出張先にて

地球がシバルニュー星人が誤って発射した高振動ホクペテヌ粒子光線に当たり爆発したというニュースを聞いた時、私はセルング星のターミナルにいた。忙しなく行き交う人々の頭上にある巨大モニターがそのニュースを地球が爆発する映像とともに知らせていた。私はセルング星での営業を終えて、一旦地球に帰ろうとしていたところであった。地球が爆発するだなんて思ってもいなかった私は、そのニュースを処理するために脳のほとんどをその事に集中させ過ぎて、ほかのことが疎かになってしまい上手く体重を足に振り分けることが出来ず、その場にへたり込んでしまった。私を見送りに来てくれていたセルング星の友人は、最初何が私に起きたのか理解できなかったようだった。彼はきょとんとした顔をしていた。実際のところ、彼の表情がきょとんとしたと思っているのは私だけで、本当は全く違う表情なのかもしれないが、私にはそれが判断できない。私は彼らの文化については詳しくないのだ。今から友人が帰ろうとしている惑星が爆発したと報道されているのに、その映像を見て彼が最初に発した言葉は「中身の方は青くないんだな。」だった。友人の爆発した故郷を見ていう台詞がそれか、と思ったが、殴りかかろうとする気も起きなかった。代わりに、青く見えているのはただの水であるということを教えてやった。ちなみに、その時彼は、「ほかの惑星についてもくわしいんだな。営業で色々まわってるから?」などとぬかしたので、私はそこでようやくこの男が、友人がこれから帰ろうとしている故郷の名前すら覚えていられない男なのだと察した。まあ、へたり込んだ私を見ても何も思わない男である。というより、友人と思って接していたのは私の方だけという可能性の存在が大きくなってきた。段々と周りが、哀れな地球人の存在に気づき始めた頃、彼は私に船の時間は大丈夫かと聞いた。大丈夫もくそもない、私の帰る場所は爆発して粉々になったのだから船なんて出ないし、出るとしてもそんなどこに着くかもわからない船に乗るわけがない。押し黙った私を見て、彼は不思議そうな顔をした。まだ気がついていない。私は目線をモニターへと向けた。そこでようやく彼は私の故郷がどこだかの察しをつけたらしい。察しをつけたというか、私は自分の故郷について、彼と初めて会った時にも話したし、二日前にも話しているし、なんなら十五分前にも話している。私は彼と私の会話についての認識の相違を、改めてもっとしっかりきちんと腹を割って話し合わなければいけないようだ。彼は「いや、大変なことになったなあ。」 と言ったが、大変どころではない。取り敢えず今日は泊まっていくといい、彼の申し出は素直にありがたかったが、もう少し気を遣った発言をしてもらわないと、私は耐えられそうにない。それでも、アパートの短期契約が一昨日で切れている私にほかの選択肢はない。
ターミナルを出た後、酷いことがあった後は腹がへるだろう、と言う彼に連れられ、そのまま飯屋へ入った。正直、さっきの衝撃のせいで、腹がへっているかもよくわからなかったし、自分の体に厚い膜があるかのように感覚も不鮮明だった。歩いている時も地面に足がついている感じがせず、まるで重力が軽くなったかのようだった。飯屋の椅子に座り、適当な品物を頼む。目を滑らせると、飯屋のモニターも地球のこと放送している。単眼に緑の皮膚をした女性アナウンサーが惨状を読み上げる。
「――先程、シバルニュー星人所有の宇宙船が誤って発射した高振動ホクペテヌ粒子光線が太陽系に属する地球に当たり、地球が爆発しました。なお当時は地球暦で新年のため、多くの地球種と観光に来ていた異星人が犠牲になった模様です。確認されている生存者はいません。」
会社に連絡した方がいいのだろうか、とぼんやりと考えていると頼んでいた料理が来た。茶色いペーストの上に白い粉がかかった料理だ。この茶色のペーストはこの星に生息する植物からできている。植物といっても、自分であたりを動き回って動物を捕食するような奴なので、ほとんど肉みたいなものだ。白い粉の方は、ウサギとライオンを掛け合わせたみたいな奴の骨からできていて、味は塩のような感じだが、こちらの方が少しまろやかな味だ。食いながら彼が、あんまり落ち込むなよ、と言ったが、おそらく彼は人を慰めるのが驚異的に下手なのだろう。自分の故郷、友人、恋人、全てが爆発してしまった人間に掛ける言葉として全く相応しいとは思えない。それと、いつも思うが、彼はものを食べる時、頭が半分に裂けるようにして口に当たる部分を開くが、もう少し中がこちらに見えないようにする気はないのだろうか。
「――続報が入りました。現在、この宇宙に存在する地球種は研究機関に運ばれていた植物が二十三種、三十八種、昆虫は四十六種、当時地球におらず、生き延びたとされる人間は二百四十六人です。これらの地球種は宇宙内消滅危険種に指定されることになりました。なお、爆発しました地球の破片は回収されましたので、引き取りたいものがある地球種の皆さんはお早めに銀河浮遊物管理局に足をお運びくださいとのことです。」
