LAPIS〜said story〜
連載中のLAPISシリーズの番外編です。
キャラクターたちの日常からちょっとした過去の話を短編集形式で書いていきます。
自己満足のものとなっているので本編にまだ登場していないキャラクターも多数出てくると思います。
ですが、少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。
3月14日
今日は3月14日。
ホワイトデーとかいう日らしい。
先月の14日はバレンタインデーといい、女から意中の男にチョコレートを渡すのがステータスだとルビーが得意げに語っていた。
ちなみにルビーは宿の近くの八百屋にいたイケメンに渡したらしく「わたくしの手作りチョコですもの、落ちない男はいませんわ!」
とかなり自信満々だった。
そして、今日はそのチョコレートのお返しをしなくてはならないとも言っていた。
うちのパーティの女子はルビーに便乗し、それぞれ意中の男やお世話になった人へ手づくりを渡していたから、きっとそのお返しで男性陣は忙しいのだろう。宿に男はひとりもいなかった。
一部の国の風習なのだが、面倒な行事だ。
「…まあ、俺もらってないんですけどね!!」
「ジャンヌうるさい」
涙目で心から叫ぶ俺に冷たい視線を送るのは、身長ないくせに無駄に美形で初対面と思っていた女子数人から「ファンです!」なんてチョコレートをもらっていたネリ・エメラルドだ。憎たらしいったらありゃしない。
ネリがうるさいかどうかなど関係ない。
俺の心は一ヶ月前からズタズタのボロ雑巾なのだ。叫ばずにやってられるかっての。
「なんでだよ!本命じゃなくても義理チョコとかいうやつくらいくれてもいいだろ!?シナとかあいつなんなの!?宿のおかみさんや他のパーティメンバーにはあげて俺にはないってなんなの!?存在忘れてたの!?聞こうにもなんか嫌われてたらどうしようと思って聞けないんだよこっちは!!てか誰がここまで旅路をナビゲートしたのかわかってんの!?」
「ジャンヌ連れてきたの間違いだったねーベルくん」
「んー…ここら辺の地図頭に入ってるのジャンヌだけだから我慢しよ」
「まーたそんなこと言ってー。どうせ自分が居ない間にコハクに近づかないようにとかそんなでしょ?」
「…あ、わかる?宿にいた他の男は全員追っ払ったんだけどね」
一見大人しそうだが裏で彼女に近づく輩を日々駆逐しているこいつはベル・ダイヤ。
『お菓子屋さんまで道案内してほしい』なんて言って俺を連れ出した張本人だ。
くっそ、どうせ脈なんてないしお前を敵に回すほど愚かじゃないから安心して外出しろよ。
お前がそのお菓子屋さんに行ったことあるって知ってんだぞ。
「コハクが外出したらどうするのさ?」
「ちゃんと宿で待っててねってお願いしてある。あと、僕が遠隔透視魔法を怠るとでも?」
「あー、そうでしたね」
どうやら根回しは完璧らしい。
聞いていると鳥肌が立ちそうなので俺は先に道を進むことに専念することにした。
*
「ほら、着いたぞ。この店だろ」
「うん、ありがとう。あっお返し、一緒に選んでくれる…?」
俺は用が無いので正直帰りたい。
だがベルが珍しく頬をあからめながら「女の子の喜ぶお菓子とかわかんなくて」と言ってきたので仕方なく付き合ってやろう。
まあ、俺に女絡みの相談をするなんて明らかに人選ミスだと思うのだが。
「ねえジャンヌ、俺も一緒に選んでよ。俺こんな行事初参加だからさ」
いや、俺も初参加っていうか参加すらしてないんだけど。できないんだけど。
「まあまあ、正直言って俺甘いもの苦手だから美味い不味いもわかんないんだよね…美味しいやつ教えてよ」
…そこまで頼られると悪い気はしない。
実は、元々俺もバレンタインやホワイトデーのことは知っていた。
まあ、マジアでも一応そんなイベントはあったしな。シナは街外れの森に居たたから知らなかったみたいだが。
参加はしていないが、他の奴がはしゃいでいるのは泣くほど見た俺に不覚はない。
「ったく〜しょうがねえなぁ〜」
「えっ、なににやけてるんだい。気持ち悪いよ」
俺にまかせろ!!
