼は俺の方を見て
「リ……ノ…。」
と言ってニヤリと笑ったのだ。
”怖い”…
俺は客観的にそう思った
今までに味わった事のない感覚に襲われた
死以外の恐怖は初めてだった。
……初めて人間を怖いと思った‐‐



「…”人殺し”…」
そうだ、思い出した。
あの時の男の子だ…
「何で…お母さんを殺したの…?
”利乃”お兄ちゃん…」
俺の名前だ…
あの時からずっと覚えていたのだろう。
父が俺の名前を呼んだ時からずっと……
彼は不気味な笑みでこちらに近づいて来る。
彼の右手にはカッターナイフが強く握られていた
俺はこの子が怖いと言ったが、死ほどの恐怖にはさほど遠かった。
「利乃お兄ちゃん…
お母さんのために…死んで…。」
彼はそう言うと俺の方めがけてカッターナイフを切り付けてきた。
この子はまだ小さい、手荒なことはしたくない
カッターナイフは俺の左手の甲に刺さった
なぜか痛みは感じられなかった。
だが、このまま同じ場所を刺され続けると俺は出血多量で倒れるだろう。
何とかしないと…
そう思った俺は彼の右手に手を伸ばした
「危ない、やめて…
関係ない人に刺さったりしたらどうするの。」
今、俺がいる場所は何もない殺風景な場所だ
だが、なぜか人の交通量は多かった
そのため、俺たちの行動はとても目立つものとなっていた
「うるさい!!
そんな”汚れた手”で僕に触れるな!!」
歩いていた人は足を止め、サーカスのショーでも見ているかのように写真を撮りだす
面倒なことになり始めた
どうにかして写真を撮るのをやめてもらわないと…。
そう思い色々と策を考えてはみたが、それはさすがに無理だと思った。
その時だ…
「さぁ~!
どうだったでしょうか、先ほどまでの”路上パフォーマンス”は!!」
周りにいた人々が次々と声の主となる相手を見た。
その声の先に居たのは、俺の友人、幸本 由斗[こうもと ゆうと]だった。
「由斗…。」
「いいから任せて。
…ご心配なさらずに!
彼の手についている赤い液体は絵具ですので!
では、このショーは何円の価値があるのでしょう!!」
由斗の一声で人々は笑顔になり、一斉に拍手の渦に飲まれる。
いつも思ってはいたが由斗の言葉には人の心を揺れ動かす力がある。
「さぁ~!
この二人に素晴らしき報酬を!」
由斗が空に向かって手を広げた瞬間、大きな拍手と共に
多くの金が空に舞った―


「ありがとう、由斗。」
「何回目だよ、もういいって
俺は大したことしてねぇーから
ってか黙ってろ、手当てしてんだから。」
「ばんそうこう張ればいいよ。」
「バーカ
そんなんじゃ治るもんも治んねーよ。」
そんな会話を由斗と繰り広げている時だ
「お兄ちゃん…
僕の事、忘れてない…?」
あの男の子の呆れた声が聞こえてきた
あの後、俺は由斗に助けられた
由斗は通りかかっただけだと言っていた。
近くのショップに行っていたらしい。
そう由斗と話している間にも
男の子―のちに解る、秋村 柚希[あきむら ゆずき]
は俺の手の中で暴れていた。
「クッソ!離せって言ってんだろ!」
とても八歳位には思えない威勢の良さだった。
このまま暴れられると先ほどまでの路上パフォーマンスが無駄になってしまう。
そう思った俺は手荒な真似はしたくなかったが、一番安全な方法で静めることにした。
俺はポケットからハンカチと小さな小瓶を取り出した
瓶の蓋を片手で開けハンカチに少しだけ透明な液体を滲みこませた
そのハンカチを俺は男の子の騒がしい口を塞ぐようにかぶせた。
すると男の子は一気に静まり返り、目をゆっくり閉じ眠った…
「利乃、さっきのなに?」
そう聞かれたので俺は”睡眠薬”だと由斗に伝えた。
由斗は特に驚くことはなく
あぁ、睡眠薬ね。
と笑いながら言った。
由斗は俺の家庭内事情を知っている
そのため驚くこともなかったのだ。
「じゃあ、その男の子連れて俺ん家来いよ
お前ケガしてるしさ。
話はあとで聞かせろ。」
「分かった、ありがとう。」
「フッ…助けるなんて当たり前だろ
俺はお前の”親友”なんだからさ!」
「…”親友”…」
「ん?どうした利乃」
”親友”…
由斗は自分では気づいていないようだが、不意に嬉しい事を言ってくれる…
友人の少ない俺には、その言葉一つで救われることが多くある
初めて由斗に出会った中一の春にも同じように”親友”だと言われた事があった



