目の前に穴が開いていた

目の前に穴が開いていた
ビー玉を入れると吸い込まれていった
次は消しゴム
筆箱
下敷き
ピアノの楽譜
お絵かきセット
ボール
ぬいぐるみ

まだまだ落ちて行く

嫌いな勉強机
いつからあったのかわからない日本人形
たんす
緑色の土壁

すべて飲み込んでくれる

おかあさん
おとうさん
ともだち

過去

急に怖くなったわたしは
穴をくるくるっと丸めて飲み込んだ

私の中に穴ができた

底の見えない暗い場所を
見ないように
見えないように
私は食べ始めた

手当たりしだい何でも食べ
そして吐いた

友達を食べて
捨てた

穴は埋まらない
穴はどんどん大きくなる

そしてわたしは穴に落ちた

誰の声も届かない
わたしの声も伝わらない
星だけが
瞬いている
暗闇に漂うわたし

どのぐらいの時間がたったのだろう
遠くからやかましい声が聞こえる
何してんねん
何やねん
このままでええんか

ここにいてはいけない
まだ何もしていない
生きてない

手探りで歩き始めたわたしに見えたのは
たくさんの絡まった糸だった
どの糸を選べばいいのかわからない
ただ気になった糸をたぐって歩き出した

何度も転び
何度も頭を打ち
痛くて痛くてうずくまっても
また歩き出す
「何やってんねん」の声にせかされながら

空が少しずつ明るくなるように
周囲が見え始めた時
突然わたしはわたしに戻った

穴と一緒に

穴をのぞくと
きらきら輝く宝石が入っていた
わたしが穴に放り込んだものが
宝石に変わっていた

ひとつずつ取り出して
一日を生きていく
わたしは生きていく

穴と共に

(終)

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-12

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