カップケーキ

カップケーキ

人を悲しませたくはない、あたりまえ。
でも自分の幸せの陰にはだれかの涙があるかもしれない。
自分の悲しみの陰には誰かの安堵があるかもしれない。
まだ若い私たちは、まだ理解しきれてないけれど
受け止めること、前に進むこと、勇気を出すこと、それしか今は選択肢がないから・・・

好きになること、告白すること、ふられること、その影の笑顔と涙。17歳の私には理解に時間がかかった…

 嬉しい時もあれば、悲しい時もある。
 悲しい時もあれば、嬉しい時もある。
 喜ぶ人が居れば、悲しんでいる人もいる。
 悲しんでいる人もいれば、喜んでいる人もいる…
 そんな哲学的なこと、17歳の私には、まだおぼろげにしか理解できなかった…


「いい匂いだな。」

 後ろの席から声をかけてきたのは、クラスメイトの男子。
 五十音順で席替えするたび近くなるので、自然と話すようになった。
「今日、調理実習だったから。」
「だから教室、こんな甘い匂いなんだ。」
 掃除はしているものの、どことなく埃っぽい教室。
 同じ作りでありながら個性のでる空間。私の毎日通う場所。
 休憩や授業で気温すら変わるように感じる不思議な空間だと思う。
 今日は特に、いつもと違う空気で、雰囲気。
 原因は、そう、今日の調理実習で作った、カップケーキ。
 多分私から匂うのは…私の手元にまだ沢山あるからだ。
 調理実習でお菓子なんて、女子には絶好のチャンス。
 抜き打ちのバレンタインのようなもので、彼氏や好きな人に渡す子ばかり。
 もちろん自分で食べる子、家族に持って帰る子もいる。
 でも私は…前者になりたかった。
 ずっと想いをよせていた先輩に渡そうと思っていた。

 渡せなかった。
 焦げちゃったから渡せないと、友達には言ったけど、違う。
 別の女子が渡している場面に遭遇し、その時の先輩が…とても嬉しそうだったから。

 誰から貰っても、何度もあんな笑顔したかもしれない。
 でも、あの子の時より喜んでもらえなかったら?
 …私には勇気が無かった。

 思いをこめて作ったケーキ。
 自分で食べるのも悲しい。捨てるのも悲しい。
 まだ手元にあることが…勇気の無かった自分が悲しい。

「…食べる?」
 振りかえって笑いながら言ってみた。
 誰かに処分して欲しかった。
 その男子…山口君は、一瞬真顔になって私を見た。
 え、何。
「食う!」
 ぱっと、いつもの屈託ない笑みになって、手を出して来た。
 自分から言い出したのに、逆に私が慌ててしまった。
 急いでケーキを渡す…と、さっきとはまた違った真顔。
「…焦げてんじゃん」
「いらないならいいよ別に!」
 また笑顔。彼はいつも私をからかう。
 大きな目、大きな口、明るくて元気で…
 あまりおしゃべりが得意ではない私だけど、山口君とは笑いあえる。
「食うよ。誰も俺にくれなかったし。」
 あら、そうなんだ?モテそうなのにね。
 一瞬だけそんなこと考えていたら、目が合った。
「お前だって俺にくれる気なかったんだろ?」
「別に持って帰って弟にあげても良かったし…」
「嘘つけ、別にあげたい男いたんだろ」
 え…
 なんでわかったの?
 私はどんな表情だったのか?
 先輩のことは話したことないし、渡せなかったなんて思われたくない。
「お前さあ、バレバレ。カオ。」
 恥ずかしい…顔が熱くなる。
 でも視線そらすのも不自然だし、そうかなあ、と笑って誤魔化すしかなかった。

 数日後
 噂で、先輩に彼女ができたと聞いた。
 きっと…あの時の女子だ。
 …渡さなくて良かった。

 …本当に良かったのかな?
 渡されたことが理由なら、もし、私も渡していたら?
 あの時少しだけ勇気があったら?

