聖女ドラゴンヴァルキリー
第Ⅰ部 聖女・ドラゴンヴァルキリー編
第一話
怪奇蜘蛛魔女(かいきくもおんな)
「よーし、いいぞー田合剣。またタイムが縮まっているねっ。」
その言葉に彼女は心の中でガッツポーズをした。
彼女の名前は、
田合剣 志穂(たごうけん しほ)
県の陸上クラブに所属する11歳の女の子。
ショートカットの黒髪が印象的なスポーツ少女。
スポーツだけでなく学校の成績もトップクラスないわゆる優等生である。
「これなら来月の全日本Jr陸上大会も優勝間違いない!ねっ!!」
「ありがとうございます、コーチ。」
来月の大会に備えて特訓をコーチと二人で行っていたのだ。
「さてと、気が付いたら真っ暗だな。車で送って行こうか?ねっ。」
「いえいえ、私の家はすぐそこですから大丈夫ですよ。コーチの運転の方がよっぽど危ないですよ!」
志穂はニコリと笑って言った。
「こいつめ~。しかし、最近物騒だから気をつけなよ?ねっ、こないだもTVで騒いでいたじゃないか。」
「魔女通り魔事件ですよね?インターネットで“魔女”のHNを名乗った人が起こした通り魔事件…大丈夫ですよ、私の足の速さについてこられる不審者なんていませんって!」
「いや、そういう過信がねぇ…」
「それは冗談ですけど、いざとなれば防犯ブザーを鳴らしますよ。」
コーチに本当に気をつけてなと言われつつ、志穂は家路に向かった。
その後ろには黒い影が…
「ミつけた。タカいマリョク。」
志穂は帰りながら晩御飯のメニューを考えていた。
(今日もお父さん、帰ってこないのかな―…)
志穂の家は父子家庭であった。
父である、田合剣 一志(たごうけん かずし)は警察官である。
そのため帰ってこない日も珍しくない。
ちなみに母親は…志穂はよく知らない。
小さい頃に聞いた時に「ちょっと遠くにでかけている。」なんてお決まりの返しを父親から聞かされた。
父親には親戚もいないし、祖父母もいないため他に聞く人はいない。
だから成長するにつれ何となく察し、あまり聞かないようにしてきた。
それと同時にお父さんは私が支えないと、という思いも強くなってきた。
(もう子供じゃないしね。)
そんな事を考えながらふと目にした交差点のミラーに、全身黒いフード付きコートを着た人物が映っていた。
(これって、どう考えて不審者だよね…)
防犯ブザーをギュッと握る。
相手との距離は50mあるかないか。
(ここで防犯ブザーを鳴らして、相手が刃物とか持っていたら…音を聞きつけて人が出てくる前に走ってきてブスっと)
心音が高鳴る。
(落ち着くのよ、志穂。相手はまだ気付かれた事に気付いていない。そこの角を曲がったらダッシュしながら防犯ブザーを鳴らす。大丈夫、私は長距離ランナー。相手も陸上選手でもない限り逃げ切れるはず!)
曲がり角まで後、5歩、4歩、3歩、2歩、1歩…
「よーい、ドン!」
一気に走りだし、防犯ブザーを引き抜く…
はずだった。
ベチャッ
何かネバネバしたものが全身についた。
(何!?)
確かめようとしたが腕が動かない。
いや、体全体が動かせられなかった。
「何なのこれっ!?」
思わず声に出た。
「キュブキュブキュブ」
前から笑い声のような奇声が聞こえてきた。
さっきの不審者だ。
(いつの間に前に!?)
「タカいマリョク…タカいマリョク…」
意味不明な事を呟きながら近づいてくる。
志穂は今まで味わったことのない感覚…あぁ、TVとかでよく出てくる命の危険ってこんな感じなのかなぁ、とか冷静に考えていた。
「ナカマ、フえる…」
黒コートの顔は自分の間近まで近づいてきた。
ここで、その声の高さから相手は女性であることに気付く。
その顔は…黒くて分からない。
まるで黒いフードに隠れるように。
(そんな!?いくらなんでもここまで顔を近づけて見えないなんて!)
そこで黒コートはフードを掴んだ。
「オマえもナカマに!」
相手はバサっとコートをはぎとった。
そこから出てきたのは…
また、黒黒黒。
巨大な蜘蛛であった。
目は複眼、口には黒い牙、真黒な顔、背中には8本の黒い腕(足?)…
背中の腕とは別に人間の肌色の腕が出ているのがより異形さを深めていた。
志穂は気が遠くなるのが自分でも分かった。
「―――穂、志穂!」
志穂は聞きなれない声に起こされた。
(私、どうなったの?)
気がつくと手術台のようなところで寝かされていた。
動こうとするとジャラっと音がした。
手足が鎖で縛られている。
「何?ここどこ?」
「混乱しているのは分かるけど、アタシの話を聞いて!」
再び声が聞こえた。
声の方を見るとそこにいたのは…
黒猫。
それだけ。
金色の十字架のぶらさがった首輪をしているから飼い猫だろうか。
(というか…)
「猫が…喋っているの!?」
「だから、アタシの話を聞いて!!」
猫に一喝されてしまった。
「まずは逃げましょう!だいぶ混乱させてきたからあいつ等もすぐにはこないと思うけど…時間がないわ!!」
手足を縛った鎖がジャラっと音をたてた。
「でも、私の体は鎖で縛られて…」
黒猫は悲しそうにフフフと笑い
「問題ないわ。今の志穂なら鎖ぐらい簡単に引き千切れるわ。やってごらんなさい。」
そんなバカなと、右腕に力を入れるとブチンと音を立てて鎖は千切れた。
他の3本も簡単に千切れた。
「この鎖、偽物?でなければ紙を千切るみたいにこんな簡単に…」
「説明は後!こんなところからさっさと逃げ出すわよ!」
十字架が鈴のように音を出しながら、黒猫はトトトと走っていった。
もう、志穂は猫についていくしかなかった。
「ここまでくれば、安心ね。」
志穂達は使われていない工場の廃屋まで逃げ込んできた。
志穂が小学校低学年の時に友達と秘密基地にしたりしていたところだ。
案外、自分の街に近いところだったようだ。
志穂は喋る黒猫を見つめる。
(ついてきたのはいいけれど、この猫は何者なの?私を襲ったあの蜘蛛の化け物と同じなのでは…)
その視線に気がついた黒猫は言った。
「早く説明して欲しいって顔ね?…とは言ったものの何から話したものか…」
志穂は黒猫の前にしゃがむ。
その時、首に黒猫と同じ金色の十字架がぶらさがったネックレスを自分がしている事に気付く。
猫についていくのに夢中で気がつかなかったようだ。
志穂は聞いた。
「そうね、私をさらった蜘蛛の化け物はなんだったの?」
「あれは“魔女”よ。そして私もね」
魔女…
漫画やゲームで魔法とか不思議な力を使うキャラクター…
600年程前に考えが違うというだけで殺された異教徒の人達…
それよりも最近の事で思いつくのは…
志穂は言った。
「こないだの通り魔事件もインターネットの掲示板で“魔女”を名乗っていたわ。そいつの仲間?」
「仲間というか種族名みたいなものかなぁ…魔法を使うために体を改造された、それがアタシたちよ。」
魔法…改造…
ゲームや漫画ではよく出てくる単語だが。
志穂は呟いた。
「そんなの…非科学的な…」
「そう、科学!その存在が魔法を非現実的なものにしてしまったのよ。大昔は誰でも魔法を使えたの…でも、科学の登場と便利さで人々は魔法を使う事を忘れてしまった…」
科学が魔法を忘れさせる?
「でも、科学より魔法の方が便利そうだけど…空を飛ぶとか…」
「個人差があるの。例えば空を飛ぶ魔法はその人の才能によって飛べたり飛べなかったり…これは絶対。でも、科学ならやり方さえ分かれば誰でも飛べる。飛行機の操縦とかね?そうやって魔法は忘れられていったの。」
志穂は納得した。
全ての人が同じ能力なら問題ないが、使えない人たちの方が多数ならば…
黒猫は説明を続けた。
「でもね、使える側からすればこの状況は好ましくないの。志穂は自分が魔法を使える側…つまり少数派だったらどうする?それでも多数派に付きたくないとしたら?」
「ん~、仲間を増やすとか?」
「それも正解。そっちを選ぶとは、志穂は優しい性格ね。まぁ、もう一つの正解は後で話すとして仲間を増やす、つまり魔法を使うために体を改造されたのがアタシ達“魔女”ってわけ。」
魔法を使うため体を改造…
科学的な“改造”なんて技術で“魔法”を復活させようとするなんて矛盾した話である。
(それよりも…)
―「ナカマ、フえる…」
あの蜘蛛の化け物の言葉…
鎖を紙のように千切った自分の力…
志穂は自分の手のひらを眺めていた。
それを見た黒猫は悲しそうな顔で言った。
「…うん、志穂の体も魔女に改造されているわ。」
志穂は頭の中が真っ白になった。
いや、一つだけ思う事があった。
(あぁ、もう私は人間じゃないのか…)
そんな志穂の視界に黒猫は自分の体を映らせ言った。
「でもねでもね、志穂!アンタは通り魔事件を起こしたりするような魔女とは違うわ!だって脳改造…まだ心までは改造されていないもの!」
志穂は手のひらから目を離し黒猫の顔を見る。
黒猫は頷いて言った。
「これがさっき言った、もう一つの正解。自分が少数派だったら多数派の方を減らせばって考え方。」
「?だから多数派の人を仲間に…」
「方法はそれだけじゃないでしょ?」
(まさか…)
黒猫はため息をつき言った。
「つまり、通り魔事件もその方法。多数派…科学側の人間を減らすのが目的だったわけ。でも、魔女になった全ての人が事件を起こすとは限らない。そのためにあいつ等は脳を改造して人間の良心ってやつを奪い取っているのよ!」
志穂は胸の十字架を握りしめた。
何故、そうしたのか自分でも分からない。
黒猫は慰めるような目で志穂に言った。
「でもね志穂、アンタは違う。脳改造の前にアタシが助け出したからね。」
「そうだ、ありがとう。あなたは私を助けてくれたのね。」
黒猫は得意げに言った。
「ほとんど偶然だったけどね。アタシも脳改造されていた…でも、改造が完全じゃなかったのかな?奇跡的にアタシは良心を取り戻した。そこでちょうど、改造されていたアンタを助けられたわけ。…まぁ、肉体は改造された後だったけどね。ゴメンネ…」
志穂はほほ笑んで言った。
「私が私でいられただけで十分。それにほら!人間離れした力って格好いいじゃない!!」
それは黒猫を気づかった強がりだったのだろう。
しかし、黒猫は志穂が初めて笑った事になんだか嬉しくなった。
そこで志穂は聞いた。
「そういえば猫さん、あなたの名前は?恩人なのにまだ名前も聞いてなかったよね?」
「猫に恩“人”は変よ、フフフ。アタシの名前は…」
その時、キュブキュブキュブという奇声が廃屋に響いた。
ハッとして志穂は立ち上がる。
「まさか、こんなに早く…逃げるわよ、志穂!」
そう言って黒猫は出口に向かって走って行った。
そして角を曲がって姿を消した瞬間にギャーと悲鳴を上げた。
志穂はこの状況を覚えている…
自分が捕まった時と同じであった。
慌ててかけよると、そこにはお腹に穴をあけ血を流しながら宙に浮かぶ黒猫の姿があった。
自分が捕まった時はよく見えなかったが巨大な蜘蛛の糸のようなものに捕まっていた。
「ジャマするモノ…ウラギりモノ…シュクセイ」
また、あの奇声が響いた。
志穂は黒猫の体を掴んだ。
(あの時は身動きもできなかったけど、今なら…)
音もなく黒猫の体は糸からはずれた。
「おマエもジャマモノになるヨカン…ツれカエってサイカイゾウ…もしくはここでシュクセイ!」
天井から志穂の後ろに降りる音がした。
反射的に志穂は回し蹴りを放った。
しかし、背中の蜘蛛足に受け止められる。
「ムダ。ワタシもカイゾウされているから。」
志穂は壁に向かってブン投げられた。
壁を突き破り、隣の部屋まで到達する。
痛みは…なかった。
すぐに立ち上がると、廊下に出て蜘蛛魔女のいるところとは反対方向にむかって走った。
「…志…穂」
「大丈夫!?あいつから逃げたらすぐに病院…獣医かな?そこで治療してもらうから!」
「手…遅れよ…アンタと…違ってアタ…シは喋れるだけ…の猫だもの…」
血はドクドクと流れる。
「そんなの…アンタの名前だって聞いてないのに!」
「それよ…りもア…タシをおろして…あ…いつと戦って…もう、それ…しか…」
「無理よ!だって、さっきも蹴り止められちゃったし…」
「あるの…アイ…ツと“魔女”と戦…う方法が…お願…い、おろして。」
志穂はピタっと立ち止まると、黒猫をそっとおろした。
そして蜘蛛魔女の方を振り向いた。
蜘蛛魔女は相変わらずキュブキュブキュブと笑っている。
黒猫は最期の声を振り絞り言った。
「変…わ…るの…戦うための姿に!アンタの今の思いをぶつけなさい、その胸の十字架に!その十字架はアンタの良心よ!!」
志穂は右手で胸の十字架を握りしめた。
(ぶつける…私の思い…私の思い。私の思い!私の!!)
