宇宙遺産
大方の予想に反し、宇宙人とのファーストコンタクトは極めて平和裏に実現した。
ニュートリノ通信の技術が確立されるや否や、すでに無数の通信が行われているのが発見されたのである。マルコーニが無線の実験をした時に同じような現象が起きなかったのは、電波による通信がとっくの昔に時代遅れになっていたからだ。
驚いたことに、コンタクトを始めて数時間で、宇宙人たちは流暢に地球の言葉を話すようになった。後でわかったことだが、地球の言語というのは、宇宙の基準では極めて簡単な部類であるらしい。
ほどなく、惑星連合(星連)より特命全権大使を送りたいとの申し出があった。
地球の体面上、各国は慌てて世界政府を樹立し、当たり障りがないだろうとの理由で、初代の代表には日本人が選ばれた。
大使到着の日、ヤスダ代表はンピレナ大使を宙港に迎えた。
立ち上がったゾウアザラシのような大使の姿に多少気圧されながらも、代表は右手を差し出した。
「ようこそ地球へ。地球政府代表ヤスダシンイチでございます」
「おう、握手ですね。残念ながら、直接わたしの体に触れると、代表の皮膚が融けてしまいますので、ご遠慮いたします。惑星連合特命全権大使のンピレナです」
ヤスダ代表は急いで手を引っ込めながら、失礼にならないよう日本風におじぎをした。体の構造上おじぎが苦手らしい大使は、軽く頭だけ下げた。
「では、大使。歓迎晩餐会の前に地球の名所をご案内させてください」
厳重な警備の中、大使一行を乗せた専用ジェットは地球を駆け足で回った。
大使は、エジプトのピラミッドや万里の長城にはあまりピンとこない様子だったが、ニューヨークの摩天楼や新宿の高層ビル街の方は大いに気に入ったようで、「おう!」とか「何と!」などと感嘆していた。かなりの強行軍だったが、大使は終始上機嫌であった。
その日催された歓迎晩餐会の席上でも、大使は地球の文明を褒めちぎった。
「いやあ、本当にすばらしいですね。わたしもこれまでいろんな惑星を見てきましたが、地球は最高です。是非、宇宙遺産に推薦したいのですが、いかがでしょうか」
初めての大役が成功裏に終わり、しかも、相手に自分の星を賞賛され、すっかり上機嫌でシャンパンのグラスを次々に空けていたヤスダ代表は、それを聞いて感激のあまり目をうるませた。
「大変ありがたいことです。どうかよろしくお願いいたします」
「お任せください。宇宙遺産認定協議会の会長はわたしの母星出身ですのでね。いやあ、それにしても奇跡ですなあ。今時、こんな原始的な文明の惑星が残っていたなんて」
(おわり)
宇宙遺産