変化する影

その日は、特にいつもと変わらない朝だった。
電車に揺られて大学へ行って、バイトが終わって…このまま帰宅して無事に一日が終わるはずだった。
改札を出て、いつもの出口へ向かう。
一日フル稼働した後の階段は結構キツイ。
何となく足取り重く階段を昇っていると、不意に後ろに気配を感じた。
振り返ると一番下の段に黒い服を着た人のようなものが見えた。
全体的にぼやーっとモヤがかかっていて、よく見えないけれど直感的に目を合わせてはいけないと思った。
すぐに向き直り、再び階段を昇っていると急に肩をポンと叩かれた。
「あの、これ落としましたよ。」
そこには会社帰り風の親切そうな女性が、私のパスケースを持って立っていた。
さっきのモヤのこともあって、肩を叩かれた時に過剰に反応してしまった。
「あ、ありがとうございます…」
御礼を言ってパスケースを受け取る。その瞬間に、さっきのモヤが階段の中段辺りまで来ているのがチラッと見えた。無意識にヒィッと小さな声が洩れる。
「大丈夫ですか?真っ青ですよ?」
「い、いや、何でも…ないです!ありがとうございました!」
足早に階段を昇ろうとする私に女性が言った
「気を付けて下さいね!」
親切そうな人だから心配してくれたんだろう。遠くから聴こえる女性の声に温かさを感じながら階段を一気に掛け昇った。
大体、何で買ったばかりのパスケースが落ちたのだろう。
握り締めていたパスケースを見ると、紐の部分がちぎれてしまっている。
「おかしいなぁ…何かに引っ掛けたかな?」
釈然としない気持ちのまま、家へと向かう。
パスケースは、紐だけ付け替えてまた使うことにしよう。
一旦、立ち止まって鞄の内ポケットにパスケースをしまっていると何とも言えない違和感を感じた。

ヒタヒタヒタ

私の足音とは明らかに別の足音が聞こえる。
少し歩くスピードを上げても、足音は変わらずついてくる。
試しに止まってみると、足音も同じように止まる。
もしかして、つけられてる?
この辺りは少し暗い道だけど比較的、治安は良いはずなのに。
勇気を振り絞って振り返ると、数十メートル先の電柱にあの駅の階段で見た黒いモヤが居た。
「え!」
さっきのように、ぼやーっとした形ではなく人の影のようにそれは見えた。
それどころか不気味な薄笑いを浮かべている表情まで見て取れる。
慌てると冷静な判断が出来なくなるようだ。
私はその影の存在を認識した瞬間に走り出していた。