―粟崎 利乃中一の春―

「由斗~!」
朝早くから廊下が壊れそうな勢いで俺の方へ走って向かって来るのは
俺の幼馴染、尾風 海[おかぜ かい]だった
こいつの通る道は必ず開く
なぜなら…と言うかぶつかりたくないからだ
海は何故だかは知らないが気づけばいつも走っている
全校一の変わり者だ、今までもずっとそばにいたのに
いまだにこいつの行動を把握しきれない…
海の通る道を開けた人たちからクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「また海かよ」
「走るの好きだよなぁ」
「フッ…尾風君また走ってる」
「海の道を開けてやれぇー!
ぶつかっても自己責任だぞぉ~!!」
とまぁこんな感じで皆は海の事を受け入れている。
「ハァー」
気づけば溜息が出ていた
その溜息の原因となるもの…
それはもうお分かりだろう
そう…今俺めがけて一直線に走ってきている俺の幼馴染、尾風海の事だ…
「由斗由斗由斗~!!」
「う"…」
”ドスン”
とても鈍い音が廊下に響き渡った
俺めがけて飛び込んでくる海をよける暇なく俺は廊下に身体を打ち付けられた。
「なんだよ海…
そんなに慌てて。」
俺はもう起こる気にもなれなかった
海はまるで、ペットショップのふれあいコーナーで無邪気に走り回るポメラニアンの様に見えた。
海は今俺に馬乗りで乗っかっている状態だ
何を思ったのか海はそのまま話をつづけた
「僕たちまた同じクラスだよ!
すごいね!これで四連続!!」
とてもじゃないが直視することのできない満面の笑み…
周りのクラスメイト達が呆れかえていくのが解った。
「海、それだけってことはない…よな?」
「ん?
それだけだよ…どうしたの由斗?
目、死んでるよ?」
どうしたのじゃねーよ…
少なからず俺の目を殺したのはお前の発言のせいだ。
俺はそう思いつつも海の頭にチョップをかました
「人を呆れさせんのも大概にしろよバーカ。」
「痛い!
何するの由斗、頭割れる!!」
海は相変わらず大げさだ
「それぐらいで割れてどーする
てか重いから早く下りろ」
「へ?
あ、あぁごめん…」
そう言って海は俺にシバかれた場所をさすりながらそそくさと俺の身体から下りた。
俺もその場から汚れた制服をはたきながら立ち上がった
その時だ、俺の右肘に激痛が走った…
「イッ…」
とっさに俺は右肘に手を被せた
恐るおそる被せた手をのけてみる
…俺の手には血が付いていた
「由斗どうしたの?」
海が不安そうに聞いてくる
「いや、なんでもない。」
俺は海に傷口が見えないように
右肘を海から遠ざけた
だが、それももう遅く、俺の指の隙間から、赤黒い液体が一粒あふれ落ちる。
「血が…出てる…
あ…由斗…ごめん…ごめん、許して…」
海の顔が青ざめていく
あぁ…またやってしまった
また…海を怖がらせてしまった
海は血が嫌いだ、血を見るとひどく怯える。
それにプラスして今は罪悪感を強く抱いている
「ごめん…由斗…
ごめんなさい…」
海の目から次第に涙が零れ落ちてくる
”海の涙…止めないと…”
俺は心の中でそうつぶやき、海の頭に手を伸ばした
「泣くな海、この傷はお前のせいじゃない
大丈夫だから、もう泣くな
ごめん、怖かったな…」
俺は海の頭を優しく撫でた
すると、海は泣きながらもこう答えた
「…ごめん…僕は大丈夫だから…
心配しないで…大丈夫
ごめんなさい…」
海は手で顔を隠していた
指の間から透明な雫がポタポタと床に落ちていく
海は自分に言い聞かせるように、何度も何度も『大丈夫』と言っている
これは、海が一番不安なときに使う言葉だ
「海…」
「大丈夫…大…丈夫だよ…
由斗…ごめんね。」
気が付けば俺と海の周りには、海の友人やクラスメイト達が大勢集まっていた。
「ほら、もういいから来い…
行くぞ。」
「え…由斗…?」
俺は海の腕を強引に引っ張って、その人だかりの中からぬけた
「由斗、由斗どこ行くの?」
海は震えた声で俺に問う
俺は海の方を振り返らずに「保健室」と言った。
海は「え?何で…?」と涙を手で拭いながら聞いてきた
だが、俺は何も答えずに保健室へ海を連れて行った。