ブチン!と音を立て十字架はネックレスから千切れた。
その途端、十字架を中心に志穂の体が金色に輝きだした。
「キュブ!?」
その輝きの強さに蜘蛛魔女は思わず目をおおった。
そして十字架は柄の中心が赤い宝石の剣に変化し
黒かった髪は金色に変わり、
服は全身赤いロングスカートのドレスになり、
胸は膨らみ、
背中には黒い小さなコウモリの羽が生え
お尻には恐竜のような緑色の短めの尻尾が生え
そんな姿に
なった。
その姿を見て黒猫はほほ笑んだ。
(美しい…もう少し一緒にいたかった…一緒に戦いたかった…ゴメンネ…)
そう思って、息絶えた。
「キュブ!」
蜘蛛魔女は棒立ちしている志穂に蜘蛛の足で殴りかかった。
しかし、左手一本で受け止められた。
「ナンだこのチカラは!?ワタシよりもツヨいのか!?」
志穂は答えなかった。
その代わりに右手の剣で蜘蛛の足を半分切り落とした。
「キュキュブ!?」
切られた足から血が噴水のように噴き出す。
志穂は俯きながら呟いた。
「分かるよ…生まれてきて手足の動かし方を誰に教えてもらうわけでもなく分かるように、戦い方が分かるよ!」
その表情は悲しげだった。
志穂は剣を両手で握り剣先を蜘蛛魔女に向けた。
途端に室内の温度が上がる。
「思いを…ぶつける!!」
剣先から炎がゴーっと噴き出した。
蜘蛛魔女は炎に包まれる。
「キュブキュブキュブ!よぉくミておけ!いずれおマエもワタシのようになるのだ!!ジゴクでマっているぞ!!!」
そう言い残し、蜘蛛魔女は消し炭になった。
志穂が力を抜くと炎は消えた。
まるで最初からそこには何もなかったように。
志穂が剣の柄を胸に持っていくと元の姿に戻った。
服もネックレスも。
そして黒猫の方に駆け寄った。
「猫さん、しっかりして!」
しかし、黒猫は答えなかった。
「そんな…私を一人にするの!?」
志穂は泣きたかった。
しかし、改造により涙を流せない体になっていた。
第二話
警察の狗
志穂は自分のアパートの玄関の前で立ちすくんでいた。
(お父さんにどこから説明しよう…)
コンビニの新聞を読んだら自分がさらわれてから1週間がたっていたようだ。
恐らく捜索願いでも出されている事だろう。
お父さんは警察だからなおさらだ。
玄関のドアを開けた。
「ただいま~。」
返事はなかった。
いないのだろうか。
いや、それよりも…
(何もない!?)
そこは見慣れた自分の家の中ではなかった。
家具も寝具も…
何もない空き家であった。
慌てて外に出て表札を見たが…
白紙だった。
(家を間違えた!?いや、10年も住んでいる家を間違えるなんて…)
その時、隣の玄関が開きおばちゃんが出てきた。
知らない人だった。
よく、煮物をおすそ分けしてくれるおばちゃんが住んでいたはずなのに…
「お譲ちゃん、そこで何やっているの?」
「あの、この家って・・・」
「そこはずっと空き家よ。まさか秘密基地にしようとか考えてないわよね。大家さんに怒られるわよ。」
おばちゃんは怪訝な顔で答えた。
(大家さん…)
「あの大家さんは…」
「海外旅行に出かけたとか…あっ、だからって駄目よ?」
そんな事はしません、お邪魔しましたと挨拶して志穂は走り去った。
その後ろ姿を見ながら、
「ふん、白々しい。それとも捕まらなかったのか?」
とおばちゃんは呟いた。
志穂は自分のアパートを離れながら考えていた。
(大家さんが海外旅行に行くなんて、そんなはずはない。だって約束してたもん、本当なら一昨日に一緒に山にハイキングに行くはずだったもん…)
つまり、自分が捕まっている間に大家さんも…
ということは
(お父さん、無事でいて!!)
志穂は父の職場…警察署に向かって行った。
ここからでは車で30分はかかる場所だが、今の志穂はいくら全力で走っても息が切れないのでそんなに遠くには感じなかった。
「田合剣 一志という名前はありませんね。」
受け付けの婦警さんは事務的に答えた。
「そんなバカな!確かにここに勤めているのです!!」
内心、志穂は(やっぱり)と思いつつも食い下がらなかった。
「そう、言われましても…名簿には名前はありませんし、私も署内の人間全てと面識があるわけではありませんし…せめて部署とかが分かれば…」
志穂は心の中で舌打ちをした。
父親がどんな職業についているかは知っていても細かい部署までは聞いてはいないのだ。
(こういう時のために、お父さんの同僚の名前でも聞いておけばよかった…)
「あのー、よろしいでしょうか?」
ふいに、婦警が聞いてきた。
「あっ、はいありがとうございました…」
無駄足だったと、受付を離れようとした時…
「田合剣君?」
後ろを通りかかった初老の警察官が近づいてきた。
志穂は振り向いて言った。
「知っているのですか?あっ、私は田合剣 一志の娘で田合剣 志穂です。」
警察官は表情をやわらげ言った。
「娘さんがいるとは聞いていたが君がそうなのか!まぁ、座れるところに行こう。僕も聞きたい事があるしね。」
志穂は署内の休憩室のようなところに連れてこられた。
警察官は志穂にお茶を出しながら話し始めた。
「お父さんはね、1週間程前から無断欠勤していてね。僕も上司だからすぐ連絡したんだけど電話にもでなくてね。」
(一週間…私がさらわれたのと同じ時期だわ。もしや私のせいで…)
警察官は続けて言った。
「仕事に嫌気がさして逃げ出したのかなーとか思ったけど…僕は去る者追わず主義だから。でも、彼は真面目な警官だったから理由が気になってはいたんだよね。」
そう言ってから用意したお茶を飲んだ。
志穂にも勧めたが、断った。
「でも、チラっと聞こえたけど名簿からも名前が消えているのはおかしいなぁ~。名簿には辞めた人間の名前も残すはずなのに…」
「お父さんは、最後に出勤してきた時はどんな感じでした?」
「何か事件を調べていたな。ほら、世間で今騒いでいる魔女事件?」
志穂はギクリとした。
「おっとっと、いくら警察官の身内だからってこんな事話すべきじゃなかったね。それよりも名簿が気になるよ。ちょっと資料室に行ってくるから待っていてもらえる?」
「あの、私もついて行っていいでしょうか?」
「ん?ん~、まぁ、こんなところにいるより歩いている方が退屈しないか。社会見学だと思って来るかい?」
恐らく警察官は父親が行方不明な娘の不安を少しでもやわらげればと思い優しくしたのだろう。
志穂はこの人に今回の事件の事を話そうかと思ったが…
それは後で落ち着いたらにしようと思った。
それに…
(やっぱり、自分の体の事は言えないよね…)
資料室は地下にあった。
階段を降りると真っ暗だった。
いや、青かった。
予備電源は付いているのだろう。
「ごめんごめん、普段は24時間電気ついているのに変だな~。えっと電気は。」
とてとてと廊下の角を警察官は曲がって行った。
そして「ひっ」と声を上げた。
志穂は慌てて近づいたが遅かった。
犬の顔をした婦警に喉笛を食いちぎられていた。
ぷっと肉片を吐き出し犬の化け物は言った。
「グルグル!ヒミツをサグるやつはシュクセイ、シュクセイ!」
と新たな獲物、志穂の方を向いた。
「魔女…」
「グルグル!おマエ、魔女のコトシってるのナゼ?チチオヤにキいたのか!チチオヤどこ?」
「!お父さんは無事なの!?」
「グルグル!あいつワタシからニげノびた。だから、あいつのマワりにカンシつけた。カグもショブンした。ジャマなオオヤとリンジンもコロした。アトはカエってきたトキにツカまえるだけ!」
「ひどい…関係ない人まで…」
「グルグル!ニンゲンはどうせゼンブシュクセイ!おマエもシュクセイ!!」
「もう、あなたは人間じゃないのね!」
志穂は胸の十字架を握りしめた。
「グルグル!?」
光り輝き、志穂は再び戦うための姿になった。
「グルグル!?おマエ!?まさか魔女!!」
「私の事を知らないの?…どうやら魔女はお互いに独立して動いているみたいね。」
犬魔女は四つん這いになって構えた。
「グルグル!ワレらのジャマをするのは魔女でもイッショ!シュクセイ、シュクセイ!!」
犬魔女は地面を蹴って志穂の喉元を噛みつく…はずだった。
牙を立てる直前に口の中に左手を突っ込まれ舌を掴まれたのだ。
「グルグル!?」
「確か、犬は舌を掴まれると動けなくなるのよね!」
そして、犬魔女の腹を蹴りあげた。
「グルグル!?」
舌が千切れ、志穂の左手に残った。
うろたえているところに舌を投げ捨て剣を両手で握る。
途端に室内の温度が上がる。
志穂が叫んだ。
「あなたが粛清されなさい!!」
剣先から放出された炎が犬魔女を包み込む。
「グルグル!ワタシをコロしてもシュクセイはトまらんぞ!ワタシはケイサツジョウソウブのメイレイでシュクセイしていたんだからな!オボえておけ、魔女はどこにでもいるぞ!!」
そう言い残して犬魔女は消し炭になった。
(魔女はどこにでもいる…)
元の姿に戻って志穂は犬魔女の最期の言葉を思い返した。
(警察にまで魔女がいるなんて…いいえ、)
チラリと犬魔女に殺された警察官に目を向ける。
(この人やお父さんのように魔女側じゃない警察官もいるはず…でも、知れば口封じにまた…どちらにせよ、警察を頼るのは無理ね。)
自分に優しくしてくれた警察官に駆け寄った。
驚きのせいか眼をカッと見開いてひどい死に顔だ。
「ごめんなさい。私は魔女と戦う事しかできないのです。ここにあなたを置いていく私を許してください。」
そう、言うとカッと見開いた眼を閉じた。
少しは安らかな死に顔になった…気がした。
第三話
黒い復讐者
志穂は警察署を後にして迷っていた。
父親は生きている…
しかし、手掛かりはない…
それ以上に一度どこかで落ち着きたかった。
疲れを知らない体だが、心は疲れていた。
どこかで誰かに相談したい…そんな欲求にも駆られた。
相談できる相手…
親戚もなく、人づきあいが下手なため友達が少ない彼女であった。
(…ともちゃん?)
親友の名前が思いついた。
自慢の茶髪が腰までくる長さの女の子。
ちょっとエッチだけど(そういえば小さい頃にやたらとスカートをめくってくるから履かなくなったんだっけ。)明るく友達の多いともちゃん。
正反対な性格だが、2人とも片親だったためか気があった。
(それに、ともちゃんのおばさん…)
ともちゃんは小さい頃父親を事故で亡くし母子家庭だった。
母親を知らない志穂の事情を知ってか知らずか遊びに行くと色々と構ってくれた。
(後は、コーチ…)
田鍋 千枝(たなべ ちえ)26歳の女性。
冒頭に登場した陸上クラブのコーチである。
本業は教師ではなく喫茶店を経営している。
(ここからならコーチの喫茶店が近いな…)
「今度遊びに来てよねっ!」と言われ教えてもらった住所を思い出す。
一刻も早く誰かと話したい志穂はコーチの喫茶店に向かった。
この選択が自分と親友の運命を決める事になるとは知らずに…
コーチが経営する喫茶店「鳥羽兎」についた。
店の外観は兎、兎、兎…兎のキャラクターだらけだった。
(…コーチのイメージと違う。)
練習中は鬼と呼ばれ、練習後は帰りに甘いものをおごってくれる…
そんなまじめなイメージが揺らいだ。
ガチャっとドアが開き、中から箒を持った店員が出てくる。
…うさ耳バンドを装備したメイドだ。
(店、間違えたのかな。)
うさ耳メイドがこちらに気付き言った。
「ごめんね、もう閉店なの。」
「あの、コーチ…」
と思わず志穂は言ってしまった。
「ああ!店長のクラブの子ね!店長ぉ~クラブの子が来ていますよ~。」
パタパタと走る音がしてコーチが出てきた。
店長と呼ばれたコーチもうさ耳であった…
志穂の中のコーチ像が音を立てて崩れた。
「田合剣!?ねぇ、一体何があったの?学校には無断欠席しているって言われたし…」
コーチのその言葉で志穂は我に返った。
「とにかく話を…あっ、ルリちゃん掃除終わったらそのまま帰ってもいいわよ。ねっ、今日はミーティングなしね。」
「はーい。」
と答えるとうさ耳メイドは玄関の掃除をはじめた。
志穂はコーチにこれまで起きた事を説明した。
しかし、自分の体の事だけは話せなかった。
魔女からうまく逃げ出した、という事にした。
「大変だったね…」
自分で淹れたコーヒーを口にしながらコーチは言った。
「信じてくれるのですか?」
「実を言うとねっ、魔女が起こしたと思える人知を超えた事件の事は知っていたの。」
えっと驚く志穂にコーチは続けて言った。
「さっき店先にいた子とは別のバイトのからなんだけど…田鶴木 香矢(たずき かや)ちゃんって言うんだけど、彼女がインターネットでそういう事件調べていてね。よく、教えてくれるの。「これは人間には無理っスよ~」ってねっ。最初は半信半疑だったけど、持ってくる事件がどれもリアルでねぇ。ねっ、おまけに真面目なあなたの話でしょ?これは信じるしかないかなーと。」
「ありがとうございます!」
(やっぱりこの人に相談してよかった…)
志穂は安心した。
コーチは聞いた。
「ねっ、これからどうするの?」
「お父さんを探します。」
「ねっ、手掛かりはあるの?」
なかった。
しかし…
(今、インターネットで事件を調べているって…)
