全自動ホテル

 武田は急な出張で地方に一泊することになった。とりあえず眠れさえすればいいので、ネットでなるべく安いホテルを検索すると、『全自動ホテル』というワードが目に留まった。低料金なのに、高級リゾートホテル並の気分を味わえるという。話半分としても、ゆっくり眠れそうだ。武田はさっそく予約を入れた。

 タクシーから降りてホテルのロビーに入ると、閑散として客がひとりもいない。これは騙されたかなと思ったが、正面のカウンターに座っている美しい女性が武田に話しかけてきた。
「ようこそ、ホテルアクアへ。そのままカウンターの前にお進みください」
「うん」
 カウンターの前に立つと、女性が本物の人間ではなく、アンドロイドであることがわかった。
(なるほど、全自動ホテルとはこういうことか。一般業務用ロボットよりは上等な音声システムを使っているようだが)
「いらっしゃいませ。わたくしは案内係を務めさせていただいております、マリンと申します。ご宿泊のお客様でいらっしゃいますか」
「ええっと、武田哲郎で予約が入っているはずだが」
「かしこまりました。はい、確かにご予約を頂戴致しております。恐れ入りますが、カウンターに右手をかざしていただけますか」
「ああ」
「ありがとうございます。ご本人様と認証されました。カウンターの右側にあるボックスからカードキーが出ますので、お受け取りください」
「あ、そうだ。先に荷物を送っておいたんだが」
「はい、すでにお部屋にお届けしております。尚、何かご質問やご依頼の際には、館内のどこにおられましても『ログイン』とおっしゃっていただけば、すぐに対応致します。それでは、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
「うん、ありがとう」
 少し離れてから武田が振り返ると、マリンは「くださいませ」の状態で固まっていた。おそらく、人間の接近を感知するセンサーがあって、その時だけ動くのだろう。
 武田はエレベーターで客室のある階に上がり、部屋のドアにカードキーを差し込んだ。どんな部屋だろうと想像していたが、中に入ってあまりの殺風景さに驚いた。室内のインテリアがすべてクリーム系の白一色であり、しかも、やや広めの窓ガラスからは、ゴチャゴチャした近所のビルの裏側しか見えないのだ。
(何だこりゃ。どんなに安いホテルだって、もう少しマシだぞ。いったい、どうなってんだ)
 武田はすぐにキャンセルしようと思ったが、試しに聞いてみることにした。
「ええと、ログイン!」
 すると、部屋のテレビのスイッチが勝手に入り、マリンが現れた。
「ご用件をどうぞ」
「おい。これはどういうことだ。この部屋のどこが高級リゾートホテル並なんだ!」
「失礼致しました。まだ、武田様のお好みを伺っていませんでしたので、室内がノーマルモードのままでした。リゾート風がお好みですね」
 マリンがそう言うと、部屋のインテリアがモコモコと変形し、色も材質も変わって来た。室内はあっという間にハワイかどこかの南国風になり、窓ガラスの向こうには白い砂浜と透き徹った青い海が広がっている。
 武田が目を丸くしていると、マリンが説明を続けた。
「室内のインテリアはすべて超可塑性素材でできており、色や形を自由に変えられます。また、窓ガラスを兼ねたモニターパネルには、世界中の絶景が登録されています。何かご要望があれば、いつでもおっしゃってください。それから」
 マリンは言葉を切り、気のせいかちょっと淋しそうな顔になった。
「もし、わたくしのキャラクターがお気に召さないようでしたら、老若男女、どのようなキャラクターにでも変更可能でございます」
「あ、いや、いいよ、いいよ、そのままで」
 マリンはパッと笑顔になった。
「ありがとうございます。それでは、また何かございましたら、ご遠慮なくお呼びくださいませ」
(やれやれ。機械相手に気を使ってしまったな。まあ、バーチャルとはいえ、少しはリゾート気分が味わえるだろう。何より、ベッドが例の超ナントカ素材でこちらの体型に合わせてくれるから、寝心地はバツグンだ。さて、夕食まで少し時間があるから、ひと眠りするか)
 武田がウトウトしかけた時、かすかにパチンという音がして、部屋の様子が一変した。最初部屋に入った時の、あの状態だ。
「おい、おい、どうしたんだよ。あ、そうか。ログイン!」
 何の返事もない。
 すると、突然、部屋の電話が鳴った。武田は思わずビクッとしたが、鳴り止まないので受話器を取った。
「武田だが」
「あー、すいませーん。この地区の機械設備メンテナンスを担当してる者ですがね。この地域一帯に大規模な停電が発生しまして、非常用電源で何とか空調と基本照明は維持してますが、他のサービスは当分停止しますんで、はい」
「ええっ。当分って、どれくらいなんだ」
「うーん、今晩は無理かなあ」
「何だって。冗談じゃないぞ。じゃあ、いいよ。今すぐキャンセルだ。おれは別のホテルに行く」
「それがですねえ。申し訳ないですけど、空調と基本照明以外はこのホテルの本社からの遠隔操作で、こっちではコントロールできないんです。多分、部屋からは出られませんよ」
「そんな馬鹿な」
 受話器を外したまま、ドアを開けようとしてみたが、男の言うとおりビクともしない。
 武田は再び電話のところに戻り、男に食い下がった。
「何とかしてくれ。これじゃ身動きがとれないじゃないか」
「そう言われましてもねえ。われわれは単に地区のメンテナンスを担当してるだけなんで。今は、この停電の影響で大きな事故が発生しないよう、該当する建物のチェックに追われてるんです。たまたま、宿泊客のいるホテルを見つけたんで連絡しただけですよ。クレームなら直接ホテルに言ってください」
「わかった。そうするとも!」
 武田は電話を切ると自分のスマホをポケットから出した。
「あれ、圏外だ。そうか、中継器もストップしてるのか」
 もう一度受話器を取り上げたが、もはや発信音さえしなくなっていた。
 武田の脳裏に、何日も閉じ込められたままミイラになっている自分の姿が浮かんだ。
「おーい、何とかしてくれー!ログイン、ログイン!マリンちゃーん、頼むよー!」

 明け方頃、ようやく停電は復旧したが、武田が一睡もできなかったのは言うまでもない。
(おわり)

全自動ホテル

全自動ホテル

武田は急な出張で地方に一泊することになった。とりあえず眠れさえすればいいので、ネットでなるべく安いホテルを検索すると、『全自動ホテル』というワードが目に留まった。低料金なのに、高級リゾートホテル並の気分を味わえるという…

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-22

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