保健室についた俺は、海を椅子に座らせ、俺は保健室にある棚の中をあさった。
「ね、ねぇ…由斗
何してるの?」
俺は海の質問を無視して、さっき探し出した綺麗なタオルを水で濡らした。
「由斗…ねぇ、聞いてる?
何して…てわぁ、つめた!!
え…?タオル。」
俺は海に濡れたタオルを顔めがけて投げた
「…目…腫れんだろ
しばらくそれで冷やしとけ。」
海はいきなりの事に驚いたのか、とても間抜けな顔をしていた
俺はそんな海の間抜けな顔を見て頬を吊り上げて微笑んだ
すると、海は照れくさそうに
「由斗…いつもありがとう…。」
とはにかんだ笑顔を俺に向けた、その笑顔はいつも通りの海の顔に戻っていた。
海は何故こんな風になってしまったのか―
それは、海の親の父、安人[やすひと]の行いによっての事だった
海の父、安人は人間関係や仕事が上手くいかず、前の仕事先もリストラされるはめになった
そして、次の会社もその次の会社もリストラリストラで、もう精神まで崩壊しかけた時
安人は海に一生晴れることのない怒りをぶつけるようになっていた。
始めは言葉だけでまだ耐えられる程度、だが次第に言葉だけではなく
暴力までもが加わるようになってしまった。
その暴力は、とても酷いものだったようだ、今でもその傷跡が生々しく海の左腕に残っている
毎日毎日、海はカッターナイフで腕を傷つけられていたのだ
海はずっと耐え続けるしかなかった
ある日のことだ、安人は風呂場で腕を切って眠っていた
風呂の中は真っ赤に染まりきっていた
海はその光景を直視してしまったため
とても大きなショックを受けた…
その真っ赤な色を目の奥に焼き付けたまま…
安人は死んでいた。
海は、自分のせいで父を殺してしまったという罪悪感と真っ赤な血の恐怖を心に抱えながら、今に至る―…。
あれから随分と時間が経つが、いまだにその時の残像が目に焼き付いているようだ。
そのため海はまだ恐怖に怯えている
こんなに無邪気に笑えるのに…
こうなってしまったのも全て安人のせいだ…
だからこそ、俺は海の幼馴染として
”親友として”
海を小さい頃から支えてきた
勿論これからも支えていこうと思ってる。
海の不安な気持ちが消えるまで―
”ガラッ”と勢いよく開け放たれたドアの前には
月宮 麗美[つきみや れみ]が立っていた。
「アホ!!なにしてんの
授業始まるでしょうが!
てかまた泣いてんの海!?
男のくせに情けないな!」
「麗美ちゃん…!?」
「麗美…相変わらずお前は男らしいな…。」
月宮麗美は俺たちの友人だ、海のこの性質を唯一知っている人物でもある。
「うっさいわね!!
あんたらが弱いだけでしょ!」
「いや、少なからず俺はこんな男らしい女は見たこと…」
俺は最後まで言葉を発することを許されず、麗美に絞め技をかけられた
俺は何も言えず床をバンバンと叩きながら苦しさを表現した。
「なーんて言おうとしたのかなぁ~
由斗くんー?」
「由斗大丈夫!?
れ、麗美ちゃん由斗が…。」
海は俺と麗美を交互に見ながらオドオドとしている。
「ギブギブ!!
さっきのはお前の幻聴!
お前の幻聴!!」
俺はやっとの思いで声を出した
「いやいやいや、言ったよね?
こんな男らしい女見たことないって
これ絶対幻聴じゃないよね?」
「聞こえてんじゃねぇーか!
俺の言おうとした先の言葉まではっきりと解ってんじゃねぇーか!!
何で聞いたんだよ!?」
「うっさい!!」
「うるさいのはお前…
イダイイダイ!
ギブギブギブ!!」
麗美と顔を合わせると毎回こうなる
俺は毎回絞め技をくらわされ
麗美は恐ろしい力で俺の身体を曲げにかかる
海は俺を心配しながらオロオロし、そして俺たちの会話にクスリと笑う
俺はこの時間が大好きだ
海や麗美が一番輝くとき…
「もういい!!
由斗のお守は疲れたし、もう行くよ海!」
麗美は俺の相手をするのが飽きたのか、冷たい床に俺を放り捨て海の腕を強く引っ張る
「麗美ちゃん待って!
まだ由斗が…」
「いいのこんな奴!
早くくたばればいいわ!!」
酷い言い様だ…
俺はひん死直前の身体をギクシャクと動かし、麗美の方へ向いた。
そして一言…
「お守してんのは俺の方だ
それに俺はまだくたばらねぇーよ」
すると、麗美はお守されてると自覚したのか
それを恥ずかしく思い顔を真っ赤にして
「うっさい!バーカ!!」
そう言って海を無理やり引っ張り、保健室から出ていった。
俺を一人おいて…
「普通に考えて酷いよな…」
俺は誰も居ない寂しい保健室でポツリと呟いた。
「教室…戻ろ…。」
俺はフラフラとした足取りでその場から立ち上がった
そして俺は海と麗美の後を追うようにして自分の教室へ歩いて行った。
それから俺は自分の教室へ戻り、海と麗美に合流した
麗美は相変わらず怒ったままで、ずっと俺と顔を合わせようとしない。
俺はそんな不機嫌そうな麗美の顔を横目に、見覚えのある顔と共に入学式を終えた。


