中高帰宅部だった男がプロボクサーを目指す奇跡の軌跡
中高帰宅部の著者が36歳にしてプロボクサーを目指す奇跡の軌跡である。
中高帰宅部で運動神経ゼロではあるが、きっとできる。なぜなら、自分には、闘う理由があるからである。
この物語は、中学校、高校と六年間帰宅部の著者、ハクション中西がプロボクサーを目指す熱き闘いの記録である。
はじめに
今から、俺、ハクション中西は、プロボクサーを目指すことにした。
きっと、これを読んでるみんなより、今は喧嘩は弱いだろう。
しかし、今日からプロボクサーになるための第一歩を歩きはじめるのだ。
さて、手はじめに、まずは、筋トレである。
今日は、プロボクサーになるために、まずは第一歩として、筋トレを始めることにした。
根性だけは誰にも負けない著者は、とにかく、筋トレでムキムキになり、“見た目”をボクサーにしようと考えた。
見た目から入るというのは、とても大切なことで、超一流のアスリートは、必ずイメージトレーニングを大切にしている。
この本も、書籍化されることが当たり前のこととして意識している。
そして、この本が書籍化されるころには、俺はボクシングの世界チャンピオンになっているだろう。
こういうことを書くと、挑戦したことのない人間が茶化したり、バカにしたりするかもしれない。
自分は何もしないで批評家にまわるのは、一番楽だ。でも、そんな生き方、むなしくないか?
と言うわけで、プロボクサーになることを決意した初日。
筋トレをしよう。
燃えるような決意の炎を、少しの深呼吸で鎮めながら、中学生の頃に買ったほこりをかぶった鉄アレイを持ってみた。
その瞬間、驚くべきことが起きた。
冷たい。
聞いてない。
鉄アレイが冷たい。
今は二月である。
俺は根性は誰にも負けない。
しかし、冷たいのは嫌いだ。
鉄アレイがもしも、温かければ、きっと、同じぐらいの筋力の持ち主とダンベルカールの回数を競争しても、必ず勝つ。なぜなら、根性と信念が別格だからだ。
しかし!冷たいのは聞いてない!
鉄アレイの冷たさとボクシングは無関係である。スポーツを科学するこのご時世に、無意味な根性論のトレーニングをするのは、はっきり言ってナンセンスである。
昔の指導者が、トレーニングの最中に水を飲むな、などと言ったり、膝を壊す可能性が高いのに、うさぎ跳びをさせたり、ナンセンスである。
俺は、鉄アレイをすぐに置いた。そして、鉄アレイに向かって、心の中で叫んだ。
冷たいやないかい!アホか!冷たければ冷たいほど、筋力アップするんかい!するんやったら、冷たいの我慢するわい。
冷たいのは、関係あらへんやろ!冷たいのは、意味わからんしな!
俺は、こういう、プロ意識に欠ける物が大嫌いだ。鉄アレイは筋力をアップさせるためのものであって、未来の世界チャンピオンの手を冷たくさせて、風邪をひかせるためのものではないはずだ!
風邪をひいてはたまらない。
俺はこの鉄アレイを使うのは、四月以降にして、他の筋トレをすることに決めたのだった。
今日は、もう疲れた。
明日から頑張ろう。
1日目の後日談
鉄アレイに関しては、やはり本当に頭にくる。
人間には二種類のタイプがある。
ひとつは、何かの目標に向かって突き進んでる人を応援するタイプ。
もうひとつは、目標を持ってイキイキとしている人間を、やっかんだり、嫉妬したり、邪魔したりするタイプだ。
鉄アレイにも二種類のタイプがある。
ひとつは、何かの目標に向かって突き進んでる人を応援する鉄アレイ。
もうひとつは、目標を持ってイキイキとしている人間を、やっかんだり、嫉妬したり、邪魔したりする鉄アレイだ。
俺の部屋に転がっている鉄アレイは、どうやら後者のほうだ。
許せない。この怒りを、ボクシングにぶつけよう。これが、本物のプラス思考というものだ。
そこらへんにウヨウヨいる自称“プラス思考”の奴らは、きっと冷たい鉄アレイを我慢して持って、筋トレしてしまうだろう。
そして冷たいから風邪をひく。
そして、風邪をひいても、薬を飲まずに、病は気からだとかほざき、根性で治そうとする。
病に対する正しいアプローチをしないから、当然死ぬ。
これのどこがプラス思考ですか?と言いたい。
俺は鉄アレイの冷たさを、情熱の炎に変えた。やってやる。世界チャンピオンになってやる。
これを読んでるお前たちは、きっと、興奮してるだろ。
でも、ちょっと待て!
何かをやった気になっていないか?
お前たちは、文章を読んだだけだ!
鉄アレイの冷たさを知らない!文章を読んで、鉄アレイの冷たさをわかったような気になって終わりかい?
今すぐ鉄アレイを触れ!
感動とは、感じて動くと書くんだ!やれ!今すぐ!
俺は、今日は精一杯生きた。もう疲れた。
鉄アレイめ
鉄アレイめ。
俺がたまたま、冷たさを力に変えることができる人間だったから、良かったものの、もし、そうじゃなかったらどうするのだ?
鉄アレイめ。
スポーツ用品店の奴も、なぜ鉄アレイを当時、右も左も分からない中学生の俺に売ったのだ?
利益になればそれでいいのか?
冬は冷たいですよ、の一言がなぜない?
俺なら、「冬になったら、冬用のぬくい鉄アレイと無料で交換させてもらいますので。」と一言添える。
たった一言添えるだけだ。なぜできない?答えは明白だ。
自分さえ良ければいいのである。
俺は、ボクシングで強くなったら、まず最初に、このスポーツ用品店のおっさんをどつきまわすことにした。
具体的な目標を定めたほうが、人間は頑張れるからだ。
右フックをシャドーボクシングで打つときも、やみくもに打ってはいけない。
相手の顎がどのあたりにあるか、意識しながら、やらないと意味がないのだ。ヒッチコック
俺は、あのスポーツ用品店のおっさんの顎の位置を、忘れてしまった。
だから、今日はシャドーボクシングもしない。
あの男の顎がどのぐらいの高さにあったのか、思い出すことに今日の残りの時間を費やすことにした。
今日は疲れた。
ヒッチコック
ヒッチコック
年齢制限
ボクシングのプロテストを受けられる年齢制限を俺は超えている。今月の24日で36歳になるのだ。
だから、どうした?
やらないことの言い訳になるか?ルールなんてのは、変えるためにあるんだ。
俺にはプランがあるのだ。
まず、ボクシングジムで、頭角を現し、世界チャンピオンのスパーリングパートナーとして、相手を圧倒する。
世界ランカーのスパーリングパートナーとして、連戦連勝する。
そして、自分から言わず、集まった記者たちに言わせる。
「こんなに強いボクサーがプロになれないなんておかしい!」と。
そこで、俺は、応援したいと思わせるために、記者たちに、こう言うのだ。
「はへ?」と。
かわいい!となるだろう。
強いし、かわいい!となるだろう。
年齢制限はそうやってクリアすればいい。
記者たちは、「はへ?」と言ってる俺に、もう一度、説明してくれるだろう。
「いや、中西さん!あんた!世界チャンピオンになるべきですよ!」
そこで、俺は、こう言い放つ。
「くぴぷー」
かわいい!かわいくて強い!これは、ビッグニュースだ!
名前さえ売り込めれば、日本ボクシング協会も動かざるを得ない。
名前を売りこむための手段とアルバイトを兼ねて、東方地方のなまはげの、子供を殴るタイプの新しいなまはげになろう。
年齢制限よりも、俺が深刻に悩んでることがある。
俺は、ハクション中西という名前で芸人をしている。
しかし、ボクサーとしては、まだデビューしたばかりだ。芸人の名前を利用するのも違うような気もしている。
リングネームを“ハクション中西”にするか、はたまた本名の“中西洋一”でリングに上がるか?
俺は、お笑い芸人として、生半可な気持ちで、ファッションでリングに上がるわけではない。
だから、“中西洋一”でいくべきか。
タレントが本を出す時に、たまにやるやつである。
「タレントほにゃららとして、ではなく、一人の人間へにゃららとして書いたものですので」みたいなことを言うやつだ。
しかし、俺には、同姓同名の大学教授がいる。
このままだと、大学教授がリングに上がっていると思われやしないか?
人に迷惑はかけたくない。
俺は、人に迷惑をかけてまでボクシングをしたくない。
人に迷惑をかけずして、リングに上がり、対戦相手を殴り殺したいのだ。
これを読んでるお前たちの意見を聞きたい。
今日は疲れた。ボクサーは大変だ。
世界チャンピオンへの道2日目
さて、ボクサーに休日などない。
俺は、今日もトレーニングをする。幸いにして、昨日の筋肉痛などもないようだ。
ボクサーと言えば、これを読んでいるお前たち素人は何を想像する?
