悪魔のリドル版ワンドロss
2015/03/23 テーマ「天気」
お天気日和は、大嫌いだ。
カーテンの隙間からは、閉ざされた世界を崩すかの日光が侵入してくる。そして…
「しえなちゃーん!天気だよ天気晴れ晴れー!ねぇ外出ようよーっ」
…コイツがうるさくなる。
「バカか、お前脱獄犯なんだぞ?しばらくは隠れてろよ…」
嘆息したボクがそう叱咤すると、『何言ってんのこいつ』感満載の表情になった武智、曰く。
「えっ、見つけてきた人を殺せば済む話じゃん」
怖い。本当に。ルームシェア始めて数ヶ月経つけど、この言動だけは冗談抜きで怖くて仕方が無い。何しろ冗談じゃないし。
「だからさ、ホラ!行こうよ」
「ちょ、ボクは出るなんて一言も…」
「いいっていいって!きっとしえなちゃんも喜ぶから」
無理矢理ボクの手を引いてドアを開けた。マンションの玄関から出たボク達は、すぐそばのコンビニに向かう。…何でだ?
「いらっしゃいませーっ」
入店してからすぐ、菓子売り場へ。武智は迷わず、ポテチをカゴに入れた。パッケージには、最近流行りのアニメのキャラクターが描かれている。
「あ、コレってお前が好きなアニメの…」
「正解♪しえなちゃんってポテチ好きでしょ?これならwin-winだなぁって」
「ありがとう。…いいとこあるな」
「そう?素直だねー」
やっぱ、外に出て正解だったかもしれない。武智は快活な笑顔でレジに並ぶと、台にカゴを置いた。
「お願いしまーす…って、美人さんだね♪これからウチ来てよ。なんか変なのいるけど気にせず」
「オイ武智ゴラァ!!!」
前言撤回。やはり武智はアホな下衆だった。そして、外に出なければ…と、今更後悔した。
3/24 テーマ「病気」
「なァ、お前って病気した事あるか?」
真夜中の自室、そんな事を聞かれた。
「そうですね…数年前に一度、風邪を」
「かァーーッ!風邪なんざ病気のうちに入んねーよ、もっと激しくてこう、一生忘れ難いようなのはねーの?」
いつものオーバーな身振りでツッコまれる。苦笑して首を振ると、「えー」とブーイングを受けた。そんな事を言われても、どうしようもない。
「…まァそうだわな、機械なんだし?」
そりゃそうか、と笑う真夜さんを見て、ふと思いつく。
「あっ、精神的な病気なら何度かありますわ。ストレスによって神経症や幻覚を…」
「いやそういうのはいい。オウほんとに。」
引き気味に拒否された。
「それと、腕の故障なら」
「そりゃ病気と呼べねーと思う…。患者何十人だよ」
「いえいえ、病気だと思いますわよ?電磁なんとかでバクが伝染るかもと、お医者様が言っていました」
「へぇ…」
彼女はすっと私の身体を一瞥した。
「まあ、色々大変なんだな。オレにも手伝える事あれば、言ってくれよな」
と言って笑いつつ、私の手にその手を伸ばす。柔らかい手が触れたと同時に、
「あっっちぃぃ!!!」
と叫んで離れた。疑問に思いつつ自らの頬に触れると…確かに熱い。離しても熱さがそこに残った。
「あら…?」
心做しか、心拍数も上がってきてる気がする。これは何の病気だろう?
03/25 テーマ「さんぽ」
「香子ちゃんや、散歩にでも行かんかの」
「散歩…?」
休日の真昼間。やる事が無かったわしは、香子ちゃんを外に誘った。数秒間悩むと、彼女は
「何故?私は少し勉強をしたいんだが」
プイと自室に戻ってしまった。わしはその背中に勢いよく抱きつき、耳元で
「いつも家ばかりに居たら、モヤシになってしまうぞ。情報ばかりに拘って何もせず終わった彼奴のようになりたくないのなら、偶には外に出よう」
と呟いてみる。彼女は溜息をつくと、
「…わかった、同行しよう」
と、折れた。さあ、出発じゃ!
