荒野に叫ぶ

僕が・・・一久一茶がこちらに初めて載せる作品です。これは、妖怪たちの出現で文明が荒廃した世の中、行方知れずとなったあいするひとを探す女の子の物語です。

荒野に叫ぶ

見渡す限りの、荒野だった。
振り返ると、そこに広がるのも荒野だった。
私は今、荒野にひとり、立っている。
瞳を閉じる、頭に浮かぶのは、あの日の記憶──



荒野に叫ぶ
一久一茶


瞳を開き、私はまた、歩き出した。
何もない、荒野。荒れに荒れた地表には、文明の痕跡と思しきガラクタが散乱している。


しばらく歩くと、木があった。

私は、身体の疲れを癒やそうと、その幹に身を委ねた。
「松の木…………」
その根本に落ちていた松ぼっくりを見て、私は思わず呟いた。何せ、長旅、しかもここまで荒れた大地を旅するとなると、一番心配なのは食糧だ。そのため自然と、地に落ちている木の実を一目見ただけで、食べれるか否かが判断出来るようになっていた。
私は松ぼっくりを拾い始めた。手にいくつかのせては、腰に下げた麻袋に突っ込む。
「あっ! 」
そしてそのひとつから松の実を取り出し食べようとしたその刹那、何処からか飛んできた鳥がその実を啄んだ。私が声を出すと、鳥は驚き急いで逃げていった。
「行っちゃった・・・・・・」
私はあの鳥に見覚えがあった。子供のとき、村でよく見かけた鳥だ。
私は久々に、以前いた村のことを思い出した。あの頃は楽しかった。家族がいた、友達がいた、ひとりじゃなかった。それに──
「あの人もいた」
その言葉を口にした途端、懐かしい思い出は冷水に流されたの如く散っていった。
私は悲しくなって、立ち上がった。そして歩き出そうと足を出したその時、辺りに満ちた妖気に気づいたのだった。
咄嗟に、腰に差した刀に手をかけた。
どんどん濃くなる妖気。私は息苦しさを感じて、刀を抜き放ち虚空を斬った。その残像は白く輝き、妖気をはねのけ辺りを浄化した。
「何かいると思ったら、こりゃ珍しいぜ。人間のお嬢ちゃんなんてそうお目にかかれやしねぇ」
邪気を振りまき現れたのは、私よりずっと大きな犬妖怪。
「いきなり刀を引き抜くとはおっかねぇ。だがごめんよ。人間なんぞが叩いた刀じゃ、あっしに傷ひとつつけられやしないぜ? 」
そう皮肉る妖怪に、私は切っ先を向け、笑った。
「この剣がただの剣に見えるようじゃ、あなたも大したことないようね」
「ほう・・・・・・言ってくれんじゃねぇか! 」
私の皮肉に彼は少し声をはり、私の視界から姿を消した。私は即座に反応し、横へ跳んだ。私の立っていた地面は次の瞬間、大きく抉れ、土砂が私に襲いかかる。咄嗟に刀を握りしめ、私はそれを振り払った。
「お嬢ちゃん、刀の使い方、知ってる? 」
「私の心配をするより、まず自分の心配をなさい! 」
意地悪い笑みを見せる相手に、私は力一杯刀を振り上げた。
「この『天臨丸』の錆になりなさい! 」
その刹那、辺りの風の流れが一気に変わり、巨大な竜巻が姿を現した。相手は跳んでそれをやり過ごそうとしたが、その流れに飲み込まれ、血飛沫と共に上空に打ち上げられた。
私はその隙に、首にかけていた翡翠に念をおくり、刀──天臨丸を振り下ろし竜巻を止めた。そして宙に舞う相手目掛けて、私は力一杯跳んだ。 翡翠に裏付けされた私の身体は、常人の能力をはるかに凌ぐほどの力を発揮する。私と妖怪との距離は一瞬にしてゼロになり、私の放った斬撃で相手は一気に地に打ち付けられた。
着地し、鞘に剣を納めた私は、相手を置いてこの場を去ろうとした。すると驚いたことに、相手は、最後の力を振り絞り私に話しかけてきた。
「お・・・前・・・何者だ・・・」
「それを知ったところでどうするの? 」
死んだと思っていたから、話しかけられて少し驚いた。その驚きを隠しながら私がそう答えると、相手は意味深な言葉を発した。
「その刀・・・・・・の斬撃・・・お頭と・・・・・・同じ・・・」
同じ・・・!──
「それ、どういう意味? 」
私はその言葉に反応し相手に向き直ったけれど、既に相手は絶命していた。



