感情アスリート(2)
二 プロローグ二
学歴は?
なんだ、まだあるのか。早く始めて欲しいなあ。でも、学歴は大切だからなあ。学歴によって自分の人生が大きく変わるもんな。
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「大学卒・予備校一年在学・留年一年」
まさに、よくあるパターンの人生を過ごしてきた。世間からいいと言われている大学に入学するため、受験勉強に精を出し、苦節一年の後(予備校時代に通ったラーメン屋の中華丼が懐かしい)、見事、希望の大学に合格。だが、入学してみたものの、大学に入学することが目的で、何をしたいかが目的ではなかったために、案の定、授業には出席せず、パチンコか、友人や俺の下宿で、麻雀三昧の時を過ごし、結果、進級が叶わずに留年。
さすがに、このまま、ドロップアウトの人生を過ごす気構えも、強い意志もないため、取りあえず、授業に出席し、最低ラインのCの連合軍の成績表を片手に、大学の門を出た。まあ、面白いと言えば、面白かった大学生活だったが、もう一度、人生をやり直すならば、別の道を歩んだだろう。
未婚・既婚ですか?
「未婚」
これまでの人生で、「これは」という人との遭遇は、何度かあったものの、今ひとつ、結婚という形式に踏み切れず、三十代を迎えることとなった。現在、つきあっている女はいない。結婚だって、してしまえばそれはそれで、なんとかやっていけるのだろうが、大学生活と同様で、あえてする必然性が、自分には感じられない。たまに、飲み会をする同級生には、「自分の子供は可愛いぞ。お前も、早く、結婚しろ」、と急かされるが、子供を作るために結婚するのであれば、そんな面倒くさいことはやめて、どこかの恵まれない子どもを預かり育てればいいじゃないか。その方が、社会の役に立つ。
どうせ、血縁なんて、幻想以外のものでもない。互いが、勝手に家族だと思い込んでいるにすぎないじゃないか。一方が、家族だと思わなければ、家族は崩壊する。今は、ただ、そう思い込んでいる方が便利だから、そうしているだけだ。それに、「自分の子供は可愛いぞ」という言葉の裏には、「妻との間に、もう愛情はないが、家族を維持していくための唯一の理由、目的が、子どもの成長の期待」ということなのか
家族は何人ですか?
「一人」にしておこう。もちろん、「しておこう」という入力項目はない。
本当は、父親と母親、俺の三人の家族だが、父親と母親は一階で生活し、俺は二階で寝起きしている。朝は、新聞配達から新聞を受けとると同時に出勤するし、夜は、近所の人に自分の姿を見られないように、暗闇のカーテンが引かれるまで家に戻ってこない。無理やり、職場や、前の職場、同期の友人、大学の友人などと、交流の促進と銘打ち、飲み会友達を渡り歩いているため、家で食事を摂る機会はめったにない。時折、孤独から逃れられない砂漠のような喉を潤すため、大トラとチドリの中間の歩き方で、リビングルームに忍び込むことがある。俺のために残しておいたテーブルの上の冷めた夕食を見ると、ありがたい思いとほっておいてくれという気分が卵ご飯の黄身と白身の関係のように、混じりそうで混じらない。
だが、そんな気持ちも、コップ一杯の水が、俺を俺の日常へと流してしまう。流れた行き先は、明日の飲み会のこと。おっと、財布の中に、千円札が一枚しかないぞ。いくら折りたたんだところで、一枚は一枚。三枚になるわけではない。家族も同じだ。こんな生活では、両親との会話がないのは当たり前だ。一人生活者と言っても、過言ではない。冷たいだって?六十過ぎの退役将校と三十のおっさん予備軍の間で交わされる言葉なんて、俺だけでなく、父親の辞書にも載っていないはずだ。でも、かあちゃん、夕食の準備ありがとう!
メールアドレスは?
「四八八四・一一九二@NINGEN・DAKARA・NE」
「しあわせ・いいくに・にんげん・だから・ね」
本当に、願い事って適うのかな。最後は、自分の幸せじゃなくて、他人の幸せを願うようなサンタクロースになるしかないかな。半径一メートルの小さな幸せが、世界の隅々まで広がりますように。
連絡先は?
「〇一―二三四五―六七八九」
数字って、無限大だよな。俺って、有限だよね。だから、数時に憧れる。心だけでも、翼が生えて、颯爽と、時空を超えて,飛び回りたい。
今後、関連する内容について、メールを配信してよろしいですか?
「はい、の欄をチェック」
いいよ、いいよ。何でも送ってくれ。関連する内容って、何かわからないけれど、ここで、「いいえ」と答えると、全てが終わってしまいそうな気がする。それに、インターネットは、世界中に繋がっているから、数字のように、自分が無限大なれる幽かな期待がある。本当は、巨大な蜂の巣穴のひとつに閉じこもっているだけなのだけれど。
それでは、ごゆっくりと会話をお楽しみください。
感情アスリート(2)