翼--飛翔--

世界は争いに満ちていた

世界の平和を望みながら何も出来なかった、兵士養成学校のレン。
戦技教導過程は優秀であるのに、座学や日常の態度は粗悪だが、毎日学園では楽しく過ごしていた。
そんな彼が出会ったのは、特殊な力を持った天使。
彼女との出会いが、すべてを変えていく。

『知りたい』
そんな欲望に駆られた。
あの無表情の奥に何があるのか。

『解り合いたい』
初めての感情にとまどう。



ただ

空を飛びたかった。


「レーンー!」

掃除をサボっていたのがバレて学級委員に追い回される。
だけど、追い付かれたことはない。

大体、なんで兵士養成学校で掃除なんかしなければいけないのか…
戦技教導の成績は抜群であっても、日常生活の成績はイマイチの所以である。

「よーっと、逃げ切り成功!」

バンッと勢いよく屋上のドアを開ける。
いつもと違う風が、レンの前を吹き抜けていった。
尻尾のような赤毛の髪は、風と共に流れる。

「…」

目の前には外の世界を見据えて佇む一人の同い年くらいの少女。
しかしその姿は大人びた空気を纏い、同じ学年の女子たちとは明らかに異なっていた。

彼女は飛び出すことに憧れる籠の中の鳥さながら、高い転落防止用の柵に片手を添えている。肩より少し長めの桜色の髪は強い風に靡き、ためらいがちに伏せたその目から感情は窺えない。
その佇まい全てが儚さを感じさせた。

「…誰、だ?」

やっとのことで絞り出した言葉は、所詮その程度のもの。

「…シェリス。」

透き通るその声も風に溶けて消えてしまいそうだった。

「ここの学生じゃないよな?…見たこと、無いし。」

それよりも、こんな儚げな彼女に戦場は似合わないという思いの方が強かった。

「…私は、特別だから。」
「特別?へぇ、それってどういう――。」

レンは再び言葉を失った。
それ以上の干渉を拒否する目をしていたからだ。

「…横、いい?そこ、俺の特等席なんだ。」

シェリスの許可を待つこと無く、レンはシェリスの横に進み、その場に腰を下ろした。
そんなレンを相変わらずの目でシェリスは見下ろす。

「座ったら?立ったままって辛いでしょ。…俺なんていつも座学で立たされてるからさ~」

両手を後頭部に当て、「今日も疲れたな~」などと言いながら寝転がるレンを見て、シェリスは横に座った。

「…掃除は、しなくていいの?」

初めて語りかけてくれた言葉に暫し驚く。だが妙にその事が嬉しくなって、自然と笑みが浮かぶ。

「サボってる。」

ニッと笑顔で答えると、シェリスは少し驚いた表情を浮かべた。

「…君は、自由なんだね。」
「普段は缶詰だからさ、こんなときくらいいいかなって。」
「…羨ましい。」
「シェリスはサボりじゃないの?」
「私に…自由はない。」

聞いてはいけないことだったかな、とレンは反省してそれ以上の言葉を塞ぐ。
しばらく無言が疾走した後に、空を仰いだレンはふと言葉を漏らす。

「…俺、空って好きなんだ。」

目線を動かすことなく、返答も待たずに言葉を紡ぐ。

「青くて、澄んでて、こんな争いの世界なんて無縁のようで。
…飛びたいって、思ったことない?」
「…私は、」

同じようにシンクロして空を見上げるかと思ったが、シェリスの目は相変わらず地面を向いていた。

「ここから逃げ出せるなら、飛べなくていい。」
「ここ、そんなに嫌い?」

シェリスは立ち上がる。
レンもつられて半身を起こし、胡坐を組んで立ち上がった彼女を見上げた。

「私は…戦争が嫌い。だけどこの世界は…戦うことをやめない。」
「…君は、戦ってるの?」
「戦いの中でしか、私は…」

そこまで言うと、踵を返してシェリスは屋上の出口に向かった。

「なぁ…また、会えるかな?」

レンの言葉にも振り返らず、ただ、頷いた。



レンがシェリスと出会った数日後、争いは激化した。
沢山の兵器と人と人外のものが攻めてくる。
学園からも沢山の学生が徴兵されることになっていた。

だが、そんな若者を投入してまでも、持ちこたえるので精一杯。
このままでは戦況が不利すぎた。
学園の中には、死を覚悟しながらも戦況に震えるものも数多いる。
学園も、もはや安全とは言えない。
特に人外の敵があふれかえっており、今は学園のセキュリティと学生達で抑えている状況である。

「俺にもっと力があれば…守れるのに。」

剣を手に戦いながら、レンは願った。
幼いころより育ったこの学園を、何としても守りたかった。
しかし戦技の成績は良くても、実戦となれば話は別で、思うようにはいかないことを痛感する。
目の前で傷付く者も沢山いる。

争いの世の中を無くすために、戦いたかった。

力を望んだ。


どくん。


鼓動が高鳴った。



「しかし…コンフォーマーは見つかっていません。」
「手当たり次第シンクロさせろ。」
「コンフォーマー以外にシンクロさせると、それがどれだけの負荷を身体にもたらすか…!」