 …やめよう過ぎたことは。
 勇気が無かった私の負けだ。
 それは認めるしかないんだ。

「聞きたいことがあるんだけど」
 クラスの女子に声をかけられ、廊下を歩く足を止めた。
 何?と発する前に、少し興奮気味に続けられた。
「森崎さん、山口君と付き合ってるの?」
 え…?
「…何言ってるの…?山口君は友達だけど…」
「理恵が、ケーキ受け取ってもらえなかったって落ち込んでるの。」
 ああ…同じクラスの…
 声かけてきた子と仲の良い子だ。
 でも…あれ?確か
 誰もくれなかったって言ってたような…
 ああ、でも、誤解あたえちゃったんだ。全然そんなことないのに。
「違うよ、付き合ってないよ、本当に。」
「ふうん。じゃあいい。呼びとめてごめんね」
 彼女は去って行ったけど、私はなんとなく、気持ちが重くなった。
 あの時、先輩に勇気を出して渡してたら、ってことを考えてた。
 喜んでくれなかったら、くらいにしか思わなかった。
 受け取ってもらえなかったら、とは思わなかった。
 バカだな、私。
 でも…やっぱり、勇気出すのって、怖いな。
 新たな事実に、私は数日前よりまた、臆病になったような気がした…

 心に重いものを抱えたような、沈んだ日が続いた。
 告白もできなかったのに、失恋なんて情けないけれど。

「おい、森崎」
 心臓が飛び出るかと思った。
 背後から山口君の声。
 あれから、誤解されないよう、ちょっと距離を取っていたつもりだった…
 普通に過ごしてたつもりだったけど、不意をつかれて驚いた。
「な、何。」
 後ろは向かず、前を向いたまま小声で答える。
「今日、一緒に帰ろうぜ」
 一緒に帰る?そんなこと今まで1度だってしたことないのに。
「お前、背中でもバレバレなのな。俺のこと最近避けてるだろ。」
 避けてないよ、とは言えなかった。
 理恵ちゃんが可哀そうだもん。誤解させちゃいけないもん。
 理恵ちゃんの気持ち、私にはよくわかるもん。
「何でだよ。」
「…理恵ちゃんに悪いから…」
「理恵…?ああ、如月理恵か。」
 後ろでギイッと椅子の音がした。
 近かった吐息が離れた、おそらく山口君は離れたんだ。
 理由は言ったし、さっさと帰ろう。私は急いでカバンを掴んだ。
 立ち上がった瞬間、腕を掴まれた。
 不機嫌そうな山口君。こんな表情滅多にしないのに。
 怒らせちゃった?
 でも…これは
「あの、誤解されるから、手を…」
「いいんだよ、帰るぞ。」

 そのまま無理矢理、校外まで連れ出され、今私は、山口君の隣を歩いている。
 どうか理恵ちゃんが見ていませんように…
「お前さあ、調理実習から元気ないだろ。最近じゃ俺避けてるし。」
 そんなにバレバレなのかなあ。
 避けてるってこと、伝わってたなら、それは山口君にも悪いよね。
 避けられたら嫌な気分になるもんね。
「ごめんなさい…」
「なんで謝るんだよ」
 このまま家まで無言でいるのは辛い。
 かといって、やっぱり1人で帰りたいと言っても…止められるだろう。
「私…勇気が足りなかったの。だから落ち込んでたの。」
「それはわかってる。あん時のカオに出てたから。」
 ああそういえば、言ってたな、誰かにあげるつもりだったろって…
 山口君って鋭いな。だから友達多いのかな…
 じゃあ…慰めようとしてくれてたのかな。
 だとしたらやっぱり…避けてたのは申し訳ないな。
「人間ってさあ、カンペキは居ないって言うじゃん。勇気ってやつも、誰にでも常にあるもんじゃないんじゃない?」
 どうゆうこと?
 私は山口君の方を横目で見た。まじめな顔してる。
「でも…山口君は私より勇気あると思う」
「勇気の『平均点』なんかわかんねーけど、俺だって…勇気ねーなって思うことあるよ」
「そうなの?」
「まあ今日は、ちょっと勇気出してみたけど。」
 ふうん。そんなことがあったんだ。
 私は前を向いて普通に歩きだした。
 お互い無言で少し歩いたが…山口君が大きなため息を吐いた。
「如月、お前みたいに落ち込んだのかな。」
 ああ…そっか。
 優しいな山口君は。
 私が落ち込んでた理由を察して、理恵ちゃんの事も考えてあげられるんだ。
「断るのも勇気いったよ。俺には好きな奴がいるからって。そいつに誤解されたくないからって。」
 ふうん…そうか…気持ち伝えるのには勇気いるけど、受け止める方にも必要なんだ。
 私も今、理恵ちゃんに見つかったらって思いながら…山口君の誘いに乗ってるの、勇気使ってるのかも。
 あれ…?
「じゃあなんで、私のケーキは食べたの?あ、友達だとわかりきってるから…?」
「お前ってニブいんだな」
 ん?言ってることが…わからない。
「如月のケーキは、その、好きな奴いるって断って、お前のは食ったってことだよ。」
「どういうこと…?」
 突然、肩を掴まれた。
 山口君が、私の正面にまわって…真剣な、どことなく怒ったような顔で言った。
「だから…好きな奴ってお前だってば」
 え…?
 時間が止まった気がした。
 頭の中の処理能力が追いつかない。
 何も言えず固まって、何秒たっただろう。
 ふと我に返ると、山口君は、少し切なそうな表情になってた。
「俺にしとけよ。前の男忘れられなくてもいいから。」

