ヒョットコ解放宣言

 その星の人間型生物は我々と区別がつかないほどに似ており、そして非常に優秀な生物だ。未だ原理は解明されていないが、熱を自在に操ることができる。体温の調節も自由にできるし、何も無い空間に炎を出すこともできる。さらにはエネルギーとなる食料すらも自ら生み出すことができるのだ。彼らは空腹になると手のひらで炎を燃やす。すると、手品のように灰白色の塊が手の上に現れる。そして、それを食べるのだ。その星には他の生物もいたが、この能力を持っているのは彼らだけだった。
 当然その能力は身を守る力としても利用でき、その星に彼らの天敵は存在していなかった。いつの頃からかはわからないが、彼らはその星で自由に安全な生活を送っていたのだ。どのような条件において進化、適応をしてその能力を得たのか、現代の研究者でも推論でしか語ることができていない。
 彼らの文明レベルは、我々のそれと比べると非常に低かった。彼らは地面を掘った住居に住んでおり、そこには何の道具もなくただ睡眠をとるための場所だった。睡眠時間は非常に長く、彼らの平均睡眠時間はその星の一日の約八十パーセントにあたる。彼らは通常ひとつの住居にひとりで眠るのだが、生まれてから自由に歩き回れるようになるまでは母とともに生活をしていた。また、一族同士は近くに住居を持ち、いわゆる群れのようなものを形成していた。
 彼らは文字を持たないが、独自の言語によるコミュニケーションが行われていた。しかし、この言語は現在失われており、どのようなものであったかは不明だ。それは非常に単純なもので、我々が知る動物の鳴き声などによるコミュニケーションに近いものであったらしい。
 知能については、高い知能を持っているようだがはっきりとしない。彼らの言語が失われた原因でもあるのだが、彼らに我々の言語を教えたところ、すぐに理解したらしい。現在の彼らが我々と同じ言葉を使用して生活しているのはご存知だろう。さらに彼らは、我々の文明にある様々な道具の使用方法もすぐに覚えることができたし、数学や物理学も教えれば理解するようだった。このようにある程度知能は高いはずなのだが、向上心や好奇心、創造性といったものに欠けており、教えれば理解するが自ら学ぶ姿勢はない。道具を工夫して使うこともなければ、新たな道具を生み出そうと考える者もいない。この点は非常に残念なことだが、彼らの能力や生活環境を考えればしかたがないのかもしれない。生きていくために必要な食べ物は簡単に生成することができ、あとは寝る場所があればいいのだから。
 性質は温厚で、一族はもちろん、他の仲間たち、さらには他の生物に対しても攻撃的な姿勢を見せることは一切ない。自分たちを攻撃してくる者に対して、自衛のために攻撃者の周囲の温度を急激に変えたり、動作を止めるために凍らせたりすることがあるが、決してひどく傷つけるようなことはしない。彼らが遭遇したことのない生物が攻撃者である場合は“やりすぎてしまう”ことが稀にあるようだが、その際はすぐに彼らによって手厚い看護を受けることができる。これは我々の愚かな先人たちが体験したことだ。

 彼らが現在「ヒョットコ」と呼ばれる種族だ。我々はその星を発見し、彼らと友好関係を築き、言語を教え、文明を押しつけた。
 現在、我々の住む地球には大勢のヒョットコがおり、彼らの優しさにつけこんで彼らを利用する者たちも大勢いる。ヒョットコたちを狭い集合住宅や自宅の一室に押し込めて、無給で子守りやボディーガード、掃除や料理をさせているのだ。中にはヒョットコとの生殖行為に至り、子を作った者までいるらしい。性的な欲求を満たすために無垢で優しいヒョットコを利用するなどとんでもない話だ。
 これでは奴隷ではないか。奴隷など前時代的で野蛮な風習だ。ヒョットコを利用している人々の多くは「奴隷」という言葉すら知らない。おそらく、そういった人々も悪意があってヒョットコを利用しているのではないだろう。ただ無知で無遠慮で自己中心的なだけだ。それが故の奴隷扱いなのだ。
 かつて我々は奴隷という制度を完全になくすことができた。ならば今度もできるだろう。ヒョットコを我らと同じ人権を持つ者として扱うべきなのだ。わたしは現代の奴隷解放を成し遂げてみせる。


