Level Seventeen

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野呂修太   のろしゅうた  野口は「ノロとかシュウとか呼びます」
野口大介   のぐちだいすけ    「グッチ」 

秋月 麗華 あきづきれいか     「ズッキー」

舞城東雲 まいじょうしののめ    秋月の??

有栖川香織  ありすがわかおり   野呂の幼馴染 野呂は子供の頃アリスと呼んでました。
   沙織  ありすがわさおり   香織の三歳下の妹 現役中学生1年生

寺山先生   てらやませんせい   美術部顧問  秋月の??

1 Love Hotel "Paper Moon"

 「おい、あれ、あれ、秋月じゃね!」
「秋月って? ウワッ、ほ、ほんとだ!」
「ってか、あいつラブホから出てきたんじゃね!?」
学校途中のいつもの河川敷。
季節は夏だった。雲ひとつない晴天、蜩が高らかに己を主張する。うるさいくらい。
歩いているだけで背中が汗にまみれた。
 グッチとだりいとか言って、一時限目さぼり決定、いつもの落書きだらけの橋脚の下に座り込んでマイセンのスーパーライトで一服してると、向かい側に見えるラブホと秋月が重なってみえた。立ち止まり制服を気にしてるような仕種を見せた。ラブホの前で、それもかなり堂々とだ。学校のブレザーでだ。午前中だ、それも……。
 俺にはただ秋月がラブホの前を通り過ぎたように見えたんだけれど、野口は出てきたんだと言い張った。
「グッチ、良く分ったな。あれが秋月だって」
 俺は驚嘆の声を上げた。
「見間違うもんか、学校一の美少女と誉れの高い、西高のマドンナズッキー、あいつの後ろにはふられた男の屍が累々と横たわっているんだ……下駄箱に入れたラブレターあっさり俺の眼の前で破り捨てたあのツンドラ美少女、見間違うはずがねえ!」
野口はずいぶん興奮してるみたいだ。声が上擦ってる。
「ノロ、跡つけるぞ!いこ」
秋月は学校とは正反対の方向に向かっている。
「あそこもうちっと待機してたら秋月の相手分ったんじゃね?」
野口はなにも言わなかった。どうやら相手は知りたくないらしい。ジェラシーってやつか……。そもそも、ラブホにいたことすら定かじゃないんだが、野口は嫉妬剥き出しだ。意地になってるといってもいい。今日は、多分、一日、追っかけるつもりだ。俺には分る。まあ、そういう天気だったし。
 駅前の雑踏に紛れそうになる秋月を俺たちはコナン気分で追いかける。俺らも学校サボルのか、このままじゃ。
「あいつ、サボルのかな今日……」
野口の口調は、いつになく真剣だ。マンガならきっと瞳の中にお星様の一つや二つは輝いてたことだろう。
「なんだよ、振られたんだろ? まだ秋月に未練あんのか……」
「月とスッポンとか言いたいのか、ノロ……俺はあいつのデレが見たいんだ。俺が一生懸命書いた、ゲーテの詩集までブコフで探して、引用して頑張ったってのに、あいつ、あいつ、破り捨てやがったんだ」
「若きウエルテルの悩みってやつだな」
睨まれた。恋する野口には軽口はうざいだけらしい。冗談も通じないというべきか、べきなのか。
 秋月は駅前の大型書店に吸い込まれた。

 「あんな女だったんだな、見直した。見ろよ」
 秋月は文庫本の棚に陣取り、先ほどから何冊か学校指定の紺のバッグに入れた。どうやら、それらは無料らしい。見直したって野口それなんかおかしいだろ、見直すな!
 「俺の愛した女が、万引きしてやがる……やばい、店員に見つかる」
怪訝そうな顔をした店員が秋月に近付いてくる。秋月は気付いていない。
 野口がダッシュした。釣られて俺もダッシュした。
「す、すいません! 阿部和重のインディヴィジュアル・プロジェクション!ありませんか!」
店員の前に立ちはだかり野口が言った。スゲー良く言えたもんだ。俺ももちろん立ちはだかった。
どう考えても叫んでるとしか思えない声だった。秋月ははっとして振り向き、俺たちを一瞥し、異変に気付き、そそくさと店を後にした。
 店員は疑問符を顔に貼り付けたまま、講談社の単行本の棚を指差した。
野口は俺にそのインディヴィジュアルなんとかを押し付け、出口へと脱兎のごとく駆け出した。

 店員の疑問符はさらにエクスクラメーション・マークに変化しそうだったので俺は「これ下さい」とかなんとか取繕い、中古で百円なりのそのエロい表紙を受け取り野口の後を追った。

