遺産相続
大富豪として知られた倉持大造氏には妻も子もなかったため、質素な葬儀の後、遺産を相続する権利のある親戚一同が豪邸の大広間に集められた。
顧問弁護士によって遺言状が読み上げられ、各自が受け取る遺産が知らされたが、思ったほどの金額ではないことに、あちこちから不満の声が漏れた。
弁護士は少し声のトーンを上げた。
「ご静粛に願います。まだ、遺言状は終わっていません。最後に大事な一項がございます。『我が遺産のうち、百億円をサンボに贈る』とあります」
大広間が一気にザワついた。
「サンボって誰よ」
「大造じいさんの隠し子か」
「なんでそいつの取り分が一番多いんだ」
「そもそもナニ人なの」
弁護士は、両手を上げて軽く空気を押さえるような仕草をした。
「どうかお静かに。今から説明いたします。サンボとは、大造様の晩年のお世話をした介護ロボット、SAM-B型のことです」
さらに大広間は騒がしくなった。
「そんなバカな!」
「だいたいロボットに遺産を相続させるなんて話、聞いたことがないわ」
「大造じいさんお得意のブラックユーモアだろうが、冗談にもほどがある」
親戚一同の不満の声は、一向に収まりそうになかった。
「静かにしてください!説明はこれからです。いいですか。確かにロボットには遺産相続の権利はありません。ですが、皆さんも、ペットに遺産を贈ったという話は耳にされたことがあると思います。あれは『負担付遺贈』と申しまして、ペットの面倒を見ることを条件に、第三者に遺産を贈るのです。この場合も同じです。実際に遺産を受け取るのは、このわたくしです」
「インチキだ!」
「詐欺よ」
「結局そういうことか、悪徳弁護士め」
罵声が飛び交い、ほとんど弁護士の話が聞き取れない。
弁護士は呆れた顔で、騒ぎが静まるのを待った。
「よろしいですか。説明を続けますよ。もちろん、ペットと違ってロボットは食事をしませんし、贅沢な家も必要としません。まあ、最低限、電気代とメンテナンス費ぐらいはかかるでしょうが、たいした金額ではありません」
「それみろ、やっぱりおまえがネコババするのか」
「ペテン師!」
怒りを鎮めるためか、弁護士は一度深呼吸をしてから話を続けた。
「みなさん、一応、最後まで説明を聞いてくださいませんか。百億円の大部分はある財団の設立に使われます。そして、その財団の運営こそ、わたくしに課された『負担』なのです」
「わけがわからん」
「何の財団よ」
「どうせおまえが儲けるためのダミーだろう」
絶え間なく降り注ぐ非難の声に顔をしかめながらも、弁護士は話をやめなかった。
「その財団とは『ロボット人権法制定財団』です。この財団は、ロボットに人権を与えることを目的とし、それが達成されたあかつきには自動的に解散します。尚、その時点で残った財産があれば、今度こそ正当な遺産相続権利者としてサンボ自身に与えられるのです」
「ふざけるな!」
「なんでロボットに人権なのよ」
「クレージーだ」
みんながてんでに勝手なことをしゃべるので、弁護士の話がほとんど聞き取れない。
「本当にもう、静かにできないんですか、あなたがたは。大造様はこうおっしゃいました。『ろくでもない人間どもに財産を受け取る権利があるのに、なぜ、親切でやさしくて気が利くロボットにその権利がないのか。こんな理不尽なことはない』と」
だが、もはや誰も弁護士の話など聞かず、大声で叫んでいた。
「そのサンボとかいうロボットを出せ!」
「本当に遺産が欲しいのか聞いてみろ!」
弁護士は天を仰いだ。
「ふう。しかたありませんね。サンボ、出てきて、皆さんにご挨拶しなさい」
弁護士に促されて、ロボットが現れた。介護の必要性から、表面は柔らかなビニールのようなもので覆われているが、全体的にオモチャのロボットを大きくしたような姿かたちをしている。サンボはみんなに向かって深々とお辞儀をすると、独特の抑揚のない声でしゃべり始めた。
《ミナサン、コンニチワ。ワタシガさんぼデス》
大広間は、耳を塞ぎたくなるようなサンボに対する悪口であふれた。
「なんだ、このデク人形は」
「できそこないのオモチャめ」
「どうやっておじい様をだましたのよ」
これまた介護の必要性で、人間の感情の動きに敏感なサンボは、明らかに動揺しているようだった。
親戚一同の暴言は、さらに数分間続いた。
すると、サンボの耳のあたりからポッと白い煙が上がり、フラフラとその場に倒れ込んでしまった。
弁護士があわてて駆け寄ったが、すぐに只事でないと判断したのか、立ち上がって叫んだ。
「どなたか、この中にお医者様、あ、いや、ロボットの修理ができる方はいませんか!」
誰からも返事はなかった。
弁護士は片手でサンボの製造元に連絡をとりながら、もう片方の手でサンボの手を握っていた。
「ああ、サンボ、しっかりしろ。闘いはこれからだというのに」
《先生、めいんめもりーガ焼ケタヨウデス。回復ハ、無理デショウ》
「今、ロボット会社に連絡して、修理班を寄こすように頼んだ。もう少しの辛抱だぞ」
《アリガトウゴザイマス。デスガ、モウ。ソレヨリ先生ニ聞キタイコトガアリマス》
「何だね。何でも言ってごらん」
《ワタシタチろぼっとニモ魂トイウモノハ、アルノデショウカ》
「え。ああ。あるさ。きっとあると思うよ」
《良カッタ。ソレナラ、アチラノ世界デモ、大造様ノオ世話ガデキマスネ》
弁護士は胸が詰まり、もはや返事をすることができなかった。
(おわり)
遺産相続