金喰い
プロローグ
今にも歌い出しそうな華やかな大地。
どこまでも広い青い空。
七色に輝くこの世のものとは思えない湖。
そう、ここはまるでーー
「異世界、そうに違いない」
くせのある黒髪の少年、芦屋陽介(あしやようすけ)は両手を広げて背伸びをした。
いわゆるオタク高校生。
異世界に行って転生・冒険・ハーレムに憧れていたのだ。
「廃墟の古井戸をのぞいたら、いつの間にか異世界だ」
俺はツイているのかもしれない、と笑う。
「ねえ、あれ……」
「蓬莱の者ではありませんか」
羽衣を纏った美女が、ヒソヒソと何やら話している。
「ひょっとして、中華ファンタジーっぽい世界なのか?」
「あの」
赤い羽衣の仙女が右腕
「こちらへ」
黄色の羽衣の女性が左腕を掴んだ。
こうして、陽介はいかにも偉そうな人が住んで居そうな館へ連れて行かれた。
「西王母様、実は……」
紫色の羽衣を纏った若い仙女が、腰まである長い黒髪の美女に報告。
「蓬莱からの訪問者は久しぶりね」
湖の底のように美しい瞳が、陽介の方に向けられた。
道士契約
「こんなにも美女が……分かりました。俺、世界を救います」
火山に指輪捨てたり竜王倒します、と意気込む陽介。
西王母と呼ばれた美しい仙女は、残念な人間を見るかのように
「紫衣仙女よ、この者は大丈夫なのか?」
とくに頭、と眉を寄せた。
「はぁ、死んだばかりで記憶が曖昧なのでは?」
「え、死んだ」
誰の話? と陽介は首を傾げた。
ラノベでは、一度死んだ主人公が転生して無双する話はよくある。
これも選ばれた人間の試錬。
西王母は書簡を広げ
「芦屋陽介とやら、ここに来る間のことを覚えているか」
陽介は頭を掻く。
「えーと、友人と廃墟で肝試しをして。庭で古い井戸を見つけました。何か呼ばれたような気がしてのぞいたら、ドンと誰かに背中を押されました」
紫衣仙女は眉を寄せると
「西王母様、これは殺人では」
「……一つ聞くが、井戸に水は入っていたか?」
「いえ、入ってなかったと思います」
西王母と紫衣仙女は顔を背けると
「……頭からカチ割ったのだろうな」
「ですね」
「あの、俺は転生して世界を救ったあげくハーレムになれますか」
できればチートっぽい能力があれば、と注文をつける陽介。
「いや、転生する必要はない。ちなみに火山に指輪を捨てる必要もなければ、ここに竜王なんてものはいない」
西王母は椅子から立ち上がると
「主を蘇生する代わりに、やってもらいたいことがある。蓬莱に蔓延しているであろう不治の病ーー金喰い(キョンシー)を倒してもらいたい」
「キョンシーって、頭に札ついてるやつ?」
そんなのアニメか漫画の話だ、と陽介。
「主の言う、あにめやまんがが何かは知らないが、奴らは狡猾。ゆえに、自らの正体を簡単に明かしたりしない」
面白い話を教えてやろうーー
「ここ数年、主の居た蓬莱では死者がでていない」
これは異常だ、と西王母は言った。
「単に、年寄りの寿命が伸びたとか」
陽介の考えに「そんな簡単な話ではな」と西王母は首を横に振った。
「蘇生することで、主は道士としての力を手にいれる」
西王母は、陽介の体を突き落とすように押すと
「原因を探して欲しい」
蘇生
「ーーああ、確かに」
話し声が聞こえる。
「起きた。一度、切るからな」
曇天の空ーー友人と一緒に来た廃墟の屋敷。
陽介は、井戸の近くで目を覚ました。
「……あれ?」
友人の神田浩司(かんだこうじ)が顔を覗き込む。
オタクの自分なんかと比べものにならない位の端正な顔立ち。
なんで、友人で居てくれるのか……たまに不思議になってくる。
「大丈夫か? お前、倒れてたんだよ」
「もう少しで、転生して異世界でハーレムが出来そうだったのに」
夢だったのか、と陽介。
浩司は眉を寄せ
「頭の打ち所が悪かったんだろ。でも、そいつ助けるなんてやるじゃん」
「そいつ?」
陽介は、ゆっくりと上半身を起こした。
腹の上には、白いフクロウ……
「白いフクロウ、まさか偉大なる魔法使いの相棒!?」
父さんと母さんに言ったら飼ってもらえるかな、と陽介。
「お前の家の両親優しそうだからな」
そう言って、肩を竦める浩司。
「いつも仕事で忙しいから、あんまり話さないけどね。あ、そう言えばさっき電話してたろ?」
陽介に聞かれ
「あれか? 後から来るって約束してた女子たち都合悪くてな」
断りの電話だよ、と浩司が答える。
「みんな、浩司が連絡したから来てくれるって言ったんだろ」
俺には二次元がお似合いだよ、と陽介は続けた。
その様子を見て
「……そういう所が」
ギリっと、浩司は唇を噛み締める。
そして、踵を返すと
「帰ろうぜ」
「そうだね。結局、何も居なかったし」
陽介は頷いた。
帰宅