志穂は聞いた。
「あの、かやちゃんって子を紹介してもらえますか!?魔女の事件を調べればお父さんの行方も…」
「まぁまぁ、落ち着きなさいな。ねっ?今夜はもう遅いし。田合剣、泊るところは?」
自宅は空き家と化していた。
沈んだ顔を見せた志穂にコーチは言った。
「どうせ、明日になれば香矢ちゃんも店に来るんだし。泊って行きな、ねっ?」
志穂の体は食事も睡眠も必要ないし、汗をかかないから入浴の必要もないから泊る必要はないのだが言った。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。」
その後、落とす垢もないのに入浴し、摂る必要のない食事をし、布団に入って寝たフリをするのであった。
(人間のフリをするロボット。かな。私…)
かつて人間であった魔女は思った。
翌日。
香矢のシフトは夕方…一番最後であった。
そのため志穂は店内で漫画を読みながら待っていた。
(しかし、うさ耳メイドカフェの割には…思ったより客層は普通なのね。)
たまに女性客が店員に「可愛い~」とか言うぐらいで、みんな普通に食事や雑談をして帰って行った。
客足がなくなり店内がガラっとしたあたりで香矢のシフトの時間になった。
しかし、香矢は来なかった。
「まぁ、サボる子じゃないけど遅刻は多いからねっ?いない間は店長がなんとかしとくよ。」
と言い、コーチは他の店員を帰らせた。
この時間は客が少ないから店員は1人で良いらしい。
志穂は嫌な予感がしてきた。
「あの…香矢さんってどこから通ってるんですか?」
「ん?確か学校から直接こっちにきてるはずだけどねっ?」
学校の住所と香矢の容姿を聞くと「ちょっと探してきます。」と言い残し、鳥羽兎を後にした。
走りながら志穂の脳裏をよぎったのは。
魔女事件を追って行方不明になったお父さん。
口封じに殺されたお父さんの同僚。
そして、香矢さんは魔女事件の事を調べている。
(まさか、まさか…)
香矢の学校に向かう道の途中で声をかけられた。
「うぉーい、そこ行く素敵なお譲さん。ちょっち助けてくれんかね?」
声の方を向くとポニテールの女子高生がどぶにはまっていた。
志穂は聞いた。
「…何やっているのですか。」
「いやね、この狭い道をトラックがやってきたんでね華麗に避けたはずがザブンですよ。どぶの蓋が開いてるなんてお天道様だって思いもよるまい。いやはや、お尻が大きいのも考え物だね~。」
(何言っているのこの人…)
おっさんのような口調をしながら香矢は続けて言った。
「時に少女よ、そんなに急いでどうしたのかね?」
「…私には志穂って名前があります。いや、それよりも香矢さん、あなたを探していたのです。」
「およよ、もしやあちきに一目惚れ?」
「何でそうなるのですか!…魔女事件の事を調べているってコーチ…鳥羽兎の店長に聞いて。」
それを聞いて香矢はニヤリと不敵に笑い言った。
「お譲…じゃなくて志穂さんでしたね。とっておきの最新情報、ありますよ~。名付けてメイド喫茶襲撃事件!!」
ギクリと志穂はした。
香矢は志穂の表情に気付かずに続けて言った。
「何とみんなの憩いの場、メイド喫茶の店長さんが殺される事件が最近多発しているようなのです!しかもこの近くで!まぁ、新聞には「メイド喫茶の店長が~」なんて書きませんが。」
「ちょっと待って!それじゃコーチも狙われているのでは…」
「むー、うちはバニーメイド喫茶だから関係ないんでない?」
その言葉を最後まで聞く前に志穂は店に引き返して走っていた。
「ちょちょちょ!あちきは!!」
どぶにはまった女子高生をそのままにして。
店に入ると皿の割れる音がした。
「化け物!どこから入ったんだよ!!」
コーチの怒号が響いた。
「カサカサ…めいどキッサなんてあるからワタシにカレシができないのよ。めいどなんてホロべばいい。」
コーチはゴキブリの化け物に襲われていた。
「あっ、田合剣!逃げなさい!!」
コーチは志穂に気付いて叫んだ。
「コーチこそ逃げてください!!」
志穂はコーチをかばうように前に立った。
「カサカサ…ジャマしないでよ。」
「止めて!こんな事をしたって彼氏なんかできないよ!」
「カサカサ…それはもういいの。だって、」
表情はないがニヤリと笑った気がした。
「ニンゲンコロすのタノしいもん。」
魔女の体が志穂に覆いかぶさってきた。
志穂はコーチを抱きかかえてそれを避けた。
「カサ!?…」
驚くゴキブリ魔女に志穂は言った。
「全ては良心を失う脳改造が悪いのかもしれない。でも…」
志穂は胸の十字架をブチンともぎ取った
「あなたのした事は許せない!!」
途端に十字架と志穂の体が光り輝いた。
志穂は赤い戦う姿に再びなる。
「田合剣!?」
コーチは驚き声をあげるが志穂は振り向かないで言った。
「コーチ、下がっていてください。炎は自分の体のように操れるから巻き込んだりはしないと思うけど…」
志穂は剣を構えた。
剣先から炎が噴き出し、ゴキブリ魔女を包み込む。
「カサカサ…!カサカサ…!」
ゴキブリ魔女は消し炭になった。
コーチの視界に残るのは志穂のみ。
「田合剣…お前…」
志穂は元の姿に戻り店を出て行こうとした。
「待ちなさい、田合剣!」
「見たでしょコーチ!私はもう人間じゃないのです…あいつらと同じ…化け物なのですよ!!」
コーチは、はっとさっきの言葉を思い出す。
「化け物!どこから入ったんだよ!!」
志穂に向けて言った言葉ではないが…
それは志穂の事も指した言葉であった。
「待ちなさい、田合剣。ねっ?」
再びコーチは言った。
今度は静かに。
「あなた、今泣いているでしょ。」
志穂はコーチの方を振り向いた。
「コーチ、私はもう涙を流せない体なのですよ。泣くわけないですよ。」
と言ったがコーチは頭をブンブンと振り言った。
「でも、泣いている。」
コーチは志穂の顔をじっと見た。
「行き先のない迷子の顔をしている。」
そして言った。
「ここにいなさい。ねっ。」
志穂は嬉しかったが…やはり泣けなかった。
そんな志穂を見てコーチが泣いた。
まるで代わりに泣くように。
第四話
地に刺す剣
「おはようございやーす」
ある日、香矢が鳥羽兎の扉を開けると、そこには小さなバニーメイドがいた。
「およよ、志穂さん何やってるスか?」
志穂は俯いている。
コーチが代わりに答えた。
「今度から店を手伝わせる事にしたんだよ。子供うさぎ店員…これは受けるよー!」
香矢が言った。
「でも、小学生を働かせたりしたらまずいんじゃないスか?」
「家の手伝いだからいいの!」
「まぁまぁ、こんなに顔を赤くして…ませんね。」
志穂の顔を覗き込んだ香矢が言った。
「もしや内心ノリノリ?」
「違う!」
思わず、志穂は叫んだ。
そして仕事も終わりひと段落したところで
「そうそ、また魔女事件っぽいの見つけましたよ?」
と香矢が口を開いた。
「全くどこから拾ってくるだか…」
感心というより呆れ気味でコーチは言った。
「いやいや、どこにでも転がってますって!デマも多いですけどね…でも、そこは我らが香矢さん、裏をちゃぁんととって本物を見極め…」
「で、どんな事件なのですか?」
志穂が話を止める。
「いや、別にいいんですけど…名付けてアリジゴク村事件!その村に行った人間は帰ってこないという…」
コーチは呆れ気味に言った。
「昔からよくある怪談じゃない。」
「いや、店長これはマジモンですよ!実際に行った人間がみんな行方不明になってるんですから!警察はなにしてるんスかねぇ?職務怠慢ですよ、こんなに証拠が揃ってるのに!」
(警察が動かない…それは魔女関連だから?)
犬魔女は言った。
「ワタシはケイサツジョウソウブのメイレイでシュクセイしていたんだからな!」
警察は魔女事件を黙認しているのかもしれない。
志穂は言った。
「私、そこ調べてきます。」
「あれ、マジっスか?それじゃ、あちきも付き合いましょうか?明日は土曜日で学校も休みですし。バイクならすぐっスよ?」
一人で行きたいところだが…
(うん、巻き込みたくはない。)
「気持ちはありがたいのですけど…」
志穂は断った。
「いや~、晴れてよかったっスねぇ~。気持ちいい!」
志穂は香矢の背中にくっついてバイクに乗っていた。
何度も断ったが、結局押し切られてしまったのだ。
(コーチも止めてくれればいいのに…)
実のところは志穂の知らないところで止めてくれていたのだが、無駄だった。
「まぁ、晴れて当然ですね。何しろこの香矢さんは、晴れ女スから!志穂さんは晴れ女?雨女?まぁ例え雨女だとしてもこの香矢さんが晴らしてみせます!なんつって。ちょっと格好良くない?」
香矢は返答を待たずに一人で喋り続ける。
(まぁ、無口な自分にとっては間が持って助かるけど。)
とそこで駐車場に入ってバイクは止まった。
「バイクで行けるのはここまでっスね。後は山を登っていく必要があるので。志穂さんは山登りは得意でっスか?」
「あんまり、経験ないから分かんないです。」
「ふっふっふっ、それでは山登りのエキスパートである、この香矢さんについてきなさい!!」
香矢は張り切っていた。
「ふぇ~、志穂さん待ってくらさ~い。」
山を登り始めて香矢はすぐにへばった。
「もう、登り始めて30分もたってないですよ!」
「へへへ、実を言うとあちきは今日は女の子の日でして…」
「さっきまで晴れが気持ちいいとか言っていたくせに…」
「むむむ、あちきの話に突っ込みを入れるという事はもしや志穂さんは大人…?って歩くスピード早めないでくらさいよ~。疲れるって言葉と意味知ってますか?」
これでも志穂はペースを香矢に合わせて、かなり遅めに歩いていた。
(やっぱり一人でくるべきだった…お父さんの行方のヒントがこの先にあるかもしれないのに…)
「およよ、見えてきましたよ蟻塚村が!」
見ると小さな村が見えてきた。
「30年ぐらい前に廃村になってもう人は住んでいないっスけどね…だから正確には蟻塚村ってのは存在しないっスよ。あぁ、誰もいない静かな場所…って。」
人はいた。
ただし、どう見ても都会から出てきた感じの人間ばかりだった。
「…ガヤガヤしていますね。」
「…してるっスね。」
村に入ると軽そうな青年が近づいてきて言った。
「おや、こんな辺鄙な場所にこんな可愛い子ちゃんが来るなんて…遭難したってわけじゃないよな?」
物怖じしない香矢が答える。
「素敵なお兄さん、単刀直入にブスっと聞きますと、皆さんの目的はアリジゴク村の噂っスか?」
青年はやっぱりなという顔をし、言った。
「まぁ、でなきゃこんな廃村に用はないでしょ。果たして噂通りにこの村にいる人間は神隠しにあうのか!そして何故神隠しにあうのか!その謎を解きたくてこんなに集まってきているってわけ。」
つまり、ここにいる人間はみな面識のない人達ばかり。
香矢は言った。
「まぁ、分かってらっしゃると思いますが、あちきらも同じムジナの穴ってわけで。」
青年は値踏みするようにじっと見つめ言った。
「でも、女の子二人じゃ危ないよ?」
「心配ご無用!このスーパー女子高生・香矢さんは合気道の達人。痴漢なんてなんのその!!」
青年はハハハと笑い
「まぁ、危なくなったら声かけてね?紳士な僕が助けてあげる。」
どうやら見た目は軽そうでもいい人のようだ。
志穂と香矢はとりあえず、空き家に入って休むことにした。
「ふい~足がパンパンっスよ。」
の割には良く喋る。
志穂は問いかけた。
「ねぇ、香矢さん。どう思います?」
「何の話っス?」
「この村にいると行方不明になるって噂。」
「まぁ、自分らは行方不明になるつもりはないっスけど…こんだけ人が多いと1人や2人、消えてもおかしくないシチュ(シチュエーションの略?)かと。んで、残ったうちらが証人と。」
この村には30人ぐらい人が集まっていた。
(飽きて帰ったりするのがいれば、それが残った人には行方不明者か…)
どうやら、魔女とは関係なさそうだ。
「それよりも、せっかく来たんだし大自然を満喫しましょうや!」
お互いに面識のない集まりだったが人見知りしない香矢と先ほどの青年が中心になってキャンプのような1日になった。
志穂は仕切る香矢を眺めて一人ポツンと…はしなかった。
他の女性陣に話しかけられたり、ちょっかいかけられたりしていた。
誰もが本当の目的を忘れかけるぐらい楽しんだ。
その夜。
空き家は割とあったので、そのうちの一つを志穂と香矢は借りる事になった。
志穂は布団に入りながら考えた。
(魔女って何人ぐらいいるのだろう…)
今まで知る限り3人…いや自分を助けてくれた黒猫も入れれば4人の魔女に会ってきた。
(その前に魔女を増やそうとしているのは一体…)
案外、それを突きつめればお父さんの行方も分かるかもしれない。
それを突きつめるにはやっぱり魔女事件を追いかけるしかなさそうだ…
(結局、こうやって事件を追うしかないのね…)
と、隣で寝てた香矢が志穂の布団をツンツンと突いた。
「何ですか?」
「…しっこ。」
露骨にため息が出た。
「…1人で行ってください。」
「そんな冷たい事!あちきと志穂さんの仲じゃないっスか!」
