幸せを呼ぶ冷蔵庫から

いらっしゃい。

三段目

          




私は蔵庫だ。



私自身これが不服であり疑問だ。



しかし認めざる負えない事はある。

例えば自分の四角い体が冷気を放つボックス的ルックスが自分の居場所がキッチンである事が角のある頭をもっていても確認できる時。

「私は冷蔵庫だ」となる。

こんな時。
重たい現実に何ともない顔でそつなく理由を探し、やり場のない気持ちに納めどころを作るとする。
さめざめとしかし坦々さを意識して。


こんな世の中にー

       
こんな御時世にー

       こんな社会にー

生れた私の責任は〜
 
   おそらく前世でなにかした〜。
   
こーれーはー冷蔵庫heart song。


絞りカスのような歌詞が胸を打つ。

思わず歌にしてしまったがいい考えではなかったようだ。

自分の酷い曲に出るのは溜め息ならぬ冷気ばかりで私の放つ気分にキッチンの隅に居るネズミが寒さに震えていた。


向うへ行け。



そういえば最近、右斜め前にあるテレビ君が映していた番組で「お金では買えない物を手に入れた。」と話す人を見た。

正直そんな物があるのかと疑問だった。

それもそのはず私自身お金で買われた物だ。

私の中身も金で買われた物だ。

何せ二ドル六十セントのハムやチーズといったチラシをデカでかと飾り、店頭にていち早くその姿を消す安い強者達ばかりなのだ。


[ハムよ聞いたかい?世界にはお金のとどかない物が有るそうだ、我々とは大違いだよ。]


下から三段目に入っているハムに話しかける。

君も昔は野原を駆け回っていたんだろう、今じゃスライスされてパッケージと賞味期限に挟まれてしまっているが、昔の君はお金のとどかない物がなんなのか知っていたんだろうか。

だとしたら是非教えてもらいたかった。

無口になった可哀想なハムよ我々は可哀想だな。

[しみじみと皮肉]なんて感じか。

しかしこんな私でも一つの特技があってね。実は と言うよりは こう見えて と言うよりも 何を隠そう と言わせてほしい。

いやいやなんの、そんな大したものじゃないんだ。

まずこの押し売り文句とも取れる話を見てほしい。





この冷蔵庫は幸運を運ぶか 呼ぶか 招くかする冷蔵庫です。

この冷蔵庫が居る家には必ず幸運がやって来きます。

日本で言うところの招き猫や座敷わらしです。

この冷蔵庫が1代あれば招き猫など招かれざる客だと言え。

座敷わらしなど通す座敷が御座いません。

と近所の子供達と共にアイスクリームトラックを追わせる事吝かでは御座いますまい。

ここまでの意気込みを持つ冷蔵庫は決して幸せではありませんが、この機械を持つ者は幸せそうに笑う事しかありません。
この冷蔵庫は不平等と言う言葉の意味を知るでしょう。

しかしこれほど素晴らしい可能性に満ちている当製品、是非手に入れたい。
もしくは必要だ。とお考え下さっているそこの貴方、貴方は間違ってなどおりません。

全てはお客様のために。

お買い求めもしくは修理交換の際は ×××–××××–××× までご連絡下さい。


尚、御返品クレームは承っておりませんので御了承ください。

よい幸せが訪れますように。




以上が私の説明書である。


私を販売していたこの怪しい会社は遠に潰れている。

当然と言えば当然だ、気付けばあれからもう何百とたった訳だし、なによりちょっとおっかない。


しかしこれを聞いて私は思った。
こんなにも周りだけを幸運で満たす為に作られた私はまさに天の使いではないのか?
正に選ばれし物ではないか と。

はっきり言って最後の晩餐の奥、右端に位置します私が居たかもしれない。

テーブルに並ぶ食材をいい案配の温度で提供していた私をレオナルド・ダ・ヴィンチが描き忘れてしまった可能性だって0ではない。

まさに天の使いと書いて天の使われ物冷蔵庫である。

あくまで可能性の話しだ。

しかしその上で唱えさせてほしい、しかしねと。

説明書にもあった通り素晴らしい可能性に満ちたこの私は冷蔵庫からは考えられない程のスケールをこの身に背負い壊れて行く事をここに誓います。

「 まったく私は幸せな冷蔵庫だ。」









『気のせいか、

今日はやたらとカタカタ鳴る冷蔵庫が不思議と鼻歌でも歌っているように見える。』



そんな冷蔵庫に揺られながらふっとハムは一言口を開いた。


     
   




