変心
ぼくがおかしなユメから目をさますと、へやのようすがかわっていました。
なんだか古くさくなっている上に、ぼくのべんきょう机がなくなっていて、かわりにもう一台ベッドがあります。それに、なぜだか体がおもたく、コシのところがズキンズキンといたいのです。
いったい、ぼくはどうしてしまったのだろう。
考えていると、へやのドアがノックされて、だれか入って来ました。ぼくのぜんぜん知らないおばさんです。
「あなた、いつまで寝てるの。会社に遅れたって知らないわよ。あら、何よ。鳩が豆鉄砲くったみたいな顔して」
「あのう、すみませんが、おばさんはだれですか」
「ふん、おばさんで悪かったわね。さあ、ふざけてないで、早く起きてちょうだい」
「ええと、ええと、下のへやにぼくのママがいるはずなので、ママをよんでもいいですか」
「何馬鹿なこと言ってるの。お義母さんはもうとっくに。うーん、熱でもあるのかしら」
おばさんはぼくのおでこに手をあてました。
「熱はないわねえ。昨日は腰が痛むからって、お酒も飲まずに寝ちゃったから、二日酔いってこともないだろうし」
このおばさんは、なにを言っているのだろう。ぼくはだんだんしんぱいになってきました。
やっぱり、ちゃんとだれなのかきいてみよう。でも、人に名前をきくときは、自分から先に言わないといけないって、ママが言っていました。
「あのう、ぼくは河深小学校二年三組のさむ沢けん一といいますが、おばさんはどなたですか」
「はいはい。わたしは寒沢圭子でございますよ」
「あ、それじゃあ、親せきの人ですね。はじめまして」
でも、おばさんはなぜかこわいものを見るような目をしています。
「ねえ、あなた、もう冗談はそれくらいにしてよ。気味が悪いわ」
「えっ、じょうだんってウソってことですか。ぼくはウソなんかついてませんよ」
おばさんはますますこまったようなかおになり、ドアをあけてさけびました。
「ちょっとお、健介、来てくれない。お父さんの様子が変なのよ」
まだほかにだれかいるのでしょうか。
トントントンとかいだんを上がる足音がして、大学生くらいの知らないお兄さんが来ました。
「なんだよう、こんな朝っぱらから。親父は一ヶ月前にリストラされて子会社に出向になってから、ずっと変だったろう。今更どうしたっていうんだよ」
「そうじゃないの。変っていうより気持悪いのよ。まるで自分を小学生だと思ってるみたいなの」
「そんな馬鹿なことがあるかよ」
お兄さんがぼくのそばに来ました。
「なあ、親父。おふくろがキモイって言ってるから、もう悪ふざけはやめなよ」
「ぼくはウソなんかついてません。ほんとうです。お兄さんも親せきの人ですか」
お兄さんもへんなかおになりました。
おばさんはしんぱいそうに、お兄さんの手をひっぱりました。
「ね、言ったとおりでしょ。やっぱり病院に連れて行ったほうがいいのかしら」
「うーん、ちょっと待って。もしかして、博士なら原因がわかるかもしれない」
「博士って健介のゼミの先生?」
「ああ、古井戸博士は不可思議なことが三度の飯より好きな人だから、呼べばすぐに来ると思うよ」
「だけど、お医者様じゃないんでしょ」
「専門は物理学だけど、確か医学博士の資格も持ってたはずだよ」
「じゃ、お願いするわ。その間、わたしはお父さんを宥めてるから」
お兄さんがへやを出て行くと、おばさんはニコニコわらってぼくを見ました。
「あなた、いえ、健一くんは何も心配しなくていいの。えらい先生がおいでになるから、もう少しの辛抱よ」
「でも、でも、ぼくはびょうきなんかじゃありません。おねがいですから、ママをよんでください」
「ええと、健一くんのママはね、遠いところにお出かけしちゃったのよ。わたしと健介は、そのお留守番を頼まれたの。だから、安心してわたしたちに任せておいてね」
ああ、ぼくはどうしたらいいんだろう。しんぱいでしんぱいでたまりません。
そのとき、またかいだんを上がる音がしました。こんどは二人のようです。
「まあ、ずいぶん早かったわね」
「ああ、偶然だと思うけど、ちょうど近くにいらっしゃったよ」
お兄さんのあとから、白いふくをきたおじいさんが入って来ました。
おばさんは、おじいさんにペコペコあたまを下げています。
「まあ、初めまして、健介の母でございます。ご迷惑をおかけします」
「いやいや、ちょうど研究所の時間異常検知器に反応があってのう。この近くで小規模な時間流の乱れが発生したらしいので、調べておったんじゃ。おおよそのことは健介くんから聞いたが、間違いなくタイムスリップじゃな」
「え、タイム、なんですか」
「タイムスリップ、平たく言えば、時間の地滑りじゃな。まあ、普通は身も心もスリップするわけじゃが、ご主人はたまたま心だけズレたんじゃ」
「はあ、なんだかよくわかりませんが、治るんでしょうか」
「うむ。これが体ごとなら機械がないとどうしようもないが、心だけじゃから、この場でなんとかなるじゃろう」
「良かったわあ。お願いします」
白いふくのおじいさんは、ぼくのそばに来ました。
「ええと、健一くん、じゃったな。心配せんでええよ。わしがすぐに治してやるでな」
「あの、ぼく、びょうきなんでしょうか」
「いや、そうではない。どちらかといえば、これは事故じゃな。まあ、細かい理屈は言ってもわかるまいがのう。それより、健一くん、わしの人差し指を見てごらん」
「はい」
「ほーら、ゆっくり揺らすぞ。きみもこれに合わせてゆっくり息を吐いてえ、吸ってえ、三、二、一、ハイ!」
おれがおかしな夢から目覚めると、部屋の様子が変わっていた。
全体的に真新しいし、子供用の学習机がある。それに妙に体が軽く、爽快だ。
どうなっているのか考えていると、ノックの音がして誰か入って来た。
「健ちゃん、早く起きないと学校に遅刻しますよ。あら、どうしたの、変な顔して」
これは夢の続きに違いない。何故なら、そこに立っているのは、若いころのままの姿をした、五年前に死んだおふくろだったのだ。
その時、どこか遠くから老人の声が響いてきた。
《ええい、しまった、しまった。逆になったわい。やり直しじゃ》
(おわり)
変心