ストーカーと呼びますか

 あなたはわたしを避けているのでしょう。わかっています。電話をかけても応答してくれませんね。でも、きっとわたしの残したメッセージは聞いてくれているでしょう。Eメールを送っても返信してくれませんね。でも、きっとそれを読んでくれているでしょう。それでも伝えきれないことがたくさんあります。あなたはきっとわたしを誤解しているのだと思います。だってそうでしょう。知り合ってからまだ半年も経っていません。いっしょに食事に行ったことは二回しかありません。
 あなたが食事に誘ってくれた時、新しい友人のひとりだと思っていたあなたが急に愛しくなりました。あなたがわたしに興味を持ってくれて、本当にうれしかった。あなたのことはまだよく知らなかったけれど、あなたが望めばお付き合いをしてもいいと思っていたし、夜に泊まるようなことになっても大丈夫なように準備をして行きました。奥手なあなたは、いつものように会話をして特別なことは何も言ってくれませんでしたね。でも、わたしの家の前まで送ってくれました。それで、わたしがあなたにとって少しでも特別な存在なのだと思えました。
 それから他の友人たちといっしょに朝までお酒を飲んだり、カラオケに行ったりもしましたね。そんな時、隣にいるわたしにあなたが構ってくれないから、少し嫉妬をしてしまいました。あなたはわたしに顔を向けず、ずっと他のみんなと話していたんだもの。わたしもそうでしたが、あなたにもなんとなく恥ずかしい気持ちがあったのでしょうか。
 その頃、あなたはわたしを少なくとも嫌ってなどいなかった。わたしに好意を持っていたはずでしょう。わたしの自惚れではないと思います。それがどうしてこうなってしまったのか。いつからあなたはわたしを避けるようになってしまったのか。まったくわからないのです。
 何かきっかけがあるのでしょう。それでしたら、そのきっかけを知りたいのです。きっと何かの誤解だと思います。それを聞かせて欲しい。わたしに言い訳をさせて欲しい。あなたはわたしをまだ十分に知らない。わたしもあなたをまだ十分に知らない。だから、わたしをもっと知って欲しい。あなたをもっと知りたい。ただ一度だけでいい。話をする機会をください。
 その機会をもらえたのなら、その時にあなたにどんなことを伝えるか、わたしはもう考えてあります。それでもあなたがわたしを拒否するのであれば、わたしは諦めます。二度と連絡はしません。これは約束できます。だから一度だけ会って欲しいのです。

 あなたと歩いたことのある公園を歩いてみました。あなたがよくここを歩くと言っていたから、もしかしたらあなたに会えるかもしれない、と少しだけ期待していました。いつの間にかこの公園は、わたしがよく歩く場所になっていました。でも、あなたはもう歩いていないのでしょうか。
 朝、一度だけ出勤するあなたを見かけたことがあります。台風の日、電車が動かずにわたしがタクシー乗り場に移動した時です。あなたの出勤時間は、わたしよりずいぶん遅いのですね。わたしは急いで会社に向かわなければならなかったし、あなたに迷惑があってはいけない、と声はかけませんでした。今になって思えば、あの時に少しでも話を聞いてもらうべきでした。
 その日から、わたしは少し出勤時間を遅くしてみました。仕事を休んだ日は、あの日あなたを見かけた時間に駅まで行ってみました。でも、あなたに会うことはできませんでした。
 駅からの帰り道は、あなたの家の前を通っています。以前まで使っていた道を変えただけで、遠回りではありません。もしかしたら、偶然にもあなたに会うことができるかもしれない。その偶然の可能性を少しでも大きくしたいのです。偶然に顔を合わせたら、あなたはわたしの前から逃げてしまうでしょうか。いいえ、きっとそんなことはしません。気まずい顔をしながらも、わたしの話を聞いてくれるでしょう。わたしはあなたに話したいことがたくさんあります。
 先日の夜には三時間以上もあなたの家の近くを歩きまわり、コンビニエンスストアに行ってはまた戻ったりしていました。それでもあなたに会うことはできませんでした。五分だけでもいい。ただあなたに会いたいだけなのですが、難しいですね。
 あなたにとっては、もう迷惑でしかないのかもしれませんが、何度も電話をかけて、Eメールを送ってしまうわたしを許してもらえるでしょうか。わたしは少し思ったのです。電話もEメールも拒否することができるはずです。それなのに、あなたへの電話はいつも呼び出し音が鳴ります。あなたに送ったEメールが宛先不明で戻ってくることもありません。確かに避けてはいますが、わたしを嫌っているわけではないのでしょう。いつかきっと電話に、Eメールに応えてくれるつもりなのでしょう。
 そう思ってしまうことが間違いなのでしょうか。でも、少しでも可能性があるのなら、と思ってしまうのです。それに、これをやめてしまったら、あなたの記憶からわたしがすっかりいなくなってしまうかもしれない。だから、また今日も電話を鳴らしてしまいました。
 このような行為は、ストーカー、と呼ばれてしまうかもしれません。実際、他の人からはそう見えるでしょう。でも、わたしはあなたが嫌なことはしたくありませんし、もちろん危害を加えることなどありえません。あなたが愛しいだけで、あなたに会いたいだけなのです。
 あなたと話をして、できればあなたの恋人になりたいと思うけれど、もしあなたにその気がないのでしたら仕方がないと思っています。それならば、あなたともう一度以前のような友人関係になりたい。わたしはそれでもいいし、うまくやっていけると思います。だから会いたい。
 わかってください。ただ会って欲しい、話を聞いて欲しいだけなのです。あなたにわたしの想いを伝えさせてください。あなたの気持ちを教えてください。どうしてこうなってしまったのか、理由を知りたいのです。あなたの誤解をときたいのです。あなたに大好きだと言いたいのです。もし、あなたがわたしを拒否しても、あなたがわたしを嫌っていても、二度と会うことができなくなったとしても、あなたの口から直接それを伝えてくれれば、わたしはそれで満足です。そうすれば、きっといつかあなたを忘れる日がくるでしょう。
 でも今のままでは、会うことも話すこともできない今のままでは、わたしはずっとこのままです。あなたが大好きなままで、大好きなあなたに会えないままです。

