グラスホッパー

その時、小さな種が世界中に降り注いだ。僕は、ミナちゃんが好きだ。


最初は、みんな、また火山が噴火しただけだと思った。ついに、世界が終わるんじゃないかって、怖がりな人はいつもみたいに怖がってた。でも、それ以外の人は、またいつもの事だと怖がらずに生活していた。でも、煙はいつまでも収まらなくて、怖がりじゃない人たちもさすがに危機感を持ち始めた。けれど、その後、いつまでたっても火山は噴煙以外には何も吐き出さなかった。そのかわり、見たこともないたくさんの小さな草が、異常に繁殖し始めた。
賢い人たちが、その原因は火山の噴火だと教えてくれた。あの火山の噴煙は、目に見えないくらいの小さな種達なんだそうだ。小さな種は、まさに煙みたいに風にのって、世界中に広まっていた。
この小さな種の植物は、とにかく強い植物のようで、世界の土が見えている部分はすぐにこの草で埋まってしまった。公園はもれなく芝生をしいたみたいになったし、街路樹のまわり、ひび割れたアスファルトの隙間さえも、たちまち緑色になった。農家の人たちは、始めは悲鳴を上げていたけれど、不思議とその収穫量に影響はなかった。あの小さな種には、信じられない程の栄養が詰まっているらしく、土に根を下ろしてはいるが、養分を吸い上げる必要は無いらしい。むしろ、その植物が繁殖することで、土壌が豊かになるという研究結果も発表された。とにかく、水分があれば繁殖は可能なようで、長い間放りっぱなしだった洗濯物から草が生えたという話もあった。
火山から噴き出た小さな種の植物たちは、こうしてまたたく間にして僕たちの生活に溶け込んでいった。


生き物係のミナちゃんは、ウサギのえさに困らないと言って、よろこんでいた。
だから、僕も嬉しかった。
おおむね、みんな同じような気持ちで、その新しい小さな植物を歓迎していた。



(でも、悲しいことに、これは人類滅亡のお話だった。)



やがて、コンクリートのビルもほとんど草に覆われて、世界は本当に緑色一色になってしまうのかしらとみんなが笑っていたころ、一人の赤ちゃんの目玉に小さな種が根を張った。その草はすぐに取り除かれて、大事にはいたらなかったんだけど、同じような事が世界中で報告されだした。その小さな植物の種は、知らない間にその繁殖力を恐ろしく成長させていた。
体力のないお年寄りや赤ちゃんは、すぐに草が生えてしまうので、外出を控えるようになった。
水分の多い粘膜は草が生えやすいため、みんなマスクとゴーグルをつけて外出するようになった。
その間にも、草はどんどん進化をつづけていて、元気な大人の爪の間にも草が生えるようになった。
除草剤の研究はすぐに始められたけど、この植物を枯らすには、人を殺すのと同じぐらい強い毒が必要だと判明した。背に腹は代えられず、人が少ない地域は人払いがされてその毒がまかれた。でも、火山からのその種が今もなお吐き出され続けているのだから、あんまり効果はなかったみたいだ。


ミナちゃんのお家は、除草剤がまかれる地域にあった。
猛毒の除草剤がまかれた地域に、もう一度人が戻れる可能性は、ほとんど無いそうだ。
ミナちゃんは、ふるさとが無くなってしまうのは、悲しいと言っていた。
だから、僕も悲しかった。
でも、ミナちゃんの新しいお家が僕の家の近くになったのは、少し嬉しかった。



もはや、草を生やしていない人を見る事が少なくなった。誰でも、どこかしらに草が生えている。草は簡単に抜くことができたけれど、室内にまで繁殖し始めてからは、もう全部抜いてしまうことはほとんどなくなった。みんな、寝るときでさえ、ゴーグルとマスクを離せなくなった。
やがて、初めて小さな草による死亡者が報道された。一人暮らしのおじいさんで、死因は窒息死。気管に草が繁殖して、息ができなくなって亡くなったらしい。でも、みんな驚く事はなかった。そこらへんでは、犬や猫が全身緑色になって死んでいたし、お家の無い人も同様に緑の塊になって亡くなっているのを、みんなは見ていたからだ。


(そう、この時にはもう、この世界の人たちは、自分たちの物語の結末を悟ってしまっていたのだ。)