 わたしはまず、三人のヒョットコに集まってもらった。そして彼らの生活の実情を聞き、不満やストレスを確かめるためのインタビューをすることにした。以下、わたしをZ、三人のヒョットコをそれぞれ、A、B、Cとする。

Z「みなさん、まずは普段みなさんがどんなことをしているか、お聞かせください」

A「ぼくは特に何もしていません。Tさんといっしょに会社に行ったりごはんを食べたりしています。もちろん、本来ヒョットコはお金を払ってごはんを食べなくても大丈夫ですが……」
Z「本来はごはんを食べたくない、ということでしょうか」
A「いいえ。Tさんとごはんを食べるのは好きです。でも、ぼくたちは自分の食べる物を自分で用意できるのに、Tさんがお金を払ってごはんを食べさせてくれるのはもったいないです」
Z「Tさんというのはどなたですか」
A「ぼくのともだちです。わたしに家や服をくれました」
Z「Tさんといっしょに会社に行った時は何をしているんですか」
A「寝ています。ヒョットコはよく寝るな、とTさんは笑っていました。そう、確かぼくはボディーガードです。Tさんがいっていました」
Z「なるほど、ボディーガードですか。ボディーガードの仕事ではどのようなことをしていますか」
A「先ほどいいました。寝ています。あとは……、ぼくには内容がよくわかりませんがTさんの仕事や家族の話を聞いたりしています。Tさんは、ボディガードなんて名前だけで話し相手になってくれればいい、といっていました」
Z「なるほど。ありがとうございます」

Z「では、Bさんは普段何をしていますか」
B「わたしは学校に行ったり、家の掃除をしたり、Mちゃんと遊んだりしています」
Z「Mちゃんというのはこどもですか。では、家政婦ということでしょうか。あるいはベビーシッターでしょうか」
B「Mちゃんはこどもです。わたしはママからMちゃんのお姉ちゃんになってほしい、と頼まれました」
Z「ママとはMちゃんのお母さんですね。Bさんはずいぶん若いようですがおいくつですか」
B「何歳かということですよね。わたしは、えっと、確か十二歳です」
Z「まだ十二歳なのに働いているんですか。掃除もやっているんですよね」
B「掃除はママに教えてもらいました。ヒョットコの力を使うと簡単にできるし、ママも喜びます」
Z「Mちゃんのお姉さんになってほしい、といわれたのに掃除もやらされているんですね」
B「ちょっと違うと思います。掃除はママのためにしていますが、ママはうれしいけど掃除なんてしなくてもいい、といいます。掃除をしていると、その前にちゃんと学校の勉強をしなさい、と叱られることもあります。でも、ママがうれしいなら掃除をした方がいいと思うので掃除をしています」
Z「なるほど。ありがとうございます」

Z「では、Cさんはいかがですか」
C「わたしも掃除をしたりこどもの面倒をみたりしています」
Z「Bさんと同じような仕事ですね」
C「そうですね。少し違うのは、こどもがわたしのこどもだということです」
Z「Cさんのお子さんですか。では、その、プライベートなことを聞きますが、父親はどなたですか」
C「父親はわたしの夫です」
Z「その方は同じヒョットコですか」
C「いいえ、あなたと同じ種類の人です」
Z「夫、とおっしゃいましたが、結婚をされているんですか」
C「はい、そうです。思い出しました。わたしの仕事は専業主婦です。近所のともだちがいっていました」
Z「なるほど、結婚ですか。ありがとうございます」

Z「次に、みなさん、現在の生活に不満はありますか」

A「特にないです。家もあります」
C「わたしもないです」
B「不満、とは何ですか」
Z「そうですね、Bさんは家の中で嫌なことや辛いと思うことはありますか」
B「ありません」
A「あの、すみません、知っていると思いますが、ヒョットコは眠る場所があれば他に何もなくても大丈夫ですよ」
Z「はい、存じています。そうなのですが、欲しいものがあったり、やりたいけどできないことがあったりしませんか」
A「いいえ。眠る場所があれば大丈夫、と先ほどいいました」
Z「なるほど。では、AさんはTさんに命令されて困ることなどはありますか」
A「命令という言葉は知っていますが、Tさんに命令をされたことがありません」
Z「言葉が悪かったですね。Tさんに嫌なことをお願いされたり、いわれたりすることはありますか」
A「ありません」
Z「なるほど。ありがとうございます」