*
「ね〜ベルまだなの〜?」
「んー…待って、ふたつまで絞れたからもう少し…」
店に入って30分。
ネリは俺が選んだクッキーに決めたようで、すでに会計を済ませていた。
一方、ベルはマカロンとキャンディの棚を行ったり来たりして悩みに悩みまくっている。
「マカロンのが高価だから良いものを送りたいならマカロンにすれば?コハクも好きって言ってたんだろ?」
「そうだけど…マカロンはイズがお返しでもらってそうだからなあ…」
「じゃあキャンディでいいんじゃないか?」
「んー…コハクってキャンディを途中で噛み砕いちゃうタイプなんだよね…万が一口の中が切れたりしないか心配…」
「お前めんどくさいな…」
なにかと思い切った行動をする奴だが、こういう時は本当に女々しい。
本人は本気で悩んでいるみたいだが、非常に面倒くさい。
「もういっそケーキとか」
「あっそれもいいかも…でも、クリームとかスポンジが甘すぎたりしたらどうしよう…この店、個包装のお菓子は有名らしいけどケーキはわからないし…」
しまった。
選択肢を増やしてしまった。
もう勝手にしろ。
「あれ〜?ジャンヌくん達じゃなあい」
もう余計なことは言うまいと口を閉ざしていると、突然聞き覚えのある間延びした声が聞こえた。
「ガーネットか…」
「なぁに?あたしじゃ悪かったわけぇ?」
長い赤髪を揺らしこちらに近寄ってくるガーネットは、腰に手を当て頬を膨らませているが無視だ。
「それ可愛くないからやめとけ」なんて言おうものなら、まためんどくさいことになる。
「珍しいわねぇ〜むさ苦しい男どもでお菓子屋さんなんて」
「ホワイトデーのお返し選びだってさ」
「ジャンヌくんはいいのぉ?…あっ貰えなかったのねぇ…どんまい」
悪気があるのかないのか知らないがこれ以上傷をえぐらないでほしい。
俺の心はもう雑巾通り越して糸だ。
汚い縮れた糸になっている。
なにいってんだ俺は。
俺が一人傷ついているとベルがマカロンとキャンディの袋を持って来た。
「ねぇ、ガーネットはどっちがいいと思う?ケーキも迷ってるんだけど」
「んん?コハクちゃんに渡すの?」
「そう」
ガーネットはおおげさに「うーん」と唸ると、何かを思いついたのか
ぽんっと手を打った。
「そうだベルくん、ホワイトデーのお返しのお菓子にそれぞれ意味があるの知ってるぅ?」
「…知らないよ」
俺もそれは初耳だ。
「じゃあ賢いガーネットちゃんが教えてあげましょ〜!
まず、クッキーは『友達』って意味があるのぉ。まあ義理に贈る時にいいんじゃなあい?」
ってことは、ネリのクッキーは妥当って事か。
勘でぴったりの物を選び出すなんて実は俺ってそういう感じの才能あるんだろうか。
「すごく差し障りないね。あっジャンヌ、たまたまだろうから調子に乗らないでよね。」
「の、乗ってないし。」
「へー」
そう言ってネリはクスクスと俺を見て笑った。
なんだこいつ、人の心でも読めるようになったのかよ…
「あとケーキはとくに意味ないけど、マカロンは『特別な人』キャンディは『ずっと一緒に居よう』って意味があってぇ…」
「余計迷ってきたよ…」
だろうな。
よりによってどちらも良い意味だから、あまり意味はなかったようだ。
「んー…ごめん、あと2時間くらい悩ませて」
「なっが…やだよ俺はやく帰りたいよ」
「それはだめ」
女の買い物に付き合う時は、その時間の長さに覚悟しなければならないらしいが、男でも十分覚悟がいるということが今日学んだことだ。
これからベルとは意地でも買い物に行きたくない。
「ていうかそんなに迷うなら、どっちも買えばいいじゃん」
「…それだ」
ネリがだるそうに言った一言でベルの心は決まったようだ。
マカロンとキャンディ、どちらもあげることにしたらしい。
欲しいなら大人買いという当たり前の選択に気づくまで、約1時間かかった。
「ねえ、これってひとつの袋に入れることってできないかな。せっかくだから見栄えも…」
「お前どこまでめんどくさい奴なんだよ…店員にきけばいいだろ。」
「店員さん女の人ばっかだから無理…ジャンヌきいてきて」
…こいつほどめんどくさい自己中心野郎は見たことはない。
「コハクに知らない男の人と喋るのを許していないから僕が女の人に話しかける訳にいかないんだよ」とかなんとか言っているが、要はベルがもう少し器の大きい男になればいいだけの話である。
「ねぇ、お願いジャンヌ。シナからのチョコ、ジャンヌの分も渡してって預かってたのにうっかりなくしちゃったの黙ってたこと謝るから…」
「お前のせいかよおおお!!!!!!」
なんなんだよシナ悪くないじゃん!
