現ナマに気をつけろ!

 新人ベルボーイの明石は、その男を一目見るなりヤバイ系のゲストだと思った。
 ごつい体にストライプ柄のスーツ。金色に光る腕時計。極端に短く刈り込んだ髪に、長く伸ばしたモミアゲ。脇に挟んだセカンドバックとは別に、怪しげな紙袋を持っている。
 明石が勤めているのは割とフォーマルなホテルなので、チェックインしそうなゲストが来たら「お荷物をお持ちしましょうか」と声をかけるよう教育されている。だが、今の明石にそんな勇気はなかった。ただし、部屋まで案内する必要がある場合に備え、ドキドキしながらも近くで待機した。
 チェックインカウンターに真っ直ぐ向かって来る男を迎えたのは、明石の先輩である、フロントクラークの茂木だった。背が高く、超が付くほどの真面目人間だ。
「いらっしゃいませ。ご宿泊でございますか」
 茂木が低音でそう聞くと、男もしゃがれたような声で答えた。
「そうじゃ。鬼頭で予約が入っとるじゃろ」
「少々お待ちくださいませ。ああ、ご予約いただいております。エグゼクティブシングルに本日ご一泊でございますね。こちらにサインをお願いします」
 サインをした男は、紙袋をカウンターに載せた。
「明日の朝まで、これを預かって欲しいんじゃが」
「念のためお伺いしますが、こちらの中身は何でございますか」
 すると、男はさりげなく周囲を見回し、声を低めてささやいた。
「現ナマじゃ」
 横で聞いていた明石は、ドキッとした。
 もちろん、大量の現金など直接預かれない。自分で部屋の金庫に入れてもらうか、入らないようなら、フロント脇のセーフティボックスの鍵を渡すか、どちらかである。紙袋の大きさからみて、後者だろうと明石は思った。
 ところが、茂木の答えは意外なものだった。
「かしこまりました。明日までお預かりします」
 どうしたのだろう、相手にビビってしまったのかと明石は心配したが、茂木は笑顔で紙袋を受け取っている。
「それでは、お部屋までご案内させましょう」
「いや、結構じゃ」
 部屋のキーを受け取ると、男はエレベーターで上がって行った。
 男を部屋まで案内せずに済んでホッとしながらも、明石は気になっていることを茂木に聞いてみた。
「茂木さん、預かっちゃっていいんですか」
「え、ああ、ちょっと大きいね。でも、これぐらい大丈夫だよ」
 平然としている先輩に、明石はそれ以上何も言えなかった。

 翌日の早朝、例の男がロビーに降りてきた。ちょうど茂木がカウンターにいたので、男はそちらに歩いて行く。何事もなければいいがと、明石はそっと様子を見ていた。
「チェックアウトでございますか」
「ああ。昨日預けたものを出してくれ」
「かしこまりました」
 一旦カウンターの奥に下がった茂木が、紙袋を持って現れた。
「こちらでございますね」
「うむ」
 だが、紙袋を受け取った男の表情が一変した。
「な、何じゃ、これは!」
 見ていた明石は顔面蒼白になり、すぐに保安係を呼ばなければと焦った。
 しかし、茂木は笑顔のまま、こう付け加えた。
「ナマものと伺いましたので、一晩冷蔵庫の中でお預かりしました」
 それを聞いて、男も苦笑した。
「どうりで、よう冷えとる」
(おわり)

現ナマに気をつけろ!

現ナマに気をつけろ!

新人ベルボーイの明石は、その男を一目見るなりヤバイ系のゲストだと思った。ごつい体にストライプ柄のスーツ。金色に光る腕時計。極端に短く刈り込んだ髪に、長く伸ばしたモミアゲ。脇に挟んだセカンドバックとは別に、怪しげな紙袋を持っている…

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-01

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