ブラザーズ×××ワールド A10
戒人(かいと)―― 10
「あんたねえ……」
アノアと名乗ったその女は、あきれ顔で戒人を見た。
戒人たちがいまいる石積みの小屋は、天幕の立ち並ぶ表通りから外れたところにある隠れ家のような建物だった。石の迷路のようなこの街には、入り組んだ道の奥にこのような場所が数多くあると思われた。中年男のあの家のように。
「で、家中の本やら書きつけやら引っくり返してて、こんなに遅くなったっての?」
「すこしは詳しいことがわかったほうがいいと思ってな」
「で、結局何もわからなかったと」
「………………」
アノアの言う通りだった。
家の中で見つけられたのは、妖しい図形や文字の描かれた書物ばかり。戒人には判読不可能で、仕方なくここにミアをつれてくることを優先したのだ。
「名前くらい、その娘に聞けばよかったじゃないか」
「それは……」
反論しかけて口ごもる戒人。
それくらいは、当然戒人も考えた。しかし、少女――ミアから望むような答えは何も得られなかった。
『パパは、パパ』
『パパとミア、ずっといっしょ』
『ずっと前から、ずっといっしょ』
聞き出せたのはそれくらいで、年下の少女を相手に無理に聞き出すようなことも戒人にはできなかった。
そしていま、そのミアは――
「………………」
目の前に横たわる〝父〟に、じっと見入っていた。
露天商たちの休憩所。そこはいま仮の遺体安置所となっていた。
「……パパ」
ぽつりつぶやき、ミアは冷たくなった父の身体にふれた。
「パパ?」
反応のない男の身体をゆさゆさとゆすり出す。
その動きは、徐々に大きくなっていった。
「おい……」
思わず止めようとする戒人。
それをいやがるように、ミアは勢いよく腕をふった。
「っ!」
小柄な身体からは想像もつかない強い力で戒人の手が払いのけられた。獣人――その言葉が再び戒人の脳裏をよぎる。
と、腕をふった勢いで、アノアがかぶっていた帽子が落ちた。
「あっ」
アノアが驚きの声をもらす。
とっさに帽子をかぶせ直した戒人だったが、アノアはすでに帽子の『中身』をはっきり見てしまっていた。
「この子……獣人なのかい?」
「………………」
言葉につまる戒人。
外見からいえば、そういうことになるのだろう。
しかし、ミアがあのトリスのような凶暴さを見せることはなかった。
加えて、末の弟と同じくらいの年の少女を「人間でない」と切り捨てるような言い方をすることに、戒人はどうしても抵抗があった。
「へー……」
戒人の葛藤に気づかない様子で、アノアは好奇の目をミアに向けた。
「こんな小さな獣人もいるんだね」
「珍しいのか」
「すくなくとも、あたしは知らない」
そう言って、アノアは真剣な顔を戒人に向けた。
「あんた、このことは街のやつらには隠したほうがいいよ」
「……ああ」
素直にうなずく戒人。トリスのようにためらいなく命を奪える存在として獣人が人々に認識されているなら、それが無難であることは明らかだ。
「あっ」
不意にアノアが腑に落ちたという声をあげた。
「そうか……魔術師なら獣人と一緒にいても……」
「おい」
聞き過ごせない言葉に、戒人はすかさず問いかける。
「どういうことだ?」
「えっ」
「いま言ったことだ。魔術師と獣人にどういう関係がある?」
「そっか。あんた、何も知らないんだもんね」
アノアは戒人に向き直り、
「このトリノヴァントゥスはね、魔術師の街って言われてたんだ」
「魔術師の……」
「いまはほとんど他所に逃げちまったけどね。それか獣人たちに喰われちまった……」
喰われた――
獣人という存在にふれたばかりの戒人にとって、それはあらためて背筋を寒くする言葉だった。
「まあ、やつらが恨まれるのは、わからない話じゃないんだけどね」
「何……?」
「獣人はね……」
アノアの目がかすかに伏せられる。
「魔術師たちが奴隷として生み出したんだよ」
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