色んな答えがあるだろう。
正解は、バッキバキに割れた腹筋である。
根性だけは誰にも負けない俺は、どんなに痛くても、どんなに打たれても、意識を失わない限りは立ち上がろうとするだろう。
それは、まったく鍛えていない今の時点でも同じだ。
しかし、そこにあぐらをかかないのが、俺の勇ましいところだ。
腹筋をバッキバキにして、ヘビー級のボクサーに打たせても、倒れない鋼の腹筋を作ることにした。
さて、お前らの中に、いるだろう。
自分は、まだリングの上に上がってもいないのに、批評家気取りで、ボクシングを見てる奴だ。
「ボクシングとキックボクシングなら、キックボクシングのほうがキックがある分、強いからなあ。」なんて、気持ち良さそうに言う馬鹿野郎である。
ちょっと待て、と。
お前、まず、どっちもやってねえじゃねえか!まず始めろよ!そこからしか、本当の挫折も、そして本当の栄光や喜びも現れねえ。
この世の中には、腹筋運動をしたくても、できないまま、死んでしまうやつもいる。
俺は、そいつらの分まで、腹筋運動してやる!そいつらの分まで生きるんだ。
俺は、今、現段階では、腹筋の力はそこらへんの女子よりも弱いだろう。しかし、俺にはそれを補って余りある、意志の力がある。
俺が手に入れる腹筋は、モデルが自分を良く見せようとするための、見せかけだけの、“ボディデザイン”などと呼ばれるチャラチャラしたものではない。
俺は、ここからの一ヶ月で、腹筋バッキバキと言えば、ハクション中西と言われるぐらいになるだろう。
だが、俺は、「中西さんって、腹筋割れてるって聞いたんですよ。」とかわいい女の子に言われても、こう言うのだ。
「はへ?」と。
かわいい!
強いし、かわいい!となるだろう。
だが、俺にとって、そんなことはどうでもいい。
唯一の心配は、きっと腹筋を作りすぎて、何かあって、緊急手術をしないといけなくなった時に、執刀医に迷惑をかけちまうことだ。
「ど!どんな鋭利なメスも、こ、この腹筋には、は!入らない!」
慌てる執刀医に、俺はこう言う。
「はへ?」とな!
執刀医は、思うだろう。
この人は、なんて強い人間なんだ!
こ、こいつ、死ぬのが怖くないのか?
そして、執刀医は俺に聞くだろう。
「あ!あなた!死ぬのが怖くないのですか?」
そこで俺はこう答えるのだ。
「およ?」
かわいい!かわいくて強くて、かっこいい!さすが世界チャンピオンだ。
きっと、この人は、もし医者を目指していたら、私などより、よっぽど優秀な外科医になっていただろう。
ふふふ。よ、よせやい。
照れるやい。
壮絶!俺流腹筋運動!
というわけで、俺は、ベッドの上で、腹筋運動を始めた。
これを読んでいるお前らの中にもいるだろうな。回数を気にするバカが。
“回数という名の甘え”を設定した時点で、一流どまりである。
超一流になりたい俺は、回数など設定しない。気絶するまでやるだけだ。
大体、一流と呼ばれるアスリートのドキュメントを見ても、俺はいつも憤りを感じていた。
“腕立て伏せ100回を毎日こなします。”
は?
お前が、最大限、能力の限界までやった数字が、そんなキリのいい数字なわけがない!
10進法というものに縛られている軟弱アスリートの悲しいドキュメントにしか俺にはみえない。
気を失うまでやればいいだけだ。
回数という名前の甘えを捨て、俺は腹筋運動をしはじめた。
ベッドがきしむ音がする。
ギィー、ギィー。
1回、2回、3回。
ここからは神の領域だ。
4回、5回。
根性なら誰にも負けない。
その時、俺の体に衝撃が走った!!
ベッドの下のシーツがズレるのだ!!
聞いてない!
学校で習ってない!
俺は、腹筋運動自体の苦しさなら、誰よりも耐えることができるだろう。
しかし、シーツがズレるのは、嫌いだ!なんだ、このベッドは!
シーツがずれると、当然後で、シーツをベッドにかけなおさないといけなくなる。
体力の限界まで、腹筋運動をする俺には当然そんな力など残っているはずがない。
シーツめ!
人間には、二種類のタイプがある。
ひとつは、何かに夢中で走りだしてる奴をみると、素直に心から応援する人間。
そして、もうひとつは、何かに夢中になってる人間を見ると、揚げ足をとったり、批判したり、やっかみと嫉妬の炎で足をひっぱろうとするタイプ。
シーツにも二種類あるのだ。
ひとつは、何かに夢中で走りだしてる奴をみると、素直に心から応援するシーツ。
そして、もうひとつは、何かに夢中になってる人間を見ると、揚げ足をとったり、批判したり、やっかみと嫉妬の炎で足をひっぱろうとするシーツ。
俺の家のベッドのシーツは、残念ながら後者のタイプだったようだ。
こんなこと、お父さんもお母さんも教えてくれなかった。
そもそも、産んでくれとか、頼んでないし!意味わからんし!
俺は、ふと、自分のくしゃみで目がさめた。
ベッドのシーツがずれたショックで、どうやら気絶していたらしい。
ボクサーは大変だ。
今日はもう疲れた。
ジム選び
ボクシングを始めて、二日目である。
ここまで過酷なものだとは、正直思わなかった。まだ誰ともスパーリングしていない状態で、この過酷さである。
しかし、根性だけは、誰にも負けない俺のことである。逆にワクワクしているのだ。
さて、ボクシングの世界チャンピオンになるために、まずはジムも探さないといけない。
ここで、これを読んでいるお前ら素人たちは、どうやってジムを探せばいいと思うのか、聞いてみたい。
常識的には、世界チャンピオンをたくさん輩出している、とか、家から近い、とか、実際に見学に行って、比べてみる、だの、そういう答えになるのかもしれない。
しかし、これらは全て間違いである。
強くなるために始めるのに、ジムというのは手段である。
東大に入った時点で満足してしまう奴と同じぐらい愚かなことである。
ジムに入って、バンテージの巻き方を覚えただけで、ボクサー気分になり、バンテージ巻いたまんま、コンパに行く奴がほとんどなのだ。
バンテージ巻いたまんまコンパに行き、女の子に、「それ、何を巻いてるの?」とか聞かれるのを虎視眈々と待っているのだ。
なんてつまらない人生なんだ。
俺はそんな奴らと同じになりたくない。
俺は自分と闘う強さを持っている。
孤独と闘う強さを持っている。周りと比べる弱さ。異性を意識する弱さ。くそくらえである。
だから、俺にとって、自分の家がジムなのだ。幸せの青い鳥は家にいただろ?
ジムは家なんだ!
俺はボクシングにだけ集中するために、基本的に週に7日間どこにも外出せず、ジムにいることに決めた。
お父さんとお母さんと弟二人と犬がいるが、そんなことで気が散るほどのメンタルではないのだ。
雰囲気でボクシングをやってる奴らは、全部ボクササイズと見なす!!そんなやつには、俺は説教してやりたい。
「おい、お前、なんのためにバンテージを巻いてるんだ?」
「みんなが巻いてるからっす。今からこのままコンパ行くんで話、手短かにしてもろていいっすか?」
「お前のような奴は、ボクサーじゃない。コンパにバンテージを巻いていくだと?ふざけるなっ!ボクシングをなめるなっ!」
「意味わかんないっす。バンテージをじゃあ、なんで巻くんすか?」
「簡単だ!手にバンテージ巻いてたら、他の用事を頼まれないにくいからだ!愚か者!」
「私が間違ってました。」
いっちょあがりである。
そうなのだ。バンテージというのは、ボクサーだよという証として、他の用事とかを言いつけられないために巻くのだ。
バンテージを巻いてる人に、「買い物行ってきて。」とは、誰も頼めないだろう。言いかけたとしても、「買い物行ってきてほし・・・あ、ごめんごめん。その手やったら、無理やね。」となる。
ボクシングの世界では、女にうつつをぬかしたり、他のことに時間を費やす奴から脱落していくのだ。
バンテージの上から普段からグローブもしとくと、なお良い。
ヘッドギア、マウスピースも全て同じ理由でつけるものだ。
「ねえねえ、わたし、そろそろ29やし、結婚のこととか、どう考えて、あ、ごめんごめん、ヘッドギアつけてるから聞こえへんよね。」
これで結婚は避けられる。
「わたしのこと、好きなら、キスしてよ!あ、ごめんごめん。マウスピースしてるから、しにくいよね。」
これで恋愛しなくてすむ。
すべてはボクシングのためである。
シュッシュッ。
とりあえず、俺は、ボクシングのパンチのリズムを、世界一速くするために、まずは、口でシュッシュッシュッシュッ言いまくることにした。
口のシュッシュッと、パンチのシュッシュッとどちらが速いか、答えは考えるまでもない。
ならば、口のシュッシュッをまず世界一速く言えるようになって、その上で、その口のシュッシュッに合わせてパンチを繰り出せるようになれば良いのでシュッシュッ。
ボクシング理論を確立できたのでシュッシュッ。
赤ちゃんでちゅ。
おっぱい飲みたいでちゅ。
チュッチュッ。
今日はもう疲れた。
引退
俺がジムに週に7日間いて、外出をせずに、ボクシングと向き合っているって話したら、友達に、ひどいことを言われた。
「それ、ニートやで。」
ひどーい(T_T)
もうイヤや(T_T)
引退します(T_T)
もともと、ボクシングなんか、最初から、そんなに好きでもなんでもなかったし!