 どうしてもあなたに会いたかったのです。こんな方法でうまくいくはずがないと思っていました。うまくいってしまったら犯罪かもしれません。だからこそ試したのです。もちろん、万が一うまくいったら、という期待もありました。
 あなたの家、マンションの入口にわたしはずっと立っていました。オートロックのガラス扉から入ってすぐのところに管理者がいることは知っていましたから、時折そのガラス扉の奥を覗くようにして管理者の方に目を向けました。わたしの予想通り、そしてわたしの予想より早く、一時間も経たないうちに管理者はわたしのところにやってきました。そしてわたしに言いました。先ほどから何をしているのか。誰かを待っているのか。カードキーを失くしたのか。わたしは頭の中で行なっていた予行演習の通り、あなたの妹と名乗り、あなたの部屋番号を伝え、兄の仕事が思ったより遅れているようだ、と答えました。それから、もう一度電話をしてみる、と言ってあなたに電話をかけました。もちろん、あなたがわたしからの電話を受けないことはわかっていました。そしてわたしは、あなたの名前が登録されている携帯電話の画面を管理者に見せながら、先ほどから電話が繋がらない、と言いました。もう少しここで待たせて欲しいとも言いました。
 わたしを気の毒だと思ったのでしょう、妹だとわかるものがあれば入れることができる、と管理者は言いました。わたしは、こんなものしかないけれど、とあなたの名字で作った偽の名刺を差し出しました。こんな名刺を作った自分を気持ち悪いと思っていましたし、使うことがあるとは思っていませんでしたけれど、意外と役に立つものですね。管理者はあっさりとあなたの部屋を開けてくれました。こんなことだから、犯罪がなくならないのでしょう。自分のしたことですが、本当に驚いてしまいました。

 きれいに片付いた部屋ですね。とてもあなたらしいです。
 クローゼットを開けてしまいました。見たことのある服もありましたし、見たことのない服もあなたが着た姿を簡単に想像できました。スーツも入っていました。仕事にも私服で行くあなたのスーツ姿は、一度しか見たことがありませんが、とても素敵でした。
 テレビやパソコンには触っていません。機械にはあまり強くないので、テレビの予約や大事なデータを消してしまっては大変ですから。パソコンはプライベートな情報も多いでしょうから興味はありましたが、それをやってしまっては本当にストーカーになってしまいますよね。
 冷蔵庫の中にはあまり食材が入っていませんでした。ビールが数本入っていたのはあなたらしいですね。調味料や調理器具は十分に揃っていましたから、休日には料理をする、と話していたあなたの言葉は本当なのでしょう。あなたはオムライスを上手に作ってくれる女の子と結婚したい、と話していましたね。だからわたしは研究して練習しました。以前から料理は大好きですし、いつかあなたに食べてもらえる日がくるかもしれない、と思って、その顔を想像しながらオムライスを作るのはとても楽しかったです。
 もちろん今日はオムライスを作ります。あなたが帰ってくるまでに準備ができるかな。それともあなたは帰ったらまずお風呂に入るでしょうか。それならわたしは待っていますから、ゆっくりお風呂に入ってください。その前に「おかえりなさい」と言った方がいいですよね。わたしの話はいつにすればいいでしょうか。あなたが帰ってきたらすぐに話した方がいいですよね。約束もしていないのに家にわたしがいたら、びっくりしてしまうでしょう。あなたが嫌でしたら、すぐに家を出ていきますから安心してください。そうしたら作ったオムライスは食べてくれるでしょうか。このオムライスが最初で最後のオムライスになってしまいますね。
 でも、きっと大丈夫だと思っています。優しいあなたは、わたしの話を最後まで聞いてくれることでしょう。あなたの考えていることを全部教えてくれることでしょう。一応かわいいピンクの下着を選んできましたが、すぐに恋人にはなれないかもしれませんね。でも、きっと以前のような関係には戻れます。まずはふたりでオムライスを食べましょう。ふたりでお酒を飲みましょう。
 わたしの声が届く場所にあなたがいるならそれでいいの。あなたの声を聞ける場所にわたしがいるならそれでいいの。それはとてもうれしいことでしょう。でもまだ先のこと。わかっています。今はただあなたに会いたい。あなたに大好きだと伝えたい。

ストーカーと呼びますか

ストーカーと呼びますか

ある女が淡々と恋する気持ちを語るモノローグ。 ただあなたに会いたい。話をしたい。それだけのこと。 ※他サイトで公開していたものを書き直した作品です

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-28

Copyrighted
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