どこかの町のとあるカフェ
どこかにある寂れたとあるカフェの日常。
長いようで短い人生の1ページを切り取って書いたみたいな感じ。
どこかの町のとあるカフェ
カランカラン。
瑠「いらしゃっいませ~」
悠「ただいま~」
一見家に帰ってきた親子の会話であったが、彼が入ってきたのはどこかの町のとある喫茶店だった。彼以外の客はおらず、室内にはのんびりとした声で彼を出迎えた女性しかいなかった。
瑠「悠くん、何度も言ってるけど
ここは貴方のお家じゃないし、私は貴方の母でもないわ~」
その女性は彼の親ではないらしい。
悠「いいんだよ、もう家みたいなもんだから」
彼はその女性と向き合って座れるカウンター席に座った。
彼は何故、家に帰らないのか。
悠「あぁ~、ダリぃ~。瑠美子さんミックスジュースくれ」
その女性は瑠美子というらしい。
年齢は30代後半くらいのようで、どこか包容力のある穏やかで柔らかな笑みを浮かべている。
対してさっき入店した彼の名前は悠というらしい。学ランに新品の参考書がつまったカバン。校章と組章からして悠は公立中学の三年生なのだろう。
しかし、今は10月だ。受験生ならこんなところで油を売っている季節ではない。
何故、悠はここにいるのか。
瑠「悠くん、お勉強は大丈夫~?貴方、羽ノ浦高校受けるんでしょ~?」
羽ノ浦高校とはこの学区で二番目に賢いところだ。今の季節で勉強してない人はきついくらいの学力がいる高校である。
悠「別に親が勝手に決めたことだから
行く気ねぇんだよ。勉強なんかしたくねぇし。家帰ったら母さんうるさいし。
それと比べて、ここは静かだし瑠美子さん優しいし、いつも笑顔だし。」
悠が帰らないのは母親が原因らしい。
気だるそうな悠に瑠美子は悠が頼んだミックスジュースを置いた。
悠「さんきゅ。」
悠がミックスジュースを飲んでいるのを見て微笑む瑠美子。
瑠「貴方のミックスジュースを飲む姿を見て、いつも思うのだけれど本当に何も変わってないわね~。昔からミックスジュース大好きなのは嬉しいわ~。でも、もうすぐ高校生なのに、珈琲や紅茶が飲めないなんて~。うふふ」
悠「う、うるせぇよ!!珈琲は苦いし、紅茶は渋いし、不味いんだよ。
それに、俺は瑠美子さんのミックスジュース好きだし・・・。 」
顔を真っ赤にして反論する悠と優雅に笑う瑠美子。本当に微笑ましい光景である。
悠「そういえばさ、この店いつからやってんの?」
悠は興味深そうに店内を見回して質問した。
瑠「いつからだったかしら~?
もう忘れてしまったわ~。」
悠「老人かよ・・・」
失礼な発言をした悠に怒らず、何も言わずに笑っている瑠美子。
これだけ怒らない人がこの世にいるのだろうか。
悠「はぁ~。家に帰りたくねぇよ。
ここに住みたい。なんで勉強しないと駄目なんだよ、親はいつも遊んでるのに。
だいたい、俺の意見や気持ちなんて何一つ聞いてくれないくせに。」
どこか悲しそうな悠を見て瑠美子は静かに話始めた。
瑠「悠くん、きっとお母さんは悠くんの幸せを考えてるわ~。ちゃんと話し合えば分かってくれるわよ~。」
悠「瑠美子さん・・・ありがと。
やっぱり瑠美子さんは優しいな・・・」
悠と瑠美子はしばらく黙ったままだった。悠は以前このカフェに置いていったゲームを取りだしやりはじめた。
瑠美子はカフェの食器を片付けるのを続けた。しかし、そう長くは続かなかった。
ゴーンゴーン。
カフェに飾ってあったおしゃれなアンティークの時計が鳴りだした。
時刻は七時を示していた。
悠「あっ、やべぇ!!
もう、こんな時間!帰らないと!」
慌てて片付けだす悠。
瑠美子は食器を洗う手を止めて、悠の片付けを手伝った。
瑠「忘れ物ないかしら~?あっ、それと今日も夜遅くまで勉強するんでしょう~?これを持っていきなさいな。」
そう言うと瑠美子は悠に手作りのクッキーを渡した。こうばしいにおいと甘い香りが赤いリボンでラッピングされた袋から放たれていた。赤は悠が好きな色だ。
悠「べ、勉強とかしてねぇし!!
・・・ってか、なんで分かったんだよ!!」
瑠「目の下にクマが出来てるし、そのカバンの中の参考書、最近出たものでしょう?さらにその下の入試の過去問の本、ボロボロよ?」
悠「っ!!!」
全てお見通しといった顔の瑠美子に悠はまたしても赤面した。
ほの暗い空のなかに喫茶店の灯りが漏れていた。
瑠「悠くん、頑張って。私は悠くんを応援してるわ~。また明日も悠くんが来るの楽しみにしてるわね~。」
悠「ほんっと瑠美子さんにはかなわないなぁ。さよなら。」
カランカラン。
また静寂に包まれたカフェ。
さっきまで悠の座っていた椅子は少しへこんでいた。だんだん元の形に戻ってくる。瑠美子は洗い物を再開し、一言ひそかに呟いた。
瑠「もう120年経つのね・・・。
このカフェを始めてから・・・・・。」
どこかの町のとあるカフェ
以外と筆が進んだ。
悠が可愛い。