カツカツカツ ヒタヒタヒタ

私のヒールの音と、不気味な影の足音だけが夜道に響く。
得体の知れないモノに追われている恐怖でタダでさえヒールで走りにくいのに足が震えて走りにくい。
咄嗟に、家の近くのコンビニに駆け込む。
「いらっしゃいませー!」
明るい店内、何より自分以外の人間の声を聞いて少し安心した。
ゼェゼェと肩で息をしながら、店の外を見ると影は店の正面の電柱まで来ていた。
でも、店内にはどうやら入って来られないようだ。
安心感からか、その場にへなへなと座り込んでしまった。
やっぱり、あの影は駅の…
「あれ?さっきの方じゃないですか?」
店内の入り口の脇に座り込んでしまった私に誰かが声を掛けてきた。
ゆっくり顔を上げると、駅でパスケースを拾ってくれた女性だった。
「あ、あぁ…はい、さっきはありがとうございました。」
駄目だ、恐怖心が抜けなくてどうしても顔が引き攣ってしまう。
「大丈夫…じゃなさそうですね。」
女性もそんな私を見て苦笑いを浮かべる。
「だから気を付けて下さいね!って言ったんですよ。立てますか?」
女性が差し出した手を掴んで、ゆっくりと立ち上がる。
「あの、もしかして、階段の…」
「はい。目の前で突然あなたのパスケースが紐からちぎれて落ちたので、まさか…とは思ったんですけどね、やっぱり居ましたね。」
困ったような表情を浮かべながら女性は淡々と話す。
「今も、ほら。」
女性が指差す先を見ると私の鞄に付けてたマスコットの足が破れて綿が見えていた。
「危ないところでしたね、ちょっと気になってたんですけど初対面の方にこういう事を言うと怖がらせちゃうから。」
足が破れたマスコットは本当に布一枚でかろうじて足が繋がっている状態だった。
ただ走っていただけでマスコットがこんな風になるわけがない。
「あれは、何なんですか?」
「詳しくは分からないけど、危ないモノということだけ…。ところで、お家はこの近くですか?」
「ここから二~三分くらいです。」
「じゃあ、良かったらコレを。」
女性が鞄から何かを取り出し私の手に握らせた。
「あなたに害が及ぶ前に。アレは今はいないから早めに今日は帰った方が良いですよ。」
手の中には、大きめでツルンとした丸くて少し温かい白い石があった。
「はい…でもコレ頂いちゃって良いんですか?」
「ええ、必ず必要になるものだから。それに私にはもう必要ないので。」
そう笑顔で答えると、女性は買い物カゴを持って売り場の方へと向かって行った。
外を見ると、確かにあの影は消えている。
女性に言われた通りに早めに帰った方が良いような気がしたので、そのままコンビニを後にした。
その後は特に何か起きる事もなく、無事に帰宅することが出来た。
やっぱり恐怖を感じていたから見えないモノが見えたり感じたりしてしまったのだろう。
次の日は出掛ける予定だったので、その日は早めに眠ることにした。
どれくらいの時間眠っていただろうか?小さな物音で目が覚めた。

コツコツ コツコツ

まるで、窓をノックされているような音。
私の部屋は五階だ。いくらベランダがあるとは言え、人が居るとは到底思えない。

ゴンッゴンッ

私が起きた事に気付いたかのようにノックの音が大きくなる。
…もし、本当に誰かがいたとしたら?そんなはずはないと否定したいが為に、恐る恐る窓に視線を移す。
そこには、駅の階段で、帰り道で見た、あの影がいた。
もう影というよりは真っ黒な人のようで、ソイツが大きく裂けた口を広げニタァと笑いながら窓を叩いている。
目が合ってしまった。どうしよう!
ベッドから飛び降りて逃げようとしたけど、体が動かない。助けを呼ぼうにも声が出ない。
誰か!誰か助けて!
必死に体を動かそうとしていると、影が部屋にスゥーっと入ってきた。
やばい、本格的にやばい。
ゆっくりとベッドに近付いてくる影は駅の階段で見た時より大きくなっていて、紅く濁った目でギョロギョロ私を捜している。
そうだ!あの石!と、女性から貰った石を念のためベッドサイドの小机の上に置いていたのを思い出したと同時に足首をグッと掴まれる感触がした。
嫌だ、死にたくない!そのまま影はズルズルと私の足を引っ張り始めた。
もうダメかもしれない…そう思った瞬間に身体がビクッと動きその拍子にベッドサイドの小机に手が当たってが倒れ石が影に向かって跳んだ。
影に石が当たった瞬間に地の底から響くような獣の雄叫びのような、何とも形容し難い声を上げて消滅した。
同時に、石も一緒に姿を消した。

緊張の糸が緩んだからか、そのまま気を失ったようで気付けば朝になっていた。
起きてから確認したけど、ベランダにも窓にも何も異常はなくて寝る前に戸締りした状態と変わらなかった。
けど、ベッドから降りた時に自分の足首を見てゾクッとした。
紫色の痣が両足首にクッキリ。本当に誰かに強く掴まれたような痣だった。

あれから、なるべくあの階段を避けて違う出口から帰るようになってから、特に変な事は起きなくなった。
あの時の女性に御礼が言いたくて、近くのコンビニや駅で捜してみたけど女性にはまだ会えていない。
一体アレは何だったんだろう。

変化する影

変化する影

初のホラーです。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-13

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