「ハックショォン!!」
「しえなちゃん、大丈夫?」
「どうだろう…風邪か?それにしては熱も無いし」
「ふむ…これは、誰かが噂してるね」
「それ迷信だろ」
「いやいや、迷信でも侮れないもんだよ」
雑木林の近くの道を、二人で歩く。…こうしていると、遠い昔を思い出してしまいそうだ。記憶を封じ込むように、頭をブンブンと振る。
「お姉さん方、道を教えてくださいませんか」
道を歩く優しげな老婆に、道を尋ねられた。あそこの階段を登れば行けますよと笑顔で受け応える傍ら、『自分もこんなふうに老化して、普通に生きて普通に死ねれば、どんなに幸せか』などと下らない事を考えていた。
「…ありがとうねぇ。実はそこに、あたしのご先祖様のお墓があってね。久々に遠方からこっちに来たから手を合わせていこうと思ったけど、しばらくの間に都会になっちゃっててねぇ」
「……ご先祖様、ですか」
「ええ、そうなの。名前は、『武雄』さんだったかしら?優しくて頭の良いお人だったらしいわ。…あら、ごめんなさい!何も関係ない話をしてしまったわね。さようなら、ご親切にありがとうね。」
少し呆然としながら老婆を見送る。
「親切だな。…首藤?どうかしたのか」
「いや、なんでもない。それじゃあ行こう」
そう応えて、一歩踏み出す。ふと階段を見上げると、苔むした御影石が、わしと彼女を見送るようにキラキラと煌めいていた。
03/26 テーマ「アクセサリー」
真夜中、テレビの液晶画面とパソコンのモニターだけが煌々と光を発する、薄暗い部屋。代り映えしない、ボクたちの日常。
「そういえばしえなちゃんってさー、お洒落したことある?」
背中合わせの位置にいる武智が、そんな言葉を発してから、それは非日常へ傾いていった。
「…ないよ」
ひたすらキーを叩きながら、適当に答える。すると奴は、「へー」と、これまた適当なふうに相槌を打った。
「そうだ、しえなちゃん!いいこと思いついたんだけど」
「何だよ急に」
突然上がった武智のテンションに半ば呆れながら一瞥する。…彼女の表情はなんと、『楽しい殺人』をしている時のように恍惚としていた。
「実はね、少し前まで付き合ってたひとのピアスがあるんだけど」
楽しげにポケットをまさぐると、掌に軽く収まる程のケースを取り出した。それを開けると、金の土台の上で煌めく小さな小さな宝石が、二つ姿を見せた。
「…それをどうするんだよ?」
「やだなぁしえなちゃん。分かってるんでしょ?」
「な、何だよ!近付くなって…」
椅子から立ち逃げようとするボクは、武智の歪んだ笑みを目にして立ち竦んだ。
「こうするんだよ」
突然。ボクは、突っ込んできた武智によって床に押し倒されていた。
「行くよ…」
武智は安全ピンを取り出し、ボクの片耳にブッ刺した。一点に集中する意識に顔をしかめていると、もう片方にも痛みが走った。垂れるボクの血を武智は、それはそれは旨そうに舐め、ケースから取り出した二つのピアスを挿し込んだ。
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」
武智の歪んだ精神と、死んだ赤の他人の遺物を身に着けているという気持ち悪さと、どここらともなく湧き出る悦びで、吐きそうになる。そして、武智への怒りと憎しみと嫌悪と愛が、また今日も一層深まるのであった。
03/27 テーマ「演劇」
演劇が好きになったのは、いつ頃だっただろうか。ボクの記憶が正しければ、中1の冬からだったと思う。
「委員長、劇の指揮お願いできる?」
学校で委員長をしていたボクは、自分で言うのも何だがクラスの中心だった。皆に慕われているボクが、三送会の劇を仕切るのも、まぁ当然な訳で。
その時のボクは、気張りすぎていた。お世話になった三年の先輩が楽しんでくれるにはどうすればいいか、そればかり考えてしばらく過ごしていた。
そんなある晩、ボクは試しにネットで有名な劇を見た。
圧倒的だった。
眼と耳から脳へ、熱気と感情が流れてくる。美しい動きと言葉に、ボクは魅了されていた。
そして翌日、三送会練習の時間。
