アカさんアオさん

アカさんアオさん

スタートラインに立つ前の話です。

「春がこねぇな」


休みの日の過ごし方を忘れた22の春。ただ部屋でぼーっと音楽をきいているか、布団の中で携帯をいじって、気がついたら寝ているかで、最近の休日は終わってしまう。
それが悪いってわけじゃないんだけど、これは多分、もったいない過ごし方なんだよ。
せっかくの休日をうまく過ごせないっていうのは、人生を満喫できてないのと一緒だからね。
でも俺ぐらいの歳になると、楽しい毎日を過ごそうって考えより、変わらない日々をどう消化しようって話になってくるんだ。
だからこうなるのも、仕方がないのかもしれない。
今日は久しぶりの2連休。何かしなければいけないと思って、外に出てみたまではよかったんだけど、やはり何の計画もなしに外に出ても、ただ暇なだけだった。
とりあえず、近くのスーパーで、おにぎりとサラダと烏龍茶を買って、公園のベンチに座って食べる。
学校の校庭ぐらいの広さで、その中にアスレチックとか、犬の散歩コースがある割とでかい公園。
アスレチックで鬼ごっこをしている子供を見ながらふと思う。
あのときはまだ何も気にすることなく遊べたな、って。

確かこんな風になったのは大学を卒業して、働くようになってからだ。最初は順調だったんだよ。一緒に入ってきた同期と仲良く仕事できてさ、先輩に飲みに連れて行ってもらったりさ、「なんだ。社会人もこんなもんか」って思って過ごしていたらこれだよ。半年足らずでこの環境に慣れちまったんだ。慣れほど怖いものはない。同期とは顔馴染みになって、先輩との飲み会も形だけのものになった。この頃ぐらいから新鮮な毎日は、つまらない毎日へと、変わっていた。
こうなってしまってはどうしようもないと、自分の環境適応力を恨んだね。



翌週の休日。俺はこの公園でサラダとおにぎりを食べるのが日課になりつつあった。
食べながらどうでもいいことを考えるんだ。
なんで人は生きていかなければいけないのだろうとか、お金という考えがめんどくさいのと同時に、いろいろな均衡を保っているんだなとか、答えのない曖昧なやつだな。
これはこれで、そんなに悪くない。改めて考えなおすと見えることだってある。大人になったんだなってちょっと悲しくなることもあるけど。

ふと、一人の女の人が目にとまった。ベンチに座っていて、俺と同じように何かを食べながら子どもたちをみていた。
俺も側からみたらあんな感じなのかなって少し恥ずかしくなった。それはもう、俗にいう、“ちょっと変わった人”みたいだったからさ。
視線を変えずにずっとその人を見ていたら、こちらの視線に気付いたみたいで、小さく会釈された。たぶんいい人なんだろうね。



「そうそう、あの店が美味しくてさ」
「確かに。私もあそこ好きなんですよね」
この人の名前はアカさん。話してみるとこれがまたいい人で、話もよく合うし、聞いている音楽までぴったり一致していた。やはり俺たちみたいな年代で、休日を無駄に過ごしている人は、趣味も考えも偏るのかもしれないな。言い過ぎかもしれないけど。

それから俺はアカさんとこの場所で合うようになっていた。気が付けば、素敵な休日を過ごせるようになっていたわけだ。
でも勘違いして欲しくないのは、お互いに好きというわけじゃないと思うんだ。いい友達ができたか、暇を潰せる相手ができたぐらいの考えで、恋愛感情は湧かなかった。それは今になって考えると矛盾してたんだけどね。



「アオさんは好きな人とかいないんですか?」
突然の質問に少しドキッとした。
「好きな人ですか…。そういえばもう長いこといない気がしますね」
「そうですか…」
続けてアカさんが言う。
「私も長いこといないんですよ。そのせいか、恋愛感情を忘れてしまってるみたいなんです」
へぇっと、俺は相槌をうつ。
「でも忘れているという認識があるなら、忘れていないということになりませんか?」
「あー…じゃあ、忘れてるとか忘れてないとかじゃないのかもしれません。うまく言えないんですが、アオさんには分かりませんか?なんとなく」
確かに言われてみればそうだ。分からないわけではない。俺にもなんとなく心当たりがある。
「たぶん、恋愛っていうのは、大半が直感的なものだと思うんだけど、その直感が失われるんじゃないかな。こんな風に親しい仲になっても、その先じゃなくて安定を望むんだ──」
ここまで言って我に返った。まるで告白したみたいで、すごい恥ずかしくなったんだ。
「それは…遠まわしの告白ですか…?」
アカさんも綺麗に勘違いをしてしまってるし。

でも考えてみるとますますわからなくなる。俺の気持ちはどうなんだろうか。
いや、まずこんなことを考えている段階で、俺がアカさんの事を好きなのは明らかだった。

俺と同じ音楽を聴いて、趣味まで同じ。俺の話を素直に聞いてくれて、気が利いて優しくて。
むしろこの人を好きにならない理由を探す方が難しいというぐらいアカさんは素敵な人だ。

「──その、告白とかじゃなくて、俺はアカさんの事、好きですよ。その、うまく言えないんですけど、いろんな意味で」
何を言ってるんだと後悔した。休日の朝からこんな話なんて。
でも返事はちゃんと俺が聞きたい形で帰ってきた。
「分かります。私もアオさんのこと好きですよ?いろんな意味で」
ふふっと笑うアカさんの髪を風が撫でた。



しばらくの沈黙のあと、俺とアカさんは、ぎこちなく手を繋いで公園を歩いた。

「なんか…休日は外に出てみるもんですね。今日やっとわかりました。俺はたぶんアカさんと会うために外に出たんだと思います」
ふふっと笑うアカさん。でも今のは笑ってくれないと黒歴史になるぐらいクサい言葉だ。
「大袈裟ですね。でも、なんとなくわかります。幸せな時間はいろんなことをプラスに変えて、全部幸せな解釈に変えてしまう。恋愛ってこんな感じでしたっけ?」
首をかしげるアカさん。
「さぁ…俺もまだ思い出せてません。だから二人で思い出していきましょう。ゆっくり」
ちょっと恥ずかしかったけど、俺はアカさんの手を強く握った。ちゃんとそれにも応えてくれるのがアカさんだ。
「そうですね」

冬の残寒が逆に春を際立てる。冬独特の殺風景な景色にも、桜や梅の春らしい色が戻ってきて、もうすぐ新年度が始まる。
スタートというのはどれも大事で、そこで躓いたり転んだりするだけで、いろんな差がついてしまう。なんとも理不尽なものだ。
俺の見ていた殺風景な景色にも、もう少ししたら幸せな色が戻ってくる。いつ壊れてしまうかわからない幸せを大事に育てながらだけど、今年はいいスタートが切れそうだ。

アカさんアオさん

大事なことは、スタートラインに立つ事。
何もないまま生きていると、そこを見失いかねない。だから常に何かを追いかけます。
自分の好きなものを自分の手で扱えるように。

アカさんアオさん

やっと歩き始めた2人のお話です。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-29

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