意味わからんし!
引退撤回
このまま、無敗のまま引退しようかと思っていたが、やはり、そういうわけにもいかない。
引退宣言をしてからの時間、ゆっくりと考えてみた。
シュッシュッ。
まだ動ける。
動けまシュッ。
解説者になろうか、指導者になろうか、そんなことまで考えた。
しかし、一流の選手が必ずしも一流の指導者にあらず、という言葉もある。
それに、やっぱり俺は俺でなくちゃ。
たまに聞かれるんだよ。
「僕もハクション中西になれますか?」ってね。
そんな時、俺はこう答えるのさ。なれるよって。
ハクション中西ってのは、名前じゃないんだ。ハクション中西という生き方なんだ。
だから、これを読んでるお前たちもハクション中西さ。
ハクション中西ってのは生き様についてる名前さ。だから、ジョンレノンはハクション中西なんだ。
ハクション中西は、だから死なない。
俺は、復活する。
これがハクショニズムだ。
よくイノキイズムなんて言葉を聞く。わかりやすく言おう。
ハクショニズムの中にイノキイズムがある感じだ。イノキイズムってのはハクショニズムの中の一種なんだよ。
アベノミクスってあるだろ。
あれもハクショニズムの中に、アベノミクスがあると思ってくれよ。アベノミクスってのはハクショニズムの一種なんだ。
あと、なにがあるかな。
キューピー3分クッキングってあるだろ。
あれはハクショニズムの中にキューピー3分クッキングがあるんだ。
だから、俺は死なない。
これを読んでるお前たちも、なれるさ。ハクション中西に。
誰でもなれまシュッシュッ。
真剣に生きる生き方についてる名前がハクション中西なんでシュッシュッ。
シュッシュッ。
赤ちゃんでちゅ。
おっぱい触りたいでちゅ。
ヒッチコック
闘う理由
俺が闘う理由について。これまで背中と拳でしか語ってこなかった。
しかし、教えてくれー、教えてくれーって、色んな人から言われる。
コンビニの店員は「闘う理由を教えてくださいませこんにちはー。」と挨拶してくる。
赤ちゃんを連れたお母さんは、赤ちゃんを俺に見えないようにギュッとつねって泣かせてから、「よーちよち、もうすぐハクション中西さんが、闘う理由おちえてくれまちゅからねー。」と赤ん坊をダシにして迫る。
闘う理由を言わなければ、本業のボクシングに差し障る。
仕方ないようだ。
あれは、昔のことだった。
俺が高校時代だ。
親友と青春ならではの、青くせえ討論になったんだ。
自分のために闘うほうが人間は頑張れるって言いやがったから、俺は、愛する人のために闘うほうが人間は頑張れると言い返したんだ。
いや、逆だったかな。
俺が、自分のために闘う派で、あいつが他人のために闘う派だった。
いや、逆かな。最初のやつであってるかな?
まあ、とにかく議論をしていたら、そいつは、俺につかみかかってきたんだ。
「人のために闘うほうが人間は頑張れるって言うてるやろが!しばくぞ!コラァ!」
俺は胸ぐらを掴まれて、殴られそうになった。
そこで、俺は、こう言ってやったのさ。
「ごめん、ごめん。そうやと俺も思うよ。」
ってな。
以来、俺はあいつをいつか、喧嘩が強くなった時に、殴り殺す予定ができたのさ。
リングの上では、人を殴った結果、死なせてしまっても、事故として扱われる。罪には問われないんでシュッ。
そう!この俺様は、ボクサーは、持っているのさ。
殺人許可証をな!!
俺は、言葉で討論をしてたのに、つかみかかったあいつを、ボクシングで強くなって、殴る。そして、こう言うのだ。
「自分のために闘うほうが強くなるやろが?どや!」とな。
あるいは、逆だったかもしれないから、そのへんは相手にちょっと確認してから、セリフは変えるかもしれない。
「どや!人のために闘う強さ、思い知ったか?」とな。
もちろん、俺が復讐しようとしている奴は現在、ボクサーでもなんでもない。インテリアコーディネーターらしい。
俺はインテリアコーディネーターを殴る。リングの上でお鍋とか、美味しそうな匂いでインテリアコーディネーターをリングにあげて、殴り殺す。
俺は、殺人許可証を持っているのだ。
手に負えない場合のナイフも忍ばせ、準備万端にするつもりだ。
リングに上がってくれない場合、最悪、その場で殺してから、あとで遺体をリングに上げてもいい。
日本の警察も、リングの上で死んでたら、きっと、“リング上での悲しい事故”として処理するだろう。
とにかく、俺は、やつを許さない。
あっ!
来た!これか!この感覚!
そうか。ボクシングをはじめてから、最初は復讐で見返すつもりだったのが、だんだんとボクシングにのめりこむうちに、そんなこと、いつの間にか、どうでもよくなるという、アレである。
いじめられっこから格闘家になった人とかが、たまにインタビューとかで言ってるアレである。かっこいいアレである。
ソレが今、突然襲ってきた!
復讐なんてどうでもいい。
インテリアコーディネーターは、これからも、インテリアをコーディネートし続けてほしい。
インテリアコーディネーターの子供とか、奥さんとかも、殴る予定だったが、それも、もうやめだ。
インテリアコーディネーターの子供にはすくすくと育って、親父のように、インテリアをコーディネートしてほしいし、嫁は、嫁で、まぁ、なんか、おもいつかへんけど、頑張れ。
ボクサーになって、心が豊かになった。
名前も豊になったらどうしよう。
俺は中西洋一だ。
危ねえ危ねえ。
中西豊になるところだった。
トレーニング3日目
3日目である。
ボクシングの世界は甘くない。しかし、誰にも負けない根性の持ち主である俺は、きっと成し遂げるだろう。
一日目は鉄アレイのせいで、二日目は、布団のシーツがズレるせいで、トレーニングらしいトレーニングができなかった。
今日は下半身のトレーニングである。
ボクシングの素人であろう、これを読んでるお前たちは、勘違いしているだろう。
ボクシングは下半身のスポーツなのだ。下半身の強さ、バネから、強靭なパンチが生まれる。
そこで、俺はスクワットをすることにした。回数は決めない。“回数という名の甘え”がないと頑張れない俺以外の全人類は、回数を設定するといいだろう。
スクワットなら、もう理不尽なことは何も起こらない。気絶するまでやればいいだけである。
1、2、3、
快調にスクワットを続ける。
11、12、13
その時だった。
背中に違和感を感じたのだ!
下半身を鍛えたいのに、背中?
はあ?
俺はスクワットをやめた。
これは、手段が目的化してしまうという、一番悪い例だ。
俺は気絶するまで、やるという目的を持っていた。
しかし、背中が痛いのは聞いていない!
学校で習ってない!
国が悪い!
気絶がゴールなんだから、気絶すればいい。
そう、つまり、気絶というか、寝ればいいのだ。
今日はもう疲れた。寝る。
引退
目がかゆい。
きっと網膜剥離だ。
ボクサーがよくなる目の病である。
無敗のまま、俺は引退することにした。
引退したので、しばらくは何も気にせずに飲み食いして、少しぼーっとしてみたいと思う。
それにしても、網膜剥離か。決して俺は運命を恨んだりはしていない。
いいボクサー生活だった。
一発のパンチももらわないまま引退できて幸せかもしれないな。
じゃあ、なぜ、網膜剥離になったんだ!
は!は!は!はうっ!
はうっ!
あ、あ、あが・・・
お、俺は、誰だ?
俺は誰なんだ!?
俺は、ボクサーなのか?
はたまた芸人なのか?
