ブラザーズ×××ワールド A9
戒人(かいと)―― 09
けぷ。
戒人の指から口を離した少女は、ミルクを飲み終えた赤ん坊のような息をもらした。
その目が、急速に光を取り戻していく。
「………………」
顔をあげる。戒人を見つめる。
そして、
「……誰?」
「おい……」
さんざん人の指に吸いついておいて、それか……。あきれつつも、末弟と変わらない歳の子どもに、戒人は冷たくできなかった。
「桐生戒人」
「かい……と?」
「ああ」
それだけ言って、不愛想に言葉を切り上げる。
少女は、きょとんと首をかしげながらそんな戒人を見て――
「……ミア」
「何?」
「ミア。ミアの名前」
「………………」
邪気のない目でこちらを見つめる少女――ミアを戒人は複雑な想いで見つめ返す。
この少女は、何なのだ?
頭髪からのぞく獣の耳を見る限り、この娘もまた獣人なのだろう。しかし、昨夜の者たちやトリス=トラムのように、こちらに襲いかかろうという気配は感じられない。
だが、気づけば、その視線は戒人の指に注がれている。
まだすすり足りないというように。
(神饌……)
あらためてその言葉が戒人の脳裏に浮かぶ。
つまりこの娘にとっても戒人は――御馳走なのだ。
しかし、ミアが獣人とわかったところで、戒人にはあらたな疑問が生まれていた。
「聞いていいか」
「ん?」
「あの男は……」
そう言って、戒人は死んだあの中年男の名前さえ知らなかったことに気づく。しかし、それでも話は通じるだろうと、
「この家にいた……あの男はおまえの何だ?」
首をかしげるミア。
「パパのこと?」
「父親……」
同じ家に住む中年男と少女。普通に考えればそういうことになるだろう。
だが、戒人は納得できなかった。
ミアは獣人だ。
一方、あの中年男は獣人ではなかったと思える。火球を作り出すという超常的なことをしてのけたが、その身体がトリスやミアのようになることはなかった。息絶えてもその姿が変わることはなかったし、そもそも獣人としての力があればトリスとの戦いでそれを使ったはずなのだ。
使えない理由があったとも考えられたが、戒人にはそうでないと思えた。
そもそも、獣人という存在に普通の親子関係があり得るのか? 戒人にはわからないことばかりだった。
「………………」
知らなくてはならない。
あの男のことを。この世界のことを。
しかし、浮世離れした感のあるこの少女から、望む答えが得られるとは思えない。
となれば、
(……調べるか)
この世界の文物を判読できる確証はない。しかし、手がかりになりそうなものなら、なんでも目を通しておく必要があると思えた。
この世界で生き残るため。
そして――
二人の弟を見つけ出すために。
ブラザーズ×××ワールド A9