シェリスの前で繰り広げられていた会話。
白衣を着た研究者たちが、手に電子資料をもって押し問答をしている。

この戦いが始まった時から気づいていた。自分自身の運命に。

「構うな、学園の生徒全員に同時にシンクロを試みろ。」
「正気ですか?!」
「なに、コンフォーマーが見つかれば、それだけで済む話。いなければ全滅するだけだ。
使えぬ学生など、どうなってもよかろう。」

学生。
その言葉を聞いて、先日出会ったレンを思い出す。
一つに束ねた尻尾のような髪、強い瞳、無邪気な笑顔。
彼もまた犠牲になろうというのか。

「博士…!」
「国家の総意でもある。やるぞ。」

国は学園を捨てた。
シェリスは、適合者(コンフォーマー)の身体能力その他の能力を異常なまでに増幅させる力(シンクロノス)を持っている。
しかし、そのシンクロノスの適合者は世界中めぐっても探すことが難しいといわれている。
非適合者に無理やり能力を使用すれば、その能力の負荷に身体が持たず、崩壊してしまう。

そうして何人も壊してきた。

「歌え、シェリス。」

私が歌えば、学園中のスピーカーを通して学生全員にシンクロノスを行うことになる。
コンフォーマーがいれば、その一人に力が集まりほかの学生には影響を及ぼさない。
しかし、いなければ分散して皆に干渉してしまい、少なからず力を増幅させてしまう。
無事で済む者が何人いるか。


シンクロノス、起動。


その合図とともに、歌う。
空を見上げても、夜の曇り空はやけに近くて暗かった。

あぁ、どうしてこんな空にレンは憧れるのだろう。

シェリスの背中に白い翼が広がる。


どくん


心臓の鼓動が高まった。


そう


誰かとシンクロしているような感覚。


「コンフォーマー…?」


シンクロノス起動に楯突いていた研究者がつぶやく。
屋上から見下ろしたグラウンドに、まばゆい光が集まっている。
光はやがて柱となり、あまりの眩さに皆がその眼を細める。

シェリスは飛び上がり、光の柱の中心に寄り添った。


「怖がらないで、レン。」
「シェリス…?」
「一緒に、唱えて。」

『シンクロ・スタート』


シェリスの意識はレンと重なる。
シェリスはレンの翼となる。

光から解放されたレンは、翼をもった戦士になった。


グラウンドに押し寄せてきた敵を一網打尽にし、その矛先は外へ向く。


学園の周りの敵が掃討されるまで、大した時間はかからなかった。

意識の深淵でシェリスと出会い、その後意識を失った。

目が覚めたときそこは窓のない手術室のような場所のベッドに貼り付けられており、白衣の研究者たちに取り囲まれて好奇の目を向けられていた。

「ここ、は…?」
「学園の最深部研究施設…とでも言っておこうか。」
「なんで…」
「君がコンフォーマーだからだ。」
「コン、フォーマー…?」

一人の少し年のいった研究者が、めんどくさそうに口を開いた。

シンクロノスという能力を持つものがいること
シンクロノスには適合者というコンフォーマーが必要であること
シンクロノスの能力を使えば、コンフォーマーは強い力を手に入れられること
シンクロノス保有者がシェリスでコンフォーマーが自分であること

コンフォーマーは戦う宿命を負わされること


「ごめんなさい、君を巻き込んだ」

身体の自由を取り戻したレンは、研究施設の休憩所のソファーに座って自動販売機から取り出したドリンクを飲んでいた。
そこに現れたのが、シェリスである。

「俺がたまたまコンフォーマーだっただけ、でしょ。」
「だけど、君は第一級戦闘地域にも派遣されることになる。」
「俺は、戦うために育てられてきた。…本望だよ。」

こんな時でも君は笑う。
どうして…。

「…なんで、笑えるの?」

シェリスが問うと、レンはきょとんとした顔をした。

「不安とか恐怖とか、吹き飛ぶでしょ。」

さも当然といった口調でさらりと言い放つ。
そんな人間を今まで知らなかったから、シェリスは驚く。

「俺、あんまりシンクロしてる時の事…覚えてないけど、飛べたってそれだけは覚えてる。」
「あ、空…。」
「やっぱり、空は良い。」
「…解らない。」

「今まで見えなかった世界を見た。
…君は飛べるから、もしかしたら当たり前の空なのかもしれないけど。」

ふと、二人は目を合わせた。
今までで、初めてである。

「俺に翼をくれてありがとう。」

シェリスの胸の奥に、ぽつりと雫が堕ちて、心に波紋を広げる。
憎まれ、蔑まれ、堕天使と言われ、人を傷付けて生きてきた。
なのに…

「ごめん、俺…変なこと言ったかな。」

先ほどのまじめな顔とは裏腹に、あはは、と右手で頬を掻きながら照れ笑いをするレン。
込み上げてくる感情の名前を、シェリスは知らなかった。

「…」

無言で首を横に振る。

「…君の背中は、私が守る。」

それだけ言うと、シェリスはその場を立ち去った。
塞いできた色々なものが込み上げてきそうで、怖かったから。

「俺は寧ろ…君を守るために戦いたいけど、な。」

シェリスが立ち去った後ぽつりとつぶやくレン。
シンクロノスなどという能力を持って生まれた彼女が、あの研究者たちのもとでどんな生活をしてきたかは察しが付く。
特別だ、といったあの時の表情…。