もはや、自分が何者なのか、わからなくなってきた。
怖い。
人の目が気になる。
後ろのほうで笑い声が聞こえると、なんか、自分のこと笑ってるような気がする。
自分に自信がない。
一人で居酒屋行ける人かっこいいー。
うち、絶対ムリー(≧∇≦)
死のう。
さよなら。俺にとってはリングが全てだった。そのリングが網膜剥離によって奪われた以上、生きる意味がなくなってしまった。
自堕落な生活
もう、俺はボクサーじゃないんだ。
その現実を受けとめることがなかなかできない俺。
俺は、ボクサーじゃないんだ。
もう、違うのだ。
働く気力もなんにもなくなった。
でも、金を稼がないといけない。
手元には、貯金がほとんどない。
なぜだろう。ファイトマネーはきっと全部、遊びにつかってしまったのかもしれない。
破天荒な俺!
情けない。
しかし、生きていかねばならない。
死ぬことは怖くないんだが、飛び降りとかすると、最後の地面が当たる瞬間、一瞬冷たいだろうし。
冷たいのだけは絶対に嫌なのだ!根性だけはある!冷たいのは嫌!そんな俺。
ボクサーでなくなってしまった俺は、もう気力がない。
ラクして金を稼ぎたい、コツコツ真面目に、なんて、やってられねえ。
おしっこしてるところを見てあげるだけで、金をくれる金持ちのババアとかいないかな?
そういう行為まではしたくない。おしっこしてるところを見てあげるだけで興奮して、ヘビー級世界チャンピオンのファイトマネーぐらいの金をくれるババアがいれば、俺は、もう他に何もいらない。
別に物欲もねえ。
名誉欲もねえ。
ボクサーだった頃の俺はもう昔の俺さ。
何もいらない。
ただ、おしっこしてるところを見てあげるだけで興奮して、ヘビー級世界チャンピオンのファイトマネーぐらいの金をくれるババアがいれば、俺は、もう他に何もいらない。
ただ、ただ、それだけさ。
そうだ!今からツイッターで募集してみよう!きっといるはずだ!
おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれるババアが!
光が見えてきた。
今日できることを先延ばしにしないのが俺のいいところさ。
世間の冷たい風
おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれる金持ちのババアをツイッターで募集したところ、なんの反応もなかった。
ボクサーじゃなくなってしまった人間には、みんな冷たいようだ。
俺は、もう、プロボクサーでもなんでもない、単なる根性だけは誰にも負けない男になってしまったのだ。
根性だけは誰にも負けない男なんて、世間にとって、なんの意味もないのだ。ただのビックリ人間である。
ガラスをバリバリ食べてしまう人とか、ベロが世界一長いおじさんとか、そのへんと同じ種族である。
諦めかけていたその時、一通の手紙が届いた。
母校の小学校の生徒たちからだった。
“ハクション中西さんへ
プロボクサーとしての中西さんの生き方、母校の生徒として誇りに思います。
ところで、風の噂で、中西さんが、おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれる金持ちのババアを探していると聞きました。
おせっかいかもしれませんが、わたしたち○○小学校のみんなで、探してみました。
見つかりました!
○○市△△町××番地に五重の塔があります。
そこの五階に、おしっこを見てあげるだけでお金をくれる金持ちのババアはいるそうです。
しかし、各階には、武術の達人がいて、そいつらを倒さないと、五階までたどりつけないようなのです。
中西さんは、逃げだすような人間じゃないですよね?
五階までたどりつき、見事、おしっこをするところを見てあげるだけで興奮してお金をくれる金持ちのババアから、お金をゲットしてくれますよね!
そして、もしお金をゲットしたら、わたしたちの小学校に、クーラーを設置してほしいのです。
○○小学校生徒会長
鬼塚三吉
”
俺は、再び、目標を見つけたのだ。
ボクサーだった頃の熱い熱い想いが、再び、蘇ったのだ!!
おしっこしてるところを見てあげるだけで興奮してお金をくれる金持ちのババア、待ってろよ!!
必ずや!テメーから金を奪ってみせる!
そして、母校にクーラーをつけるのだ!
第二章 おしっこババア編
第一章のプロボクサー編、いかがだっただろうか。俺は、ボクシングと関われたことを誇りに思う。
しかし、考えてみたら、ボクシングというものは、やわらか〜いやわらか〜いグローブと、頑丈な頑丈なヘッドギア、あまーいイチゴ味のマウスピース、優しいレフェリーに守られたスポーツである。
俺のような男に、スポーツは似合わないのだ。
殺るか、殺られるかの試合、否、死合がしたいのだ。
各階に武術の達人がいる五重の塔。そして、目指す五階には、おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれるババアがいるというのだ。
今回の闘いに限って、俺は、生きて帰ってくると約束はできない。
そう言えば、今まで、お母さんに、“ありがとう”と言ったこと。なかったっけ。
俺は、洗い物をしているお母さんの後ろから、声をかけようか、迷っていた。
へっ、死ぬ覚悟は簡単にできているのに、“ありがとう”が言えないなんてな。
先日、木の枝にひっかかってしまった風船をとってあげたら、6歳ぐらいのお嬢ちゃんが、天使のような笑顔で言ってくれてたな。
ありがとうって。
お嬢ちゃん、あんたはもう、6歳にして、ハクション中西だよ!
お嬢ちゃんに負けてはいられない。俺は勇気を出して、お母さんに声をかけた。
「あ!あの!お、お母さん!い、今まで、あ、あの、あ・・」
するとお母さんは後ろを振り返りもせずに、答えた。
「ありがとうなんて言うつもりじゃないだろうねっ!あんたにお礼を言わせることなんてしてないよ!勝て!わたしの息子なら勝って帰ってこい!必ずや!必ずや!おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれる金持ちのババアから、金をGETするんだ!」
この母親にして、この息子あり。
ってか?
ってか?
ってか?って聞いとんねん。こっちは。
お前や。これを読んどるアホのお前や。こんなもん読んどるやつはアホや。
まあ、ええわ。
とにかく、とにかく、俺は、勝つまで帰ってこないことを誓ったのであった。
俺は、この数日間で、メンタルが強くなったことを感じた。
部屋の鉄アレイを再び触ってみる。
冷たい。
しかし、関係ない!俺は鉄アレイを持ち上げ、筋トレを始めた。
武術の達人か。
待ってろよ!必ずや、お前たちを倒し、おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれるババアからお金をもらってやる!
本番はナシでなーっ!!
本番はイヤだからなーっ!
俺にその趣味はないからなーっ!
そういう趣味の人を否定してるわけでもないし、高齢の女性に魅力がないと言ってるわけじゃない!
そんなのはとんでもない差別だ!
しかし!俺の趣味ではないということなのだ!それ以上でもそれ以下でもないのだ!
いざ!決戦の地へ!
