感情アスリート(3)

三 怒りのバージョン

 さて、今日の俺についての入力は終わったが、さあ、何から始めようか。
 ここ最近、俺のミスでもないのに、職場の上司から怒鳴られてばかりいる。気が小さく言い返せない俺としては、欲求不満が溜まり、今にも爆発しそうだ。だからと言って、この年で、海に向かって「バカヤロー」、山の頂上に立って「アホンダラー」と青春するわけでもないし、コンビニのゴミ箱に、チューインガムを捨てるついでに、クソッタレと叫んでも、周りからは単なる酔っ払いにしか思われない。
 へたをすれば、警察に連絡される。自転車の酔っ払い運転も、捕まる御時世だ。地域騒音罪や特定人物不敬罪で罰せられかねない。この際、この溜まりに溜まった欝憤を晴らすためにも、まずは、怒りのバージョンから始めるか。ばか、バカ、馬鹿、BAKA、口が滑らかになってきた。よし、今から、怒りまくるぞ!

「あほんだら、何さらしとんや。お前、どこに目えつけとんか、わかっとんのか。このどあほに、バカたれが」
 画面に出てきたのは、いわく付きのお顔。肩には、夏でもないのに、もんもんが見え隠れ。透視能力はないけれど、多分、背中には、牡丹の花が満開のもと、竜と虎が戯れているのだろう。全てが露になるのでなく、幽かに見えることや見えないけれど想像できることが、より一層人に恐怖を感じさせる。
 だが、いきなり、こういう展開が始まるとは思っていなかった。
「こういう展開とは、何だ。おまえ、わしをなめトンか、なめとったら承知せんぞ、くそぼっこが、内臓えぐりだして、焼肉であぶり、海に投げ込んだるで。これがほんまの、ホルモンや」
 ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってくれ。これは、俺の怒りバージョンじゃなくて、相手の怒り、いや、脅しのバージョンじゃないか。まだ、しゃべってもいないのに、何でこちらの考えていることがわかるのだろう。
「何を、ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ言うてけつかんねん。このボケナスが。束ねても立たんボーナスでも、包みにくるめて差し出さんと、いてしまうぞ。この、小心者のサラリーマンが」
 やめだ、やめだ、このバージョン。別のバージョンにクリック。
「お前、待たんかい。ワイの承諾もなしに、何、勝手なことさらすんや。頭を刈上げさせたついでに、指も全部丸めさせてやるで。そうなりゃ、ジャンケンをしても、相手がパーを出せば、お前はいつも負けや。そうなってから、反省しても遅いで。わかっとんのか?
おい、待たんか、待たん、待た、待、まだ、言いたらんことが・・・・・・」

 ふー、失敗だ。何てこった。このまま続ければ、欲求不満の解消どころか、十倍返し、百倍返しの目に遭うところだった。何とか、傷口が浅いうちに撤退できてよかった。だが、慌てて、クリックしたため、次のバージョンがなんだったのか見忘れたぞ。おっと、すぐに始まった。

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三 怒りのバージョン

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-27

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