「ーーー  うるさい奴。」






























冷蔵庫の朝は早い





今日も窓から射す太陽の日差しが清々しい一日の訪れを告げる。

今朝は積もった雪に日差しが反射しなお眩しい。

彼は輝くのが才能みたいなものだから仕方ない、と私は太陽を諦めていた。

彼はどんな者にも分け隔て無く輝くと言われている訳だが思うにアイドルのようだ。

神と崇め奉る熱狂的ファンもいるだとか、なのに彼は見向きもしない。

それどころか「俺に近づいたら火傷するぜ。」と以外にワイルドだ。

彼の友人になったつもりで言わせてもらうならチャラい。

そんな彼を思うと胸にこみ上げてくるものを感じる。

この前見た映画では確か胸糞と呼ばれていた。

輝く太陽に感じるべきでない感情だろう、ごめん。

彼に比べれば点にも及ばない慎ましい私ごときはどこぞの家、キッチン隅にて捻くれていくばかりだ。



こんな気持ちも含め毎度と変わらぬ朝である、おはよう。 



挨拶も手短に。

私の毎日の日課がそろそろ始まる時間だ。

この遊びなくしては私の1日は始まらないと言ってもいい。

本日、代198453回を迎えるタイムポイントオープン・ザ・ドア。

前回は惜しくも記録を塗り替える事の叶わなかったこのレース。

ルールは単純、まずトップバッターの出現速度。

ようは一番最初に冷蔵庫のドアが開く時。

この時刻が早ければ早いほど得点が高い。これをタイム とし、続いて回数。

一日を通して何回ドアが開いたかを競う。これをポイント とする。

この両方のルールを踏まえた上でのジャッジとなる。

さらに、この私の漆黒の扉が前回の記録を上回ったオープンっぷりを披露した場合、幸運度がなんと通常の二倍と言うキャンペーン中だ。

ちなみにこのレースにおける最高記録は タイム朝4:30 ポイント868回。

この記録を叩き出した少女は当時4才半だった。

彼女はほぼ一日中ドアを開け閉めしていたが飽きる様はまったく無く、ずっと笑っていたのだ。

恐るべき王者よ、しかも愛らしい。

そんな強さと可愛さを兼ね備えた彼女のままでいてもらいたい。


そんなこんなで私はこの由緒ある遊びを大切にしている。



ふっと思い出に浸る瞬間というのはついアンニュイな気持ちに浸ってしまうもので、何となく窓の外を眺めてしまいがちだ。

そんなアンニュイさを知らずか、知らずだろうが、古い玄関ドアが音を立てて開く、


私の持ち主と一緒に外の光を招きながら扉は半開きのままだ。

私の気持ちは「早く冷蔵庫を開けろ」でしかなかったが残念な事に冷蔵庫を使おうという気配は全く無い。


これは記録最下位の予感か。

なので我が家の違和感を含む内装、並びに私の持ち主についても紹介しようと思う。

先ずはあそこの彼だ、帰いるや否やソファーにふんぞり返ってグダついるボサついた薄茶色頭から始めよう。

彼の名前は、、忘れてしまったのでマイケルとしよう。

彼はこの家で一人暮らしをしている。

感想から言うにパッとしない青年だ。

彼との付き合いは五年ほどになるが丁度彼が癌で死にかけていた頃に、彼の母親がたまたま流れ流れた私を中古屋で購入したのが始まりだ。

普通なら自分の息子が死にかけている時期に冷蔵庫の買い替えはしないだろうが彼女も何を思ったのか、勘のいい女性だ。

そしてマイケルは奇跡的な回復をとげる。

回復を気に彼は自立。その際私を実家から持って現在の家に引っ越してきたのだ。

しかし人は一度不治の病にかかると性格が変わるらしい。

人として一周りも二周りも成長する。

それとは違うようだ。


マイケルはいつも帰りが遅いが仕事で遅い訳ではない。

そもそも彼は仕事をしていないクソニートだ。

収入元は株、彼の勘と私のラッキーが大いに発揮されている。


彼は自分の手の内に今何が揃っているかを本能的に察知する才能がある、それは人であれ物であれ情報なんかであっても同じだ。

なので上手く使っては障害を避け、のらのら過ごしている。

それさえあれば何が出来るか可能性は広いだろう。

マイケルはこの五年、私の中の辞書のホから始まる行を一人歩きしていた。

「 ・ボさ頭・ボけ・ボんくら・ボっちゃん・ボっち」 などなどだ。