「あぁ~
疲れたー」
「確かになぁー
入学式って無駄に長くて疲れる…。」
「そうそう、特に職員紹介がね…」
俺と海が入学式の事を話している時、海を挟んで隣にいる麗美はとても不機嫌そうに歩いている。
俺はその不機嫌そうな顔に少し気に入らなく、ふとこう聞いてみた
「まだ怒ってんのか?」
麗美は俺が保健室から帰って来た時からずっと怒っている。
「ふんっ!!」
このざまだ…
こいつの性格が今だ不明
不思議度No.1
頭脳No.1
頭はいいくせに不思議すぎて、付き合いが長くなるにつれ謎がどんどん深まる奴だ。
確かこいつと出会ったのは小4の頃だっただろうか
あの頃も同じように麗美はプライドが高く、近寄りがたい存在だった
少なからず俺は…
出会いもとてもじゃないがいいとは言えなかった

―「うっさい黙れ、私に触れんな話しかけんな
肌がただれる、耳が腐る、私は”男が大嫌い”なのもう近寄らないで。」―

何とも憎たらしい、これは本当に子供なのか?
…と思うほどに、今思えば仕方ない事なのだが…
この話はまた今度詳しく話そう。
まぁその話は置いといてだ
俺は麗美のその可愛げのない反応に、思ったままの感情をぶちまけた
「可愛げのねぇ奴…。」
麗美はそれを聞いて、先ほどまで不機嫌そうだった顔を一変し
一瞬だけ俺に悲しそうな目を見せた
「え…?」
俺はその悲しそうな目にとても吸い込まれそうになった。
衝撃的な出来事に俺は驚きを隠しきれなかった。
俺たちの周りに重たい空気が流れだす
「あのさ…僕を挟んで喧嘩みたいなのやめてよ
すっごく気まずい…」
海のその言葉に俺たちの周りにあった重たい空気が一気に晴れた
ふと麗美を見ると、いつもと変わらない、あの憎たらしい顔に戻っていた。
「ふんっ!!
もういい!帰ろ海!!」
気づけば俺たち三人は校門をぬけようとしていた
「あ、おい待てよ!!」
「アンタはこっちじゃないでしょ!
ついてくんな!!」
「いや、それはそうだけどさ…」
「海、行こ。」
「え、あ、うん…じゃあね由斗、また明日」
海は少し気まずそうに笑い麗美の方へ小走りで向かって行った
俺と海は幼馴染のくせに家がとても遠いため、小さい頃にとても困った時があった。
「お、おぅ…じゃあな…」
俺は何もすることが出来ず海と麗美の後ろ姿が消えるまで校門前で二人を見送った。
二人の姿が完全に消えたことを確認し、俺も自分の帰るべき場所に足を進めていった。
「あいつのあんな顔初めて見たな…」


帰りの途中、俺はいつも通りお気に入りの場所へ向かうことにした
「あぁー今日は疲れた…」
俺は片手に本を取り、重い足取りでゆっくりゆっくり時間をかけて、その場へたどり着く
川の流れる音が聞こえてくる
あ、もう着いたな…
そう思い先ほどまで読んでいた本の文章から目を外し
目の前にある大きな川を見た
そこには、いつもとは違う新しい景色が広がっていた
俺に背を向け一人小さく座っている、俺と同じぐらいの歳の青年…