「町だ・・・!」
それからしばらく歩くと、町があった。久々に見る人間。溢れる活気に包まれ、私の緊張はほぐれた。酒場で食事を済ませ、宿に入り、私は数年ぶりにベットに身を投げた。


「ん・・・」
どれくらい経っただろう。外はまだ暗く、窓から空を見ると丸い月が真上に輝いていた。まだ真夜中だ。
「はぁ・・・」
荒野に身を埋めて夜を明かしていた私にとって、この上ないほどの寝心地だったにも関わらず、目覚めてしまった。慣れていないからだろうか? はたまた、昼のあれが気になっているのか?
『お頭と・・・・・・同じ・・・』
あの言葉に、私はすぐにピンと来た。
私の天臨丸は、かつて暮らしていた村に代々伝わる宝刀だ。そして、それと対を成すように、村にはもう一口、刀が納められていた。
靈刀丸────

天臨丸と同じ神をその刃に纏いし神剣。


「同じ・・・」
靈刀丸は、あの人──青炎さんが持っていたもの。
青炎さんは、村一番の狩人だった。村が妖怪に襲われた時、妖怪たちを食い止めると村を出たまま、行方知らずになってしまっていた。
「お頭と・・・・・・」
天臨丸と同じ────そんな斬撃を放てるのは靈刀丸しかない。そして、それをまともに振るえるのは、青炎さんしかいない。
確かに、奴は『お頭と』と言った。どういう意味なのだろう。
「わからないや」
そう言って、私は立ち上がった。喉の渇きを潤そうと、蛇口まで歩いていった。

その時だった────

辺りに、妖気が立ち込め始めたのに気付いたのは


私は咄嗟に宿から飛び出し、外の様子をうかがうと、妖怪の群れが町に溢れかえっていた。
町の人は・・・!──
村が妖怪に襲われた時の光景が脳裏によぎる。
しかし、奴らの声を聞いていると、不可解なことに気づいた。
「この声・・・・・・さっき聞いてた声と同じ・・・──」
もしかして────
「今日は久々にいい餌になりそうな娘がそこの宿に泊まりに来てんだ・・・いやー、あいつぁうまそうだぜ」
私の予感は的中した。妖怪の正体は、昨日話していた町の人たちだったのだ。
「あらぁ、気づいてしまったのかい。残念だなぁ・・・ごめんだけど死んでもらわなくちゃあ」
ヤバい、気づかれた!
私は足がすくむのを必死に堪え、翡翠に念をおくった。

まさか、昨日の町の人が妖怪だったなんて──
力を溜めた私は、宿の二階の窓まで一息で跳び、中に入って天臨丸を手に取ると、鞘を払い、再び窓から飛び降りた。
「ほほう、俺たちとやり合う気か? 」
「そっちがその気なら、私は戦うわ! 」
妖怪たちが、私の声を聞いてどんどん寄ってくる。私はギリギリまで引きつけ、そして、跳んだ。
「これでも食らえ! 」
そう言って天臨丸を振り抜くと、爆音と共に波動が地面に炸裂した。木っ端微塵になった残骸を見届けると、私は宿の屋根を蹴ってその場から逃げる。
早く逃げなければ──
早く逃げなければ。私の予想が正しければ、この町にいた人間は全員、妖怪。そんな途方もない数の妖怪を相手することは不可能に近い。

「ぐああぁぁぁあ! 」
後からは、妖怪たちの本能に任せた声が聞こえてくる。
「ちっ、ついて来るなっ! 」
足がもつれそうになりながらも、必死に走る。
そして、町の門へ通じる通りに出た、その瞬間──────
「──────────! 」
一瞬、何の音か分からなかった。けれどすぐに、それは竜巻に巻き込まれた妖怪たちの声だと気づいた。
「竜巻・・・いったい・・・誰が・・・」