争いのない世界であれば、彼女はこんな思いをすることもなく
自由に歌うことができたのだろうか。


「レン、最近真面目になった?」
「俺はいつだって真面目だってのー」

シンクロノスを経験してしばらくは学園に登校していた。
あれをみた学生は少なくない。好奇の目線を再び浴びせられるが、中でも普段通り声をかけてきたのは、学級委員兼幼馴染みの女子学生、ミナト。

「ね、レン…聞いてもいい?」
「何?」
「…怖く、ないの?」

普段明るいミナトが、急に声を震わせた。

「何のこと?」
「学園の安全は、レンが守ったって…聞いた。それに、一級戦闘地域にも派遣されるって、噂も…。」
「怖さは無いかな。」

はっきりと強い声で答えるレン。裏腹にミナトは泣きそうな顔をしている。

「私は怖い…。自分が死ぬのも、レンが居なくなるのも。」
「俺は、ここにいて覚悟を養ってきた。それに今は…守りたいものもあるしさ。」

頭のなかに、儚げに歌うシェリスが浮かぶ。
こんな気分になったのは初めてだ。

「レン、私…」

ミナトの言葉を遮って、レンの左腕に付けられた時計型の通信機が音をたてる。

「…呼び出しだ。ごめんな」
「死なないでねっ!」

今にも走り出しそうなレンの背中に投げ掛ける。
レンは首だけ振り返って、いつも通りの笑顔を向ける。

「俺は死なないよ。だからミナトも生きて。戦いの終わった世界で、また会おう。」

もう、学園のみんなには普通には会えない
そんな確信がレンのなかには合った。
この呼び出しは、地下研究施設から。


「シンクロノスの訓練を行う。やる度に意識を飛ばされても困るからな。」
「この機械は?」

施設の中のガラス張りの部屋の中心に、妙な機械がおいてある。
部屋の中には博士とレンのみ。外に観察する研究者と、シェリスの姿があった。

「擬似的にシンクロノスを生み出す装置だ。いちいちシェリスを使うまでもないからな。お前の代わりはいても、シェリスの代わりはいない。」

一言多いやつだな、と最初から気に入らなかったやつの顔を見る。どことなくシェリスに近いものを感じた。

「行くぞ。擬似シンクロノス起動。」

あのときと同じ鼓動の高鳴りを感じる、しかしあのときと違うのは心地よさがないことだ。

「くっ…うわぁぁぁぁっ」

激痛と共に力の増幅を感じる。
与えられた剣で、目の前に次から次へと襲いかかるバーチャルの敵を倒していく。

頭が、割れそうだ…

すべてのミッションをクリアしたとき、異常な疲労に襲われていた。思わず両膝と両手を地面に付ける。
息は上がり、汗は止めどなく流れ落ちる。

「なにが、擬似シンクロノスだ…全然、感覚違うぞ…」
「ふむ、耐えたな。」

恨めしい目で博士を見上げる。何やらデータを打ち込んでいるようで、レンの状態には目もくれない。


「はぁーっ、きつー」

休憩所のソファーにどかっと腰掛けて天井を見上げる。

「君すごいねー」

そんなとき顔を覗き込んで声をかけてきたのは少し年上の男。研究者にしては風貌が違う。

「擬似シンクロノス、結構きついでしょ?俺もやってるけど、あれはな~。
あ、俺イクト。よろしくー」
「あれをやってるって、どういうことだ?」

短髪切れ長の目は冷利で、笑顔を浮かべてはいるがどこか刺すような刺々しさを感じる。

「前にも学園全体にシンクロノスが起動されたことがある。そのときの生き残りでな、それ以降擬似シンクロノスを使って戦場に駆り出されてるってわけ。」
「なんで、擬似…?」
「俺はコンフォーマーじゃないし、純粋のシンクロノスは強すぎて許容しきれないんだ。一度目は生死をさ迷ったしなー。」

