思い
どんなところにも思いは残る。
「こんにちは。」
彼女は同じ時間、同じ格好で僕が亡くなった叔父から継いだ古書店にやってくる。
特に大きな特徴はないが、いつも同じ薄いピンクのシャツに黒のロングスカートでやってくる。
「いらっしゃい。」
「どうも。今日は小野冬海の小説を探してるんだけど…。」
「それなら一番端の棚にあるよ。」
「ありがとうございます。」
彼女は僕の言葉を聞くと、急いでその棚に行き、本を探し出した。
何か月も通ってくるお客もこの店では珍しく、彼女とは何度も話していた。
話の中で彼女はホラー系の小説が好きであることを知った。
そのせいか、私もホラー系の小説を読むようになっていた。
しばらくすると、彼女は何冊かの本を持って僕の近くの椅子に腰かけた。
これも数か月前初めて来たときからの事である。
「何かお話してもいいですか?」
彼女は私を真っ直ぐに見て言った。。
「構いませんよ。どうせいつも暇ですから。
今日はどの作家の話をしましょうか?」
彼女は黙って僕に本を差し出した。
本のタイトルは『姿を亡くした真実』。
作者の部分が擦り切れて読めなくなっていた。
「この本を読んだことは?」
彼女は僕を見ながら言った。
正直、こんな本を仕入れた記憶はない。
「いえ、うちにこんな本があるなんて知りませんでしたし…。」
彼女は満足そうに微笑むと、
「この本のお話を聞いていただいても?」
僕は首を縦に振った。
彼女はゆっくりと話し出した。
内容はありきたりなホラー小説だった。
主人公の男がとある洋館に閉じ込められ、
何とか出ようとする男を次々とポルターガイストに襲う。
最後、主人公は自分がこの洋館の主人であった事を思い出し、
それを気づかせようとしていた彼の家族や使用人の魂と共に安らかな眠りにつくという内容だった。
話終えると、彼女はまた僕を見た。
「如何でした?」
「ありきたりなストーリーだと思いました。」
僕は率直な感想を彼女にぶつけた。
彼女は笑顔を崩さず、うなずいた。
「確かに。私も最初読んだときそう思いました。
でも、貴方にはお似合いの物語だと思いましたよ。」
「へ?」
私は自分でも驚く程素っ頓狂な声をあげてしまった。
「ところで、店主さんのお名前ってなんでしたっけ?」
「え?僕は…」
あれ?
「お歳、まだ聞いたことありませんでしたよね?何歳でしたっけ?」
あ…?
「え…と…?」
「最後の質問です。
1992年9月28日、貴方はどこで何をしていましたか?」
1992年9月28日・・・?
突然辺りが真っ暗になった。
気が付くと僕は歩いていた。
…そうだ、今日は1992年の9月28日。今15時を少し回ったところだ。
久々に本の仕入れしてたんだっけ。
「遅くなったな…。」
予定では15時にはもう店にに戻れたはずなのに、仕入れ先の主人の孫自慢に付き合ってて遅くなってしまった。
『神楽月さんも早く家族を持ってくださいな。そうすれば私もお話に付き合えますし…。』
禿げ頭を撫でながら店主は言っていた。
『家族』
耳に痛い言葉だった。
実家の両親も早く結婚して孫の顔を拝ませてくれとしつこかった。
結婚するにも相手がな…。と思っていると急にあたりが騒がしくなった。悲鳴まで聞こえる。
「え?」
周りを見渡すと、向こうから刃物を振り回している女が見えた。
「まずい…。」
僕は近くの建物に隠れようとしたが、視界に何かが写りこんだ。
―――幼い女の子だ―――。
少女は泣きながらその場に座り込んでいた。
女は少女を捕まえると、
「お前がいけないんだ!!居なければあの人は!!」
とわけのわからないことを叫んで、高々と刃物を振り上げた。
考えるよりも先に体が動いていた。
僕は少女をかばいつつ、女から刃物を奪おうと揉みあった。
そして…
―――刺された――――。
辺りは騒然とした。
…まぁ、元々騒然としては居たが、刺された人間が出たので騒ぎが大きくなった。
女はそれでも少女を刺そうとしていたが、僕が少女の盾になっていたので、僕を退かせようと何度も殴ったりしてきた。
よく僕も意識を保てていたと思う。
少女は泣きながら