ボクは、あの劇のように皆を動かそうとした。もちろんうまく行かなかったが、そのときのボクは何故か、皆ができると思い込んでいた。
「どうしてできないんだ、馬鹿!!」
「そんなんも出来ないんなら、帰れ!!」
ボクは皆に、罵詈雑言を浴びせ続けた。我ながら、なんて頭の悪い人間だったんだろう。
当然、皆はボクに嫌悪感を抱いた。そして皆して虐めた。
ボクは謝ることもなく、自分の世界に閉じこもった。そうして高校生まで過ごしていたボクは、ある日素晴らしい組織に出逢う…
「なになにしえなちゃん!何書いてんのー?」
「うっさい。お前には関係ない」
「そんな事言わないでよー」
「…だまれ、さっさと向こう行け」
「ハイハイ」
組織に入ったボクの世界は、閉じこもっていた時より更に暗くなっていった。
罪悪感と悦びの狭間、不条理と暗闇のボクの世界。それは、どこからともなく伸びた手に握られていたハサミで、綺麗に切り裂かれた。
03/30 テーマ「武器」
夜の帳が下りる頃、金星寮二号室にて。
部屋に響くのは、弦を引くような音と、銃を開く音。
前者の音を鳴らしていた少女-寒河江春紀は、後者を鳴らしていた少女-犬飼伊介に笑顔でこう話しかけた。
「銃って使いやすいのか?」
伊介は呆れたような顔で「はぁ?」と。春紀は尚も笑みつつ、
「いやあ、あたしも銃使うべきかなと」
と答える。
「そんなん相性によるものでしょ」
「そうかなー…ま、いっか」
手元のワイヤーを巻き戻しながら呟くと、両者とも再び無言の作業に取り掛かる。そうしてしばらく経つとまた、春紀が思いついたように、
「武器に毛を巻いたら弾除けになるって本当なのか?」
「ブフウッ」
堪らなくなって吹き出した伊介はしばらく噎せると、
「け、毛って…」
と呟く。
「こんな毛一本でいいんならやるけどさー…」
「い、いいわよそんなん!!何言ってるのアンタっ…」
「何だよその反応は」
「アンタ、少しは恥じらってよ!!!」
03/31 テーマ「楽器」
『エンゼルトランペット』。それが、彼女のコードネームだ。
…えげつない皮肉だと思う。殺しを生業とする人間が名乗るものではないような…
何故そんな名前に、と訊いた事もある。しかしその時彼女はクスクスと笑い、
「奇麗な花には毒があるんですよ」
と答えてきた。
後々調べてみると、『エンゼルトランペット』は毒を持ったアサガオの一種の別名のようだった。華奢で可愛らしい暗殺者の彼女にはピッタリな名前だなぁと、つくづく思った。
私はふぅと息を吐くと、安楽椅子に深く腰掛ける。しばらく椅子を揺らしていると、ドアが開いた。
「桐ヶ谷か。おかえり」
「ただいま、千足さん。」
私と挨拶を交わした桐ヶ谷の手首には、大きな手で握られたような赤黒い痣が
刻まれていた。
「桐ヶ谷、それはどうしたんだ」
疑問に思い聞いてみた私に対し、満面の笑みを見せ続ける彼女。曰く、
「あぁ、これですか…。毒を撃ちこまれた標的が抵抗してたんですが、しつこくて。呻きながらも私の手首を握り潰さんとばかりに引っ掴んできたんです」
私は、すんでのところで、彼女の喉笛に掴みかかるところだった。
尚もニコニコとしている彼女は、殺しに罪悪感を感じていないのだろう。私の師匠も、そうやって彼女に殺されたに違いない。
わなわなと震える私に、彼女はまた話しかけた。
「お土産もあるんです」
大きい鞄から、黒革の張られた箱を取り出す。彼女が小さな手で開けると、中には金管楽器が艶々と輝いていた。
「トランペットです。千足さん、新品ですよ、新品!ちょうど標的の家に届いてて。」
これから練習してみますと笑う彼女を、私は未だに赦せていない。師匠を殺した輩と一緒に住んでいるというのも、考えてみると嫌な話だ。
キダチチョウセンアサガオの花言葉…愛敬、偽りの魅力、変装、愛嬌。
私は、彼女からの愛を受け止めている。
私は、彼女の魅力に取り憑かれている。
私は、彼女の微笑みの変装に騙されている。
そして私は、愛嬌を私に振り撒く彼女-桐ヶ谷柩を、何よりも愛おしく思っている。
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