淡々と読み上げるアナウンサーの口から、白い舌が覗く。宇宙内消滅危険種に指定されてしまった。もう地球はどこにもない。帰りたいと思う場所もなければ、寂しいときにメールを送る相手もいないのだ。向かい合っている彼が、ものを引き取りに行くなら自分も付いていこうかと言うので、そうしてもらうことにする。私は銀河浮遊物管理局の場所をよく知らなかったし、宇宙についての常識もあまりないのだ。実のところ、人間が宇宙間の交流に乗り出したのはここ七十年ほどで、地球は今だ未開の地と呼ばれても良いくらいだった。
そうして今日、私は友人付き添いのもと銀河浮遊物管理局に向かっている。銀河浮遊物管理局はセルング星から二億光年ほど離れたところに位置している。まあ、ワープ装置付きの船なので、どれくらい離れているかというのはどうでもいいことだ。乗ってから十分ほどで銀河浮遊物管理局に着いたというアナウンスが流れる。彼の話では、管理局は亜空間を利用した部屋をいくつも有しており、そこに銀河を浮遊する、ゴミとは言い切れないものを収めているらしい。受付にいくと、名前と地球での住所を書かされた。職員がその紙をもって奥へ引っ込んでいったので、五分ほど待つと別の部屋へと呼ばれた。友人にはロビーで待ってもらうことにした。部屋に入ると、まず私の家の屋根であったものが目には入った。それからソファ。住所を書かせたのは身元確認のためだけではなかったらしい。いったいどうやって特定したのか、その部屋には私の書いた住所の範囲にあったであろう銀河浮遊物が置いてあった。想像したよりもちゃんとものの形を保っているものが多い。部屋を歩きながら見回っていると、一つの時計が目にとまった。父のものでも、弟のものでもない。いったい誰のものか、そう思ったとき、ふっと葉巻の匂いが鼻腔をかすめた気がした。家族で葉巻を吸ったのは、祖父だけだった。祖父は元軍人で、よく私を狩りに連れていった。ちゃんと狙いをつけろとよくどやされた。私は泣きながらスコープを覗いた。そうして仕留めた獲物を、祖父はいつも手際よく解体した。私は狩りが嫌いだったので、よく逃げていたが、弟はよく祖父に着いて行っていた。時計は持って行こう、そう思い手を伸ばすと時計の下にジッポがあった。父のものだろう。弟と私は煙草を吸わなかったし、祖父はいつもマッチを使っていた。父は祖父に似ず、大人しく静かな人だった。祖父は静かなように見えて激しい人だったので、祖母に似たのかもしれない。弟は母に似て、随分明るい性格をしていた。
結局、祖父の時計、父ジッポ、弟のカフス、母のペンダントを引き取ることにした。恋人のものも何か引き取ろうかと考えたが、死んだ恋人をいつまでも引きずることになるのは嫌だったので、やめた。宇宙は広いのだから、地球人ということにこだわらなければ、すぐに恋人も出来るだろう。ああ、だけど、彼女は本当に素晴らしい人だった。
ロビーに行くと、随分大きな荷物を抱えた人が三人いた。見た限り地球人のようだった。
「あの人たちみたいに、もっと大荷物持って出てくると思ったのに。」
彼が少し驚いたように言った。
「置く場所がないんだ。」
そう言うと彼はなるほど!といたく納得したようだった。言っておいてなんだが、なるほどではない。何を引き取るかの書類を書き受付に渡すと、残りのものは処分しても構わないか、と受付係から訊ねられる。どうしたらよいのかわからず、黙ってしまう。もういらないことはわかっているが、処分するにはまだ気持ちが追いつかない。答えあぐねる私に、では、まだ残しておきましょう、と受付係が言う。
「宇宙はなにが起こるかわかりませんからね。」
本当にそうだと思った。今までで聞いた中で一番有益な言葉だった。決心がついたらまた来てください、という声を背に管理局を後にした。
セルング星のターミナルに戻ると彼は、仕事はどうするのかと聞いた。
「地球は爆発しちゃったわけだし、会社もそうだろう?」
こいつは言い回しを工夫しようと考えたことがないのだろうか。
「本社は別の星にあるんだ。昨日連絡したら、しばらくはここの支社にいるように言われた。」
彼はそうか、と嬉しそうに笑って、これからもよろしく頼むよ、と言ったが、私はもっと気遣いのできる友人を探した方が良いのではないか、という思いを捨てきれなかった。

出張先にて

出張先にて

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-12

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