Z「では眠る場所についてですが、みなさんが今住んでいる家について教えてください」

A「ぼくはTさんの家の近くのアパートメントに住んでいます」
Z「部屋は広いですか」
A「広くはないと思います。でも、以前住んでいた保護区の地下住居より少し広いです」
Z「足りないものはありますか」
A「いいえ。先ほどもいいましたが、眠る場所があれば他に何もなくても大丈夫です。それに、Tさんが弟や友人も同じアパートメントに住めるようにしてくれたので、いつでも会うことができます」

Z「Bさんの家はどちらですか」
B「ママとパパとMちゃんと同じ家です」
Z「住み込みですか。部屋はきれいですか」
B「よくわかりません。でも掃除はいつもしています」
Z「ベッドや机、テレビなどはありますか」
B「はい、あります。でもベッドと机はあまり使っていません」
Z「どうして使わないんですか」
B「ベッドより床の方が眠れますし、机は……、家であまり勉強をしないので」
Z「では、部屋に不要な家具を置かれているんですね」
B「よくわかりませんけど、そうかもしれません」
Z「わかりました。ありがとうございます」

Z「Cさんはどうですか。旦那さんといっしょに住んでいますか」
C「はい、そうです」
Z「不自由なことなどはありませんか」
C「えっと、わたしは夫と、あなた方の種族と同じような生活をしたいと思っています。それで、わからないことがあったりします」
Z「具体的にはどういったことでしょう」
C「料理の仕方がわからなかったり、洗濯機の使い方がわからなかったりです。でも、近所のともだちや夫が助けてくれますし、今はもうほとんど覚えました」
Z「なるほど。合わない生活スタイルに苦労をされているんですね」

Z「ところで、みなさんは給料などはもらっていますか」

A「あの、ヒョットコはお金をもらってもそれで何かを買う必要がありません」
Z「そうかもしれませんが、働いたらお金をもらうことは当然の権利ですよ。AさんだってTさんに時間を拘束されているんですから給料をもらうべきですが、もらっていませんか」
A「Tさんは最初お金をくれるといいましたが、要りませんので断りました」
Z「では、何ももらっていないんですね」
A「はい。Tさんは必要になるかもしれないから積み立てておく、といっていました。それと給料はもらっていませんが服をもらっています。書店に行った時に小説や漫画を買ってくれることもあります。あとはごはんを食べさせてくれたり……」
Z「無給で拘束されているんですから、もっと要求してもいいと思いますよ」
A「でも、必要なものがないんです」

Z「Bさんは給料をもらっていますか」
B「よくわかりません。給料がお金のことならお金はもらっています」
Z「それは給料ではないお金なんですか。失礼ですが金額はどれくらいでしょうか」
B「ゲームのソフトが買えるくらいです」
Z「ゲームというのは、こどもたちがみんな持っているあの携帯型のゲームでしょうか」
B「そうです。わたしも持っています」
Z「そのソフトが買えるくらいですか。たったそれだけしかお金をもらっていないんですか」
B「いいえ、とてもたくさんです。それを毎月くれます。お小遣いです」
Z「なるほど、お小遣いですか」
B「はい、Mちゃんよりお金が多いです」
Z「お小遣いは何に使いますか」
B「よく服を買います。ゲームのソフトを買ったこともあります」
Z「服ですか。Mちゃんのお母さんは服を買ってくれませんか」
B「ママもパパも服を買ってくれます。でも、他にもたくさんあるとうれしいです」

A「いやあ、ぼくはこの服ってあまり好きじゃないですね」
Z「Aさん、どうしてですか」
A「昔のヒョットコは服を着ません。ぼくも保護区では着ていないことが多かったです」
Z「どうして今は服を着ているんですか」
A「知らないのですか。服を着ていないと外に出られません。保護区以外で服を着ないで外に出るのは犯罪です」
Z「確かにその通りですね」

Z「Cさんはいかがでしょうか。給料やお小遣いなどはもらっていますか」
C「少し違いますが、食費をもらっています」
Z「それは確かに違いますね。食費以外にお金はもらっていませんか」
C「はい。でも、余った食費は好きなことに使っても大丈夫です」
Z「なるほど、そういうことですか。実際に食費は余りますか」
C「はい、たくさん余ります。今はたくさん預金があります」
Z「好きなことに使っても大丈夫、ということでしたが、預金をしているんですか」
C「はい。Aさんがいいましたが、ヒョットコは眠る場所があれば他は要りません。欲しい物はあまりないので預金をしています」
Z「では、何も買ったことがないのでしょうか」
C「いいえ。みなさんの生活を真似して、わたしも服を買ったりします。他にも掃除機を買ったりこどものおもちゃを買ったり……、それと夫の誕生日に時計を買いました」
Z「なるほど。ありがとうございます」


