白昼夢
その日、事は起こった。私を取り巻く世界が急変した。
それはもう、劇的なまでに。
平凡な家庭で育った私は、賢くも、バカでもない大学を卒業後、就職、そして寿退社した。
夫は、これまた平凡なサラリーマン。
娘も生まれ、日々すくすくと成長を遂げている。お風呂上がりに、娘にねだられ、
生あくびを噛み殺しながら童話を読み聞かせる。お願いだから早く寝てよ、と念を込めながら。
そんな平凡な毎日しか過ごしておらず、これからも、それは変わることなど無いと
疑うことすら知らなかった。
娘を寝かしつけながら、いつの間にか自分自身もウトウトしていた時だった。
Prrrrrr... 激しい電子音が鳴る。この音は電話か。
ガバっと上体を起こすと娘を起こさないようそろそろと電話に向かった。
「はい。○○です。」
こんな時間にいったい誰よ。常識知らずも度を超えると呆れるわ。
そんなことを思いはするものの表には出さない。
「○○さんの奥さんでいらっしゃいますか。実は――――」
開いた口が塞がらないというのはこういうことか。改めて思う。
はた迷惑な夜中の電話の主は警察官だった。
帰りの遅い夫が近くの湖で水死体で発見されたという。そんな馬鹿な。
口は塞がらないままなのに呼吸が出来ない。まるで時間が止まってしまったかのように。
警察署に駆けつけ、遺体を確認する。
「彼で間違いありません。」疑う余地もなかった。
すると、背後、正確には後ろの足元付近で、聞きなれた声がした。
「これは、お父さんじゃないよ。こんなに綺麗じゃない。」
どうしてついてきたの?いや、それ以前に、いつから起きていたの??
今更になって言いようのない恐怖に襲われる。さっきまでは、夫の死を目の当たりにしても
冷静でいられたのに。
震える肩を両腕で抱く私と目が合うと、娘はにっこり笑った。
「大丈夫だよ。」
その時全て解ってしまった。悟ってしまった。そして後悔した。知らなければ良かったと。
娘に真実を伝えるのは酷すぎるのに、上手い言い訳も思いつかない。
涙を流せずにはいられなかった。
平凡な私と平凡な夫の間に生まれた娘は、
どうやら随分とメルヘンチックな思考回路の持ち主だったようで。
それを証明するものはただ一つ、彼女の手に大事に抱えられた絵本だった。
白昼夢