ケラケラと笑う顔はどこまでが本心なのか感じさせない。

「ま、がんばれよ~ヒーロー。」

ぽん、と肩に手を置いてイクトは立ち去ろうとする。

「あ、そうだ。」

しかしふと足を止めて、振り返って指を指す。

「…人は殺しても、感情は殺すなよ?」

初めて見せた真面目な目付きにレンは面食らうが、イクトはすぐにニヤリと笑って目の前から消えていた。

「言われなくても。」

だがどんな手を使ってでも争いを無くして、自由な空を取り戻す。
俺にはそれしか、出来ないから…。



それからしばらくは、疑似シンクロノスの訓練が続いた。
走る激痛、身体が悲鳴を上げている。
だけど負けたくなかった、争いのない世の中にすると決めたから。

「もう…いい。」

だがある日、シェリスが言った言葉はそれだった。

「身体…ボロボロ。」

毎日毎日疑似シンクロノスを行い、ボロボロになったレンの身体を見ていられなくなっていた。

「平気だよ、このくらい。」

こんな時でも笑顔のレンは、シェリスを余計追い込んだ。
自分の存在さえなければ、レンにこんな過酷な運命を背負わせることはなかったのに。

「…私は、君を傷付けるために歌えない。」

そんな言葉に意味がないことはわかっていた。
歌わなければ、疑似シンクロノスを用いて戦場に立たされることなど明白だったから。

「私は戦うための道具。だけど…君は違う。」

「道具とか…そんな悲しいこと、言うなよ。」

すかさず反論するレン。
その顔は、シェリスの気持ちに重ねるように悲しそうだった。


「シェリス、一緒に空を飛ぼう。」

そして、予想に反して返ってきた言葉はそれだった。
そしてレンは、右手をシェリスの前につきだした。

「俺は、君の翼で飛びたいんだ。」

堕天使を救う言葉としては、勿体ない言葉。

「戦うためじゃなくていい、俺のために…翼を広げてくれないかな?」
「レン…。」

一度目を伏せ、シェリスはその手を取った。
まるで固く結んだ心の糸が、ほどかれていくようだった。


擬似シンクロノス訓練は日々続いた。
走り抜ける激痛も、今では慣れてきつつある。

外の世界は今も争いに満ち溢れ、すぐにでも出撃したいくらいだった。

「試してみるか、シンクロノスを。」

相変わらず興味の無さそうな顔を向ける博士。今ではすっかり慣れてしまった。
博士のその一言により、レンは久しぶりの外を味わえる。


「いい、天気だな~。」

普段ならば、学校をサボって屋上で日向ぼっこでもしている時間であろうか。
ついこの間までの日常を懐かしみ、レンは武器を構えて意識を静めた。

「シンクロノス、起動」

シェリスの歌が聞こえる。
翼を持ったシェリスがレンの背中に寄り添う。

『シンクロ・スタート』

すぅ、とシェリスが溶け込んでくる心地よさをレンは感じる。

「行くよ、シェリス。」

周りに溢れた敵を殲滅する。
今日は、一級戦闘地域の任務だった。


これ以降、危険地での任務は格段に増えていった。
しかし、シンクロしたレンの前に敵はない。
元より持った強さに、さらに力を加えたシンクロ状態のレンは文字通りの最強で。
そしていつしか、戦場でその名を知らぬものはいないと言われるまでになって行った。


だがそれは、シェリスの不安を掻きたてる。

重要拠点となった学園の屋上で、夜空を見上げた。
レンとここで初めて出会ってから、随分長い時を過ごしてきたような気もするが、未だにレンを理解できない。

「まだ…好きなの?空…。」

呟きは夜風に流れる。
シンクロするときに感じるレンの意識は、初めてシンクロした時とはまるで違っていることに気づいていた。

「…レン。」

ふと背中に温もりを感じる。
いつの間にかレンはシェリスの後ろに立ち、両手でシェリスの両肩を抱いていた。
顔はシェリスのうなじに埋め、微かな震えを感じる。

「急に…ごめん。」
「…構わない、けど。」

一瞬ぴくりと身体を震わせたシェリスだったが、嫌悪感はない。
普段シンクロで触れ合っている時とは異なった温もりに、少し戸惑いを生じただけである。

「…最近、笑わない。」

シェリスがここ最近ずっと思っていたことだった。
出会った頃は太陽のように明るくて、不安や恐怖を吹き飛ばすための手段として笑っていたレン。
その瞳の奥に恐れはなくて、ただ強い意志が宿っていた。

「怖い、んだ。」

そのレンが、恐れている。
誰にも負けない強さを持ちながら、何に恐れているというのか。
いや、シェリスは感じていた。
シンクロの際に意識を重ねるたび、レンの中に空虚が広がっていたことに。

「…殺すこと?」
「違う。…覚悟はしていたし、戦いだから人は死ぬ。…それは、解ってる。」
「じゃあ…」

レンはこの戦いを通して、沢山の人を、人外を殺し、機械を壊してきた。
そして知ったのだ。
殺すことよりも辛くて暗い、恐怖を。

「…何も、感じないんだ。」

あぁ、ついに彼でさえ感情を失ってしまうのか。

「機械を壊して、人外を殺して…そしてこの手で人を殺めても。…何も、感じない。」

意識に触れるたび、感情を取り戻しかけたというのに、
私はこの人の感情を奪ってしまったのだろうか?