さっき大声でキレちゃったじゃねえか!なんか申し訳ないよ!
「絶対きかねえ…」
「えー」
「当たり前だ!」
つーかよくそれでお願い聞いてもらえるなんて思ったな!!
「じゃあネリ…」
「しょうがないなあ、それ貸して」
ネリはベルの手から二つの袋を受け取ると棚の商品を整理していた店員に交渉しに行った。
「すみません。この二つの商品、ひとつの袋に入れて貰えますか?贈り物なんでできたら見栄えよくしたいのですが…」
ネリはさっきまでの仏頂面はどこへやら、よそいきの笑顔を浮かべていた。
「ああ、ごめんなさい。混んでいる時は大勢のお客様に迷惑をかけてしまうので、普段から再包装などのサービスはお断りしているんです。」
「そうですか…どうしてもダメですか?」
「はい、申し訳ありません…」
「それなら仕方ないですね、困らせてしまってすみません。…ああ、そんな顔しないでください。そのかわいらしい顔を曇らせたかった訳じゃないんです。」
…ネリお得意の口説きがはじまってしまった。
ネリは困ったらとりあえず相手を口説くのがもう癖になっているらしい。
そしてなんとかなってしまうのだ。
俺なら「なんだこいつ」と一蹴されてしまうだろうからつくづく美形は得だと思う。
「そ、そんなかわいらしいなんて」
「本心ですよ、真っ赤な顔もかわいいです。」
あーあ、顔に手なんか添えちゃって…
見てるこっちが恥ずかしい。
これで落ちるやつもどうかしてるけどネリが1番どうかしてる。
「もう!特別ですよっ!」
「ありがとうございます!なんて優しい人なんだろう…」
…うん、なんとかなったようだ。
店員が店の奥へ入って行くと、ネリは貼り付けた作り笑いを瞬時にはずし、俺達の方を向いた。
「ラッピングもしてくれるってさ、よかったね。」
「うん、ありがとう助かるよ。」
ベルは「よかった」と胸を撫でおろしている。
まあ、やってもらえなかったら自分で包装し直すことになるからな。
こいつが自分でやろうとして、力加減を間違えマカロンが潰れたりキャンディが粉砕されたりする光景がありありと目に浮かぶ。
これは、決しておおげさじゃない。
現に俺はこいつのデコピンで額の金具を粉砕された。
「どういたしまして…あれ、ガーネットは?」
「えっ」
ネリに言われて店内を見渡すが、ガーネットはどこにも見当たらない。
毎回神出鬼没だなあいつは。
「ああ…今さっき帰ったよ」
「ふーん、まあいいけどさ。」
そんな事を言っていると、さっきの店員が綺麗にラッピングされた少し大きめの袋に入ったお菓子を持って来てくれた。
「あの、お待たせしました!」
「わあ、本当にありがとうございます。こんなに綺麗にやってもらって」
ネリは相変わらずの変わり身の速さでそれを受け取った。
すると、店員がポケットから何かを取り出した。
マシュマロだ。
「…これは?」
「サービスですよ。お客様方、ホワイトデーのお返しを選びにきたのでしょう?マシュマロは定番のひとつなんですよ」
どうやら美形はラッピングの上にお菓子のサービスまであるらしい。
何故世界はこんなにも不平等なのか。
「へぇ、定番とかあるんですね…じゃあありがたく頂きま…」
「やだ、貴方じゃありませんよ!」
「へっ?」
受け取ろうとネリが手を伸ばすと、店員は笑ってマシュマロをひょいっと横に避けた。
ネリは珍しく情けない声を出して驚いているが無理もない。こんなこと滅多にないというか、初めてなので俺もベルも驚いている。
「後ろのあなたに、サービスですよ」
そう言って店員がマシュマロを差し出したのはなんとこの俺だった。
マジか、マジなのか…
やはり見る目のある人はネリの二面性を見破れるのか。