「ただいまー」
陽介が家に帰ると
「あら、お帰りなさい」
出掛ける支度をしていた母。
「ごめんなさいね、緊急の患者さんが来てこれから病院の方に行くことになったわ。父さんも今日は、夜勤だから……夕食と朝食は用意してあるから」
温めて食べてね、と母は急いで出て行った。
「あ、フクロウ飼ってもいいか聞けなかったな」
眠っているフクロウを、籠の中で休ませる。
「今日は、なんだか疲れた」
ものすごく眠い。
食事を摂るのを忘れ、風呂に入った後ベッドに横になった。
「陽介さん、陽介さん」
カーテンから差し込む光と共に、澄んだ女の声が聞こえた。
ついに二次元の嫁が現実になったかと思いながら
「……うーん」
陽介は目を開いた。
そこに居たのは、白いフクロウ。
「昨日の……しかも、喋った!?」
さすがに、陽介は目を丸くした。
「私は、仙女の麻姑(まこ)です。西王母様の命により、陽介さんをサポートさせていただきます。あ、フクロウなのは蓬莱では私たちの力が制限されてしまうので」
陽介は、道士契約のことを思い出す。
「ああ、そういえばそんな設定に……」
喋るフクロウが、こうして目の前に居る。
「だいたい、金喰いってどうやって探すのさ」
欠伸をしながら、陽介はテレビの電源を入れる。
母の用意してくれた朝食を温めていると
「昨日、河川敷で大金がばらまかれているのをーー」
ニュースキャスターが読み上げる。
そして、同時刻には商店街の路地裏でも見つかった。
「もったいないなー」
「陽介さん、これは金喰いの仕業かもしれません」
麻姑の言葉に
「え、金をばらまくのが?」
味噌汁の入ったお椀を片手に、陽介が言った。
「金喰いとは、寿命を金で買った存在です。定期的に金で命を繋がなければ……こんな風にばら撒かれた大金が見つかるのです」
「つまり、金喰いの体ってお金なの?」
信じられないけど、と陽介。
「はい、一部の金喰いは他人を襲い命を繋いでいます。まあ、簡単に言ってしまえば金の力で不老不死を手に入れた存在」
蓬莱で死者が発生しない原因です、と麻姑。
「道士である、陽介さんには金喰いを生み出している存在を探してもらいたいのです」
「……」
もぐもぐ、と白米を食べていた陽介は途中で箸を置いた。
「陽介さん、もう少し食べた方がいいですよ」
「母さん、珍しく料理失敗したな」
味がしない、と陽介はため息をついた。
金喰いの巣
野土市・上空
「蓬莱の子供達は、学校に行く時間ですね」
学校へ行った陽介を見送り、麻姑は上空から偵察。
「しかし、なんだか空気が重ような」
麻姑は近くの木で羽を休める。
眼下に広がる広い敷地。
車椅子の老人、屋上でシーツを干す白い服の女性。
「ここは、病院のようですね」
こちらに向けられた刺すような視線。
麻姑は体を震わせた。
皿の上に置かれた一万円札。
それをフォークとナイフで切り分ける。
「浩司君が、うまくやってくれると思ったんだ」
深いため息をつく眼鏡を掛けた白衣の男。
「食べないと、体に毒ですよ」
看護師の妻に言われ「わかっている」と男は口に運ぶ。
「嫦娥様、どうなされました」
窓の外を眺める黒スーツの女性。
「……」
「いかがなさいました?」
「いえ、フクロウが飛んでいたような」
「まあ、夜でもないのに」
寝ぼけているのね、と看護師の女性。
「どっちにしろ、邪魔者は一人だけ。上手くやりましょう」
私は仕事のため学校に向かいます、と嫦娥と呼ばれた黒スーツの女性は踵を返した。
「な、なぜ……あの女が蓬莱に」
麻姑は身体を震わせ
「もう、ここは……金喰いの巣なのでは」
♦︎♦︎♦︎
野土中央高校・1ー5教室
「おはよう」
陽介が教室のドアを開けるなり、騒がしい声が一斉に止まった。
「おっす、よっちゃん」
浩司だけは気軽に声を掛ける。
「今日は、いつも以上に教室が静かだな」
「そうか? ふつーだよ」
あははは、と笑う浩司。
「ちょっと、浩司くん」
学級委員長の武田絵理(たけだえり)が、浩司の手を掴む。
「悪い、ちょっと用事」
「見せつけるなよー」
このイケメン、と陽介は肩を竦める。
「……彼、死んでないじゃない」
恨みがましそうに見る絵理に
「俺だって、わからない。確かに突き落とした」
「もう、いいわ」
わたしがやる、と続けた。
「ねぇ、陽介くん」
「あ、委員長」
何か用、と聞いた陽介に
「このプリント、職員室まで運ぶの手伝ってくれる?」
机の上に置かれたプリントの量は、結構な量だ。
確かに、女の子一人では運べないだろう。
それより、女の子に頼み事をされること自体レアな現象である。
「分かった。手伝うよ」
陽介は深く頷くと
「これが、モテ期ってやつか……」
「なに、一人でブツブツ言ってるのよ」
金喰い