 端折ったところはあるが、概ねインタビューではこのようなやりとりがなされた。彼らの生活には多くの不満があるはずだが、情報の保護を約束したインタビューの場であっても、いいたいことをいえずいるのだ。あるいは三人とそれぞれ個別にインタビューの場を持つべきだったのかもしれない。それでも彼らの言葉から、ある程度生活の問題などを窺い知ることができた。

 まず、壮年男性のAさん。彼はTという男に雇われているが、なんと給与が支払われていない。住んでいた保護区から連れだされてTの自宅近くのアパートメントに住まわされている。弟さんや友人たちも同様らしい。そして、彼がいっていた「ヒョットコには眠る場所があれば他に何もなくても大丈夫」という言葉は、彼の住むアパートメントの一室に「何もない」ことを表している。
 普段はTの職場やレストラン、書店などに連れ回されており、食べたくもない食事に付き合わされ、着たくもない服を着せられ、聞きたくもない仕事や家族の愚痴を聞かされている。「ボディーガード」という名目を与えられているのは、いざという時に盾にされる役割、ということだろう。
 さらに、インタビュー後に聞いた話ではTに「そろそろ結婚を考えろ」とセクシャルハラスメントまで受けているらしい。とんでもない話だ。

 次に、なんとまだ十二歳のBさん。十二歳という年齢で労働をさせられていることに、わたしはひどく胸を痛めた。若年でありながら、ベビーシッターの他に家の掃除までさせられている。そして、その労働に対してゲームソフトを買える程度という、本当にわずかな「お小遣い」という給与しか与えられていないのだ。さらには、行きたくもない学校に通わされ、家でも勉強を強いられているという。これによって、Bさんに知識や技術を身につけさせていずれ他の仕事もさせよう、という雇い主の思惑がわかる。
 生活環境も過酷で、不要な家具が置かれている、おそらく物置と思われる一室に軟禁されているらしい。そして、自分の着る服すらもわずかな「お小遣い」で買わなければならないという。すぐにでも児童虐待として訴えるべきだろうが、インタビュー時に得た情報を秘匿しなければならないわたしの立場からは、それが行なえなかったのが悔しくてならない。

 最後に二十代後半の女性Cさん。今回インタビューをした三人の中で、この方の生活は最も辛いものかもしれない。「夫」と呼ぶ男に性的行為を強要されたらしく、それは数年前から現在まで続いているらしい。そして彼女はこどもを産まされていた。普段はそのこどもの世話や多くの家事をやらされており、その労働に対してBさんのように、こちらは「食費」という名目の、やはり不十分な給与しか与えられていない。そして、そこから自分の服を買う他に、仕事の道具である掃除機やこどもの玩具まで買わされているのだ。本来聡明な女性のようで、なんとかやりくりをして貯金をしているのだろうが、なんと「夫」の時計まで買わされていた。
 また、本来のヒョットコとは違う生活スタイルを強いられ、それに戸惑っているようだった。近隣の住民との交流も彼女の役割とされており、そういった普段の生活には非常に強いストレスがあるものと思われる。体よく「結婚」などと納得させられているようだが、実情はあまりにもひどいものだった。

 これが現代の奴隷「ヒョットコ」の実情だ。このような扱いをされているヒョットコたちを放っておいてもいいのだろうか。見て見ぬふりをしていてもいいのだろうか。否。わたしにはできない。
 今ここに宣言する。わたしは必ずやヒョットコを解放してみせる。わたしはすべてのヒョットコの味方として、ヒョットコがヒョットコらしく自由に生活できる世界を作ってみせる。わたしが彼らを救わなければならないのだ。

ヒョットコ解放宣言

ヒョットコ解放宣言

とある星で発見された人間型生物「ヒョットコ」 ヒョットコたちが不当な扱いを受けている、現代の奴隷であるとする男によるヒョットコたちへのインタビューと男の決意。 ※他サイトで公開していたものを書き直した作品です

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-27

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