それとも、これはもしかしてモテ期なのか。
「えっと、先程なんだか嘆いている声がきこえたので…」
モテ期の期待はあっけなく崩れた。
店内でうるさくしてすみません…
「いや、なんだか微笑ましくて…
別にお返しでなくても好きな女性にお菓子を贈ってもいいんじゃないでしょうか。」
「そういうもんですかね…」
「はい!少なくとも意識くらいしてくれますよ!」
「頑張ってください!」と、店員に力強くマシュマロを手の中に押し込まれた。
いや、別に好きな人がいるとかそういうんじゃないんだけど…
ただ、自分以外の周りがはしゃいでいるのを見ているのがなんだか悔しかっただけというか…
手の中のマシュマロを見つめながらどうしたものかといろいろ考えていると、いつの間にか会計を済ませたベルが話しかけてきた。
「よかったね、シナにあげれば?」
「は?」
「だって、シナはジャンヌにもチョコ渡したって思ってるよ。」
…そうじゃねーか!!
すっかり忘れていたが、俺も義理チョコのひとつを貰っていたのだった。
どっかのだれかさんのせいで俺が受け取る事はなかったが、これでお返しのひとつでもしなければ男が廃る!
危なかった。このままなにも買わずに帰る所だった。
「やった!ありがとう店員さん!」
世界はやはり平等だった。
「ふーん、楽しそうだね。俺は君のせいで恥かいたのに」
「へーん!負け惜しみかー?負け惜しみなのかネリくーん?」
「心の底からうざい」
ネリの悪態も今はただの遠吠えにしか聞こえない。
俺は上機嫌で宿へともどった。
*
「おーい、シナー」
俺は帰って早々シナの部屋を訪れた。
手には先程貰ったマシュマロがある。
「あれ、帰ってきてたの?君達遅かったよね」
「主にベルが時間取ってたんだけどな…まあ、そんな事より!シナにお返しをやろうと思って」
「えっ、わざわざ?ボクお返しは別にいいって言ったのに…伝わってなかった?」
それどころかチョコもどっかで落とされたけどな。
まあ、この日が過ぎる前に発覚してよかったと思っておこう。
「貰ったら返すのが当たり前だろ」
「律儀だねえ…でも嬉しいよ、ありがとう!
…で、なんのお菓子?」
「ああ、これ」
俺はマシュマロをシナに差し出した。
するとシナはそれを見て固まった。
えっ、なになに?嬉しすぎて固まったの?
…いや、この反応は違う。
何故かわからないがシナは下を向いてふるふると震えている。
「あの、シナさ…」
「これをボクにこの日に渡すためにわざわざ店に…?」
やばい、なにか俺やっちまった。
だが心当たりが全くない。
「まさかジャンヌまでそんな事思ってたとはね…」
「え、えっと…?」
シナは俺の手からマシュマロを雑に受け取ると、急に怒ったように「わざわざ手間取らせてすみませんね!」と部屋の扉を勢いよく閉じた。
…わけがわからない。
一体俺が何をしたというのだ。
*
「で、部屋からでてこないんですの?」
「ああ…俺なにかしたのかな…」
あの後、宿の共同スペースに行くと俺やシナ以外のメンバーが顔を揃えていた。
シナにあんな怒鳴られ方をされたのは初めてで、とにかく助言が欲しいと思い、そこにいるメンバーにさっき起こったことを話した。
「ジャンヌさん、一体何をあげたんですか?」
「ただのマシュマロだけど…」
イズに聞かれて答えると、女性陣は「あーあ」「それはダメでしょ」と口々に言い頭を抱えた
「えっ?シナ、マシュマロ嫌いだったのか?」
「ちがうわよぅ!!意味!!教えたでしょお!?」
「うわっ、ガーネットいつの間に。」
何勝手に使ってない宿のスペースに入ってんだよ。
お前うちのパーティじゃないだろ!?