十メートルほど先のクレープ屋の前で追いついた。
 「ラブホから出てきただろ」
野口は秋月と対峙していた。秋月は口をへの字に曲げたままだ。いつもの生意気そうな口元、ミニから伸びた長い脚の開き加減が絶妙だ。
「ペーパームーンってあの河川敷のラブホから出てきただろって言ってるんだよ」
 バッグを抱え仁王立ちの秋月は完璧だった。うちの学校の制服がこれほど似合ってる女子もいない。
雑踏の中でさえも一際目立つ存在。美の女神はこうも不公平なのか、いや、美の女神ですらたじろぐ美しさといってもいいくらいだ。
 漆黒のロング・ヘア、藍色の大きな瞳、グロスを塗った妖しい唇、ネクタイを緩め着崩したブラウス、目立つ胸の隆起、チェックのミニから覗く長い脚、細い足首を想像させる紺のニーソックス、ピカピカに磨かれたローファー。何もかもが完璧にそこに存在していた。
 「さっき、あそこで万引きしたろ」
言ったのは俺だ。秋月の注意を引きたかっただけなのかもしれない。野口の舌打ちが聞こえそうだった。
どうやらどっちも図星らしい。秋月が眉間に皺を寄せたからだ。俺たちはお互いに顔を見合わせた。
なんでだろうな「やったな」って感じだった。なんでだろう?

 秋月が俺と野口を交互に見詰め続ける。まるで挑むような態度で。俺はそんな秋月をずっと見ていたいと思った。それほど秋月は輝いていた。どうやら野口はもっとその気らしい。

 「言いたきゃ、言えば!」
秋月のやつ、開き直りやがった。
通行人が俺たち三人を胡散臭そうに見、一瞥して通り過ぎる。通りの真ん中で俺たちは向かい合ったまま微動だにしない。

 「往来だ、俺たち邪魔だな、ったく……ズッキー、クレープ食うか、奢るよ」
野口ってなんかすげえなと俺はその時思った。クレープだと?
「ズッキー? 馴れ馴れしいやつ。落ちこぼれの底辺彷徨ってる二人組みのくせにわたしを誘うなんて……イチゴクレープにして」
秋月もさすがだなと思った。なんでだろう? 高飛車な、お嬢様を絵に描いたような、命令することに慣れきった生活してるんだろうとかとっさに思ったんだ。

 三人で近くの神社の境内でクレープを食べた。コーラを音を出して啜る俺たちに侮蔑の眼差しで答えた秋月は、食べ方すら上品で、育ちのよさが伺えた。コーラ飲むんだって音なんか立てない。
「で、相互不可侵を締結するためには私はどんな犠牲を払わなきゃいけないわけ?」
どこまでも強気な秋月だった。長い脚を組んだ、挑発するように、パンツが見えた。真っ白だった。
「喋る気なんか更々ない。俺もノロもズッキーと秘密を共有したい。それだけだ」
「ズッキー、ズッキーって!? なんかうざい。童貞臭い野呂もそれでいいの? キスくらいしてあげてもいいのに、口止め料。したことある? キス?」
野口がすごい形相で俺を睨んだ。秋月がニーソックスをずり上げた。
野口の顔を見た。幸せそうだった。
「いえ、俺は、それと、秋月を、ズッキーと呼びたいです。ああ、それと、携帯の番号が知りたいです」
なんだ俺、ですって敬語かよ……苦笑。
 秋月がまた眉間に皺を寄せた。可愛い、素直にそう思う。唇が柔らかそうだった。頭の中は秋月の唇でいっぱいになった。
 「分った。赤外線モードにして、こっち向けてよ」
野口がポケットから携帯を出す。素早い。
「ズッキーって呼んでもいいのか?」
野口が口を開く。楽しそうだ。
「いいわ、でも教室では無関心でいて、わたしにはかまわないで、不可侵よ、詮索しないで」
「友だちとか言っていいの秋月と……友だちになりたいよ俺」
 恋人の役は野口に譲るとしても俺は本当に秋月と友だちになりたい、そう思った。
「バカ、無理、うざいし、うっとうしいし……童貞臭いし」
野口が立ちあがった。俺も立ちあがった。
「ノロ、学校行こう。秋月が今日なにしてたか担任と腹を割って話し合おう」
「なに! 脅迫する気、証拠なんかないんでしょ!? あなたたち二人の戯言なんか誰が信用するの」
野口が携帯を開いた。
「さっきのラブホのとこと、本屋での万引き、撮った。見るか」
上目遣いに俺と野口を交互に睨む秋月……ため息が出るほど可愛かった。拗ねた表情が絶妙だ。なんだかとろけそうだ。
 野口が一歩前に出た。強気だ、負けてない。今日の野口の態度は見直さざるおえない。
「分ったわ、友だちでいい。野口も野呂も友だちでいいわ」
「よし、交渉成立。今月の秋月の態度次第で写メは消去するから」と野口。
「今度三人でデートしてよ、いや、してください」と言ったところで、秋月の舌打ちが聞こえた。
「調子に乗りすぎじゃない野呂、童貞臭プンプン」
童貞って、そんなこと、秋月のその口から聞けるなんて……お願い、もう一回言ってください。