またため息が出た。
「トイレに付き添ってもらえる仲って…」
「知らないっスか、志穂さん!トイレ以外で失禁すると匂いがすごいって!今夜は寝させませんよ!!」
「…分かりました。付き添います。」
「おぉ、恩にきます!いあいあ、さすがにこんな暗い中を1人で歩くのは恐怖もいいとこっスよ!これでおばけにでも会ったらチビるの間違いなし、これで手間が省けた。」
「…早く行きましょう。これ以上、話が汚くなる前に。」
外に出ると明かりのついた家が何軒か見えた。
香矢が言った。
「みんな、遅くまで起きてるんっスね。まぁ、あちきらが早く寝すぎってだけかも。」
「これだけ明るければ、一人でも歩けたんじゃないですか?」
「!何をおっしゃいますか!?トイレは村の外れにしかないんっスよ!この光もそこまでは悲しいかな届かない!あぁ、何でこの村の家にはトイレが備えてないんスか~。」
「あの~、大声でトイレトイレ叫ばないでもらえますか?」
家の中からクスクス声が聞こえる。
「今ほど香矢さんとここに来た事を後悔した時はないですよ。」
「あちきは志穂さんがいてくれて良かったですよ。」
トイレについた。
なるほど、村の外れというより村の外という場所だ。
さっきまでの明かりも談笑する声もここまでは届かない。
「う~怖っ!トイレに入っている間にいなくなるとか、なしっスよ?」
「しません。」
「はぁ、今時ボットン便所っスよ…というか誰が回収にくるんっスかね?やっぱ廃村になってから放置?」
「知りません。」
「それでは発射オ~ライ。」
「黙ってしてください!」
「いあいあ、見えない志穂さんに状況を説明しないと。」
志穂は耳をふさいだ。
しばらくして香矢が出てきた。
「ひど、返事が返ってこないと思ったらそんな事してたんですか!こっちはいなくなったんじゃないかとドキマギしてたのに!!」
「手を洗ってください。」
「な~んか、志穂さんのあちきへの対応が店長みたくなってきたっスね…」
コーチの苦労が目に浮かぶ。
村に戻ると、どの家も光が消えていた。
香矢が言った。
「おんやまぁ、消灯の時間っスかね?」
志穂は何か嫌な感じがして言った。
「いくらトイレが遠かったからってまだ10分もたっていませんよね?」
香矢も何かただならぬ空気を感じ取って言った。
「…ちょっと寝る前に挨拶しますか?」
志穂はうなずく。
とりあえず、最初に話しかけてきた青年がいる空き家へ言って香矢が声をかけた。
「お兄さぁ~ん。エロDVD持ってきました~。開けてくださぁい。」
返事はない。
志穂が戸を開ける。
「志穂さん、男の部屋をいきなり開けたらまずいっスよ!」
中は真っ暗で誰もいなかった。
「おろ、お兄さん達もトイレ?」
「…香矢さん、他の家も調べてみましょう。」
どの家も無人だった。
「集団連れソン?もしくは夜逃げ?」
「トイレはあそこにしかないですし、一本道だから途中で会うはずでしょ。それに帰ったとしたら荷物を置いていくのは変。」
香矢は青くなって言った。
「誰かが行方不明になるんじゃなくて全員失踪ってオチっスか…」
「もしくは全員で私たちを騙しているとかね。」
「それだ!ドッキリっスよ、ドッキリ!!」
香矢は家を飛び出し叫んだ。
「みなさぁ~ん!ドッキリバレてますよ!!大失敗ですよ!!もういいっしょ!?出てきてくださ~い。」
誰もいない村に香矢の声が響いた。
少しの間の後、「キチキチキチ」という声が返ってきた。
「おぉっ、誰か出てきた?」
空き家から出てきたのは人間の服を着た巨大なアリだった。
「キチキチキチ!」
「でぇ!?話が通じなそうな人が出てきた!?」
志穂が香矢の前に立つ。
「どうやらこいつが犯人みたいですね。」
「志穂さん、何やってるんっスか!?三十六計逃げましょうよ!!」
志穂は胸の十字架をブチンともぎ取り戦う姿に変身した。
「キチキチキチ!?」
香矢も驚いて叫んだ。
「キチキチ…じゃなくってぎょぇ!?志穂さん!?」
「香矢さんの言葉を借りるなら…話して分かる相手じゃないわね!!」
志穂は剣を構える。
「志穂さんが…燃えている…」
剣先から放たれた炎がアリ人間を包み込む。
一瞬にして灰になった。
ふぅ、と志穂は息をつく。
香矢の方を見て言った。
「黙っていてごめんなさい…とりあえず、バイクのところまで送るから先に帰ってください。この姿なら空も飛べるので…」
香矢はプルプル震えていた。
「か…」
「か?」
「格好イイ!何スか、志穂さん魔女っ子ってやつっスか!?さっきの炎は魔法っスか!?近くにいたのに全然熱くなかったのにあの化け物は燃えちゃうし。」
「…私もその化け物なのよ。」
「どこが!その神々しくもカッコ可愛い姿で、さっきのブキミ生物と一緒とかギャグでしょ、ギャグ!」
志穂はため息をつきながらも内心安心した。
自分の異形の姿を恐れられると思ったからだ。
香矢は言った。
「あれ、先に帰ってって志穂さんは帰らないんっスか?」
「急に話題を戻さないで…この村にいた人達を探しにいってきます。死体もなく姿が見えないってことはまだ生きていてどこかに閉じ込められているだけだと思うの。」
「あちきも協力します!」
「…駄目です。魔女がいたって事は危険ですよ?」
「また出てきても志穂さんがいれば怖いものなし!それにあちきの姿を見られてます。バイクで帰る途中に襲われたらまずいっしょ?」
(それもそうか…)
結局、変身しても志穂は押し切られてしまうのだった。
「と・こ・ろ・で。お願いがあるんっスけど。」
香矢はにじり寄ってきた。
「何ですか?」
「その尻尾、触っても良いっスか?」
手を伸ばしてきた瞬間に志穂は元の姿に戻った。
「でも、探すあてあるんっスか?」
「シー」
志穂は口に手を当て香矢を黙らせた。
草むらに隠れてしばらくするとまたアリ人間が現れた。
「また出てきたっス…」
ヒソヒソ声で2人は喋る。
「やっぱりね…さっきのアリが喋らなかったからもしやと思ったけど…」
「イミフなんスけど。」
「魔女なら知能が高いから喋れないわけないし、さっきのは弱すぎたからね。多分、親玉に操られた部下ってとこね。」
「なるほどっス。アリの親玉だから女王アリっスかね?」
アリ人間はしばらくキョロキョロした後に動き出した。
「ついて行きますよ!」
「2名様、巣穴にご案内~ってとこっスね。」
アリ人間はほら穴に入っていった。
「ここが巣みたいですね。」
「アリなら自分たちで巣を掘って欲しかったっス…」
中は真っ暗だった。
しかし、志穂の眼は改造されているので真っ暗でも昼間のようによく見えた。
「離れないでくださいね。」
「離れろ!と言われても離れないっス。志穂さん、良い匂いするっスね。」
「…やっぱり離れてください。」
「言ったはずっス。離れろ!と言われても離れないと。」
ふいに志穂が天井を見上げる。
そこには繭のようなものに包まれた人達が吊るされていた。
村に来ていた人達だ。
「…ひどい。」
「えぇ!?何がっスか?」
見えない香矢が騒ぐ。
とその時、真っ暗だった洞窟が明るくなった。
遅れて天井をみた香矢が驚く。
「キチキチキチ、よくキたな。」
奥からアリ魔女が出てきて言った。
「やっぱり女王がいたのね!」
志穂はそう叫ぶと胸の十字架をブチンと千切って変身する。
「きたきた、きましたよ~!」
香矢が感嘆の声を上げる。
「おびきダされたともシらずに…」
「何ですって!?」
「カてるとミキったからここにヨんだとイっているんだよ。」
アリ魔女が手を上げると、奥から…いや後ろからも大量のアリ人間が出てきた。
香矢が叫ぶ。
「ひっ!子だくさんっスね!!」
「キチキチキチ。サキホドのタタカいでおマエのホノオはアリをイッピキをホノオでツツみコんだ。イチドにフクスウのアイテをコウゲキデキナいとミた。」
「そっ、そうなんスか!?」
広範囲に炎を出す事も可能だ。
この囲んだアリ全部を焼き尽くすことだってできる。
(でも、)
炎の範囲が広ければ広いほど調整が難しくなる。
香矢の周りとさらわれた人達のいるところだけを避けて炎を出すとなると…難しかった。
「キチキチキチ!やれ。」
アリ人間達が近づいてくる。
香矢がギュっと抱きついてきて言った。
「ななな、何か手!手はないんっスか!MAP兵器的な便利な技は~。」
「何ですか、それ。」
「ゲームやらないんっスか!例えば地震とか起こして敵を一掃したりとか!!」
(地震…?)
志穂は閃いた。
「香矢さん、ちょっと肩車してくれませんか?」
「ふぇ?あちきを踏み台に!?」
「逆です、私が下。絶対に降りないでくださいね。」
香矢をかつぐと志穂は剣を地面に突き刺した。
「キチキチキチ!?」
「人質が天井に吊るされていたのが幸いしたわね。」
炎を放出すると地面は赤くなっていき、徐々に炎がせり上がってきた。
次々に燃えていくアリ人間達。
一番遠くにいたアリ魔女は逃げようとしたが間に合わず、炎に包まれる。
「うわぁ、いやな上官っスね…」
「さらわれた人達の報いを受けなさい。」
「キチキチキチ!クソぉ、せっかくネットでツったニンゲンドモをツカってヘイをフやしていたのに…ワタシのユメがモえていくぅ…」
アリ魔女は兵士たちと共に消し炭になった。
その途端、吊るされていた人達は解放された。
「助かった!」
「こんなとこ早く出よう!!」
と叫びながら逃げ去って行った。
「あっ、お礼ぐらい言っていくっスよ!ついでに謝礼とか。」
志穂から降りながらブチブチと香矢は言った。
肩を鳴らしながら香矢は言った。
「とりあえず、これにて一件落着っスね!あちきらも帰りますか!!」
いつのまにか元の姿に戻った志穂はうつむいて黙ったままだ。
「どうしたんスか?」
「あの魔女、死に際にさらった人間を兵にしていたって言っていた…つまり、あのアリ人間はあの魔女のせいで姿をかえられた人間だったんだ…」
「そりゃあ、元はそうかもしれないっスけど…」
「あの魔女を倒した後にみんなを縛っていた繭も消えました…もしかしたら魔女だけを倒せばアリになった人達も救えたかもしれない…」
「…」
「フフフ。それを言ったら魔女だって元は人間だよね。結局、私がやっている事もあいつらと同じ人殺しだよね…」
「…あちきは志穂さんの詳しい事情も知らないし、頭悪いから志穂さんの悩みは分からないけど…」
「…」
「これだけは言えるっス。」
「…何ですか?」
「もう、この村で行方不明になる人はいない。」
第五話
悲しみの青き聖女
今日も今日とて喫茶店「鳥羽兎」のお手伝いをする志穂。
(お客さん、いないけどね…)
一緒に働いているアルバイトのルリという子があくびをしながら呟いた。
「掃除もやったし、食材のチェックも終わったし…早くお客さんでもこないかなー。」
とそこで、奥にいたコーチが出てきて言った。
「ねっ、田合剣?ルリちゃん?新しいメニューが出来たのだけどどう?」
志穂は聞いた。
「どんなのですか?」
「最近、辛いの流行っているじゃない?だからねっ、ハンバーグにラー油を入れてみたんだけど。」
ルリがため息をつく。
「拒否権はないんでしょうね…」
コーチは胸をはって言った。
「もちろんねっ!」
「だったら、どう?とか聞かないでください。」
志穂がツッコミを入れる。
二人はまず、一口食べてみる。
「っつ、辛~!」
ルリ叫んでが席を立つ。
志穂は黙々と食べ続ける。
コーチはそんな志穂に聞いた。
「人を選ぶのかなぁ…ねぇ、志穂は美味しい?」
「不味いです。辛いだけです。お客さんには出さない方がいいです。」
そこへ勢いよく扉が開いて香矢が店に入ってきて騒いだ。
「ビッグニュース!ビッグニューっス!あ、おあようございます!」
「静かに入ってきなさいよねっ。」
コーチがジロリと睨んで言った。
「およよ、何っスかこの空気は?それよりも志穂さん、大変なことっスよこれは!」
トイレからルリが出てきて香矢に気付いて言った。
「あっ、もう香矢と交代の時間なの?じゃあ、あがりますね」
「ルリっち、お疲れっス!」
「お疲れ。そのハンバーグ、香矢が食べておいてね。」
ルリはそそくさと出ていった。
「おぉ、ルリっちのおごりっスか?では遠慮なくモグモグ…って辛ぁっ!」
「あ~もう、早く本題に入るねっ!」
コーチが痺れを切らして言った。
「いや、その前にトイレ行くついでに着替えてきなさい!ねっ!!」
「ヒーヒー、いってきまっス!」
香矢もトイレに駆け込んでいった。
ふと見ると志穂はまだハンバーグをモグモグと食べていた。
コーチは再び聞いた。
「…ねぇ、それ気にいった?」
「全然です。」
「…ねぇ、それでビッグニュースって?」
戻ってきた香矢にコーチが問いかける。
「むぁだ、口の中がヒリヒリと…そうそう!志穂さんの事がネットの一部で噂になってるんっスよ!!」
志穂は顔をしかめて言った。
「…えぇー。」
「あり、あんまり嬉しくなさそうっスね、志穂さん。」
「…そりゃあ、噂にはなりたくないよねぇ?」
コーチも顔をしかめる。
「いやいやいあ、イイ意味でっスよ?」
とノートパソコンを見せる。
そこには
魔女からの人類の救世主?
とか
僕らのヒロイン!