「そんなんどうだっていいわよぉ!マシュマロはねぇ『嫌い』って意味があるって、さっきお店で言ったでしょお!」
えっ?し、知らないんだけど。
言いそびれじゃないか?と戸惑っていると、ベルがコハクに抱きつきながらこちらを向いた。
「あれ、ガーネットが帰る前に『マシュマロね意味は嫌いだからダメよお』って言ってたよ?」
「しらねえよ!!」
ガーネットが帰った事に気づいたのはお前だけなんだから!
俺はそんな会話しらないぞ!
「てか俺がシナにあげるってわかってたなら言えよ!!」
「えー正直どうでもよかったし…」
なんて非情な奴だ。お前のせいで俺のバレンタインとホワイトデーは台無しだ。
「まあまあ、ちゃんと話せばシナお姉ちゃんもわかってくれますよ」
落ち込む俺にコハクがフォローを入れる。
彼氏の方のベルとは大違いだ。
なんでこいつら付き合ってんだ。
「もう、コハクは優しいねえ…監禁したい…」
「えっかん…っ?」
「冗談だよ」
なんでこいつら付き合えてるんだ。
「…ちょっと、ジャンヌ。せっかくコハクが元気付けてあげたんだからはやく弁解しに行きなよ。」
「こうなったのお前にも原因あるんだけど…」
「マカロンひとつ分けてあげますから、これでなんとかしてください!」
「えっ、ありがとう」
「レディに謝るときはちゃんと目を逸らさずに言うんですのよ!」
「あ、ああ…」
「あと、流し目忘れないでね」
「…参考にする」
なんだかんだで、みんな応援してくれているみたいだ。
俺の初ホワイトデーが良い思い出になるかどうか、そして今後の相棒との関係は、次の俺の行動にかかっている。
誤解を解きに行くだけだが、『なんとしても円満解決するぞ』と意気込んでシナの部屋へ向かった。
部屋に入ったとたんイライラしていたシナが投げた石に当たって、それどころでなくなったのはまた別の話。
ベルとコハクのハロウィン
「トリックオアトリート!」
コハクがノックも無しに部屋の扉を勢い良く開けた。
申し訳程度の悪魔の角カチューシャにいつもの服という手抜き感満載の仮装だが、彼女は気にしていないようだ。
今日はハロウィンとかいうイベントらしい。
「…おかしないよ」
「えっ」
忘れていたわけではないし、知らなかったわけでもない。実はお菓子もある。
「いたずらするの?」
彼女の言うトリックがどんなものか興味があった。
あと、いたずらさせることで少しは一緒にいる時間が増えるかなーなんてのも少し思った。少し。
「まちがえた」
「えっ」
今度は僕が驚かされてしまった。
「トリートオアトリート」
「えっちょ」
「トリート」
ずいずいと手を差し出すコハクのなんの感情もないような表情に押されて、結局隠し持っていたぐるぐるキャンディを渡してしまった。
すると途端に笑顔を見せて「やった!ありがとう!」と言いながら開けっ放しだった扉へと向かうコハクに思わず口を尖らす。
コハクはそれに気づいたのか、振り向いて
「あとでベルにもわけてあげるね」
とまた見当違いなことを言う。
遠回しにでも文句を言おうと思ったが、去り際にこちらに向かってにこっと微笑んだのに毒を抜かれ「うん」としか返せなかった。
LAPIS〜said story〜