感情アスリート(1)

一 プロローグ1

 今日の「あなた」を入力してください。

 ふん、俺は、いつも俺だ。昨日も、今日も、明日も俺に変わりはない。おっと、訂正だ。一寸先が闇ならば、明日があるかどうかわからない。過去の俺があっても、未来の俺は存在しないかもしれない。入力の際には、自分に正直にならないといけないな。

 お名前は?

「荒野 荒地」

 今の気持ちを漢字で表現するとこうなる。どうだ、少し洒落ているだろう。ただし、パソコン入力ならば、ひらがなを漢字に簡単に変換できるが、いざ、自分で書いてみろと言われれば、草かんむりを竹かんむりにしてしまいそうだ。最近、竹の繁殖で、里山が荒廃しているというから、時代を反映すれば、竹かんむりの方が適しているかもしれないな。

 読みがなは?(全角カタカナでお願いします。)

「コウヤ アレチ」

「あれの あれち」でも「こうの こうち」でもいいけれど、同じ音で始まるのは、少し芸がなさすぎる。少しひねったつもりだが、「コウヤ アレチ」では、逆に、ストレート過ぎるかな。種を蒔いても、育たないか。まさに、今の俺だ。ここも、自分に正直にいこう。

 住所は?

「東京都大阪区東本願寺四丁目一番一号 時計台通り 青葉山公園下り 山下公園上り ルミナリエマンション一○一号 中州方」

 どうだ、日本の大都市、東京、大阪、京都、札幌、横浜、神戸、福岡を網羅しているぞ。将来、狭い日本を出て、広い世界で活躍したい俺にとってはふさわしい住所だ。どうせやるなら、大きくいかなくてはつまらない。たった一度の人生だ、パッとやれ。(住所ごときで、そんなに、気合をいれなくてもいいか)

 年齢は?

「三十歳」

 自分で入力しておきながら、ううーん、微妙な年齢だと思う。二十代のように、失敗しても、「若いからね」と許されることもなく、四十代のように、世間から責任ある地位についているわけでもない。先輩と後輩に挟まれたハンバーガーの具のようだ。一個、百円で取り扱われるか、肉が三層になった、高級ハンバーガーとしてもてはやされるかは、俺の努力次第だ。それに、具だって、ビーフ百パーセントの肉なのか、申し訳なそうに挟まれているピクルスなのかによっても、評価が異なる。へたをすれば、口の中にはいらずに、ゴミ箱へ捨てられてしまう。うーん、俺は、どっち?

 性別は?

「男性」

 確かに、生物学上、肉体の見た目は、男性だが、個人的には、男でも、女でも、どちらでもかまわないような気がしている。男も、女も、もっと、世間から解き放たれて、男や女を自由にやめられればいいと思う。男をやめたから、女になるのではないし、女をやめたから、男になるのではないはずだ。一人の人間として、生きてみたい。
 しかし、他人との関係性を断ちたいと言うことではない。最近、ニュースで報道されているように、一方的に父親・母親をやめ、子どもの養育の義務を放棄したり、家庭内暴力を起こし、死に至らしめることではない。また、子どもをやめ、自分の両親の命を脅かすことでもない。それは、人間をやめたことになる。「それじゃあ、男も女もやめたら、何になるの」と自分で突っ込むけれど、答えはない。

 職業は?

「会社員」

 会社員という表現ほど、全体を掴んでいるようで、隙間だらけの言葉はない。果たして、この日本に、株式会社や有限会社など、どれくらいの数の会社があるのだろう。そして、どれくらいの数の会社員がいるのだろう。会社員という括りは、あまりにも、大きすぎて、自分を確定できない。
 会社だって、旅行業から、建築・土木関係、果てまた、電気やガスなどの公共的性格を持つものまで、種類に分ければ、何万にもなるだろう。また、会社員にしても、営業から経理まで、様々な職種があるはずだ。見えない自分がいいのか、幽かでもいいから、点の存在を知って欲しいのか、気持ちに微妙な揺れがある。
 何、さっき、性別から自由になりたいと、言っていたじゃないかって。職業だって、同じように自由になればいいじゃないかって。そうだな、一緒だよな。だけど、今の気持ちを大事にすると、会社員の表現では、不安なわけだ。俺の心は、虹色・ザ・ディ、虹色・ザ・タイム、虹色・ザ・ミニッツ、瞬間、瞬間で、多彩に変わる。何のこっちゃ。

年収は

「三百万円」

 独身で、しかも、親と一緒に同居していれば、これだけの収入で、十分、食っていけるだろう。これと言って、趣味もないので、お金を浪費することはない。強いて言えば、パソコンやスマホの機能充実のため、ソフトやハードを整備するのに、特売のチラシを持って、電化製品の量販店やパソコンショップを駆けずり回るぐらいだ。それも、当然、同じ商品ならば、一番価格の安い物を選ぶ。お金は節約して、時間を浪費しているわけだ。まあ、そのお陰で、金は貯まる一方だが。
 かと言って、使う宛てもない。俺のところで、お金がわずかだがとどまっているのは、経済の活性化を阻害していることになるのだろう。少し。反省。でも、使い道を知らないこの俺には、猫に小判、豚に真珠、飼い犬に自由、サラリーマンに改革心だ。

感情アスリート(1)

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一 プロローグ1

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-14

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