とかそういうコメントが並んでいた。
香矢が嬉しそうに言った。
「いやあ、こないだの事件で逃げ延びた人たちがネットに書いたのがきっかけなんでしょうけど…それを見た魔女事件に興味がある人達が都市伝説に…あっイイ意味でっスよ?しちゃったみたいで。ほら、ファンサイトまで出来てるんっスよ?」
香矢が他のページを開く。
チラっとお気に入りに「えろ」とかいうフォルダが見えたが志穂は見なかった事にした。
開いたページは
聖女ドラゴンヴァルキリーを応援するページ
というタイトルだった。
聞きなれない単語に香矢が説明を始めた。
「あっ、聖女ドラゴンヴァルキリーってのはネットで定着した志穂さんの通り名っスね。」
コーチも身を乗り出して聞いた。
「ヴァルキリーってのは、戦乙女って意味でしょ。ドラゴンていうのはどこから来たんだねっ?」
「あぁ、志穂さんが戦う時に羽根と尻尾が生えてくるっしょ?シルエットにするとアニメとかに出てくるドラゴンみたいになるそっスよ。こないだの事件の時の洞窟暗かったから、炎で照らされた影の方が印象に残ったんじゃないっスか?」
志穂は香矢にわからいようにため息をついて聞いた。
「…この聖女っていうのは何ですか?」
「魔女の対義語みたいなもんじゃないっスか?」
もう一度ため息をつく。
(本当は、魔女と同じ存在なのに…)
そんな志穂の様子に気付かずに香矢が言った。
「いやー、これで志穂さんもメジャーデビューっスね!あっ、これからはドラゴンヴァルキリーさんって呼んだ方がいいっスか?」
「…好きにしてください。」
「いや、そこは否定してくださいよ~、正体が一般ピーポーにもばれちゃうっスよ!ヒロインのお約束っスよ!!」
いつの間にかコーヒーを淹れていたコーチが二人にそれを出し言った。
「まぁ、あんまり正体はバレない方がいいかもねっ。それで他の魔女に目をつけられるのもねぇ…」
(確かに、コーチや香矢さんの身にも危険が及ぶかも…)
志穂の心配をよそに、香矢が唐突に話題を変えた。
「そういや、また魔女事件っぽいのを見つけたんっスけど…」
「こないだの蟻地獄村みたいに魔女の罠じゃないでしょうねぇ?」
「いや、今度はそんなんじゃないっスよ!…多分。しかもこの近くで起きてるんっすよ。」
「この辺て結構危ない地域なのねぇ…」
「そういやー、この喫茶店も狙われましたっスね。あっ、志穂さんがさらわれたり警察の汚職なんかも入れたらもっとか。」
「皮肉で言ったの!ねぇ、そう同じ街ばかり事件が起きるわけないでしょ!?」
「案外、この近くに悪の秘密組織があるとか…」
「ねぇ、自分の基地の近くでばかり事件を起こす組織があるか!」
「あっ、その発想はなかったっス」
「…話を続けてください。」
志穂がコーチと香矢の漫才に突っ込む。
「そうそう、1か月に一回、15日になると深夜にこの辺を歩いている女性が1人、必ず神隠しにあってるんスよ。」
「15日に必ずですか?」
「そ。でも、警察はガン無視。魔女っぽでしょ?」
毎月、人が行方不明になるのに警察が無視…
しかも、この辺の警察は内部に魔女がいる…
これは信憑性が高い?
志穂は言った。
「調べてみましょう。」
カレンダーを見ると今日は15日だった。
「…一人で良かったのですけど。」
志穂はコーチと香矢の3人で深夜の街を歩いていた。
コーチが言った。
「ねぇ、未成年者だけで夜の街を歩かせるのは危ないでしょ?」
「…私は普通の人間じゃありません。コーチ達の方が危ないですよ。」
「そりゃあ本当はねっ。でも、見た目は小学五年生でしょう?警察とかに補導されないためには保護者の付き添いが必要でしょう?」
「…それはまぁ…」
「っても、これが魔女事件なら警察はいないはずっスけどね。」
香矢が余計な事を言うのでコーチに睨まれる。
その手にはデジカメがあるのに志穂が気付いて言った。
「…香矢さん、そのデジカメで何を撮るつもりですか?」
「いやー、ドラゴンヴァルキリー様の雄姿を記録に残さないといけないと思って…」
「別にいいですけど…変な事に使わないでくださいよ?」
「変な事って…ウヒヒヒ…」
「焼きますよ?」
「ヒっ!?志穂さんがそれ言うと洒落に聞こえないっスよ!?」
「もう、夜遅いんだから少し静かにしなさいよねっ?近所迷惑でしょ。」
コーチが香矢をたしなめる。
ふと遠くで女性がうずくまっていた。
「ちょっと見てくるねっ?」
コーチが駆け寄る。
「ねぇ、大丈夫ですか?」
相手の女性…中年ぐらいだろうか?少し震えながら口を動かした。
「カ…」
「カ?」
「カラダ…アタラしいカラダがホしい!」
女性の体から草が生えてきた。
その先端には顔のようなものがあった。
「おマエのカラダをヨこせ!」
草がコーチの体めがけてせまってきた。
瞬間。
ガキン!
いつの間にか変身していた志穂の剣が草の魔女からコーチを守った。
「ちょ、魔女っ子の最大の見せ場である変身シーンを誰も見てないところでさりげなくやらないでくださいっスよ!!」
香矢がデジカメ片手にギャーギャー騒ぐ。
「おマエ、ナニモノ?」
草に取りつかれた人間の体が起こされていく。
「犬魔女を倒したのもお前か?」
人間の体の方が口を開く。
どうやら人間の体の方で喋れば流暢な日本語になるようだ。
(それよりも…)
その顔には見覚えがあった。
志穂の家の…
隣の家の…
ずっと住んでいるはずなのに知らないおばさん。
その人だった。
志穂は言った。
「やっぱり、あなたも魔女だったのね。」
「!私を知っているのか!?」
相手は志穂の事に気付いていないようだ。
そして相手の魔女は叫んだ。
「まさか!犬魔女はお前が倒したのか!!」
「ええ、そうよ…あなたに追い返された後にね…」
「くっ、お前が犬魔女を倒したりするから、私は自分の力で新しい宿主を探さなければならなくなったんだぞ!どうしてくれる!!」
「もう、そんな事やめなさい!」
志穂が剣を構える。
「トチュトチュトチュ!?」
思わず、背中の草が唸る。
だが、志穂は剣を降ろした。
(宿主!?それじゃ、この体の部分は普通の人間って事!?)
その動きを魔女は見逃さなかった。
そして人間の体が口を開いた。
「む!?もしや人間は攻撃できないのか!?ドラゴンヴァルキリー、恐れるに足らず!」
持っていたバッグに隠していた警棒を取り出して魔女は言った。
「この警棒には電気が通っている…機械の体であるお前は電気に弱いはずだ!!」
どうやら、相手が自分と同じ存在である事に気付いたようだ。
ブンブン警棒を振り回しながら近づいてくる。
香矢とコーチが言った。
「まずいっスよー。正義の味方ゆえの弱点っスよ!」
「ねぇ田合剣!その操っている草の部分だけを切り取れないか!?」
その言葉に草の部分がくわっとコーチ達の方を向き叫んだ。
「そんなコトをしてみろ!こいつはシぬんだぞ!!」
(何か…何か手はないの!?)
後ずさりながら考えていると背中にコツンと何かが当たった。
壁だ。
「終わりだ。」
「オわりだ。」
魔女の人間の体と草の部分が同時に喋った。
しかし、警棒を振り回す腕がピタっと止まった。
「トチュトチュ…」
何か苦しんでいるようだ。
「ジカンギレだ…しかし、ドラゴンヴァルキリーのジャクテンはワかった!ツギはコロす!!」
草型の魔女は逃げて行った。
香矢とコーチが志穂に駆け寄ってきて言った。
「いや~、逃げ足が速いのも悪役のお約束っスね~。」
「ねぇ、大丈夫か田合剣?」
志穂はうなずいて言った。
「はい、コーチ。それよりもあいつを追わないと…」
コーチは腕を組んで言った。
「しかしねぇ、お前あいつと戦えんだろ?」
「いいえ、あいつは時間切れと言って去って行きました。それに、最初にコーチを見たときに苦しそうに新しい体って言っていました…おそらく人間の体に寄生してその養分を吸って生きていると思うのです。」
「はー冬虫夏草みたいな奴っスね。」
香矢が変な感心をする。
志穂は続けて言った。
「多分、新しい宿主を探しに逃げたのだと思います…だからこそ、新しい宿主に乗り換える瞬間を押さえれば…」
コーチは言った。
「しかしねぇ、どこに行ったか分かるのか?」
「あいつと最初に会った場所があります。そこに行ってみます。」
「なるほど、ピンチになるとアジトに戻りたくなるのが悪役の心理っスもんね!」
香矢の言葉を聞き終わる前に志穂は、空を飛んで行った。
「でも、追いつく前に宿主見つけられたらどうするっすか?」
「その前に追いつく事を祈るしかないね…」
ドラゴンヴァルキリーの飛ぶ姿を見送りながら、そんな事を二人は話した。
(あいつと最初に会った場所…それは私のアパート…!)
志穂が以前に住んでいたアパートの前に一人の女性が立っていた。
彼女の名前は夜葉寺院 一美(やはじいん かずみ)。
以前、志穂がコーチの家に行くか彼女の家に行くか迷ったその人…
つまり、志穂の理解者である。
彼女は心配していた。
自分の娘の親友の事を。
母親を知らないその子に優しくしていたのは同情だったのかは、自分でも分からない。
(でも、あの子にも母親の愛情を知って欲しかったから…)
その子が学校に来なくなったと娘から聞いてすぐにその子の家にきた。
扉の表札は白紙…
普通に考えれば夜逃げでもしたのかもしれない。
(でも、胸騒ぎがするのよね…)
志穂はお父さんと一緒なのだろうか?
もしかしたら置いて行かれたのではないか?
帰る家をなくして困っているのではないか?
(もしも、そうなら…)
自分の家に迎えなくては。
そう思って、いなくなってからほぼ毎日ここに通っていた。
もしかしたら玄関の前で座って泣いているのではないかと思い。
(でも、今日もいないか…)
ため息をついて自分の家に戻ろうと思った時に。
何かが近づいてくる音が聞こえた。
志穂はかつて自分が住んでいた家に着いた。
(人気のないのが幸いかな…)
あの事件以来、何故かこの辺から人はいなくなってしまった。
まぁ、魔女達が自分の住処にするために何かしたのだろう。
しかし、誰かがいた。
その姿に見覚えがあった。
「…ともちゃんのおばさん!」
その懐かしい姿に嬉しくなった志穂は変身を解き、駆け寄った。
近くまでくるとその足元に巨大な干物のようなものがあった。
魚ではなく、人間の…
(…まさか。)
最悪の予感がする。
「…運が良かった。」
ともちゃんのおばさんは喋りだした。
「逃げるのに必死で自分のねぐらまで来たのはいいが、ここには人間なんていないんだった。しかし、こいつはここにいた。何故かは知らないが。」
その背中から先ほどの冬虫夏草魔女が顔を出す。
志穂は呟いた。
「そんな、おばさん…」
その言葉におばさんはニヤリと笑い言った。
「ほう、この人間はお前の知り合いか。これは好都合。」
そして前の宿主が握っていた電気警棒を取り出して言った。
「犬魔女のかたき…は別にどうでも良いが、あいつがいなくなったおかげで宿主探しに苦労をしている。その恨みぐらいは晴らさせてもらうぞ。」
先ほどのように警棒を振り回してくる。
親友の母親の姿で。
志穂は言った。
「やめて…おばさん…」
「攻撃できまい?変身できまい?だってこの体はおばさんだもんな!!」
無抵抗の志穂は警棒でぶたれ、その衝撃で吹き飛ばされた。
機械の体は電気に弱い…
その言葉通り、志穂の体にはダメージがあった。
冬虫夏草魔女はおばさんの体で喋り続けた。
「さぁて、バラバラにしてやろうか?ここでつぶしておけば我ら魔女を脅かすものはあらわれまい。…いや、新しい宿主にするのもいいかもな。最も、魔女を宿主にするのは試した事ないから出来ないかもしれんがな!」
「…やめて…おばさん…」
(志穂ちゃん)
はっと志穂は顔を上げる。
しかし、目の前にいるのは邪悪に笑い背中に魔女を乗せたおばさんだけだった。
(志穂ちゃん)
また聞こえた。間違いない。
「おばさん?無事なの?」
その言葉に冬虫夏草魔女は言った。
「無事なわけねぇだろ!こいつはもう私の操り人形なんだよ!!」
再び警棒で殴られ吹き飛ばされる志穂。
(志穂ちゃん…お願い。)
確かに聞こえる。
(殺して…)
「何を言っているの!」
「あぁ?」
誰と話してるんだという顔で冬虫夏草魔女は言った。
(これ以上、私の体で志穂ちゃんが傷つけられるところは見たくないの…お願い…)
「嫌よ!嫌々!!」
(気にしないで…私はもう死んでいると思って…分かるでしょ?もう助からないの…)
「そんなのって…ないよ…」
(お願い…こいつを…私を殺して…!)
再びせまってくる警棒をかわし、志穂はおばさんの体に蹴りを入れた。
「ぐぇ!?」
よろめく魔女。
「何をする?」
「分かったよ…」
志穂は十字架を握りしめて言った。
おばさんはニヤリと笑い言った。
「攻撃する気か?できるわけがない!」
「できるよ…したくないけど…できるの!!」
志穂は十字架を引き千切った。
志穂の体は金色に輝いたが、
「トチュトチュ!?」
いつもと少し違った。
十字架は柄の宝石が青いものになり
服は青く
スカートはひざぐらいの短さ
胸は平らに
なった。
「サキホドとチガうスガタだと!?」
思わず、本体の方で喋る冬虫夏草魔女。
「えぇ、そうよ…大好きな人をこの手で…そんな悲しい思いが私をこの姿にしたのよ…」
志穂は剣を構えた。
剣先から出てきたのは炎ではなく水。
水が蛇のようにおばさんと魔女の体を巻いていく。
「トチュトチュ!?ナンだこんなミズぐらい!!」
警棒ではらおうとしたが警棒は水を通り抜けるだけであった。
「無駄よ。水に物理的な攻撃は通用しないわ。」
いつの間にか後ろに回ってきた志穂が言った。
そして動けなくなった冬虫夏草魔女の体を掴み、おばさんの体から引きはがそうとした。
「!!ヤめろ!ワスれたのか!ワタシをカラダからヒきハがすとヤドヌシになったニンゲンはシぬんだぞ!いいか、このニンゲンがシぬんだぞ!!」
「だけど…」
志穂は静かに目を閉じた。
「だけど、アンタも死ぬのでしょう!?」
雨が降ってきた。
戦いが終わり、残ったのは
青き悲しみの戦士と
冬虫夏草魔女の死骸と
親友の母親の亡骸
それだけだった。
第六話
勇気の黄色い聖女
「じゃあね、香矢!また明日!!」
「ういうい。」
香矢は学校帰りにそう言って友達と別れた。
(あれからもう、1ヶ月か…)
いつもと違い青い服を着たドラゴンヴァルキリー。
志穂に追いつくとそこにはそんな彼女だけが雨の中、立ち尽くしていた。
「私のお母さんみたいな人だったんです。」
志穂はそう言って新たな犠牲者の方を見た。
香矢もコーチも何も言葉をかけられなかった。
やがて、どこかへ飛んで行ってしまった。
その場所から逃げ出すかのように。
バイトに行くたびに志穂の姿がないのに落胆する1ヶ月であった。
「大丈夫、ここがあの子の家なんだから。ねっ?」
コーチはバイトに行くたびにそう言う。
(あの時、何か言うべきだったんだ…)
自分ではドラゴンヴァルキリーの支えになっているつもりだった。
だが、彼女の悲しみは結局彼女にしか分からなかった、ということだ。
(それでも…)
強く思った。
(また会いたいよ。)
「会ったことあるの!?」
ぼーっしてるところに大きな声が聞こえてきて、反射的に振り向く。
4~5人の子供が1人の女の子を囲んで何かを言い合っている。
「…ないけど」
囲まれている女の子が口を開いた。
「ほらーそうじゃん!」
「裕子ちゃんはやっぱりうそつきだー。」
(いじめか?)