「暑苦しい! 離れてよ!」
ベンチはたっぷり余裕があった。しかし、俺も野口も秋月にぴったり寄り添っていた。真夏だし、炎天下だっていうのにだ。
 神社の境内、いくら日陰とはいえ、背中を汗が伝う。
「もういい? わたし予定があるの」
言い終わらないうちに秋月は歩き出した。

2 Live Under The Sky

 「付いてくんな! うっとうしい!」
 秋月が振り向きざまに叫んだ。
「今日サボルのか? 俺らも付き合うよ」
そんな日だった。俺も野口に頷いた。まあ、落ちこぼれの言い訳みたいなもん、
泣きたいくらいの青空だったし。

 俺たちを無視するように秋月は踵を返した。
俺たちはそんな秋月の三歩後を歩いた。三歩下がって師の影を踏まずってやつだ、まあ。
「どこ行くんだよ?」
二十分ほど歩いて野口が尋ねた。車道には蜻蛉が揺らめいていた。三十度はとっくに超してるだろう。
「……エアコンが効いてて、長時間入れるとこに決まってるじゃん、暑いんだもん」
どうやら秋月も諦めたらしい。ちゃんと受け答えしてくれる。
 俺はとっさにあのペーパームーンを連想したんだが、行き先はシネコンだった。
韓国映画の再上映らしかった。 頭の中の消しゴムとか猟奇的ななんとかとか少女たちのなんとかとか夢精期ってものまであった。韓国映画の題名ってなんでこんなに直截なんだろ。
 「ズッキー、サボってこんなことしてんの、いつも」
野口がカウンターでポップコーン買いながら言った。
「うるさい! 詮索すんな、帰れば?」
秋月のツンは見飽きた。もうお腹いっぱいだ。デレが見たい。今の言葉で野口はすっかり落ち込んでいた。
場内はガラガラだった。エアコンがギンギンに効いたその隅っこの方にカップルが数人てありさま、当たり前か、平日のお昼だ。ほとんどのカップルがもそもそ小刻みに動いてるんだが、まあ、涼しいしな、ガラガラだし、
恋人同士だものな、分りやすい青春だよな、持て余しちゃうよな……。
 秋月は後ろの席の真ん中辺りに陣取り、野口が買ったポップコーンを頬張っている。

「お前さ、あれ嘘だろ、写メ撮ったっての」
「ああ、そんな盗撮もどき出来っかよ」
「バレたらどうすんだよ。ズッキー怒るよ、きっと」
「そん時はそん時だよ……犀は投げられたんだ」
 恋は盲目っていうしな。こんな男らしい野口を俺は素直に尊敬する、ことにした。
「前、うるさい、シーッ」言いながら秋月はポップコーンをぶつけてきた。
 俺たちは暗闇で顔を見合わせた。どちらからともなく後ろの秋月を挟むように座りなおした。
「なによ、近付かないでよ、童貞臭い……離れろったら……」
 暗闇で聞く秋月の声は妙に色っぽく、ちょうど流れるシーンもなんだかエロくて、なんでこんなことになったのか、とにかく俺は野口を見習ったわけだ。野口は決意したように、秋月に身体を密着させる。

 俺はとりあえず両端の薄暗い席を占領するカップルの動きを観察することにした。
両端のカップルはもうすでに映画どころじゃないって感じで目のやり場にこまる。真ん中の席なんて俺たち三人だけじゃないか。

 「ち、ちょっとぉ、くすぐったいんですけどぉ、や、止めてよ、ポップコーン食べれないじゃん」
スクリーンはけっこうエロいシーンで、俺の腕は勝手に秋月の太ももに置かれてて、見ると野口の腕も、もう一方の太ももに置かれていた。
 じっとりと汗ばむ掌が気になった。秋月の生脚の感触、俺はきっと一生忘れないだろう、多分。
 秋月はそれでも無視し続け、スクリーンから眼を離さず、ポップコーンの入った特大のバーレルを抱えたまま、特に俺たちの腕を払いのけることもなく、調子に乗った俺たちの腕は勝手に腰の括れを這いずり、あのつんと隆起した胸に向かうのだった。