いざ決戦の地へ向かう。
いきり立つ気持ちを抑えるために俺は、散髪屋に行った。
死ぬかもしれねえ闘いの前に、トレードマークの丸坊主をきれいにしとこうと思ってな。
「丸坊主でお願いします」
「はい。何ミリですか?」
なんで、こいつは、プロなのに、俺が何ミリにしたいのか、わからないのだろう。少しイラつきながら俺は答えた。
「3ミリでお願いします」
「はい。3ミリですねぇ」
散髪屋のおっさんは、バリカンを持ち、手慣れた様子で作業に入った。
「お客さん、今からお仕事ですか?」
俺は、こういう、会話してくるタイプの散髪屋が本当に嫌いだ。俺は髪の毛を切ってもらえばそれでいいのだ。俺は必要最低限のセリフと、無愛想な態度で、それ以上、何も聞くなというプレッシャーをかけることに慣れていた。
今回もそれをするとするか。
「まあ、仕事というか、ちょっとね。おしっこしてるところを見てあげるだけで興奮してお金をくれる金持ちのババアから金をGETするんすわ。でも!本番はナシでなーっ!本番はイヤだからなーっ!見るだけや!俺にその趣味はないからなーっ!そういう趣味の人を否定してるわけでもないし、高齢の女性に魅力がないと言ってるわけじゃない!そんなのはとんでもない差別や!しかし!俺の趣味ではないということなんや!それ以上でもそれ以下でもないんや!ってなとこっすわぁ」
案の定、俺の最低限しか答えない無愛想な態度に、おっさんはそれ以上追及しなかった。
散髪が終わり、金を払うと受付の別のおっちゃんが、「ありがとうございましたぁ。またのお越しをお待ちしてまーす」と挨拶した。
生きて帰ってくるかわからないことなど知らずに悪気なく言ってることはわかるので、俺は、苦笑いして、最低限これだけ言って、散髪屋を出た。
「来れたら来るんですけどねえ。今からちょっと、おしっこしてるところを見てあげるだけで興奮してお金をくれる金持ちのババアから金をGETするんすわ。でも!本番はナシでなーっ!本番はイヤだからなーっ!見るだけや!俺にその趣味はないからなーっ!そういう趣味の人を否定してるわけでもないし、高齢の女性に魅力がないと言ってるわけじゃない!そんなのはとんでもない差別や!しかし!俺の趣味ではないということなんや!それ以上でもそれ以下でもないんや!ってなとこっすわぁ」
外はまだ寒いはずなのに、体が火照っていた。
闘いまでの道
闘いまでの道である。
詳しい駅は言えないが、とにかくなんばで乗り換えを一回、本町で乗り換えるのだ。
電車を降りるたびに、車両のみんなが俺の顔を見る。その目は、闘いに行く男を見送るそれであった。
俺はその視線に答えるために、必要最低限、片手を軽くあげて答えた。
そして、必要最低限、こう言った。
「今から、おしっこしてるところを見てあげるだけで興奮してお金をくれるババアから見事お金をGETして、生きて帰ってくるからな!ただし!俺は本番行為はしねえ!それは何か違うからだ!年齢を重ねた女性に魅力がないと言ってるわけじゃない!そんなものは、とんでもない差別だ!そんな差別が許されるわけはない!許されるわけはな!ただ、俺がそういう趣味ではないというだけのことだ!そして!この闘いを通じて、俺は伝えたい。楽してできる金儲けなんてない!おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれる金持ちのババアを探すなんて、人から褒められた生き方じゃないと蔑む奴もいるかもしれない!しかし、しかし、それは、なんか、違うというか、なんというか。ほな、行ってくるわ!」
俺は、そうやって、必要最低限の対応で、これからの闘いの体力を残しながら、とうとう人生の最期になるかもしれない闘いの場にたどり着いた。
五重の塔は、屋根の上にたくさんのコウモリがとまっており、不気味さを演出していたんでシュッ。
シュッシュッシュッ。
頑張るのでシュッ。
赤ちゃんでちゅ。
おっぱいもみたいでちゅ。
一階の敵
目の前にある黒いドアを前に俺は深呼吸した。
黒いドアは、いかにも普通の人間の力では押しても開かないであろうと思わせるような黒で、俺は、ボクサーでよかったと心から思った。
いざ、押してみると、ドアはギィーと老館丸出しの音を立てて開いた。
一体何人もの罪のない人間がこのドアの前で死んだだろう。
部屋に入ると、そこは真っ暗だった。
と、パチリと音がして、明るくなった。そして、視界をとらえたのは、猫のような大きな目でこちらを見つめる腰の曲がった老婆の姿だった。
俺はすべてを悟った。
武術の達人だ。これを読んでるお前たち素人は、勘違いしているだろう。一流の達人というものは、強いオーラを出す。
しかし、超一流は、オーラを消すのだ。すごいと思わせないすごさである。合気道の達人の名言にもある。
合気道の究極の奥義は、自分を殺しに来た相手と仲良くなることです、と。
しかし、目の前の老婆は、その力を悪用している。
俺はファイティングポーズをとった。
老婆は、口を開いた。
「オプションで、わたしが、セーラー服を着たりもできますけど、どうしますかあ?プラス3000円でできます」
まるで風俗店のたくさん入った雑居ビルの一階かのような口ぶりとは対照的に、老婆の目は、こう言っている。
“プロボクサーもここでは赤子じゃよ”と。
俺は、まばたきすらできなかった。
まばたきをした瞬間に技をかけられる。殺される。
それだけは嫌でシュッシュッ。
嫌なのでシュッ。
赤ちゃんでちゅ。
俺は、老婆を最大の集中力で観察した。
目で聴き、耳で観るのである。少しだけ右足が前に出ている。サウスポーか?
いや、ほんの少しだけ左足が前に出ている気がしてきた。オーソドックスな右ファイターか?
いや、両足を揃えて立っている。
これはボクシングではない。
ぼたぼたと汗がしたたり落ちた。
次の瞬間、老婆の口がキバをむいた。と、思ったら単なるアクビだった。
この瞬間を俺は逃がさなかった。老婆の鼻のあたまに右ストレートをぶちこんだのだ。
老婆はぎゃあーっと、叫び、鼻血をダラダラと流しながら、こう捨て台詞をはいた。
「何するんじゃあ!タイプじゃないなら、そう口で言ってくれたら、それでええだけやがな!こんな年寄りに、何するんじゃあ!」
俺は、答えた。
「お前の敗因は、今まで自分より強い敵に出会わなかったことだ」
言い終わると俺は、右ヒザを地面についた。
これを読んでる素人のお前たちは、あっけなく俺が勝ったと思うだろうが、実際は、逆星になっていてもおかしくない、玄人好みの戦いであった。
玄人好みすぎたなあ。
これを読んでるバカップルがいて、女のほうが、「つまんなーい」と言った時は、男は、いいカッコをするチャンスだ。
「え?これ、わからんかあ?これ、わからんのや、そうなんや。いやー、これは、もうね、あと、10年経ってから見たらわかるよ。すごさが!星の王子さまって話みたいなもんや。大人になってから読むと、また違って感じる、みたいな。これは、深いよ!深い!この深さわからへんの?別れよう!」
そしたら女は「捨てないでー」と泣きついてくるだろう。
そこで、優しくキスすれば、女はもうお前にメロメロ。
しかし、俺の闘いをそんなことに利用しないでほしいでちゅ。
赤ちゃんでちゅ。
二階の敵
さて、俺はかろうじて、一階の敵を倒し、螺旋階段をのぼり、二階へとたどり着いた。
するとそこには、赤ちゃんを抱っこした長身の女性がいた。
俺は、直感した。
噂では聞いたことがある。
“赤拳”だ。
赤ちゃんを抱きながら、赤子を相手の攻撃の防御に使いながら攻撃してくる、相手側の良心を逆手にとった中国拳法がある。
目の前にいる女が“赤拳”の使い手であることは、プロボクサーである俺には、すぐに分かった。これを読んでるお前たちのような素人には、単なる子を抱く母親に思えるだろう。
なぜなら、これを読んでるお前らは、修羅場をくぐり抜けていないからだ。
戦争ってボンバーマンみたいなことやろ?って思ってるやつらがこれを読んでるのだ。
「ゆとりおつーっ!」
俺はそう叫びながら、赤拳の使い手に飛びかかった。
「この子だけには手を出さないでーっ!」と叫んでやがるが、目はこう言っているのが俺には分かった。
“おしっこしてるところを見てあげるだけで興奮してお金をくれる金持ちのババアに会いたければ、この赤ん坊と私を倒してからいけ!”
俺の鍛えあげた右ストレートは見事、女の鼻に命中し、蛇口のような勢いで血がしたたり落ちた。
赤ん坊を防御に使うよりも俺のパンチが速かったのでシュッシュッ。
トレーニングの成果が出たでシュッ。
良かったでちゅ。
赤ちゃんでちゅ。
と、勝利の喜びにひたる間もなく、俺は凄まじい敵意に気づいた。
赤ん坊の目線である。
ほぎゃあ、ほぎゃあ、と泣きながら、こちらを見るその目はこう言っていたのだ。
“くっくっく。赤拳は、赤ん坊を防御に使う拳法ではなく、お母さんを防御に使う赤子の拳法なのだよ。そうなのだ。私のほうが強いのだ。ネプチューンマンとビッグザ武道みたいな関係と考えるといいだろう”
俺は赤ん坊を“本当か?本当にネプチューンマンとビッグザ武道みたいな関係か?”という目で赤ん坊をにらんだ。
すると、赤ん坊は、“本当だ。ネプチューンマンとビッグザ武道みたいな関係だ”という目で俺を見返した。
俺は、赤ん坊ではなく、こいつは一人の武術の達人であると、見抜いた。
見た目に騙されてはいけない。
俺は、体重をかけた渾身の右ストレートを赤ん坊のお腹にぶちこんだ。
と、思った瞬間、倒れていたはずの母親が俺のパンチを背中で受けたのだ。
「やめて!この子にだけは手を出さないで!」
その時、俺は確信した。
こいつらは武術の達人でもなんでもなく、微笑ましい親子なのだと。
二階全体がフェイントになっていたのだ。
フェイントかあ。
あやうくひっかかるところだったぜ。
三階の敵
俺は、一階、二階の強敵たちをなんとか倒し、三階へと進むことができた。
俺の闘争本能や動物的な勘は、かなり鋭敏なので、三階まで階段をのぼると、正直、一階とか二階より空気が薄いことを感じた。
この点、もともと、ここにいる敵は、この空気の濃度に慣れているわけだから、かなりのハンデマッチである。
丸腰VS機関銃ぐらいの差だろうか。
俺は言い訳することを嫌うので、そんなハンデはものともしないのであった。
さて、三階の敵は、生涯忘れられない難敵となった。
「三階紳士服売り場にようこそ」
と話しかけたその男は、ニタニタと笑いながら、俺に近づいてきた。
俺は、“紳士服売り場”というジョークに、悪趣味を感じながら、距離をとった。
「お客様、気に入った服がありましたら、お気軽にご試着くださいねー」
と話しかける敵は、チェック柄のシャツとデニムのズボンという格好。
紳士服売り場の店員にしてはラフすぎるじゃねえか、などと、思いながら、そのチェックのシャツを見てしまったのが、俺のミスだった。
こ!これは!単なるチェック柄のシャツではない!!
