孤独

あなたの命はどうしてこんなに短いの?

その日、私は病院に昔からの友人を見舞いに来ていた。
彼とは40年近い付き合いになる。

彼の病室を見つけ、2,3度ノックをしてみる。

「どうぞ。」

返事を聞くと、病室のドアを開けた。
病室の中は当たり前と言えば当たり前だが普通の病室だった。
ただ、入院している人間の所為なのか異質な者が部屋の中には居た。

「やっぱり居るかい?」

彼は私の異変に気が付いたのか苦笑いしながら問いかけてきた。

「あぁ…。まぁな。」

「そうか…。まぁ、今日は辛気臭い話は無しだ。最近はどうかな?」

彼は少しだけ寂しそうな顔をしたが、すぐに元の調子で話し出した。

「どうかと言われてもな…。
特に面白いこともなく過ごしている。」

「そうか…。」

「お前こそどうなんだ?家族は元気か?」

「家内も子供たちも元気だよ。
昨日、健一が修と彩音とそれと恵子さんを連れてお見舞いに来てくれてね…。
修も彩音も大きくなっててビックリしりしたよ。
最後に会ったのがつい3か月前だってのにさ…。」

彼の爺バカ・親バカ・旦那バカはどんなに具合が悪くても健在らしく、
この後約2時間くらい話し続けられた。
私は彼の話を聞きながら、彼が相当幸せなことを実感していた。

「・・・あぁ、話し過ぎたね・・・。」

彼は照れたように頭を掻いた。

「いや、私は大丈夫だよ…。お前は疲れてしまったか?」

「少しね…。でも、君がせっかく来てくれたからもう少しは平気だよ。
それに、君がわざわざ来てくれたって事はもう僕は長くないんだろ??」

この一言で私の思考が一瞬停止した。

「な…!!」

「大丈夫。もう受け入れているよ。」

彼は穏やかな顔で私を見ながら言った。
私は『何を馬鹿なことを・・・。』と話を濁したかったが、無理だった。
ここまで受け入れている奴の前で嘘なんかつけるわけがない。

「・・・お前には嘘がつけないな。」

「君が素直すぎるだけだよ。」

彼は笑いながら言った。
昔から変わらない笑顔。

「・・・お前は昔から変わらないな・・・。」

「それは嫌味?」

「違う。むしろ褒め言葉だ。」

「そうかな・・・。」

彼は少しだけ不機嫌になった。

「君こそ変わらないじゃないか。」

「それこそ嫌味か?」

「違う違う!昔から変わらず優しいってことだよ。」

「なぜ?」 

「君は僕が死ぬのを怖がってると思ってきてくれたんだろ?」

「・・・・。」

言い返せなかった。
すべて言い当てられてしまった。

「図星みたいだね。」

クスクスと笑い、僕の頭を撫でながらながら彼は言った。
その後すぐ、あくびを一つついた。

「眠いのか?」

「少し・・・いや、かなりかな・・。」

「もう休め。」

「でも…。」

彼は言いよどんだが、僕は無理やり彼に布団をかぶせた。

「いきなりやめてほしいな…。」

「良いから休め。・・・また来てやるから・・・。」

「わかった・・・。」

彼は目を閉じた。
僕はため息をついてから、立ち上がった。
その時だった。

「ありがとう…。1人…に…してごめん…。」

驚いて彼を見ると、閉じていたはずの目が微かに開いて微笑みながら僕を見ていた。

「良いんだ…。謝らなくていい…。こっちこそありがとうな。」

私が言葉を返すと、彼は満足そうに笑ってから眠った。

それからすぐ、医者と看護師数人がすっ飛んできた。
医者は彼の体を調べると、1人の看護士に家族を呼ぶように言って、心臓マッサージをし始めた。
私は静かに部屋を出ると、待合室のソファに座った。

しばらくして、彼の妻と息子、それから孫たちと息子の妻がやってきた。
彼らはすべてを悟ったらしく、泣き崩れていた。

それからまたしばらくして、さっきまで彼に心臓マッサージを繰り返していた医者が彼の病室から出てきて、
彼の家族を病室に招き入れた。
それからすぐに、彼の妻のすすり泣く声が聞こえた。
その少し後、病室にいた異質な者が出てきた。
異質な者の後ろには穏やかな顔の彼がついて歩いていた。

異質な者は私に気付くと、一礼してきた。
私も異質な者に一礼し返す。
後ろの彼は私を見て口をパクパクさせた。
どうやら何か伝えたいらしい。

『泣くな』

私は自分の頬に手を当てた。
微かに濡れている。
私は顔を拭うと、彼に笑って見せた。
彼は安心したように笑うと、異質な者に続いて歩いて行ってしまった。

私は病院を出た。
もう2度と会うことのできない友人から未練を無くそうとするように。

―――私は死なない―――。
不老不死というやつだ。
それに加え、この世の者でない者を見ることができてしまう。
いつだか忘れてしまったが、愛した人にかけられた呪いである。
気の遠くなるような時間を私は人の中で過ごしていた。
だから必然的に知り合いの死は何度も経験しているが、慣れるものではない。
深く付き合っていればいる程別れがたい。
人の命は驚くほど短い。
だからこそ、美しいのだと私は勝手に思うようにしている。
そう思わなければやっていられないのだ。
でなければ、人の命が短い理由が他に思いつかない。

また、私は少しの間独りに戻る。
また、深い付き合いのできる友人ができるまで。

孤独

孤独

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-26

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