止めなくちゃと思い香矢は子供の集団に近づく。
「でも、ママがドラゴンヴァルキリーって正義の味方が本当にいるって…」
香矢は足を止めた。
(こんな小さな子が…何だって?)
「嘘だー、TVでもあるまいし。」
「現実にそんなヒーローいるわけないじゃん!」
「知っているよ、そういうのってもうそうへきって言うんでしょ?」
(違う…違う!)
香矢は再び歩みを進めた。
「あーそこの坊ちゃん譲ちゃん。」
香矢に声をかけられ子供たちは一斉に香矢の方を向く。
「何、こいつ。」
「人さらいじゃない?」
ヒソヒソ話しだす、子供たち。
香矢はひるまず言った。
「あーあちきは怪しいもんじゃなくてな。」
「あちきだって!」
「怖~い」。
香矢は子供が苦手だった事を思い出す。
しかし、続けて言った。
「いや、聞いてちょぶだい。ドラゴンヴァルキリーはだね…」
「お腹空いたね。」
「コンビニにでも行こっか。」
「そうしよそうしよ。」
わーっと走り去って行った。
「くしょう、人の話を聞いてよ…これだから最近の若いもんは…」
香矢がぶつくさ文句を言っていると袖を引っ張られた。
先ほどの女の子だ。
「ねーねー、ドラゴンヴァルキリー知っているの?」
「もちのろん!何を隠そう、あちきはドラゴンヴァルキリーの親友であり戦友であるのだ!!」
女の子はクスクスと笑い言った。
「お姉さん、そんなに強そうに見えないけど?」
「何を言いますか、お嬢様!見よ、この華麗な回し蹴りを!!」
その場で回し蹴りをしようとしたが、軸足の支えがうまくいかずそのまま何回転がって尻もちをついた。
女の子は心配そうに覗き込み言った。
「大丈夫?」
「あたたた…慣れない事するもんじゃないっスね…」
「やっぱり、戦友とかは嘘なんだー。だって、弱すぎるもん。」
相手は冗談交じりで言ったが香矢の心には深く突き刺さった。
「…そう、お姉さんは弱いのだ…こんなんで戦友なんて…そんな資格ないっスね…」
香矢の落ち込みに驚いた女の子は言った。
「なら、これから強くなればいいじゃない?」
「たはは…いじめから助けるつもりが慰められるとは…」
「別に私はいじめられてないよ。ただ、ドラゴンヴァルキリーの話をしていただけ。でも、本当にいるのかな…」
「いるっス!!!」
大声で香矢は言った。
「ドラゴンヴァルキリーの武勇伝、聞きたくないっスか?」
女の子は笑顔で
「うん、聞きたい!」
と答えた。
数時間後、喫茶店「鳥羽兎」の扉を開けて香矢が飛び込んできた。
「あれ、香矢ちゃん?今日はバイトの日じゃないよねっ?」
コーチが不思議そうな眼をして言った。
「店長…いや、コーチ。あちきを鍛えてくれやせんか?」
香矢のその言葉にコーチは目を丸くした。
続けて香矢は言う。
「確かコーチは空手やら剣道やら色々な武道の段持ちっスよね?」
「…昔の話ね。」
「強くなりたいんっスよ!お願いしまっス!!」
「何かあったね?」
香矢は拳を強く握って言った。
「何かあってからでは遅いっスよ!志穂さんが帰ってくるまでに…強くならねば!!」
(そう…今度こそ志穂さんの力になるっスよ!!)
裕子ちゃんに志穂の武勇伝を話しているうちに、自分がいかに傍観していただけなのかを思い知らされた香矢であった。
さらに1か月ほどたったある日の事。
再び公園に来た香矢。
(今日は裕子ちゃんいないのね…糞ガキ軍団しか。)
1か月前に裕子を取り囲んでいた子供達だけが遊んでいた。
(裕子ちゃんの話じゃ別に敵対しているってわけじゃないらしいけど…第一印象がなー。)
ふと遠くを見るとその子供の集団を見つめる黒いコートの人物が。
(怪しい。)
そして子供達の方に向かって早歩きで近づきだした。
(このパターンは…)
コートの人物に気付いた子供達は遊ぶ手を止める。
コートの人物はポケットをまさぐりナイフを取り出した。
(…魔女!?)
子供たちが「ひっ!」と声を出したか出さないうちに香矢は走り出していた。
「はぁぁぁぁ!」
「!何だぁ!?」
香矢はコートの人物のナイフを持つ手を押さえ投げ飛ばした。
もともと運動神経が良かったせいかコーチの教えが良かったのか1ヶ月で大分強くなっていた。
(コーチに感謝!)
コートのフードが取れると…普通の人間の男だった。
香矢は拍子抜けして言った。
「あり、ただの変態さんだったスか?まぁ、いくら強くなったからって魔女をこんなに簡単に倒せるわけないっスか…」
携帯を取り出し警察に連絡しようとしていると
「すごい!」
「かっこいい!!」
「ありがとう!!」
と子供達から歓声があった。
「ぇえとっ、どういたしましてっス」
香矢は照れながら答えた。
「あれ、香矢お姉ちゃん?みんな?どうしたの?」
そこに裕子ちゃんが来て言った。
「裕子ちゃん、このお姉さんが助けてくれたんだよ!」
「裕子ちゃんの言う事、本当だったんだね!」
「この人がドラゴンヴァルキリーだよ!!」
その言葉に香矢は苦笑いして言った。
「違う違うっス!あちきはただのスーパー女子高生で…」
裕子は笑って言った。
「いいんじゃないのお姉ちゃんがドラゴンヴァルキリーで?」
「もう、裕子ちゃんまで…」
悪い気はしなかった。
志穂の格好よさは自分が一番知っていたから。
「ふぅん、良かったじゃないのね?」
コーチは鳥羽兎に報告にきた香矢にコーヒーを出しながらそう言った。
「いやー、照れるっスね…」
「あんたの事じゃないねっ!子供達が無事で良かったって事ね!!」
「あーそっちスか。でも、魔女かと思ってビビリ香矢さんモードでスたよ。」
「そう頻繁に魔女事件なんて起きないねっ!それに志穂がいないんじゃ…」
香矢はチッチッチッと指を振り言った。
「志穂さんは…ドラゴンヴァルキリーはピンチの時には必ず現れてくれるっスよ!」
「そうね。」
「…市で児童襲撃事件です。」
TVのニュースのアナウンサーの声が聞こえてきた。
香矢は嬉しそうに言った。
「おぉ、あちきの武勇伝がTVで語られる時がきたっスね。」
「まぁ、今日だけは調子に乗ってもよしね。」
アナウンサーは続ける。
「本日の夕方、公園で遊んでいた児童が通り魔に襲撃され、3人の児童とその保護者が重傷を負いました。」
(…えっ?)
香矢は聞き間違いかと思ってTVに近寄った。
「怪我をした児童と保護者は近くの病院に運び込まれましたが、全員意識不明との事です。」
香矢はコーチの止める声も聞かずに店を飛び出した。
(この近くの病院って言ったら…)
バイクにエンジンをかける。
病院のロビーには裕子ちゃんと他の子たちがいた。
しかし、3人ほど姿が見えない。
香矢は舌打ちをした。
「やっぱり…あの後何があったっスか?」
「どうして…」
俯いていた裕子ちゃんが言った。
「どうしてドラゴンヴァルキリーは助けにきてくれないの!?」
目を涙に腫らしながら叫んだ。
香矢は驚いて言った。
「裕子ちゃん…!?」
「やっぱりドラゴンヴァルキリーなんていないんだ!お姉ちゃんの嘘つき!!」
そう言って病院を飛び出して行った。
「…何があったんスか。」
香矢の問いかけに他の子たちが代わりに答える。
「あの後、みんなで裕子ちゃんの家で遊んでいたの。そしたら、裕子ちゃんのお母さんの悲鳴が聞こえてきて…TVなんかに出てきそうな化け物が襲ってきて…」
どうやらタイミング悪く魔女事件が直後に起こったようだ。
そしてそれがごっちゃになってTVで報道されたようだ。
(いや、あるいはごっちゃになって通り魔に責任をなすりつけるために直後を狙ったのかも…)
魔女は愉快犯が多い。
そういう事をやりかねない。
「…何か言ってなかったスかその魔女…じゃなくて、その化け物は何か言ってなかったスか?」
「確か…この世に正義の味方はいない、とかそんな事を言っていたような。」
香矢は頭がガンと殴られるような気になった。
(それが狙い?いや、それよりも…)
香矢は続けて聞いた。
「…最近、裕子ちゃんドラゴンヴァルキリーの話をよくしてたっスか?」
「うん、前よりもよく。」
それを魔女が聞いていたら…
「…裕子ちゃんがどこに行ったか分かるっスか?」
「多分パパところじゃないの?」
裕子ちゃんのパパの居所を聞き、香矢は病院を後にした。
(ドラゴンヴァルキリーは…正義の味方はいるよ裕子ちゃん。)
裕子は目を覚ました。
(あれ?アタシ何をしていたんだろう。確かパパの仕事場に向かっていたはず…)
「メがサめたか」
そこは父親の仕事場であった。
何度か連れてこられた事がある。
それよりも声の主が問題だった。
(パパと…)
縛られた自分の父親の横に先ほど自分の母親を襲ったカマキリ魔女がそこにはいた。
「カタホウのオヤがケガをすればもうヒトリのオヤのホウにクるとオモってサキマワリしていたのだ。」
起き上がろうとすると何かに押さえつけされた。
カマキリ魔女を小柄にしたような人間に押さえつけられた。
「あんまりランボウするなよワがコドモよ。キゼツでもされてはイミがない。」
裕子は涙目で言った。
「何これ…一体何の恨みがあって。」
「セイギのミカタだ。」
カマキリ魔女はそう言った。
「このヨにセイギのミカタなどいないコトをおマエタチにワからせるためだ。だからこそ、コロさずにケガだけをオわせた。」
そして、カマを裕子の父親の方に向け。
「トクにおマエだ。セイギのミカタのソンザイをマワりにキョウチョウするおマエにはネンイりにやらないと。セイギのミカタはソンザイしないコトを。」
「やめて!!」
「ウラむならセイギのミカタをウラめ。ソンザイしないセイギのミカタをな。キリキリキリ。」
カマを振りかぶった。
「いやぁー!!」
父親の方に振り下ろされる瞬間にフルートの音色が鳴り響いた。
「ナンだ?」
カマキリ魔女も部下の子カマキリも周囲を見渡す。
「どこだ!」
ドアが蹴破られ入ってきたのは、
「ナニモノだ!!」
「聖女ドラゴンヴァルキリー。あんたの嫌いな正義の味方っスよ!!」
香矢であった。
「キキキ!」
子カマキリ達が襲ってきた。
香矢はフルートを投げ捨て、懐のスタンガンを子カマキリに押し付けた。
「キキキ!?」
次々と倒れていく子カマキリ達。
(志穂さんの言っていた通り…機械製の体は電気に弱いってわけね。)
押さえつけられていた裕子を助ける。
裕子は言った。
「香矢お姉ちゃん…」
「さっ、逃げるっスよ。」
「待って!パパがまだ…」
裕子の父親の方に目を向けるとカマキリ魔女の姿が見えなかった。
「タショウのブジュツのココロエがあるようだが…」
いつの間にか背後にいた。
「!くっ!!」
香矢は慌てて後ずさりスタンガンを当てようとしたが当たらない。
「コドモタチとワタシがイッショだとオモうなよ!!」
かわしながら香矢の体に蹴りを入れた。
「ごふっ!?当たりさえすれば!」
「ムダだ。」
香矢からスタンガンを取り上げ自分の体に押し付けた。
音がビリビリとなっただけで微動だにしなかった。
「イったはずだコドモタチとイッショにするなと。」
「そんなぁ…」
「ナニがセイギのミカタだ。ナニがドラゴンヴァルキリーだ。おマエもタダのジャクシャだ。」
「ちくそー…」
「おマエもカラダをキザまれながらセイギのミカタがいないコトにゼツボウするがいい。」
カマキリ魔女はカマを構えた。
「ちくそぉー!」
再び、フルートの音色が鳴り響いた。
今度は香矢ではない。
香矢もカマキリ魔女も音色の方を向いた。
先ほど香矢が壊した扉の位置に人影があった。
「すみません、香矢さん。お待たせしました。」
そこには志穂が立っていた。
香矢はニヤリと笑い叫んだ。
「よく見てください、裕子ちゃん。あれこそが本物の聖女ドラゴンヴァルキリーっスよ!」
志穂は胸のペンダントを引き千切った。
いつもの変身…だが今回は赤くも青くもなく
剣の柄は黄色く
服は全身黄色のミニスカート
そして巨乳
そんな姿に
なった。
「バカな!ジツザイしていただと!!」
香矢は言った。
「実在しているに決まってるっスよ!さぁ、悪役はお約束通り正義の味方に倒されなさい!!」
志穂は剣を構えた。
空が黒くなってきた。
雷雲がでてきたのだ。
カマキリ魔女は叫んだ。
「キリキリキリ!バカな、シツナイだぞ!?」
志穂が剣を掲げるとカミナリが剣に落ちてきた。
志穂は言った。
「スタンガン効かないんだってね…じゃあ、それ以上の電撃を味わってみる?」
剣先に溜めた電撃をカマキリ魔女にぶつけた。
「キリキリキリ!」
カマキリ魔女は断末魔を上げて倒れた。
「…いつから帰ってきてたっスか?」
裕子たちを解放してから香矢は聞いた。
「1ヶ月ぐらい前からかな…でも、あんな風に消えたから戻りにくくなったのですよ。」
志穂の答えに香矢ははっと笑って言った。
「そんな事…ずっと待ってたんスよ?」
しかし嬉しそうだった。
再び香矢が口を開いた。