俺はその時、分かった。
こいつは、錯覚を使う、中国拳法、“錯覚拳”の使い手だ!
チェックは単なるチェックではなく、人間の目に錯覚を起こさせる柄なのだ。よく、どう見ても長さが違う、二つの線分があって、どちらが長い?と聞いてくる問題があるだろう?
その周りにこれでもかと言わんばかに、関係のない線があちこちに描かれている、あれである。同じ長さの線なのに、明らかに長さが違って見えるのだ。
俺は、こいつのチェック柄を見ているうちに、とうとう重力の感覚を失ってきた。
ヤバイ!これはヤバイ!さらに、空気も薄い!
聞いてない!
学校で習ってない!
国が悪い!
錯覚のせいで、こいつの眉毛、右の眉毛が左の眉毛の二倍ぐらいの長さがある!きしょい!
と、思った途端、俺の三半規管が狂ったのか、ふと倒れこんでしまった。
ガラガラガッシャーンという音とともに、かけてあるハンガーとスーツを5、6着、巻き添えにしてしまった。
「お客様、大丈夫ですか?」
気がつくと、いつの間にか、距離を詰め、敵は俺の右腕をとらえた。さすがに強敵だ。俺の利き腕が右であることを見抜いてやがる。
しかし、俺は、この時を狙っていた。
重力感覚、水平感覚が失われていても、腕を握っている、こいつの“場所”はわかる!
「パンチだーっ!」
俺は、そう叫びながら、敵の鼻のあたまに利き腕ではない左のパンチをぶつけた。
相手の鼻からは血がポタポタとしたたりおちた。
「いたっ!な!なにをするんですか!」
その表情から、俺は見抜いた。
こいつは、単なる紳士服売り場の店員だと。よく見ると、眉毛が片方だけ本当に長い!
これを読んでいるお前たち読者なら、そんなことは思うまい。
「今日、変な奴おったからしばいたった」とか、ギャルみたいな彼女とかに自慢するに違いない。
俺は、そういう閲覧用の強さではなく、真の強さを求めているので、三階の敵が、敵ではなかったことを、ここに堂々と発表する。
これを読んでるお前たちが思うほど、楽な戦いではなかった。
なんの罪もない紳士服売り場の店員を殴ってしまったのだ。
その罪悪感が俺を苦しめたのだ。
俺なんて、生まれてこなかったら良かったかもしれない。
苦しい。
昨日あんまり寝てないし。
もともと家がお金持ちなパターンでずっと楽な人生とかもあるのに、俺は、おしっこしてるところを見てあげるだけで興奮してお金くれる金持ちのババアを探してるとか、人生不公平やし!
でも、俺は、あらためて考えた。
おしっこしてるところを見てあげるなんて、俺がやらなきゃ誰がやる?
と、決意を新たにした途端、チン!という聞き慣れた音がしたんでシュッシュッ。
それはエレベーターの音でシュッ。
エレベーターあったんかーい。
エレベーターあるんやったら、エレベーターで行くでシュッ。
一気に五階まで行って、おばあちゃんに会えるんでちゅ。
赤ちゃんでちゅ。
お便りの紹介
さて、これを読んでるお前らは続きが気になって仕方ないだろうが、ここで、ハクション中西に届いたお手紙や相談の一部を紹介しよう。
ペンネーム 今月女の子が生まれた新米パパさん
ハクション中西さん、いつもワクワクしながら読ませてもらっております。
僕も、根性で仕事に家庭サービスに、これからも頑張っていきたいと思います。
ハクション中西さんのお返事
僕も、って!
僕“も”って!いっしょにされてるで!迷惑ですらないけどな。次元が違いすぎて、話にならんけどな。子供生まれたとか、聞いてないのに勝手に喋りだした!びっくりしたぁ!
ペンネーム 四回戦ボクサーさん
お前は何もやってないくせにボクサーを名乗るな!まずリングに上がれ!左手だけでボッコボコにしてあげるから
ハクション中西さんのお返事
4回戦ボーイはこれぐらいの元気があっていいのかもしれないな。俺も昔は、むちゃくちゃやったからなあ。
ああ、むちゃくちゃやったなあ。昔からのツレといっしょにワルやったり、したなあ。
久しぶりに会ったツレと、こないだもワルやったりしたなあ。
ペンネーム 根性マンさん
お前は、すべてを人のせいや、物のせいにして、結局、なんにもしてない。かわいそうな奴だ。そんな先に、何もないぞ!おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれるババアなんていない!
楽ばっかりしようとするな!せめて本番行為もしろ!何が見てるだけやねん!
ハクション中西さんの答え
どうしちゃったんだろう、この人。
ペンネーム 宮本小次郎さん
ホントに面白いです!電車の中で、何度も吹き出してしまいました!
これからも中西さんの小説、ゲラゲラ笑いながら読みたいと思います!
ハクション中西さんの答え
どうしちゃったんだろう、この人。
他にも、たくさんのお手紙をもらってます。
みんな、ありがとう。
でも、俺は自分のたヒッチコックめに戦うのさ。
エレベーターでいざ五階へ!
俺は、まさかエレベーターがあるとは、思っていなかった。
これを読んでるお前らは、きっと、真っ先にエレベーターを探したり、ヘリで屋上から、五階に入ろうとしたり、楽をすることばかり考えるから、見つけたかもしれない。
しかし、楽をして、おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれるババアに会えるなんて、思うな!
真剣に腹が立つ!
楽をするな!
いいか!おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれる金持ちのババアなんて、いない!きっと、幸せの青い鳥みたいなものだ!お前たちの家にいる!なぜ、それがわからない!
俺は、小学生たちに嘘をつかれたのだ。
でも、小学生たちを責めるつもりはない。
彼らは、大人たちの、理不尽な嘘にまみれた教育の犠牲者なのだ!
とにかく、おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれる金持ちのババアなんていない!
俺はな、楽をしようとする人間が大嫌いだ!
俺は、各階にいる、武術の達人たちと戦ってみたかったのだ。
そして、それが終わったら、五階に行き、そんな、うまい話などないことを確認してから、帰るつもりだった。
そして、帰ってから、世の、俗世に生きる凡人たちに教えるつもりだったのだ。
美味しい話なんてないよ、って。
ドラゴンボールというアニメでも、超聖水は、単なる水だったろ?
そういうことなんだ!
おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれる金持ちのババアなんて、いない!
それがわからないか?
俺は楽をしたくない。
変かな?
変かなあ。
変なのかなあ。
そんなことを思いながら、エレベーターに乗り込んだ。
なぜエレベーターに乗ったかって?
別にエレベーターに乗って、三階から五階に一気にあがっても、いいと思ったのだ。
そこは、まぁ、なんとなくだ。
4階にいるやつが怖いとかじゃない。
むしろ、4階に強い敵がいてほしいという自分が怖い(笑)。ははは。
ははは。うふふ。
あっはっはっはっは。
エレベーターに乗ると、驚くべきことが起きた。
エレベーター内の表示されてるボタンは4階までしかないのだ。
くっ。ど、どっちみち、戦わねばならないのか!
良かった!
俺の、強い奴と戦いたい気持ちが実ったのだ。良かったあ。
あー、良かった。
しかし、このあと、俺は、人生で、最強、かつ最恐、かつ最凶かつ、最狂の敵と出会うのであった。
四階の敵
さて、俺は、4階でエレベーターをおりた。
それにしても、鉄アレイのことが、だんだん腹が立ってきた。
鉄アレイさえ冷たくなければ、俺はちゃんとしたボクサーになっていたのだ。
ありとあらゆる可能性を秘めていた。しかし、その可能性は、悲しいかな、鉄アレイの冷たさの前に砕け散ったのだ。
くそー。なんやねんマジでー。
そんなことを、4階の敵を観ながら思ってしまうこの俺の胆力たるや、我ながら驚きである。
4階の敵をあらためて見てみて、驚いた。
ムッキムキの黒人で身長190cmはあろうかという大男なのである。
敵は、少し笑いながら、こう言った。
「ここへ何をしにきた?」
そう言って笑った敵の顔を見て驚いた!