 「はんッ……」
ため息が漏れた。もちろん秋月のだ。半開きの口がスクリーンの灯りに照らされて、漏れたため息が、そこいら辺の空気をピンクで染めるような、もちろん、俺たちだって心臓が飛び出しそうだ。
 野口の心臓の鼓動が聞こえてきそうな気がした。俺は自分の心臓が飛び出すんじゃないかと思い空いた手で胸を押さえつけた。
 俺よりは多少慣れているであろう野口はもうすでにブラウス越しにポチっと起った豆粒を夢中で弄っていた。
俺はといえばもちろん遠慮がちに触るのが精一杯って状況で、それでもしっかり秋月の胸の隆起を心に刻み付けた。この感触、一生忘れないな、多分……。

 それはまるでプリンみたいで、いやプリンじゃないな、なんていうか、その、いやなんとも形容のしようのない柔らかさと弾力で俺の掌から溢れた。
 「だめだよ、そんなことしちゃ……はんっつ、ポ、ポップコーン落としちゃうから……はあはあ」
あくまでも育ちのいい秋月はそれでも必死でバーレルを抱きしめ、俺たちに触られてる胸を隠した。
 調子に乗った野口は更に秋月の首筋に唇を這わす。とうとう秋月は眼を閉じた。
「はあはあ……キスまでよ……二人とも、キスして……キスしよ……」
 秋月がデレた瞬間だった。俺たちは秋月と交互にキスした。それは想像したよりもはるかに柔らかくて、頭の芯が痺れるくらいクラクラした。
 これなんてエロゲーの比じゃない、マネキンみたいに長い脚、捲れ上がったスカートから零れた真っ白なパンツが暗闇の中で浮かび上がった。
 気付いた秋月が必死でスカートの裾を押さえた。その仕種に胸がキュンと鳴った。
「……これ以上は許さない……絶対ダメ……友だちだからね、二人とも……友だち……」
 我に帰ったように秋月が釘を差した。
野口の右腕と俺の左腕は秋月の胸の谷間で出会い、指と指が絡み、握手して、別れた。
「これ以上は友だちじゃないんだ」
幾分か冷静になった野口が言った。秋月にじゃない、多分俺に向けた言葉だ、多分。
 暗闇の中でさえ秋月の瞳からは険しさが消えていたのが分る。あの刺々しい攻撃的な表情は影を潜めて、出来損ないの子供を慈しむ母親か、マザーテレサの心境なんだろうか? 俺には分らない。何しろまだ頭の芯が痺れてたんだから。
秋月は交互に俺たちの頬にキスしながらこう言った。
「二人ともスキよ……」
 結局俺たちは高ぶった気持ちを抱えたままシネコンの前で秋月と別れた。
秋月は帰り際「本当に友だちだからね、今日のことは忘れて、友だち……それ以上でもそれ以下でもないから忘れないで、約束破ったら絶交か死刑だから」と念を押した。

 帰るには早かったから、河川敷に戻り、マイセンを一服し、いつものように芝生に寝転がった。
「なんだよグッチ、なんですぐ出ようなんて言ったんだ」
野口は口を利かない。シネコン以来ずっと無口だ。
「出ちゃったんだよ、パンツの中、気持ちわりい……」
「出ちゃったって?、その、あの、出ちゃったてことか?」
 俺たちは顔を見合わせ苦笑した。
「ニ年も恋焦がれて、一言だって言葉も交わせなかったってのに、今日のこの劇的な展開はなんだ! シュウ、俺は今、猛烈に感動してるんだ」
 「俺だって、学校一のマドンナ、あの秋月の胸を触ってキスまでしたんだ。グッチ、お前に感謝する、するしかあるまい」
 夕暮れの幾分か和らいだ夏風が水面を渡り、俺たちの頬を撫ぜた。それは秋月のキスを思い出させた。
いつもの、当たり前の光景が新鮮で、光り輝いてるようにさえ思えた。
 夕暮れの空も、逸れた雲も、なにもかもが生きいきと胸に迫った。
「友だち以上は贅沢だよな」
野口がポツンと言った。
「とりあえず生きてて良かったんじゃね、違うか、死刑よかはましだろ」
野口からの返事はなかった。俺と同じで秋月になら死刑でもいいかとか、キスの感触を思い出してでもいたのか、もちろん胸もだ。
 生きてて良かったよ、そう素直に思える一日だった。多分野口も同じ気持ちだっただろう……。

 寝ようとしたら野口からメール、『警告! ノロよ、今日だけは秋月オカズにすんのは止めろ! いや、止めてくれ、ほんと、止めてください、絶対すんな!』
 多分、恐らく、今日だけは秋月を独り占めしたかったんだろう、そういうやつだ。もちろん、俺は野口の親友だから……ははははは……。

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  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-29

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