「それにさっきの姿…巨乳、ミニスカ、黄色い美女モードは一体?」
「香矢さんの勇気が…あの力を私に与えてくれました。」
香矢は少し照れた。
志穂は力強く言った。
「もう、私は迷わない…!魔女の手からみんなを守ります!!」
「そんな事よりも…」
志穂は香矢のその言葉に不思議そうに耳を傾けた。
「おかえりなさい、志穂さん。」
志穂はニコリと笑って言った。
「ただいま、香矢さん。」
第七話
優しさの緑の聖女
「さてと、次はどれに乗りますか?」
志穂はそう言った。
志穂と香矢は遊園地に来ていた。
きっかけは「息抜きに遊園地に行きませんっスか?」の香矢の一言からだったのだが…
その誘った本人の目は虚ろだった。
志穂が朝から絶叫系ばかり誘ったりするものだから。
香矢は力なく言った。
「…少し休まないっスか?おばさんはもう疲れてしまいましたよ。」
グテーとベンチに座り込んだ香矢をジーっと見つめた志穂が言った。
「もしかして香矢さんは絶叫系が駄目な人でしたか?」
「でー!?何を根拠に!?」
「これも魔法というべきなのでしょうか…相手の体調が見えてしまうのですよ。香矢さんの体力はそれほど落ちていませんよ?極度の緊張状態にあるようですが。」
「あーあー、ヒーローが敵の正体を見破ったりするっていう…」
志穂はクスリと笑い言った。
「考えてみれば最初にジェットコースターに乗った時から無言になるか「ヒッ」とか声出ていましたものね。」
香矢は顔を赤くして言った。
「いあいあ、あれは普通にキャーとかいうのが恥ずかしくてあちき独自な反応を…」
「キャーとか言う方が楽しそうですけどね?」
「それを言うなら志穂さん!あんたもジェットコースターに乗っているときは無言で無表情だったじゃないでっスか!?本当に楽しんでたんっスか?」
「えぇ、とても。」
「…あんなもんに乗って無表情とかあり得ないっスよ…それも魔法っスか?」
「いえ、地です。」
少し香矢は表情を柔らげて言った。
「誘っといてこういうのもなんですけど、志穂さんが遊園地を楽しむとは意外でしたっスよ。」
「そうですか?私は遊園地とか動物園とか大好きですよ?」
「はー、やっぱり志穂さんも年相応に小五ロリなんっスねー。」
背伸びする香矢に志穂は言った。
「それじゃあ、香矢さんのために絶叫系はこの辺にしといて次は観覧車かメリーゴーランドにでも行きますか?」
「観覧車はバカップルが、メリーゴーランドはパパと娘が乗るもんじゃないっスか?それともあちきと禁断のいちゃつきをしたいとでも?」
「それでは、あれは?」
志穂が指差した方向には「イルカショー」の看板があった。
数分後、二人はイルカショーの会場にいた。
真ん中の水槽…というよりプールにはすでにイルカがスタンバイをして泳いでいた。
志穂はいつもと同じ声で言った。
「ねー可愛いですね、香矢さん!」
「イルカって漢字で書くと海豚って書くっスよ?こんなショーに駆り出されて正に人間の家畜って感じっスね。」
「…香矢さんって雰囲気潰す天才ですね。」
とその時、舞台にインカムを着けたお姉さんが登場した。
「はーい、皆さん今日はイルカーショーを見に来てくれてありがとうございます!イルカショーの前にオットセイの小さなショーをやりますねー!オットセイのみんな、いらっしゃーい!!」
そう言うと舞台の裏からオットセイが5,6匹ほどお腹でツーと滑りながら現れた。
会場から黄色い声が上がる。
滑ってきたオットセイは器用にお姉さんの前に止まった。
「はい、よくできました!!」
会場から拍手が上がる。
その音に反応したのかオットセイも手(ひれ?)を真似して叩く。
香矢が興奮して言う。
「ななな、何っスかあの可愛い生命体は!?萌え~。」
お姉さんはボールを懐から取り出し言った。
「それじゃあ、投げるからとってね~。」
とボールをオットセイに向けて投げる。
オットセイは前から順番に鼻先でボールをポンポンと回して行き最後にお姉さんの方に向けてボールを投げ返した。
「はい、拍手お願いしま~す!」
再び拍手が鳴り、その音に反応して手を叩くオットセイ達。
「それじゃ、終わりです!ありがとうね、オットセイ達!」
お姉さんにそう言われ、オットセイ達は舞台裏に向けて腹で滑りながら帰っていく。
香矢が黄色い声で言った。
「わー滑って行くっスよ!可愛いっスね?」
「本当に…それに頭が良いですね。普通、動物を使ったショーって餌で釣ってやるのにあの子たちは餌をもらわずに芸をしましたよ。」
「おろ、そういえば?つーか、写真撮っておけば良かったっスよ!可愛さに目を奪われて忘れてたっス!!」
悔しそうに香矢が言った。
ショーの後に結局観覧車やメリーゴーランドに乗った後、帰るだけとなったところで香矢が言った。
「あのオットセイ達を見に行かないっスか?」
イルカショーの舞台裏に行ってみるとオットセイ達はいた。
先ほどのお姉さんと他の従業員に体をゴシゴシと洗われて気持ちよさそうにしている。
「うわぉ!オットセイってひげとか生えてるからおっさんみたいなイメージがあったスけど、こうしてみると赤ちゃんみたいに可愛いっスね!!」
香矢が大声を出すのでみんな驚いて注目した。
慌てて志穂が頭を下げて言った。
「ご、ごめんなさい。それとこんにちは。先ほどのショーを見てオットセイが見たくなって来てしまいました。」
手前にいたお姉さんが答えた。
「別に構いませんよ?最も体洗ってるだけですけど。」
「でも、頭の良い子たちですね。先ほどのショーでも見てたのですけど、一度も餌を要求しなかったですよね。」
鼻先で体をつつくオットセイの頭をなでながらお姉さんは答えた。
「そこに気付かれましたか。信頼関係があれば餌がなくても芸をしてくれるんですよ。まあ、その信頼関係を築くためにこうして毎日体を洗ったりとかしているんですよね。」
ホーと感心した香矢が口をはさんだ。
「言葉も通じないのにすごいもんっスね…」
隣にいた他の従業員が言った。
「入鹿先輩はすごいんですよ!オットセイの言葉が分かるみたいに…」
「こら、海!それは言いすぎでしょ!!」
入鹿と呼ばれたお姉さんは照れ臭そうに言った。
オットセイがオウオウと鳴きだした。
入鹿は言った。
「この子たちも疲れてるみたいなので厩舎に戻りますね。ほら、海行くよ!」
「ねっ、言葉が分かるみたいでしょ?」
後輩の海は嬉しそうに言った。
「ほう、それは良い物を見れたね。」
次の日の月曜日、志穂はコーチにオットセイの話をしていた。
「ええ、その後のイルカショーも面白かったですけど…あのオットセイ達の方が印象に残りましたよ。」
「ねっ、しかし遊園地に行って水族館行ったみたいな感想とは…」
「だって香矢さん、ほとんどの乗り物に付き合ってくれないのですもの。」
とそこまで話していると扉が開いて香矢が入ってきた。
「おあよーっス…」
2人はクスクスと笑った。
「あー、2人であちきの陰口叩いてたな~!それとも褒めちぎっていたのかなぁ?」
「ねっ、まぁ褒めちぎる事はまずないけどさ…」
「昨日の話をしていたんですよ。」
その志穂の言葉に香矢が騒いだ。
「そうそうそ!オットセイズ萌えましたね~。」
「ねっ、でもそんなに芸ができるならもっと有名になってもよさそうなのに…」
すると香矢がちっちっちっと指を振り言った。
「そこはネット情報屋の香矢さん、来週の日曜日に大きな水族館であのオットセイ達がショーをするという情報をゲットしましたぜ!」
志穂も喜んで言った。
「それは、すごいですね!」
「これでメジャーデビュー間違いなしっスよ!!」
コーチが突っ込んだ。
「ねっ、そういうショーにメジャーとかあるのかよ…」
「いやいや、TVでよく紹介されるぐらいの水族館っスよ!」
「ねっ、お前の基準はTVかよ…」
志穂はふうんと感心をし言った。
「香矢さん、どこでやるのですか?応援に行きたいな…」
「もちのろん!場所のチェックは完璧ですぜ、お譲さん!」
「コーチも行きませんか?」
コーチは少し考えて言った。
「ねっ、来週の日曜日なら行けそうだな。」
香矢は少し怒って言った。
「コーチ、人の恋路を邪魔する奴は馬に掘られて死ねっスよ?」
「ねっ、何が恋路じゃ!しかも微妙に間違ってるし…田合剣、こいつに変な事されそうになったら大声出すのよ?」
志穂は頷いて言った。
「常に警戒しています。」
日曜日、3人は件の水族館に来ていた。
コーチが呟いた。
「すごい人だね…」
香矢も感心して言う。
「みんなオットセイを見にきたっスかね?」
「それはいくらなんでも…あるか。」
珍しく志穂がのってきた。
しかし、3人は入口の看板の前で立ち止まった。
(本日のオットセイショー中止させていただきます。申し訳ありません。)
「せっかく見に来たのにねっ…」
「何かあったんスかね?」
志穂は少し考えて言った。
「…行きましょう。」
コーチはその言葉に疑問を持ち聞いた。
「ねぇ、行くってどこへ?」
「遊園地の方に決まっていますよ!せっかくのチャンスをわざわざ潰すなんて絶対何かありますよ!!」
香矢もうなずき言った。
「そうっスね…行きますか!」
コーチは驚き言った。
「ねぇ、せっかくきたんだから魚とか見てっても…」
「そんなんより、オットセイっスよ!」
「やれやれ若者は移り気が早いねぇ…」
呆れつつも2人についていくコーチだった。
遊園地に着き、イルカショーの裏に行くとそこにはオットセイ達はいた。
しかし、一緒にいるのはオットセイをうまく操っていた入鹿ではなく後輩の海だけであった。
気分は沈んでいるように見えた。
海もオットセイも。
こちらに気付いた海は声をかけてきた。
「あら、あなた達は…」
香矢が言った。
「あらあらうふふじゃないっスよ!どうしたんスか今日は!でかい水族館でショーって聞いてたのに…それに入鹿お姉様はどうしたんっスか!?」
海は俯いて言った。
「そう、心配してきてくれたんだ…」
「だ~か~ら~、理由を聞いてるんスよ!」
「ねっ、香矢ちゃん落ち着きなさい。」
コーチが諌めた。
「ねっ、良かったら話していただけませんか?」
コーチが問うと涙ぐんで海が言った。
「私どうしたら…!!」
海は混乱しながら話し始めたがコーチがうまく聞き出したおかげで理由は分かった。
要約するとこう。
先輩の入鹿が急病で入院してしまった事。
そのため予定していたショーは中止になってしまた事。
相手先はカンカンである事。
来週に今度こそショーをやるからという事で怒りをおさめてもらった事。
入鹿先輩は一カ月は退院できない事。
入鹿の次にオットセイ達と仲の良い自分にショーを仕切る事を押し付けられた事。
話しが終わる頃には海は号泣していた。
香矢は言った。
「…大人が本気で泣いているところなんてドラマ以外で初めて見たっスよ。ドキドキ。」
コーチは慰めて海に言った。
「ねっ、今からでも練習すれば…」
海は叫んだ。
「無理ですよ!入鹿先輩は天才なんですから!!私みたいな凡人に何が出来るっていうんですか!!!」
実際には大泣きでまともに喋れていないのだがそれだと何を話しているのか分からないのと、本人のプライドを守るために読みやすくするフィルターをかけている事をここで断りを入れておく。
「…やってみないと分からないじゃないですか。」
ここでずっと黙っていた志穂が口を開いた。
「はぁ!?やんなくたって分かるわよ!!私は入鹿先輩みたいにこの子達に慕われてないんだから!!」
「そんな事ないですよ…だってみんな心配そうにお姉さんの方を見ていますよ。」
確かにオットセイ達は海の方を注目していた。
海は叫んだ。
「餌が欲しくてこっち見ているだけでしょ!」
「この子達はそんな子じゃないと思いますよ。」
「何言ってるのよ!こいつらの声が聞こえるとか言うの!?」
コーチが二人の間に入って言った。
「ねっ、まぁまぁそんなに熱くならずに。」
「聞きたいですか、この子達の声。」
あくまで志穂は冷静に言った。
「ええ、聞きたいわよ!教えてちょうだい!!」
志穂は右手で胸の十字架を握りしめた。
「田合剣!?」
「ちょ、志穂さん、まさか!?」
驚く二人を無視して十字架を引き千切った。
その途端、志穂の体は光だし
剣の柄の宝石は緑色になり
服は全身緑色のマキシスカート(床までつく長さのスカート)
そして黄色い時以上の巨乳
そんな姿に
なった。
「ひぃっ!?人間なのあなたは!?」
海の反応に少し志穂は顔を暗くしたが言った。
「聞かせてあげます…この子達の声を…」
志穂が静かに目を閉じると両腕の袖口の糸がほつれ出し、やがてその糸は植物の茎のように変化して伸びていった。
香矢が嬉しそうに叫んだ。
「わぉ、触手プレイっスか?」
「ねぇ、黙ってなさい!」
コーチが諌めた。