冬の乾燥した空気。唇も乾燥し、笑うと切れてしまって血が出るのであろう。俺も経験があるからわかるのだ。
その黒人は手加減して笑ってるから、変なのである。唇が切れないように切れないように、笑ってるのだ!
手加減して笑ってる!
このことの恐ろしさを、これを読んでる読者たちは分かっていないだろう。
手加減して笑ってるということは、唇が切れたら痛いということだ。普通、我々のようなファイターたちは、戦いの前、または戦いの最中にはアドレナリンが出るので、痛みには鈍感になる。
しかし、この男は、手加減して笑っていて、唇を切らないようにしている。
つ、つまり、つまりだ!
この俺を前にして、このハクション中西を前にして!アドレナリンがでていないのだ!
そして、この男は、唇を切る以上の痛みを味わったことがないのだ!
強い!あまりにも強いのだ!
愕然としている俺に、敵はもう一度聞いた。
「ここへ何をしにきた?」
俺はまっすぐに敵をにらみながら、答えた。
「あ、あの、マッサージに来ました」
「そんなもん、頼んでないけどな。あ、ひょっとしたらボスが、頼んでくれたのかな」
「そ、そうです。こ、こちらの五階の方から、お電話がありまして」
俺は、そう言うと、敵の筋肉をチェックがてら、マッサージをすることにした。
敵をマッサージして、体調を整えさせ、万全の状態にして、こちらは、マッサージをしたあとの疲れというハンデを背負いながら戦ってみたくなったのだ。
そこが俺の勇ましいところだが、読者のお前たちは、こんな生き方するなよ!
声が小さい!するなよーっ!
よし!
てなわけで、俺は敵の背中の上に乗り、マッサージをしはじめた。
その筋肉は、予想に反して柔らかく、良質ないい筋肉であることがわかった。
「ええ筋肉してますなあ。いっぱい女の人、泣かせたでっしゃろ」
「えへへ。そんなことはないよ」
作戦失敗だ。また手加減して笑ってるのだろう。背中ごしなので顔は見えないが、痛がっていないからだ。
俺は第二の作戦に出た。
「女の人、泣かせたんでしょ。こーちょこちょこちょこちょー!」
「ぎゃはは!や、やめ!やめ!うーぎやあーっ!!」
作戦成功である。俺のコチョコチョ攻撃に、敵は、思わず、本気で笑ってしまったのだ。そして、唇を切ったのだ。
かつてない痛みで、敵は、気を失った。よし、今のうちに五階にあがろう。
寝てるのを起こすのは、悪いので、ゆっくりとあがろう。
別に怖いわけじゃないけど、起こすという行動がそもそも嫌いやし。
俺が五階につながる階段を見つけたその時、背後に気配がした。
「お前、マッサージ師ではないな?」
はっ!
た、倒したと思ったのに、お、起きてる!
俺は、死を覚悟した。
この戦いは、どちらかが死ぬ戦いであることだけは、直感的に、科学的に、物理的に、数学的に、日本語的に、俺的に、わかったのだ。
すると、俺の脳裏に走馬灯が走った。
普通、死ぬ直前に、自分の人生の色々を思い出すという、アレである。
アレが早くやってきた。
人生の走馬灯は、本当に断片的なので、これをどう表現していいかわからない。
そこで、最も近い形で表現するために、文章ではなく、語句を羅列していくことにする。
下記のようなものが頭の中でぐるぐるとまわっていると思ってもらえたらいい。
くれぐれも断っておくが、下記の語句は俺の脳裏に浮かんでは消えた人生の走馬灯であり、決してこの小説を読んでもらうためのひっぱりのような、検索用ワードのようなものではないのだ。
走馬灯の語句一覧。
“きゃりーぱみゅぱみゅ 熱愛発覚”
“スキマスイッチ ファンに謝罪”
“ダウンタウンととんねるず、仲は悪い!?”
“ミキティ、お正月でお餅食べ過ぎ、後悔”
“アベノミクスの裏側、全部言います!”
“AVのセックスのウソ、ホント?加藤鷹と麻美ゆまの、ガチンコ対談!”
ああ、我ながらいい人生だった。
と、その時、唇から血が少し出ている黒人が前にそびえ立っていた。
「お前は何者だと聞いてるんだ!」
俺が走馬灯を見ていることにより、呆然としていたので、この黒人は、自分を見てビビらない人間に初めて会ったようだ。内心の動揺が見える。
俺は、黒人の金玉を思いっきり蹴り上げた。
黒人は、飛び上がった。
唇を切っただけで痛がっていたのだから、金玉を蹴られたら、痛みはその500倍はあるだろう。
黒人は、生き絶えた。
強い敵だった。
迷い
最強にして最狂であり最凶である四階の敵を倒した俺は、迷った。
五階に一応行くかどうかだ。
もちろん、おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれる金持ちのババアなど、いないに決まっている。
しかし、一応、確認して、そんなババアがいないことを見ておいた上で、俺は、俗世の人間たちに、教訓を教えていかなければいけないと思った。
楽をして金儲けできると思ったら、大間違いだぜ、と。
そのことを教えるためだけに階段を探す俺。
お釈迦様もきっとこんな気持ちだったのだろうと、思う俺。
これを読んで感動してるお前。感動させてる俺。でも、感動させてるという意識がない俺は、きっと街中で「中西さん、本、読みました!感動しました!」と言われてもこう答えるだろう。
「はへ?」と。
そして、話しかけた人は、こう言うだろう。
「あ!あんな素晴らしい本を書いたのに、自慢気な態度が一切ないなんて!中西さん、今もまた感動しました!」
それに対して俺は、こう答えるだろう。
「ほへ?」
かわいい。なんてかわいいのだろう。
あー、かわいい。
ずるい!
かわいいは正義だ!
かわいくて強い。
かわいくて弱いきゃりーぱみゅぱみゅなんていらない。
俗世に戻ったらきゃりーぱみゅぱみゅを殴ろう。
そんなことを思いながら、俺は階段を見つけ、一段、一段、のぼっていった。
そして、いよいよ、五階に到着したのだった。
うふふ。何を買おうかな。
最期の闘い
俺は、五階に到着した。
この五重の塔の五階である。
どうせ誰もいないだろうと思いながら。
金なんていらない。俺は楽をして儲けるという発想が嫌いだからだ。
そんな俺の思いとは裏腹に、真っ暗な部屋に、人の気配がしたのである。
と、その時、バチンと音がして、灯りがついた。
「ようこそ。わたしは、こういうものです」
そう言いながら、俺に名刺を渡してきた老婦人。
その名刺には、こう書かれてあった。
“おしっこしてるところを見てくれるだけでお金をあげるババア”と!
俺はジャンプして、喜んだ。
そして、こう叫んだ。
「やったーっ!おしっこしてるところを見てあげるだけでだけでお金をもらえるんだーっ!やったーっ!やったーっ!嬉しいーっ!」
これを読んでる怠け者の読者のお前たちは、きっと、こう思うだろう。
楽をして、お金儲けをするのが嫌いではなかったのか?と。
俺は楽をして、金儲けなんてしたくない。だが、こんな変な性癖のババアから、お金をもらい、タイガーマスク的に、色んな施設に寄付をしたいと思ったのだ。
だから、俺はジャンプしたのだ。
もし、これが自分のためのジャンプなら、こんなに高くは飛べなかっただろう。
これが、世のため人のためだから、こんなに高くジャンプしたのだろう。
どう思う?
これ、読んでる人、どう思う?
高くジャンプしたのって、やっぱり人のためやから、力が出たんかなあ。
どう思う?
ねえ?
どう思う?
これを読んでるお前らはどう思う?間違ってもいいから言ってみて?
どう思う?
お前らはどう思う?
ヒッチコックもどう思う?
ねえ?どう思う?
ジャンプ
ジャンプしたなあ。
あんなにジャンプできるとはなあ。
助走したら、もっとジャンプできたけどな。
でも、俺は、喜んで、急にジャンプしたので、助走とか、高さを競うとか、そういう問題じゃない。
多分高さで、二メートルぐらいは軽くジャンプしたかもしれない。
準備運動とかなしで、助走もなしで、あんなに高くジャンプできるとは、我ながら、すごいと思う。
これを読んでるお前たちと違って、努力してるし。
なんて、ことを思っていたら、次の瞬間、老婦人が、雄叫びをあげた!
「キエーッ!」
老婦人は、雄叫びをあげながら、こっちをキッと睨んだ。
ヤバイ!何かわからないが!ヤバイ!
老婦人は、キエーッ!という雄叫びのあと、また、何かモゴモゴと叫びだした。
「フンガー!フンガー」
「なに?」
「フンガー、フンガー!」
「なに?」
「フンガー!フンガー!」
俺には、ようやく分かった。
フンガーではなく!“ホンバーン”と言っているのだ!
