カニカロッタ

 朝日は容赦がない。まどろみの中から私を無理矢理引きずり出して揺さぶり起こす。今朝も私は抵抗する間も無く、ぱっちりと目を開かれてしまって、完全敗北を喫した。
 母はまだ夢の中で、起こさないように静かに朝の支度をする。昨日のうちに用意しておいた具材を弁当に詰めて、制服に着替えたら、誰にも届かない「いってきます」を置いて家を出る。
 本を読むのは好きだけど、勉強は嫌いだ。窓際の席、グラウンドの周りに植えられた樹々の、まばらに葉を残した枝をぼんやりと眺めた。放課後になると、寄り道もしないで家に帰る。賑わう商店街を抜ければ、やっと、私の時間が始まる。目を閉じて、イメージをまぶたに焼き付ける。つよく、つよく。祈りを捧げるように。
「学校お疲れ。今日も来てやったぞ」
 目を開ければ、そこには、不遜な物言い、私とほぼ同じ背丈の少年がいた。私の神様、カニカロッタの降臨だ。
「相変わらずひとりぼっちか。君は相当な孤独屋のようだね」
「孤独屋?」
「孤独を愛する、というより、孤独な自分を愛する者のことだよ」
「私は好きでひとりでいるんじゃないよ。ましてや自分を愛するなんて」
「どうかな? まあ、いいや。呼び出されたからには付き合ってあげる。君の、一人芝居にね」
 カニカロッタは意地悪そうに笑った。私の右肩の上には、鳥のような翼を持つ生き物が、慰めるように羽ばたいていた。両翼はいくつかのリングで繋がっていて、足やくちばしは見当たらない。この不思議な生き物を私は、その特徴的な鳴き声から、トゥウィントゥウィンと呼んでいる。
「なんだ、またそいつか。僕ひとりでは不足か?」
「トゥウィントゥウィンは私の癒しなの。カニカロッタじゃ務まらないよ」
「トゥウィーン」
「こんな変なヤツのどこが癒しだ。声だって耳障りじゃないか」
「そんなことない。鈴の音のような澄んだ声じゃない」
 カニカロッタは不満気にこちらを見て、それっきり黙ってしまった。枯葉があちこちに散らばっていて、踏むと小気味よい音を立てた。
「もうすぐ冬だね」
 カニカロッタはうなるように、喉の奥で返事をした。

カニカロッタ

カニカロッタ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-13

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