「前は感じてた。殺すことに躊躇は無くとも、疑問はあった。でも…今は何もない。
戦っても、勝っても、褒められても、心が…空っぽなんだ。」

ぽつん

シェリスの髪を伝った雫は、たった一滴で地面を濡らした。

「…怖い?」
「怖い。…戦うだけの兵器、そうなりそうで…怖い。」
「…不安?」
「世界は何も変わってない。…このまま何も変わらないんじゃないかと、思う。」

二人のわずかな間に夜風が突き抜ける。
それがまるで何かの合図であるかのように、シェリスは歌い始めた。
シンクロノスを起動する歌ではない。
戦う力を持たない歌。


澄んだ綺麗な歌声は、レンの心を浄化するようであった。


そしてレンから一歩離れて振り返り、まっすぐにレンを見据える。


「…笑って。」
「…無理だ。」
「不安も恐怖も吹き飛ぶ、だから…笑って?」


シェリスは至極自然な笑みを浮かべた。


「シェリス…。」

なんて、美しいのか。
初めて心から守りたいと思ったもの。

「この気持ち、笑顔…全部全部、君がくれたものだよ、レン。だから、今度は私が…君を笑顔にしたい。あの時のように、笑ってほしいから。」

シンクロを重ねるうちに触れ合った
私にとっての、はじめての光。
心をほどいてしまうような、レンの笑顔。
もう一度見たい。
いつしかずっとそう感じていた。


「…こんな、俺でも?…俺の手は、汚れてる。」

視線を地面に落とし、両手を見つめる。
シェリスは一歩ずつ近づいて、その両手を自身の両手で優しく包み込んだ。
レンが顔を上げると、強い瞳がそこにはあった。

「堕天使だった私を救い上げたのは、この手。」

一緒に翼を広げてくれた。

「君の手は…誰かを救うための手。」

レンは、笑った。
泣きそうな顔をして、喜んだ。

そして、シェリスの手を握り返した。

「…やっぱり、俺は争いをなくしたい。君にもっと、自由に歌ってほしい!」

意思の炎が戻った。

嬉しくなって、シェリスはレンを抱き締めた。

「一緒に飛ぼう、レン。」
「今度こそ君が、好きだと言えるような空にしてみせる。」

しばらく殺していた感情が、久方ぶりに溢れ返る感覚は、奇妙なものだった。
そうだ、俺たちは…
自由のために戦っている。

「ありがとう、シェリス。」

一筋の流星がキラリと瞬いた。

願わくは共に生きんことを。


「もう、これは要らないよね。」

光のない部屋のなか、存在するのは無機質な機械と、一人の男。

「これさえなくなれば、争いは終わる。
血ヘド吐いてやった初めてのシンクロが、これだったなんてな。」

何をしている!
と、ガラスの向こうに叫び声を聴く。
生憎内側からかけた鍵は外から開かない。

「俺も、シンクロしてみたかったなぁ…」

大剣を構える。

「だけど、俺は俺自身の力で頂点にたつ。こんなのに頼るもんか。

轟け、紫電一閃

いっけぇぇぇぇぇぇ!」


大きな爆発音が響く。


「あとは、外を何とかすれば…争いの終焉だ。生かされてきた命、尽きるまで使い尽くす覚悟さ。」

俺は、あいつのようなヒーローじゃない。
だが、俺は俺のやり方で、戦士であろうと思う。

「擬似シンクロノスなんて裏技、卑怯だよなぁ?」

ニヤリと口の端を上げる。

「あぁ、あとあんたらが生きてると、この事件は繰り返される。死んで貰うわー。」
「よせっ…」
「人をゴミのように扱ってきた天罰だな。」
「なぜだ…っ、イクト!」

剣を振るう手が止まる。

「あんた…覚えてたんだ、
俺の……名前をさっ!」

辞めるために止めたのではない。
太刀を振るうことに迷いはない。

俺は、歪んでいるから。


この世界には、人と意思を持たない人外が共存していた。
しかし文明の発達とともに、人は機械を作り出し人外を操ることに成功した。

動物とも違う人外を使って人は争いを始めた。
領土を広げるために、力を示して自分を守るために。

そんな時代が続いたある日、意思を持つ人外が人の前に姿を現した。
それが、始祖と呼ばれる存在。
始祖は身体も大きく、ちっぽけな人の力では太刀打ちできなかった。
各地に始祖は現れ、人は始祖に立ち向かった。
言葉が通じないせいで、人と始祖は戦わざるを得なかった。

そして現れたのが、天使だった。

歌うことで翼を広げ、始祖と意思を疎通した。
始祖は静まり、人の前から姿を消した。

世界を救った天使は、人の好奇心を駆り立てた。


人の姿をした天使は、始祖だけでなく人と意思を疎通させた。
意識を重ねた人は強大な力を得た。
しかしそれは一瞬の事で、強すぎる力は人の機能を破壊した。


そしてまた争いが始まった。


天使がいれば、始祖と戦える。
そして、天使の力を借りれば、何にも負けない強さが得られる。

しかし人を破壊する天使はいつしか恐れられ、堕天使と呼ばれるようになった。
堕天使は次第に姿を消し、残ったのは人と機械と飼われた人外だけになった。



ある日、ある場所、ある古代文明を研究する科学者の元、
美しい少女が生まれた。

透き通るその声を分析すると堕天使であることが分かった。

博士と呼ばれたその男は、その能力をシンクロノスと名付けた。
シンクロノスを受け入れられるコンフォーマーを探し、数多の人体実験を行った。
失敗に失敗を重ね、堕天使の目の前には数多の屍が広がった。
感情を失い、翼をもがれた堕天使は自分さえも殺していた。