彼の母親もきっと今のマイケルを見たら同じ事を思うに違い無い。

明らかに沈澱している彼は無気力な顔が板についてきていて正直愉快ではない。

俯いた考え方の楽さを彼はよく知っているようだった。

私もよく知っている。

恐らく彼にはさようならお日様の光、こんにちは月曜の雨、なのだ。
降りしきる雨の中、マイケルは水遊びに夢中だ。
「諦めは現実への理解なんだ、そんな事も知らないのか、僕は気付いた 知ってる分かってた見いてた。」なんて跳ねては目を回している。

本当は違うだろうに、そんなに背伸びを続けていたらつま先がきっと疲れる。
きっと何か傷ついたのだ深く、きっと何か思い知ったのだろう深く、しかしよくある事である。

青年よ賢い少年であるといい。




1人の青年に深いエールを送ったところで我が家の内装についての紹介に移ろう。

まずは、 説明に困ってしまうが「全体的に歪んでいる」が我が家の外せないポイントだろう。
空気がとかいう意味ではなく構造が既遅しと曲がっていると言うお話だ。

外観は長四角に少しウエストがついたような歪み方をしている。
例えるなら食パンを握って軽く潰した様な、、
分かりづらいですね、とにかく変わった形だ。

特に内装はその歪みに合わせるように絵の額から階段、ドアまで曲がっている。

地震への耐久性が心配されます、という建て付けが住む物の不安感を煽るだろう。

家具やソファー、ジュータン、床、壁のどれもが白で統一されていて、一見かなりスタイリッシュなのだが階段や外観は古い木材を使ったグレー色。

家具や壁に反し、そこだけ化け屋敷の様なデザインは何かの絵本の1ページのようで、そうだね。
率直に言うなればスタイリッシュの中にレトロチックな雰囲気、かつ清潔感も忘れないインテリア、このどれもが異なるジャンルにもかかわらず見事に、半ば無理に調和しているようなそんなお部屋だ。

珍しいですね。この言葉に尽きる。

玄関は少し荒んだエメラルドグリーンのドアで彩られ、古びた感じがまた風情を感じさせる閉まりきらない出入り口だ。

扉の左上には何かが爪で引っかいたような、何だか必死さを感じさせる跡まで見受けられるチャームな個性派ときている。

そこだけ違う場所のような雰囲気をかもし出す主張の強い玄関は少し変わった遊び心を感じさせてくれる事間違いない。

ちなみに私は見ていると光に向かって飛び出したくなるので、彼もしくは彼女グリーンさんとは、グリーンさんと呼ばせてもらうが、個人的な事情により相容れない仲だ。














ブルックリン地区ディーヴァ専門店。


「ガン‼︎ガラガラガラ」と大きな物音がひと気のない店内に響いた。


「デイマー 今度は何を壊したんじゃ。」

店の奥から表で在庫整理をしていた従業員デイマーにまたかと言うような声が掛かる。


「はい棚が割れました。」

店の奥から聞こえる声にデイマーは舞う埃と壊れた棚を見ながら平然と答える。

するとどっこいしょ、と言う声と共に奥から出てきたのは、大きなお腹と白い髭が立派な店長だ。


「割れたと言うより折ったと言った方が近いの。」

壊れた棚を見ながら店長は差し詰めといった口調だ。


「デイマーや、いい加減力加減を覚えんと店が壊れちまう」

店長はうーん、と悩み顏で言います。


「はい。棚が倒れそうだったので、引き戻すだけのつもりだったんスが、申し訳ありません。」


「よい。お前は相変わらずドジじゃ」

店長はそう言いながらデイマーに怪我がない事を確認し、足早に外出の準備をし始めた。



「お出かけですか?」


「うむ、少しの間イングランドに飛んである家の郵便配達になってこようと思っての。」

そこまで聞くとデイマーは無表情ながら はあ、と言うような雰囲気だ。


「非常に言いずらいのですが、店長の恩年を察するに転職は困難かと。」

デイマーは真面目な顔だった。


「なにほんの数時間じゃ、デイマーその間店番を頼んだぞ。ああ 接客もの」

デイマーは接客という言葉を聞いて少し固まっていた。

しかし、と口を開こうとした時には[笑顔じゃ]とウィンクをのこして行く店長の後姿だった。


[ ・・・ しかしサンタ、 無理です。]