本番だと?俺は本番はしねえ!
おしっこしてるところを見るだけだ!
本番は嫌だ!
目の前の老婦人は、おしっこをドボドボとスカートの下からもらしながら、手裏剣のように、何かをシュルシュルと投げてきた。
俺は間一髪、よけた!
が、頬を切った。血がしたたり落ちた。
後ろを見ると、5円玉がたくさん転がっている。
こ!こいつは!
こいつは!
“おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれるババア”じゃない!
“おしっこしながら、お金を投げて攻撃してくるババア”じゃねえか!
両者は全然違う!
お金を投げて攻撃してくるのと、お金をくれるのは全然違う!
おしっこしてるところを見てあげるのと、おしっこを勝手にしてくるのも、全然違う!
くそーっ!なんじゃ、こいつはーっ!
こ、こ、こ、こんなことならーっ!
真面目に働いたほうが楽だーっ!
聞いてないーっ!
学校で習ってないーっ!
親が悪いーっ!
政治が悪いーっ!
これを読んでるお前らのせいやーっ!
お前らが真面目に働かへんから、俺が、真面目に働いたほうが楽やってことを教えるために、色々やっとんねん!
くそーっ!!
しかし、俺は負けない!
俺がこの化け物を倒さなければ、誰が倒すのだ!
「パンチだーっ!」
俺はそう叫びながら攻撃をした。
その攻撃の種類はパンチだーっ!
そして、俺は次にこう叫んだ。
「キックだーっ!」
そう叫びながら、攻撃をしたのだ!その攻撃の種類はキックだーっ!!
俺は文章を書く能力が格段にアップしているので、きっと、これを読んでるお前たちには、まざまざと、浮かぶであろう。
この戦いの状況が!
まざまざとな!
そして、俺は気がつけば、おしっこしながら、お金を投げて攻撃してくるババアを倒していた。
ハァ、ハァ、ハァ。
長い戦いだった。
そして、俺は、再度驚くことになった。
こ、こいつは!!
俺のお母さんだ!!!
シェークスピアめ!
俺は、自分の母親を殺めてしまったのだ。
幸せの青い鳥が、家にいたように、おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれるババアも家にいたのだ!
深い!
深すぎる!
俺は、方向音痴なので、自分が知ってるところから説明されないと、どんな場所へもたどりつけない。
その方向音痴がたたってしまったのだ。
俺は何回か乗り換えて、自分の家に帰ってきただけなのだ!
五重の塔というか、俺の家は、マンションの五階だ!
くーっ!
お母さんを殺めるとか、追い求めていたものが、結局近くにある感じとか、シェークスピアの世界である!
シェークスピア、よう知らんけど!
先にやられた!
俺が思いついたのに!
くそーっ!!
俺が思いついたのに!
先に生まれてるとか、せこいしーっ!!
アインシュタインの相対性理論とかも、俺も真面目に勉強したら、同じこと、思いついたし!
先に生まれてきやがってーっ!
俺は、そんなことを思いながら、お母さんをどうするか、考えた。
リングの上に乗せよう(^_^)
リングの上での不幸な事故として処理されるだけだし!
多分、俺が殺さなくても、同じぐらいの寿命だったに違いないのだ。
そんなことを思っているうちに、お母さんは、起き上がってきた。
生きてた!
そして、お母さんはこう言った。
「晩ご飯はカレーよ」
やったー(^_^)
カレー大好き(^_^)
激闘すぎて家に帰る体力も残さず、神風特攻隊のように、片道分の燃料でやってきたつもりが、実は自分の家に帰ってきていたのも、ちょうど良かった。
うまいことできてるのだ!
この小説は!
カレー食べてからしばらくゲームして寝た。
カレー食べてからしばらくゲームして寝た。
闘いを終えて
戦いを終えて、一日経った。
本当に様々なことがあった。
幸せの青い鳥は、家の中にいた。俺が思っていた通りだ。
俺は有言実行の人間だ。プロボクサーにもなれたし、おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれるババアは家の中にいたし、すべてが言った通りになった。
そして、この本も書籍化されるだろう。
小説と言えば、やはりどんでん返しである。
最後の最後で、意外な事実が浮かび上がったりすると、同じ本を、その設定ありきで、もう一度読んでみたくなるものだ。
推理小説なんかは、犯人を分からずに読み進めているわけだから、最後に犯人がわかったら、今度は犯人がわかったという状況でもう一度読むと、また違った楽しみ方ができる。
だが、世間にあふれている本は、二回、読ませる程度である。
この本の画期的なところは、50回は、違う楽しみ方で読むことができるのである。どんでん返しをそれぐらいたくさん用意してあるのだ。
それでは、どんでん返しを一気に書いていこう。
一、俺は今年の四月から、大学生だ。
36歳になるということを書いてあるから、勝手におっさんだと思ってる人にとっては、意外性があるだろう。何年も浪人したあげく、やっと合格してからの、わずかな期間に、こいつ、なにしとんねん、などと思いながら読めば、二周目の楽しみ方ができる。
一、地球そっくりな違う星での話だ。
SFが好きな人にとっては、これもどんでん返しである。地球じゃないとこで、なにやっとんねん、と思いながら楽しんでほしい。
一、映画監督のヒッチコックは、どの映画にも必ず自分が少しだけ出演しているという。それを見つけるという楽しみを与えているのだ。この本も、同じことをしている。
探しながら、読み直してほしい。
一、俺の左足はサメに噛みちぎられて、先っぽがない。
困難を克服する系が好きな人は、この設定で、読めばいいだろう。実際は、左足あるけど。サメに噛みちぎられるほどヤワじゃないし。
一、横にずっと、ええ女おる。
鉄アレイを冷たがるくだりから、散髪屋行くところとか、別に一行も書いてないけど、俺の横にずっとええ女がいたのだ。そう思って、読むと、また官能的でもあるだろう。
一、実は夏目漱石が書いたやつだ。
売れてない芸人が書いてると思って、小馬鹿にしながら読んでしまったやつは、夏目漱石が書いたやつだと思いなおして読むと、説得力が大幅にアップである。
えーと、あとは、何かな。もう自分で考えてくれ。義務教育は終わってるんやから。
と、その時、俺の携帯電話が鳴り響いた。
「もしもし?はい。中西やけど。な!なにいっ!おしっこしてるところを見てあげるだけでお金をくれるババア4人と芸人4人のコンパをセッティングする?」
へへ、休ませてくれないようだぜ。
俺は、マントをひるがえして、夜の街に出るのだった。
マント、着とったんかーい。
マントを着てたと思いながら、最初から読めばいいかもね。パンツははいてないけどね。
パンツはいてないんかーい。
(完)
Q&A
読者のみなさんからお便りやメールがたくさんも届いているので、ここに紹介する。
Q ハクション中西って聞いたことない。文章も稚拙で、全く面白くなかった。マジでヤバイやつだと思う。コンビニの前にたむろしてる中学生ヤンキーとかにも負けるレベル。
A お前が聞いたことないだけで、売れてるし。お前、ビートルズのCD持ってなくてもビートルズ売れてるやろ。それといっしょ。
Q 根性ナシ!死ね!本物のボクサーに謝れ!
A 謝ろうと思った瞬間に、そんなん言われたから、逆に謝る気失せた。勉強しようと思った瞬間に勉強しろと言われたら、勉強する気失せるのといっしょやし。
あと、謝れ!死ね!の順番なら、わかるけど、死ね!謝れ!は無理やから。死んでもうてるから。
Q 電車の中で読みました。笑いがとまらなかったです。他にハクション中西さんのオススメの本はありますか?
A 同じFC2小説で、“営業電話の達人への道”というのを連載中です。他にも、どこにも発表していない長編小説を書き上げております。どこかで発表したいと思っております。
あとは、YouTubeに僕のネタやら動画やらもたくさんアップしてます。竹内義和先生といっしょにニコ動のラジオをやらせてもらっていたりもしますので、そちらも聴いてくださいませ。
Q 好きな女性のタイプは?
A おののののののののののののののののののののののののののののかです。
おのののか、というタレントの鼻の部分が28倍ぐらい長い架空の女です。
Q 真面目にやれ!
A やだ!ふざける!これからもオッパイのことをオパーイと呼び続けるし!
ほっほっほっほっほ。
またいつかどこかで会いましょう。
ほっほっほっほっほ。
中高帰宅部だった男がプロボクサーを目指す奇跡の軌跡
FC2小説のほうでは、また違う作品も多数載せてますので、この、知る人ぞ知る天才芸人、ハクション中西をチェックするのだ!
これまで読んでくれた方、本当にありがとうございました!