その青年の膝の上には、ここ最近この川周辺に住み着いてる猫が幸せそうな表情で丸まっていた。
青年は膝の上の猫を一撫ですると、静かに息を吸い込んだ

『――枯れた地に恵みを
この汚れた世界に何をもたらす
望なんていらない
この残酷な人生の波には誰も逆らえない
この地に恵みを、この世界に愛を――』

とても綺麗だった
今まで一度も耳にしたことのないとても美しい”歌声”―
俺はその透き通る美しい声に、一度聞いただけで虜になった
彼の事を知りたい、そう思うと俺の心は跳ね上がった
「誰…。」
「え?」
俺は気が付くと彼の後ろに立っていた。
「あ、ごめん!何でもないよ!!
ちょっと、君の歌を聞いてたんだ…
…”とても綺麗な声だね”…。」
彼は猫を膝から下し、その場に立った
「そう…ありがとう。」
”ミャー”
膝の上から降ろされた猫が、彼の足にまとわりつくように頬ずりをしている。
かなり懐いているようにも見えた
「その猫君の?」
話題があまりにもない…
そう思った俺はそう質問するしかなかった。
「リオの事…?
…違うけど。」
「リオ…?
こいつの名前?」
「うん、川で出会ったからリオ…
スペイン語で川って意味。」
「へぇ…
リオ…
お前って頭良いんだな、普通すぐそんな言葉出てこないぞ…。」
「へぇ…そう。」
そこで話が途切れた、何故だか知らないが驚くほどに話題が出てこない…
柄にもなく俺は今ものすごく緊張していた。
「あ、俺は幸本由斗
自己紹介するの忘れてた、はじめましてだけどよろしく!」
俺はやっとの思いで絞り出した最後の話題に心躍らせていた
なぜなら、今まさに、彼の名前が聞けるかもしれないというチャンスなのだから
…そう思っていた矢先、彼は俺にこう言った。
「そんな簡単に自分の名前を名乗るものじゃないよ…
威人妥[いとだ]中学、幸本由斗くん…。」
彼の言い放った言葉は、俺の期待していた答えとあまりにもかけ離れているものだった
ん…?何か心に引っかかるものがある…
何だろうか…?
”威人妥中学、幸本由斗くん…。”
あ…何でこの青年は俺の通っている中学校を知っているんだ?
「じゃあね…また明日。」
そう言って彼は猫の頭を優しく撫で、その場から去って行った…
俺はとても重要な事を聞きそびれてしまった
「何で俺の通ってる学校知ってるんだ…?
それに明日って…?」
俺はその場に立ち尽くすのみで何も考えられない状態に陥っていた
その時だ、俺の脳裏に青年の服装がよぎる…
「あっ!!」
そうだ、あの服装は…
見覚えがあるぞ、あれは、そう、俺の通う”威人妥中学、一年生”の制服だ…
「…ん?…でも入学式にあんな奴いたっけ…」
威人妥中学校では1、2、3年でネクタイの色が違う
一年は青、二年は緑、三年は赤
と言う様にぱっと見で何年生かが解るようにしてある
当然俺は青色だ、そして彼も青色だった…。
一年生…もしかすると同じクラスだったり…
と俺は早くもワクワクしていた。
「友達、なれるかな…」―