 告白なんてされたことは、無い。
 答えるって、本当に勇気が必要だ。
 山口君は、今まで私を好きでいてくれたんだ。
 そして…勇気を出して…

 肩から手を離して、照れたように横を向く山口君。
「今日誘うのも、勇気いったし…俺って情けないな。」
 それでも好きと伝えられるなんて…
 私に好きな人がいるとわかっていながら、伝えられるなんて。
 やっぱり山口君はすごいや。
「答えは急がないけど…とゆうわけだから、如月のことは気にしないで…」
「そんなこと言われても…理恵ちゃんのことは気になるよ」
 好きな人に別の彼女できたら辛いもん。
「何言われても気にするなよ。俺がお前守ってやるからさ」
 明るくて、優しくて、勇気あって
 こんな人が私を好きって…?
 私は心の中の先輩が小さくなっている事には気づいていなかった。
「人間関係って複雑だな。
 お前が誰かに告白できなくて…俺は安心して
 俺は如月を断って…お前に告白して…
 お前が今どんな気持ちなのかはわかんねーけど…泣いたり喜んだり色んな人が居てさ。」
 どう答えよう、と、頭の中がぐるぐるしている。
 山口君がゆっくり歩きだしたので、それに続くけど…うまく歩けない。
「お前がケーキ食べるか聞いてくれた時、嬉しかったなあ。お前は悲しそうだったけど。」
 私がもし先輩に告白できて、先輩が私を選んでくれたら、あの彼女と山口君は悲しんだ。
 不幸を望むわけではないのに、誰かが悲しんで誰かが喜んでる。
 私が…
 断ったら、理恵ちゃんは喜ぶけど山口君はきっと悲しむんだろう。
 みんなが幸せになれないのなら…しょうがないのかな。
「フラフラしないで、ちゃんと歩けよ。」

 山口君が手を差し出した。
 私は…勇気を少しだけ出して、掴んだ。

「小せぇ手。…やっとつなげた。」
 大きな手。熱い。
「離したくねえな」
「いいよ」
「いいの?」
「いいよ」
 じゃあずっと、つないでるからな。
 山口君の笑顔が、下校時の夕日と同じくらい、眩しかった。
 その笑顔が、好きだなあ、と思った。

カップケーキ

40歳を迎え、作家を再び目指したくなりました
学生だったのは22年前。
あの時は物事を深く考えはしてなかったと思う。
でも些細な、告白に失恋、そういったことで生まれる人間模様。
視野を広げよう、少しでいいから勇気を出そうという応援で書きました。
40になってもワクワクするのは学園の無邪気な空気。
普段は情景などを書きこむタイプですが、目で見やすい文面を目指しているため
主人公の心情の印象が薄れないよう、極力情景は削りました。
声に出して読みたくなる文章も目指しているので、わざと韻をふんだりもしています。

カップケーキ

今の若者は私にはわかりません。 私の時代には携帯もなかったし。 でも恋という甘酸っぱいものは、存在していて欲しいな。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-30

CC BY-NC-ND
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