「おじちゃん・・・!!」と叫んでいた。
僕は少女を見て、何とか笑顔を作り口を開いた。
「…大丈夫…。お…じ…ちゃん…つよ…い…から…。早…く…おか…さん…と…こに…」
少女はうなずくと、急いで離れていった。
「●●ちゃーん!!」
人をかき分けて母親らしき人と父親らしき人が現れ、少女を抱きしめた。
―――よかった…あの子親と会えた…――――。
「ギャー―――――!!!」
また後ろで悲鳴が聞こえた。
あの刃物女がどうやら取り押さえられたらしい。
―――ざまあみろ変質者―――。
僕の周りにも人がきた。
どうやら救急隊の人らしい。
「おじちゃーーーーん!!」
どうやってあの人ごみと両親からを逃れたのかあの少女が救急隊に混じっていた。
救急隊の人も止めようとするが、離れない。
僕は血の比較的ついていない右手で少女を撫でた。
「大丈夫…おじちゃん…強いから…。」
僕は最後の力を振り絞って少女に告げ、何とか笑顔を作った。
少女は父親に引っ張って連れて行かれた。
「おじちゃーん!!頑張って――――!!!」
少女の応援が少しして聞こえてきた。
僕は答えられなかったが、頑張ろうとした。
でも――――。
「僕は死んだ…。」
突然口をついて出た自身の死。
気が付くと、彼女が僕に抱き着いていた。
「あ…あの…?」
彼女はぱっと僕から離れた。
彼女は泣きそうな顔になっていた。
「…思いだされましたか?」
突然彼女に言われ、少し悩んだがなんとか答えた。
「…はい。僕はもう死んでたんですね。
死んでもこの古書店で仕事してたんですね。
我ながら笑える。」
「貴方の名前は?」
「神楽月祥一。32歳――――でした。」
「貴方は貴方の死の原因の少女を恨んでいますか?」
「いえ、全然。むしろ助けられてよかった。
しかもこんな美人さんになって、僕に死んだことをお知えてくれるくらいいい人に成長していてくれて嬉しいですよ。」
突然の質問だったが、僕は簡単に答えた。
彼女は驚いた顔で僕を見た。
僕は照れたように笑って彼女を見た。
「いつから気づいていたんですか?」
「さっきです。
自分が死んだのを思いだしたのもさっきでしたから。」
「私は…あの事件から死んだ人を目に写せるようになって…。
それは貴方が恨んでいたからだと思っていました…。」
「それは誤解ですよ。
僕は人を呪えるほど器用な人間ではなかったですし、
今もそんな器用な幽霊ではないですから。」
彼女はついに泣きだした。
僕は彼女の頭を撫でて、彼女を落ちつかせた。
少しすると、彼女は落ち着きを取り戻したらしく、元の彼女にもどっていた。
「そういえば、君の名前まだ知らなかった。
聞いてもいい?」
「東…菖蒲…。」
「菖蒲ちゃんか…。
それじゃ、改めて菖蒲ちゃんありがとう。
気づかせてくれて。」
「私のせいだったから…だから…。」
「君の所為じゃない。だから、もう苦しまなくていいんだよ。」
菖蒲ちゃんはまた泣き出しそうな顔になった。
慌てて口を開いた。
「あのさ、最期に笑ってよ。」
「へ?」
この言葉は予想外だったようだ。
「うん。
ほら、僕って君の笑った顔見たことないからさ・・・。」
菖蒲ちゃんは少し考えた後、笑って見せた。
どこにでもいる女の子の顔だった。
安心すると、体から力が抜けた。
どうやら、これが成仏という奴らしい。
菖蒲ちゃんは慌てて僕の肩を抱いた。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫…。たぶん成仏するんだと思う。」
「なんでわかるんですか!?」
「…感?」
菖蒲ちゃんは吹きだした。
僕も噴出した。
「ありがとうございました…助けてくれて・・・・。」
「こっちこそありがとう…。」
「あの…」
「もう死のうなんてしちゃダメだよ?」
「!?」
菖蒲ちゃんの顔が驚いたのを最後に僕は意識がなくなった。
僕には両親や姉以外の僕だけの家族が出来なかった。
だから、ほんの少しだけ菖蒲ちゃんに夢を見たのだと思う。
自分には出来なかった子供の事を。
―――次生まれ変わるなら、今度は自分の家族を望もう――――。
思い
随分長くなってしまいました。