俺たちの出会いは河原だった
俺は父親の仕事関係で、俺に何の断りもなく家を買い新しい家へと引っ越しを始めていた。
引っ越しの理由は何とも身勝手なものだった
「こっちの方が依頼がこなしやすい」
俺は父さんのこう言った所が嫌いだ…
人の事を何も考えていない俺の気持ちなんか一度も解ってくれたことなんてない
嫌いだ…誰よりも、何よりも…
父さんがこの世で一番嫌いだ…。
引っ越しを終えて二日目、俺は威人妥中学校に入学することになった
だが、入学式には行くなと父に言われた
なぜかと聞いてみると、父は真顔でこう告げる
「朝は訓練をしろ、学校に行きたいならノルマを全部こなしてから行け。」
あぁ…憂鬱だ…。
訓練…父さんはまだ俺を呆れさせるつもりなのか…
まぁ、ノルマは確実に達成する、だが、特に学校に行きたいとは思っていない
…だって、行ったって楽しい事なんて一つもありはしないから―


やっと訓練が終わり、服に着替え学校に向かおうとしている、今は午後四時半。
もう下校時間だろう、だが少しでも顔を出して挨拶ぐらいしておけと言われたため
俺はそれに従い、家の外へ足を踏み出した。
何とも意味の分からない…父さんのなんでも俺に押し付け自分の事しか考えていないところが心底嫌いだ


「人がまだいる…。」
俺は威人妥中学校につきすでに校内に入っていた。
部活やら委員会やらがあるため人の声がいろんなところから聞こえてくる。
まず、俺は自分のクラスを確認し職員室へ向かった
担任の先生には適当に謝りをいれておいた
先生は「わざわざ来てくれたんだねありがとう。」
と笑顔で礼を言ってきた。
担任教師はまだ若く、新任のようにも見えた
名前は丸山 リカコ[まるやま りかこ]
丸山 リカコは俺を生徒玄関まで見送ると
「また明日
気を付けて帰ってね。」
と軽く手を振り、俺を背に職員室へ帰って行った。
「明日…ね…。」
そう言って俺は首を少し傾け溜息を吐いた。


川の音」が聞こえる
俺はふと川を見た
大きな川だ…
太陽の光を反射し、川がうねるたびにキラキラと輝く。
”ミャー”
猫の声が聞こえた
その声を辿り見つけたのは真っ白な子猫…
人に慣れているのか、俺を見るなり
すぐすり寄ってきた。
「お前が自由でいいな…。」
俺はその場にしゃがみ込み、その猫の頭を軽く撫でた
俺は名前を考えてみることにした。
名前…名前…
川…
…”リオ”…
スペイン語で川と言う意味だ
「リオ…今日からこれがお前の名前だ。」
そう言うとリオはのどをゴロゴロと鳴らし、俺の指を舐めた
そんな無垢なリオを抱きかかえ
その場に座り込む、リオは俺の膝の上ですぐに丸まった。
「リオ…
お前はバカだ…
もし俺がお前に危害を加える奴だったらどうする
もしかすると死んでるかもしれないんだぞ。」
獣は本能的に危険を察知できる。
俺はこいつに危害を加えない
リオはそれをわかってこんなに安心しきっているのだろう。
”ザッ”
地面のこすれる音が聞こえた
と同時に人の気配を少し離れたところから感じた
16メートル離れたぐらいのところだ。
俺は特にそのことは気にせずリオを一撫でし息をゆっくり吸い込む