そこで博士は考えた。
シンクロノスの力を少なくし、疑似的にシンクロ状態を作り出す装置が作れないか、と。


とある学園の地下施設に政府の許諾を得て、研究所を創設した。
国内の技術陣を結集させ、一つの機械が完成した。

それが疑似シンクロノス。

完成した疑似シンクロノスを学園に向け放った。
多くのものが力を得、同時に苦しんだ。
精神が崩壊したものがいれば、肉体を失った者もいる。
しかし、純粋のシンクロノスに比べて被害は軽微であった。

その実験の情報は、瞬く間に世界へ広がった。

シンクロノスの力を一つの国が得れば、侵略の危険がある。

そう考えた世界は、また争いを始めた。


全ての発端は
シンクロノスなのだ。


「学園が持ちこたえられるのもあとわずか…この研究所の科学者は誰一人生きていない。」

軍の司令官が話す言葉は重たく、これから迎える最終決戦への意識を強めた。

「生きていない…って、どういうこと?」

恐る恐るシェリスは尋ねる。

「襲撃だ。…内部のな。」

最後の一言は、他の戦士たちに聞こえないように小声で放たれた。
シェリスは少し考え込む。

「シェリス?」

急に神妙になったシェリスを案じて、レンは声を掛ける。数秒黙ったのち、シェリスは口を開いた。

「…ねぇ、どうして私たちは戦っているんだと思う?」
「…自由を取り戻すため?」
「じゃあ、この争いのきっかけって…何?」

レンはうーんと考える。
そういえば、歴史の授業は苦手だった。

「この戦い、もしかしたら…」
「大丈夫。…何があっても、俺が守るから。」

にっと笑ってピースサインを作るレン。
大丈夫、二人なら翼になれる。

戦いの火蓋は切って落とされた。

いつものように、シンクロをして戦う。
いつもと違うのは、戦場が学園であること。

しばらくして、戦況が逼迫していく。
戦っているものたちにも疲弊の色が濃い。

『レン…?』

意識の奥でシェリスは名前を呼び掛ける。なにかいつもと違う感覚があったからだ。

「何か…来る。」

逃げろーーーっ!
レンの叫びも虚しく戦場に消えた。

直後、巨大な音を立てて奴が現れた。

「…始祖。」

この国に根差した始祖。このままではここにいる人間は皆始祖に破壊し尽くされるだろう。

叫び声が聞こえた。
対して始祖は大地の怒りのようにうなり声を上げる。

敵も味方もない、誰もが始祖へ刃を向けた。

「なんで人は争うんだろうな…」

至極冷静な気分であった。始祖が現れたことにより、皮肉なことに人々がまとまっていく。

「シェリス、シンクロ解除しよう。」
『えっ…ちょっと…っ』

シンクロは、二人の意識が違う意思を持てば解除せざるを得なくなる。
レンは翼を閉じ、翼を閉じたシェリスが現れた。

「レン、戦わないの?」
「始祖に敵う力じゃない。…始祖に対抗できるのは…君だ。」

「レン!」

背中で肉を断つ音と声が聞こえて振り返ると、そこにはイクトの姿があった。
シンクロ状態にいないというのに、相当の戦果をあげたようである。

「その子を屋上へ。拡声器機は用意がある。戦いはこれで終わる。」
「…どういうこと?」

人々が始祖へ向かう波が流れていく。
戦場は混戦状態だ。
人同士の争いも絶えたわけではない。
そして、人外は暴走を始めている。

「擬似シンクロノスは破壊した。争いの原因はもうないんだよ。」
「…貴方が殺したの?」
「争いの根源、あんたの親父は俺が殺したよ。早くしろ、時間がないんだっ!」

周りのガヤガヤした声も、始祖の声も、随分遠くの事のようだった。
ただ、シェリスの悲しげな顔だけがリアルに見える。
シンクロノスの力が無くても、力があるような気分である。