ミナちゃんの髪の毛は、つやつやの茶色い髪だったけど、今は草が生い茂って、緑色のボサボサ髪にしか見えない。
かくいう僕も、おそろいの髪型。そして、ほとんどみんな、同じ髪型をしていた。
でも、ミナちゃんの愛らしさは、かわらなかった。
ウサギが死んでしまって、悲しんでいる横顔でさえも。



赤ちゃんから、死んでいった。小さくて草に覆われるまでの時間が短いからだ。妊婦さんと赤ちゃんは、みんな、草の種の入ってこられないような場所に避難したけれど、草の種は本当に小さくて、空気中に充満しきっているため、草の種を完全に取り除いた空間を用意するのには、とってもお金がかかった。政府に、臨月の妊婦さんと赤ちゃんの全員をそのような施設に入れるだけのお金はなく、気休めにしかならない隔離施設で、たくさんの赤ちゃんが生まれては死んでいった。お金持ちでない人たちは、赤ちゃんを作れなくなった。
お年寄りは、もっとひどかった。政府は、お年寄りを隔離施設には入れなかった。赤ちゃんと妊婦さんで一杯になってしまったからだ。政府はテレビで、お年寄りに対して、ごめんなさいと謝った。テレビに映った偉い人は、泣いていた。偉い人の頭も、草の緑色に覆われていた。


「僕のおばあちゃんも、もうすぐ死んじゃうのかな」
そう言った僕の草だらけの頭を、ミナちゃんは優しくなでてくれた。
ミナちゃんも泣いていた。
ミナちゃんは、本当に優しい子だ。



通りは、緑色のオブジェでいっぱいになった。道行く人々が、そのまま死んでいた。病院はもはや、大きな緑色の塊でしかなかった。もう、目と口の草を取り払うのが精いっぱいで、それすら追いつかない人は、そのまま死んでいった。クラスの人数は半分になり、学校は永久にお休みになった。お仕事も、だいたい全部お休みになったらしい。テレビは、もう何もうつらない。うつらないから、草が生えたままになった。お母さんは、さっきまでラジオを必死に聞いていたけれど、お父さんがそのスイッチを切ってしまった。泣いてつかみかかるお母さんを、お父さんはそのまま静かに抱きしめた。どちらもほとんどが同じ緑色に覆われていて、抱き合うと2人の境目はわからなかくなった。
ラジオをきったら、とても静かになった。鳥の声を最後に聞いたのは、もうずっと前だ。さやさやと、草の揺れる音しか聞こえない。



僕は、抱き合う2人の横をすり抜けて、ミナちゃんの家に走った。
家を出てはいけないと言われていたけど、もう我慢できなかった。
ゴーグルもマスクも、もうほとんど意味はない。息を出来るだけ止めて、目はこすりながら走った。
ミナちゃんの家に入ると、ミナちゃんのすすり泣く声が聞こえた。ミナちゃんの両親は、ミナちゃんを守るようにシートをかぶせて、そのシートのはじで重しになるようにして死んでいた。
僕は、なんとかミナちゃんのお母さんの体をずらして、シートの中にもぐりこんだ。
ミナちゃんは、僕よりもたくさんの草に覆われていた。

「泣かないで」

ミナちゃんの草だらけの手を、僕の草だらけの手で包み込んだ。
僕たちの境目は、僕のお母さんとお父さんのように、わからなくなった。
ミナちゃんの顔は草に覆われて、表情はほとんどわからなかったけれど、しゃくりあげる声は、だんだん小さくなった。
ミナちゃんが泣きやんでくれて、僕はほっとした。
僕は、ずっとミナちゃんを見つめていた。きっと、もうすぐ僕の目も草に覆われるだろう。それまでは、ずっと、このまま、目を開けていたかった。



グラスホッパー

『穀物の雨が降る』に、わかりやすくインスパイアされてます。
もはや、二次創作と言っていいんじゃないだろうかってレベルですが、むしろそっちの方が失礼なんじゃないか、ってことで、このまま。
私は、あんな詩や小説を書いてみたいのです。

タイトルが意味深なのに無意味、っていうクソ仕様です。
いいタイトル思いついた方がいれば、ご一報ください。

グラスホッパー

もし、滅亡を選べるのなら、私は植物がいいです。最後の10行くらいが書きたくて、それだけのために書いたんだと思います

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-15

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