プラットホーム

 千代田線、大手町、またここに来てしまった。
壁にもたれて、ドアが開き、人の群れが吐き出されるたびに私は貴方を探す。
クロームの車両がホームに着くたびに私は規則的そんなことを繰り返す。
似た人が降りてきただけで、思わず片手を上げて「こっち、こっち」なんて言いそうになったり、車両を間違えたのかと思って隅々まで眼を凝らしたり、そんな私に苦笑したり。

 極端な閉所恐怖症の私は、メトロが嫌いだった。こんなゴミゴミした所を毎日通勤に使わなければならないのが苦痛だった。
 それが、高校の時の同級生の貴方と偶然大手町で再開し、構内での立ち話から、デートの約束までしたりして……私はいつの間にか、メトロが好きな自分を見つけて驚いたりもした。
 東西線を降り、千代田線のプラットホームで貴方を待つ。来るまでの間の幸せな気持ち、貴方に話したことあったかな。

 私を見つけると、貴方は人ごみの中から満面に笑みを浮かべてやって来る。
私はそんな貴方を見るたびに幸せな気分になる。
貴方は忙しいし、それから小一時間もかけて帰宅するから、私たちが会うのはやっぱり大手町が多かったりする。
 たまの休日のデートも、待ち合わせはここの駅の構内のローソンだったりね。
携帯のメールに「大手町九時」とか入るとその日1日がポカポカふわふわしたりした。

 何度目だったかな、ここで会って一分も経たないうちに貴方は言った。
「もう、会えないかも知れない」
「ええ、なんで、どういう意味?」
次の車両が入ってきた。ドアが開き、物言わぬ人の群れが押し出される。
人ごみに飲み込まれそうだ。
「行かなきゃ……」
「どうして、なんでよ、ちゃんと説明してよ……」
「子供が熱出して……帰らなきゃならない」
「こ、子供って!?」
ドアが閉る寸前、彼は飛び乗った。
「す、すまない。妻がいる、娘も一人……」
ドアが閉り警笛を鳴らして車両が遠ざかる。

 私は呆然とその尾灯が見えなくなるまで立ち尽くした。
その後、何度かこのホームで貴方が乗っている車両を見ていたりした。
 気付いてくれてたのかな……。
貴方は、あの後一度もここで降りたりはしなかったのね。
携帯にもメールにも返事をくれない貴方、それでもいつかはここで、開いたドアから貴方の笑顔が見られるんじゃないかと勝手に思ったりして……。

 それも、出会いの夏が終わり秋が冬に変わろうとしていた頃、諦めとメトロ嫌いの私に戻っていた。
 高校の同級の男子から、心不全で貴方が亡くなったと聞いた時、私は世界の終わりみたいな絶望を感じた。
 また何処かで会えると信じていたのにね。
 愛していたんだね、いや、今も想いつづけている自分の心を、思い知らされたんだ。どんなに貴方のこと愛していたか……やっと分かったよ。
お通夜の夜も私はここを通った。大手町の駅の看板が眼に飛び込んできた。
 涙が溢れた。堪らず降りた。

 壁に持たれて暫く泣き続けた。

プラットホーム

プラットホーム

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-27

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