「…シェリス」
「私は…大丈夫」
「歌える?」

こくり、とシェリスは頷く。
レンの目はとても遠くを見ているようで、シェリスは不安を抱く。だが、その顔は穏やかだった。

「シンクロノスの歌じゃなくていい、君の好きな歌を、聞かせてくれないかな?」
「なにいってんだ?レン、この状況を覆すには、シンクロノスしかないんだよ!」

レンは背後から襲いかかってきた人外を、鮮やかに斬り捨てた。
その無駄のない所作はシンクロ状態のレンのようである。

「お前…使えるのか?シンクロノスの力…」
「君のことは俺が守る、だから…自由に歌っていい。」

もう一度シェリスは強くうなずいて、すぅと息を吸う。

力強い声が、聞こえた。


翼を持ったシェリスは舞い上がる。
マイクはないのに、誰の心にも響くような強い歌声。
多くのものが手を止め、始祖でさえ動きを鈍らせた。

「解った…気がする。シンクロノスの、本当の力。」

まるで皆がシンクロ状態にあるようだ。

「この歌…凄く、心に響く。」

歌の場所を探すと、そこにはレンの姿があった。
約束を守って生き続けて、やっと会えた。



「レンっ!」

レンが声の方向を見ると、懐かしい顔があった。

「ミナト…?」

レンは瞬時に理解した。
ミナトの心がシンクロノスに僅かな反応を示していることに。
そんなことが解るまでに、レンはシンクロノスを理解していた。

「流れる音楽に、心を合わせて?きっと、歌えるはずだ。」
「え?え?歌…?」

シェリスがミナトの存在に気付き、目の前にふわりと立ち、右手を差し出した。

「…大丈夫、ミナト、歌上手いでしょ?」

レンの強い瞳にミナトは頷き、瞳を閉じた。
心の奥に、音楽が流れる。

シェリスの右手を取る。

美しい空色の翼をミナトは広げた。
二人は息を合わせて、見事な音楽を奏で始める。

レンとイクトは、彼女たちを守るために、統制を失った人外と戦っていた。
美しい二人の歌声は、戦士たちに力と癒しを与えた。

「Angel……」


誰かが呟いた。
そうだ、彼女たちは堕天使ではない。

エンジェルなんだ。

--翼を広げて
一緒に飛ばないか?--

「なぁ、イクト。」
「なんだよっ。」

交戦中であるというのに、余裕の表情を浮かべるレンに少々苛立ちを感じるイクト。
間違いなく目の前の男は最強であることを突きつけられる。

「始祖は…悲しんでる。
俺には聞こえる。始祖は、人の悲しみ、妬み、そんなドロドロした感情が生み出すんだ。
そんな暗い気持ちに、エンジェルが干渉して浄化する…。
だから、俺たちが解放してやらなきゃ。」

レンは世界の真理に触れていた。
彼女たちの歌声という意識を介して、世界のあらゆる部分に干渉している感覚だった。

「俺″達″?言っておくが俺は、コンフォーマーじゃ…。」
「そうかな?俺には…ミナトと凄く相性いいような感じしてたけど?」

レンの言葉を聞いて、イクトは意識の深淵に触れる。
疑似シンクロノスを用いると、そこは冷たくて暗い世界だった。
なのにどうして…

「暖かい…光、だ。」

光に触れると、味わったことのない心地よさを感じる。
激痛も苦痛もない、これがレンの感じていた意識というのか。


シェリスもミナトも歌い続けている。

その元で、二人は翼を広げた。

「蒼い…翼?」

イクトが疑似シンクロノスで広げてきた翼は黒。
しかし、ミナトとシンクロして広げた翼は美しい蒼だった。

「ほら、俺の言ったとおりだ。
…行こう、イクト。」

白と蒼の翼を持った戦士たちは、始祖に向かって飛び上がる。
そして、巨大な始祖の前に武器を構えた。

「お前も…辛かったよな。今…解放してやるから。」


二人の武器に、それぞれの歌の光が集束する。



「轟け雷光!」
「響け雷撃!」


紫電一閃!
疾風迅雷!


二つの鼓動は雷撃となりて始祖を撃つ。

始祖は光となってあたりに舞い散った。

--きっと僕ら
一羽の鳥のように
大空を飛翔するんだ--

Epilogue


疑似シンクロノスの破壊
始祖の解放

この二つにより争いは終息した。

勝利も敗北もない、ただただ沢山のものが失われた争い。
戦勝記念でもなく、ただただ争いの終わりの祝杯が上げられた。

「ずっと、あぁやって戦ってたの?」

会場は学園だった。
木々が生い茂る訓練場の一角で、ミナトはレンに声をかける。

「…あの時、シンクロノスのコンフォーマーであることに気づいて、
それからは、ずっと。」
「…そっか、なんか…強くなったね。彼女の、お陰?」

レンは強くうなずいた。
平和を望みながら何もできなかった自分を変えたのは、間違いなくシェリス。

「守りたい、って思ったら…身体が動いてた。」
「そっか…敵わないなー」
「…へ?」

ナイショ、とミナトは口元に一本指を立てて微笑んだ。

「…ミナトは、イクトと?」

「レン!」

木々の影から姿を現したのはイクトとシェリスだった。

「…あっ」
「改めましてミナトちゃん、君のコンフォーマーのイクトだ。よろしく~」

戦場にいた、冷徹な目線のイクトではなく、初めて出会った時のような掴めない顔をしていた。
だが、どこか冷めた雰囲気はなくなっているようだ。

「よろしく、イクト君!」

二人はこれからもパートナーとしていい関係が築けるだろうな、とレンはひと安心する。

「自己紹介…してなかったね。私、シェリス。
…あと、ごめんなさい。あなたの奥に眠っていたシンクロノスの能力を目覚めさせてしまった。」

シェリスは目を伏せる。
するとミナトは右手を差し出した。

「ミナトだよ。レンとは…幼馴染み。シンクロノスのことに関しては気にしないで。
守る力があるってわかって、嬉しかったから。」

少し悪戯っぽい笑みを浮かべて答える。
シェリスは右手を取った。

「これで皆知り合いってことだね。」

レンの言葉に、イクトは満足げに頷く。
イクトもシェリスも見たことのない穏やかな顔をしていた。
今までお互い一人で生きてきた、しかし今は違う。

「あの…シンクロノスってまだあんまり理解してないんだけど…ああいうものなの?」
「あのときのシンクロノスは特別。…私とレン、貴女とイクトの意識が高いレベルでシンクロしていたから…。
でも大丈夫、イクトはシンクロノスに詳しいから、信頼していれば、身を委ねて心に流れる歌を歌うだけ。」