辺りに轟音を撒き散らし、竜巻はどんどん大きくなる。
「まさか・・・・・・青炎さん? 」
まさか、青炎さんがこの町に?
「ちっかわしたか・・・テンエン」
竜巻が収まると、何処からともなく天燕と私を呼ぶ男の声が聞こえる。
「青炎」
その声はまさしく────
「青炎・・・懐かしい名前だ」
土煙の向こうから現れたのは、紛れもなく、青炎さんだった。
ただ、あれだけ探し求めていた青炎さんを前にして、私は身構えた。
身体から、強い妖気を発していたからだ。
「どういうことですか! これは」
「どういうこと・・・何のことだ? 」
「何で、妖怪たちの町にあなたがいるんですか! 」
私がそう叫ぶと、青炎さんはクスッと笑った。
「何を分かりきったことを聞いているんだ。実際お前だって、身構えてるじゃないか」
そして、青炎さんは刀──靈刀丸についた血を指で拭った。その腕は、もう、人間のそれではなくなっている。
「身も、心も妖怪になってしまったんですか! 」
私は叫んだ。でも、それ以上何も言えなかった。ショックが大きすぎて、もう、言葉が出なかった。
「それがどうした。そうだ、俺は妖怪だ。お前が慕い、お前が追いかけて来た青炎は妖怪だ。なりふり構わず動くものを切り裂く妖怪だ!」
パチッ、と青炎さんが指を鳴らすと、さっきまで倒れていた妖怪や、上空で飛んでいた妖怪が、一瞬にして消えた。
「その妖怪の罠の中にいながら、呑気なものよ」
「そ、そんな・・・」
青炎さんが妖怪だったなんて。あんなに優しくて、あんなに正義感が強くて・・・私があんなに愛し、探し求めた青炎さんが妖怪だったなんてーーー
「殺したかったのだ、何もかもを。勿論、お前とて例外でない」
その言葉に、背筋が凍った。
「幻を作って、それを殺しても、何も面白くない。最強の狩人になるために、俺はこの靈刀丸で肉をもっと引き裂きたい」
「村から居なくなったのは、連れ去られたんじゃなかったんですか? 」
やっと出た問いがそれだった。
「そんな奴ら、直ぐに木っ端微塵にしてやったわ」
そんな────連れ去られたんじゃなかったんだ──
「もういい。俺は今、生身の人間を切り裂きたい────」
青炎さんはそう言って、靈刀丸を構えた。
私は────何故ここに来たのだろう?
青炎さんを探すため──
だけど、私の探していた青炎さんは、もう、いなかった。
私も、天臨丸を構えた。
私と、青炎さんの影が、重なる────
私は、天臨丸を振り上げ、青炎さんは──────


青炎さんの血を吸った天臨丸の刃が、月明かりに鈍く光っていた。

青炎さんは、わざと私に斬られた。
何故だと、聞いてももう青炎さんは答えてくれない。

私は天臨丸を握った。すると、まだ微かに青炎の肉体に取り付く魂が、剣を通して私に話しかける。

──俺は、お前を守りたかった。もっと、もっとお前を守るために、強くなりたかった。そのためなら、なんだってしたいと思った──
青炎さんは、続けた。 自分はあまりにそれに固執するあまり、妖怪に取り憑かれてしまったのだと。
すまなかった、そう言い残し、声は消えていった。

何のために、私はここに来たのだろう。
この荒涼とした大地にひとり、ずっと、ずっと、ひとりで旅をして、探していたものは────


私は荒野に叫んだ。

愛する人を失った悲しみを
愛する人を変えた妖怪たちへの憎しみを
この手で、愛する人を殺めた苦しみを

荒野にひとり、叫ぶ

悲しみ、憎しみ、苦しみ、すべてをのせた切っ先を、心の臓に突きつけて


荒野にひとり叫ぶ──

慟哭をのせた自らの最期の力で

荒野に叫ぶ

読んでくださりありがとうございます。一久一茶です。
この作品を書いたのは高校時代。そこから少し手を加え、今回掲載させていただきました。お気に召して貰えたなら幸いです。

荒野に叫ぶ

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-19

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