その頃。




[そして彼は敵を倒す一発を撃った。]

[グアッ]

[安心しろ。お前の死を俺は忘れない、今も俺の良き友だ。]


今日のテレビ君がお送りする映画はサスペンスをジャンルとする復讐劇だ。

この映画の二人の主人公はお互いの憎しみから殺し合いの戦いを重ねていく、しかしそんな二人の間に不思議な友情が生まれていくという。

コマーシャルいわくだが熱い男映画のようだ。
確かに熱い感動した。
友情の形について深く感心させられる作品だった、いつもの事ながらテレビ君の上映は心に染みる勉強会だ。


そんな静かな余韻に浸っているとドアをノックする音がリビングに響いた。



誰だろうか?申し訳ございませんが、今我が家に出られる人は居ません。

実はマイケルはまた朝帰りをしており、そろそろ昼を過ぎる頃だろうが二階でまだ寝ているのだ。
お陰で毎回付けっ放しのテレビを私は楽しく観賞できている、なので私にとっては心良い不規則と言えよう。

しかし楽しいテレビタイムをよそに気になってしょうがない事が私にはある。
その気になる事というのがマイケルが3日前、朝にでも食べようと作り置きしたパンケーキだ。

私の一番上の段にまだ入っており、彼は冷蔵庫の中身をよく腐らせる。

しかもこのパンケーキは意外にも良い出来栄えで、普段料理をしないマイケルがそれはもう完璧なパンケーキを作って見せた奇跡のパンケーキなのだ。

それ故、冷蔵庫心的には捨てるのは勿体無いし腐らせるなんて止して、となる。
しかしいくら冷蔵庫と言えど味わいの限界を無くす事は出来ない、恐らくもう絶対不味いだろう、残念だ。早く食べなさい。


そんな聞こえる事のないであろう冷蔵庫の心配をよそに、玄関のドアが音を立てず開いいた。
冷蔵庫はそんな状況に気付くこともなく、悶々と賞味期限について考えている。
開いた扉から真っ直ぐキッチンへ向かう足音や歌のように響く鈴の音色にも全く気付く様子はない。



「〜♪」


冷蔵庫は自分のドアに手を掛けられたところで、ようやく人が入ってきている事に気が付く。



・・・ ーーーー え?。 え、誰だ貴方!!


冷蔵庫の声は「ウィーン」という機械音で轟く。


どこから入ってきたのかと首のない冷蔵庫はキョロキョロしていた、すると半開きの玄関が視界に入る。
それを見るなり冷蔵庫は何かを一瞬で悟った。



・・どうやら、この不法進入の経路を作った犯人はマイケルのようだ、マイケル、一人暮らしたる者、絶対に戸締りだけはきちんとしてくれないか。


お腹が減っている様子の侵入者は冷蔵庫を物色し、見付けたパンケーキを取り出そうというところだった。


こらこの泥棒が止しなさい!


人の家の物を勝手に食べようだなんてとんでも無い話し ・・ いや、それは良い。

侵入者は早速と言う様にパンケーキに口をつけた。
しかし顰めた顔が答えになるまでにそう時間はかからなかった、冷蔵庫の思っていた通り不味いようだ。

冷蔵庫はやはりなという様子だ。


マイケル、君のパンケーキはやっぱり駄目だった。


しかし改めて見ると、不法侵入者は白い髭が立派なお爺さんだった、しかも格好からするに郵便配員ではないだろうか、こんな郵便配達員を私は見た事が無いが。

膝丈が際立つグレーの短パンに同じ色の上着、白いシャツにしっかりと上げてあるソックス、手紙が沢山入っていそうな大きな四角い肩下げバック。
間違いなく配達員の制服だ。

しかし全く似合っていないのは彼の貫禄と制服の温度差にあるのでは無いかなと私は思う。

お爺さん、申し訳ないことをしてしまった。
良ろしければパンケーキのお供に1週間と2日前の牛乳はいかがですか?

その思いを聞き入れるようにお爺さんは軽く笑うと、ドアの1番左奥に入っている牛乳に手を伸ばした。

冷蔵庫は焦ったのか、また「ウィーン」と言う機械音を騒がせ、シンクの隅にあるグラスで水を飲むよう勧めていた。

幸せを呼ぶ冷蔵庫から

幸せを呼ぶ冷蔵庫から

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-18


  1. 三段目
  2. 冷蔵庫の朝は早い
  3. その頃。