ふーむ、とミナトは考える。

「…信頼、かぁ」

確かにシンクロ状態のとき、心地よい気分だったのを覚えている。全力で歌って…

気づけばイクトに顔を覗き込まれていた。

「さて…と、ミナトちゃん、ちょっとデートしよっか?」
「え、ちょっと?イクトくん?!」

ミナトは半ば強引にイクトに右手を引かれ引きずられていく。

「シンクロノスとコンフォーマーは…出会うべくして出会う者。…そう、私は信じてた。」
「結構、夢のある解釈だね、それ。」

二人の背中があまりにも楽しそうで、レンとシェリスは顔を見合わせて笑った。

「あれ、ってことは…。」

レンの少し前にいたシェリスは、両手を後ろで組んで振り返る。
そしてただにこりと微笑んだ。

「あ、シェリスっ!」

そのまま歩き始めた。
慌ててレンは追いかける。

二人が向かった先は、屋上だった。


「懐かしいね…覚えてる?」
「当たり前じゃん、俺たちが初めて出会った場所だ。」
「あの時、サボりだったよね、君。」
「あはは…不真面目だったからね~」

二人が見下ろしたグラウンドには、戦場の面影が生生しく残っていた。
しかしそんな戦場で今は人々が歓喜している。

「これから…どうするの?」
「争いが世界から消えたわけじゃないし…いつどこでまた始祖が現れるか解らない。」
「…戦うの?」
「それも…悪くないかなって。」

二人は向かい合う。
この戦いを通して、随分二人は解りあってきた。

「人を傷付けるだけの戦いじゃない、もっとほかの…
イクトとミナトも一緒に巻き込んで、もっとほかの戦い方もできると思うんだ。」
「他の…戦い?」
「例えば、歌。シンクロノスとしてじゃなくて、歌の強さっていうのかな、そういう可能性を俺は感じたんだ。」
「歌の…強さ…。」
「シェリスとミナトが歌ってるとき、皆は確かにその歌を聞いてた。
その時だけ、皆の心が一つに向かってた。…それって、凄いことだなって思ったよ。」

一旦言葉を切る。
春を感じる暖かい夜風が通り抜けて行った。

「ずっと、歌っていて欲しい。
戦うための歌じゃなくて…人々の心に訴えかけるような歌。
…って、これじゃ俺必要ないね。」

自嘲気味にレンは笑った。
対してシェリスは首を横に振る。

「…いつかはまた、剣を手にしなければならない時が来るんだろうなーって思う。
その時はやっぱり、一緒に戦いたい。
君に戦いを強要するのは、心苦しいけど…。
俺のそばで、ずっと翼を広げていて欲しいんだ。」

「…一緒だから、羽ばたける。」

それ以上の言葉は必要なかった。
これから戦い続けることの誓いに言葉など必要ない。
たった数か月で、解り合ってしまったのだから。


「ねぇ、レンはどんな過去を送ってきたの?」
「…んー、割と普通だよ?」
「それでも、もっと…知りたい。ミナトがうらやましい…から。」

今までお互いの話をゆっくりとする時間がなかったから、普通の会話を出来る事に少し戸惑う。
躊躇いがちにレンは口を開いた。

「…俺、戦災孤児なの。」

--物心ついた時には、ここにいて
戦い方を教わって、生きるための術を身に着けるよう叩き込まれた。
ミナトも同じようなもので、同じ環境で育ってきた。
戦い方は早いうちから心得ていたし、学園での過ごし方にも慣れていた。
そしてずっと、平和を望んでいた。
望むだけで、何もしなかった。ここにいれば安全だったから。--

「それで、いつものようにサボっていたら君と出会った…ってわけ。」
「…私と、同じだね。私もずっと…戦いの中に生きていたから。」
「うん、でさ俺思ったんだ。俺みたいな子供…増やしたくないって。」
「…そう、だね。私ももしこれからシンクロノスの力を持つ人が現れるなら…自由に歌ってほしい。」

きっとこれから長い戦いが始まる。
平坦な道ではないし、また争いに巻き込まれることもあるだろう。
だけど…
二人だから乗り越えられる。

「あ、そうだ…シェリス。」
「何?」

レンは、夜の空を見上げた。
輝かしいまでの星たちが、瞬いている。



「空…好き?」


空を見上げるレンの横顔を見る。


「…好きだよ。」


――君と飛べる、自由な世界だから――

翼--飛翔--

歌の力をメインに書いてみました。
もともと短めに書く予定だったので、間の心理状況はあまり深く書いてません…。
ちょっと惜しいかなorz
熱いアニソンとか聞きながら読んでもらえたらうれしいかなーと思います!

翼--飛翔--

学園モノだけど、アクションモノ。 ファンタジーっぽいといえば、ファンタジー。 恋愛要素もあり。 5章のチャプターで構成してます。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-28

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND
  1. Epilogue