MAGICAL MYSTERY TOUR

 行き先の分からない列車に乗って旅にでた。
そこは、始りも終わりもない場所。世界の涯ての涯ての場所……。
 駅員はジョバンニという名前の惑星ソラリスの出身者。

 羊たちは沈黙し、まどろみの中でバビロン行きの夜行列車に乗り込んだ。
僕は行き先も分からないまま、発車のベルに後押しされて急いで乗り込む。
そこはイマジネーションが飛翔する場所。限りなき飛翔……自転の止まった地球は片面を太陽に向けたまま、体長100メートルの女郎蜘蛛が静止した地球と月を繋いだ糸によって行き来する。その女郎蜘蛛の影は直径数百キロの黒い塊となって昼だけの世界を覆う。
 一緒に乗り込んだセイウチは僕の分身……セイウチがハローと言ったので僕はグッバイと答えた。
 誰も僕に話しかけようとはしない。僕をバカだと思っているから、僕だって話しなんかない。僕以外はみんなバカだから。
 コンパートメントに乗り込んだのは僕とセイウチと大工と牡蠣。みんなは言う、お互い様でしょって……。

 誰かが言った。愛こそは全てだと、愛があればいい、出来ないことは出来ないし、歌えないものは歌えない。愛さえあればいい……でもセイウチに愛が必要なの?
 牡蠣がイエスと言ったので僕はノーと答えた。

 沈黙が支配したいと言ったので、僕はおもむろに新聞を開いた。
悲惨な記事ばかりでうんざりしたけれど、ランカシャーに4000もの大小の穴が見つかったって、それはきっと僕のため息で出来てるっていうのにねえ。

 愛が全てだなんて誰が言ったんだろう……テロリストだって世界の真ん中で愛を叫べる時代だって言うのにねえ。それとも、テロリストも誰かを愛し、何かを信じて、死んでいったのかな……。

 大工が行こうと言ったけれど僕は行かないと答えた。
銀河は深すぎて溺れてしまいそうだったから。僕は存外弱虫なんだ。
 誰かが叫んだ! カンパネラが溺れたんだって……。

 列車は漆黒の闇が支配する長い長いトンネルに入った。
暗闇は友、漆黒は孤独、沈黙は金、手紙を入れたボトルを銀河に流そう、遠いところへ旅立った友に届くように、僕の涙が届くように……。
 180億光年の時を経てトンネルを抜ける。ビッグ・バンは収束に向かってるらしいよ。

窓の外は一面のイチゴ畑、大好きなあの子と逢った場所、ルーシーはダイヤモンドと一緒に空から降ってきたんだ、このイチゴ畑にね。
 絶え間なく降り注ぐ雨と、絶え間なくそよぐ風と、光の束を引き連れて、いちご畑はもうてんやわんや、まるでキ印のお茶会みたいにね。

ルーシー僕は君を森へ連れてってイカシタイっていつも思ってた。
クスリでイってたってそのくらいのことは僕にだってできるさ。
 行き先が分からないからといって哀しむ必要なんてない。世界の涯ての涯てで僕たちは愛し合えばいいんだから。

 どんなヤツだって僕の世界を踏みにじることなんてできないんだ。僕は強固の殻に閉じこもって孤独を貪り食うんだから。
 ほおっておいたのは母さん、あなたが悪いんだからね。僕は押入れの中の宇宙を横切って銀河に飛び込もう、最後の勇気を振り絞ってね、誰かがイエスといったから僕はノーと言った。

 丘の上で念仏みたいにブツブツ呟いてるバカがいた。
「灰は灰に、塵は塵に、灰は灰に、塵は塵に、灰は灰に、塵は塵に、灰は灰に、塵は塵に」
 停車時間が長かったのでペニー・レインの床屋にいって髪を切ってもらった。
ついでにしがらみなんかも断ち切ってくれるとうれしいんだけれどね、
考えすぎるとろくなことはないね、バカはバカでいいのさ、世の中はずっと単純な原理で回ってるんだから……でもだからといって愛で回ってるなんて思うのはただの幻想。

 丘の上のバカはまだブツブツ言ってるんだ。
 人はみんな自由だけれど、好き勝手にやれるわけじゃないしね、ルールがなきゃ社会は立ちいかないし、セイウチが訊きました。
 自由って不自由じゃないですか? 自由というルールの中では生きられませんか?
「自由」というメッセージの中の「不自由」、「ルールの中で生きる」というメッセージの中に「ルールの中で生きていない」人を探すんだよ。
 それが脱構築の第1歩なんだ。おお、デリダよ、百年後言葉や文字は残っているだろうか……文字は文脈の引用で無限の意味を持つんだって君は言うんだね。
 時間を遡り、文脈を超えて残り続ける文字は時間が経てばウソになってゆくんだ。
 そうだね、賞味期限はいつまでも続かないってことだからね……。
そうだね叫びは一瞬で消えてしまうけれども、文字はそこに在りつづけるんだからね。

 僕の世界を変えるものは何もない、僕の世界を変えるものはない、
  僕の世界を変えるものは何もない……僕は強固という名の殻に閉じこもり、
孤独をむさぼり食って生きているんだ。
 エリナー・リグビーとは昔からの友だちさ、古い古い友人、そう彼女はチェシャ猫みたいに笑うんだ。
 時代の流れに溺れないように僕らは走り続けるしかないんだ。列車の中でさえね。

 そろそろこの旅も終わりに近付いてきたみたい。
終点はどこでもないどこかだってさっきルーシーが言ってたんだ。
 
 ミステリー・ツアーのフィナーレはこの唱、路上で若者たちの息吹がほとばしる。 
 ”I Sing the Body Electric!”ブラッドベリはこう叫んで、レプリカントを追っかけたんだ。
 そして、僕は、ゆっくりと睡魔の端っこでアンドロイドと添い寝して電気羊を数えながら眠るんだ。
 永遠にね……。

MAGICAL MYSTERY TOUR

MAGICAL MYSTERY TOUR

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-29

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