右手の植物は先端が分かれオットセイ達の方に伸びていき、左手の植物は海の方に伸びていった。
「いや、こないで!!」
海は叫んだがその瞬間、
「ねぇ、恐れるな!田合剣はオットセイの声を聞かせようとしているんだ!!」
コーチが一喝した。
やがて植物の先端が海とオットセイ達の体に触れると海の耳に声が聞こえてきた。
「がんばろう」
「きっと海でもできるよ」
「入鹿お姉さんもそれを望んでいるよ」
「力を貸して」
海の目から涙が消えた。
「こんな事が…」
志穂は植物を元の袖に戻し言った。
「わかってもらえましたか?」
海はまだ放心状態だった。
見かねたコーチが話しだした。
「ねぇ、やる前からあきらめるなよ…そりゃぁ、先人のようにうまくはできないかもしれない。でも、あんたはこいつらに信用されてるじゃないか。少なくともゼロからスタートするわけではない。他の人よりはうまくできるんじゃないか。」
海はもう泣いていなかった。
そして力強く言った。
「私…やってみます。入鹿先輩みたいにうまくはできないだろうけど…」
「ねぇ、入鹿さんみたくできる必要はないんじゃないか?あんたらしくできれば。」
1週間後、海とオットセイ達は舞台に立っていた。入鹿のショーに比べるとギクシャクしていたが…立派なショーを行った。
志穂は嬉しそうに言った。
「よかったですね。」
「ねぇ、本当に…」
コーチの目には涙が浮かんでいた。
香矢はかつての海のように号泣していた。
志穂は心配して声をかけた。
「香矢さん、大丈夫ですか?」
「こんな湿っぽいのあちきらしくないっスね…」
香矢は涙をぬぐった。
「それにしても緑色のドラゴンヴァルキリーは、すごかったっスね!」
コーチが言った。
「ねぇ、動物の声が…」
「じゃなくて乳が!あれこそ爆乳っスよ!!」
志穂は呆れて言った。
「…もう香矢さんの心配はしない事にします。」
オットセイのショーは盛大な拍手で幕を閉じた。
第八話
憎しみの紫の聖女
「ァー、カラダがイうコトを…」
鮭(シャケ)の姿をした魔女は呟いた。
彼女は追われていた。
同じ魔女から。
魔女同士でも考えが違えば対立する事もある。
動物の縄張り争いのようなものだ。
彼女は魔女の中で強い方ではなかった。
そのため争いに敗れ命からがら逃げてきたところだ。
「!ダレだ!!」
ふと気配を感じその方向に向かって叫んだ。
彼女は死を覚悟したが
「…」
出てきたのは小さな女の子だった。
鮭魔女はほっと安心をし言った。
「ニンゲンのコドモか…ニンゲンはスベてシュ」
「…怪我してるの?」
子供は問いかけてきた。
「待ってて!今家から包帯取ってくるから!」
と走りだそうとした。
「おい…」
「えっ?」
鮭魔女は思わず呼び止めたが、その後の言葉が続かなかった。
少女は聞いた。
「なぁに?」
「…ホウタイはいい。ミズをノませてくれ。」
水を飲み終わって鮭魔女は少し落ち着いた。
そして少女をマジマジと見つめた。
(こいつはワタシがコワくないのか?ゲンキになったらコロされるとかオモわないのか?ジッサイ、そうするつもりなのに…)
少女はニコニコしている。
「…おマエ、ナマエは?」
その質問には鮭魔女自身が驚いた。
(ワタシはナニをキいているのだ?コロすアイテのナマエなぞ…)
「アタシは乙芽(いつめ)。あなたの名前は?」
鮭魔女はふぅと息をついて言った。
「このスガタにウまれカわったトキにナマエはスてた。スきにヨべ。」
乙芽は少し考えて言った。
「じゃあ、パンちゃんなんてどう?」
「ナンだそれは…」
「アタシ、パンが好きなの!!」
元気よく答える乙芽を見て鮭魔女…いや、パンは思い出していた。
人間だった時の心を。
今日も鳥羽兎のお手伝いをする志穂。
お客もちょうどいなくなり、同僚のルリと休憩をとっていた。
「おぁよーっス…」
けだるそう挨拶をし香矢が店に入ってきた。
「あぁ、もう交代の時間?」
ルリがそそくさと立つ。
香矢が頭を掻いて言った。
「いやー、すみませんっスね。甘~い時間を邪魔したりして…」
「そっ、もう少しで志穂ちゃんを落とせたのにね。」
どうやら付き合いの長さの違いか志穂よりもルリの方が香矢の扱いはうまいようだ。
(…というか二人で私をからかっているんじゃ。)
ルリが帰った後、制服に着替えた香矢が近づいてきて言った。
「そうそ、聖女ポストに遂にお便りが届いたんっスよ!」
「いや、聖女ポストなんて単語を初めて聞いたのに、さも当然のように話し始められても…」
「あり?話してなかったっスっけ?」
香矢は店のパソコンをいじりだし言った。
「ほら、これっスよ!!」
開いたホームページには、
「聖女ドラゴンヴァルキリーの部屋」
というタイトルのサイトが表示されていた。
志穂は言った。
「まさか…香矢さん?」
「そ!ドラゴンヴァルキリー・ファンクラブ会委員第一号として責任持って作らせてもらいました!」
「ねぇ、責任持って作るなつーの!」
いつのまにか後ろにいたコーチにお盆で香矢ははたかれた。
志穂はため息をつき言った。
「もう、香矢さんには何を言っても通用しませんよね…それで、聖…女…ポストってのは?」
「くわぁー!照れながら聖…女…とか言わないでくださいよ!あちきを萌え殺す気っスか!!」
「だ、だから、聖女ポストっていうのは何って聞いているんですよ!!」
「まあ、簡単に言うと魔女の情報をみなさんよろしくってメールフォームっスね。」
「ねぇ、怪しすぎるぞそれ…」
コーチに突っ込まれても構わず香矢は話し続ける。
「んで、記念すべき魔女情報第一号はっスね…「私の街に魔女が潜んでいるみたいです。」要約するとこんな内容でっスね。」
志穂は呆れて言った。
「要約しすぎじゃ…」
「ででで、次の休みにでも早速…」
コーチは言った。
「ねぇ、いたずらとかは疑わないのかよ…」
「行きます。」
志穂が即答したのでコーチと香矢も驚いた。
コーチは言った。
「ねぇ、田合剣。こんな幼稚なのに付き合わなくても…」
「魔女の事件の可能性が少しでもあるなら私は行きます。私にしかできない事ですから。」
そして香矢の肩を叩き言った。
「そういうわけで道案内をよろしくお願いしますね。」
香矢のバイクで二人は件の町へきた。
志穂はバイクを降りて聞いた。
「それでどの辺で魔女は目撃されたのですか?」
「ええ、何でも商店街に買い物しに現れるとか…」
「…ずいぶん庶民的な魔女ですね。」
「ちょ!魔女の可能性が少しでもあるなら行くって言ったのは志穂さんじゃないっスか!」
志穂は少し先ほど言った事を後悔し言った。
「それでは行きましょうか。その商店街に。」
商店街は活気づいていた。
香矢は感心して言った。
「いいなぁ~下町って感じっスね!」
「うん、仲間同士の集まりみたいな空気が流れています。」
そこに子供の声が響く。
「魔女だ~魔女がきたよ!!」
はっ、と二人は声の方を向く。
志穂は十字架を握りしめる。
そこにいたのは…
小さな女の子だった。
どこからともなく石が飛んでくる。
「危ないっ!!」
香矢が叫ぶとほぼ同時に石が女の子の頭にぶつかる。
「大丈夫っスか!?」
志穂と香矢が駆け寄る。
商店街はシーンと静けまり、ガラガラガラとどの店もシャッターを閉めた。
香矢が不機嫌な顔で言った。
「何っスかこれ…」
「ありがとう、でもいいんです。」
女の子は立ち上がり周りを悲しそうに見渡して言った。
「あー今日も駄目だったか…」
「どういう事っスか?」
香矢の問いに女の子はふっと笑い言った。
「…私、魔女なんです。」
香矢はぎょっとする。
「みんながそう言うんです。」
「何でそんな事を…!」
志穂の声が少し震えてる。
怒っているのかもしれない。
「仕方ないんです。私のお父さんは犯罪者らしいですから…それに。」
「それに?」
香矢の問いかけに少し焦った女の子は言った
「いえ、何でもないです!どうもありがとうございました!!」
ペコっと頭を下げて走って行った。
「どう思うっスか?」
宿に泊まるその夜、香矢が聞いてきた。
「何かわけありと見たっスけど…お父さんが犯罪者って?」
「何の犯罪かは分かりませんけど…結構重い罪みたいですね。」
香矢が驚き言った。
「あり、いつのまに調べたっスか?」
「調べたというよりあの時、店の中から聞こえてくる話の内容を聞いただけで…私の耳は普通の人よりもよく聞こえるのですよ。」
香矢は感心をし聞いた。
「で、どんな内容だったんっスか?」
「胸が悪くなるから聞かない方がいいと思いますよ?」
犯罪者の子は犯罪者だ。
母子共に早く出ていってほしい。
下手に優しくしたお店があるからいまだに商店街にくる。
最もその店は町民が団結して潰したが。
あいつはいるだけで周りに悪影響を与える魔女だ。
香矢は顔をしかめて言った。
「…大した仲団結力っスね。で、どうします?正直こんな町から早く出て行きたい気分なんっスけど。」
「もう一度あの子に会ってみましょう。魔女とは関係なさそうですけど私たちに出来る事があるかもしれません。」
「名前聞いておけばよかったっスね。」
「乙芽ちゃんと言うそうです。聞きたくもない話でしたが、彼女の名前だけが知れたのがせめてもの救いでした。」
「乙芽ちゃん…可愛い名前っスね。」
同じ頃、乙芽は再び鮭魔女のところにいた。
「ごめんなさいパンちゃん。包帯とか買いにいったんだけど手に入らなくて…」
「キにするな。もうダイブゲンキになってきた。」
鮭魔女の体は実際完治しかかっていた。
「それよりもおマエはワタシが魔女とシってもナゼヤサしくしてくれる。」
「それはだって…」
アタシも魔女だから。
そう言おうとして言葉を飲み込んだ。
「パンちゃんが友達だから。」
鮭魔女は少し嬉しそうに言った。
「乙芽、ずっと一緒にいてくれるか?」
「うん、ずっと一緒だね。」
鮭怪人と別れて乙芽は自宅に向かっていった。
(遅くなっちゃった。ママが心配する。)
家のドアを開けるとそこには見慣れない男が立っていた。
ママの首を持って。
「犯罪者なら殺しても問題ない。」
男はくくくと笑った。
次の日の朝、志穂と香矢は乙芽の家に来ていた。
人が騒いでいる家をのぞいてみたら物言わなくなった乙芽がそこにいたのだ。
「一体、何が…」
香矢は力が抜けヘタリと座り込んで言った。
一方、志穂はそうもいかなかった。
周りの冷ややかな話声が聞こえてきていたからだ。
「死んで当然だよ。犯罪者の家族なんて。」
「あ~せいせいした。」
(一体、この子があんたたちに何をしたっていうの!むしろしたのはあんたたちじゃないの!!)
志穂が今までにないドス黒い感情に包まれていたその時、後ろが騒がしくなった。
見ると鮭魔女がすぐ後ろに立っていた。
香矢が叫んだ。
「魔女!?お前の仕業っスか!!」
「ずっと…」
鮭魔女は香矢を無視して乙芽のところに駆け寄った。
「ずっと一緒だって言ったじゃないか!!乙芽!乙芽―!!」
鮭魔女は泣いていた。
志穂と香矢はその姿を見て全てを理解した。
乙芽はこの魔女の良心の代わりだったのだろう。
「…コロしてやる。」
鮭魔女は立ちあがった
「コロしてやる!コロしてやる!コロしてやる!ニンゲンをみんなコロしてやる!」
鮭怪人は外に向かって走り出した。
「ァー!ニンゲンはスベてシュクセイする!!」
逃げまどう人々。
「助けてくれー!」
「殺されるー!」
「いやだー!」
志穂の耳には全てその声が届いていた。
「…勝手な事を言うな。乙芽ちゃんはお前らの…犯罪者扱いにした考えが殺したんだぞ!あの鮭魔女は彼女がいれば私や黒猫と同じ…人間の良心を取り戻せたというのに…」
志穂の言葉を聞いた香矢も状況を理解した。
しかし、その言葉とは逆に志穂は胸の十字架を握りしめた。
香矢は静かに言った。
「…それでも戦うんスね。」
「乙芽ちゃんのためにも止めなきゃ…」
志穂は十字架を千切った。
いつもより乱暴に。
その途端、志穂の体は光だし
剣の柄は紫色になり
服は全身紫色の短パン姿に
そして胸はペタンコに
そんな姿に
なった。
「ァー!シねぃ!!」
一人捕まえた鮭魔女は首を右手でねじ切ろうとしていた。
しかし、志穂の剣で右手を切られ、捕まっていた人間は逃げ出した。
鮭魔女は志穂を睨みつけて叫んだ。
「ァー!ジャマするのか!!」
「ごめんなさい、あなたの憎しみは分かります。でも…」
志穂は剣を構えた。
「その憎しみは私にぶつけて!これからあなたを倒す私に!!」
剣先から紫色のガスが放出される。
包まれた鮭魔女の体が溶けていく。
腐っていっているのだ。
見た目と違い機械の体を持つ魔女の体だが腐っていった。
「ァー乙芽、乙芽!!」
鮭魔女は狂ったようにその名前を呼んだ。
そして最後に小さな声だったが
「…止めてくれてありがとう。ドラゴンヴァルキリー。」
そう聞こえた。
第Ⅰ部 完
聖女ドラゴンヴァルキリー