『――枯れた地に恵みを
この汚れた世界に何をもたらす
望なんていらない
この残酷な人生の波には誰も逆らえない
この地に恵みを、この世界に愛を――』


”ザクッ”
俺の真後ろで人が止まる
俺が歌い始めてから足音が近づいてきているのは気づいていた。
「誰…?」
俺は横目で後ろを見た、そこに居たのは俺と同じ威人妥中学の一年だった
「え?」
とても間抜けな声、俺はそのままのの態勢で目線を彼の顔へと上げた
「あ、ごめん!何でもないよ!!
ちょっと、君の歌声を聞いてたんだ……とても綺麗な声だね…。」
彼はすごく慌てているように見える
何故慌てているかは不明だ
”とても綺麗な声だね”
…ちょっと…嬉しかった…
俺は膝の上でくつろいでいるリオを地面へおろしその場に立った。
「そう…ありがとう。」
それが精一杯の喜びの表し方だった
何ともぎこちない…
こんなくだらない事しか言えない自分に絶望した。
”ミャー”
リオが俺の足にまとわりつく
リオの触れたところが少しくすぐったい
「その猫君の?」
彼は少しの沈黙に耐えられなかったのか、話題をリオにそらしてきた。
「リオの事…?
…違うけど。」
「リオ…?
こいつの名前?」
「うん、川で出会ったからリオ…
スペイン語で川って意味。」
「へぇ…
リオ…
お前って頭良いんだな、普通すぐそんな言葉出てこないぞ…。」
「へぇ…そう。」
俺にしてはよく喋ったと思う
なぜか自分の中で変な達成感が生まれた。
まぁ、話の最後を飾ったのは俺なんだけど…
「あ、俺は幸本由斗
自己紹介するの忘れてた、はじめましてだけどよろしく!」
彼は目を輝かせ俺に期待の眼差しを向ける
俺の名前を求めているのだろうか
自分が名前を名乗ったら相手も名前を教えてくれると思っているのなら
彼は間違ている。
「そんな簡単に自分の名前を名乗るものじゃないよ…
威人妥中学、幸本由斗くん…。」
彼は目を大きく開けたまま何度もまばたきをして驚いていた
「じゃあね…
また明日。」
俺は幸本にそう言い、リオの頭を少し撫で、その場を去った
一年A組…俺と同じクラスだ…
幸本由斗…あんな奴がいるなら学校…行ってもいいか…
俺は不思議と笑顔になっていた
俺は感情を失ったあの時以来”笑ったことがなかった”
でもなぜだろう…幸本と言う男といるとなぜか柔らかな気持ちになれる。
それに、なんか大切な気持ちに気づけたような気がする…。
”とても綺麗な声だね”
嬉しかった…
また…話しかけてくれるかな…

世界の声を聴きたくない2

今回はとても長くなりました…。
すみません。
それとまえがきでも言いましたが投稿するのが遅くなってしまい申し訳ない気持ちでいっぱいです。
こりずに見ていただき感謝します。
続きもまた書くので引き続き見ていただけるととても嬉しいです。
でわ、いつ投稿できるかは分かりませんがこりずに見てやってください。
それでは最後に、ここまで見ていただきありがとうございました。

世界の声を聴きたくない2

母を6歳にして亡くした主人公粟崎 利乃【あわざき りの】は、母が亡くなったことをきっかけに全ての感情を失くしてしまった。 だが、利乃は中一の春に一つの感情を取り戻す― それは”友を思う優しさや喜び”だった… その感情を思い出させた人物、それは、幸本 由斗【こうもと ゆうと】 ごく普通のどこにでもいるような明るい青年だった。 由斗には多くの友人がいて、親友もいる。 利乃はいつか俺も由斗の親友になりたいとひそかに思うようになっていた。 そして、由斗は一つ誰にも明かしていない秘密があった… それは、幼いころのある小さな一つの事件にあってからの事だ ”不思議な能力”…と言ってもいいだろう 利乃はその不思議な能力に引き寄せられたのか、はたまた偶然か… ―これは、ある殺し屋の家族とある日突然不思議な能力を身に付けてしまった笑顔の絶えない明るい少年を描いた現実にありそうでない話―

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-04-01

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted