古都

 サッカー部のキャプテンの溝口君が山下さんに告白してふられたらしい。この情報はクラスと云わず学校中に広まり、ここしばらくは寄ると触るとこの話題だった。その主題は「なんで山下みたいなのに告白したのか」だった。山下さんの格は上がり、溝口も派手な女子に告白しなかったことで好感を持たれたようだった。この手の話題には全く加われない僕は又もや疎外感を強めるのだった。
 山下さんはクラスでも目立たない子だった。弁当も一人で食べていたし、休憩時間も本を読んでいることが多かった。別にいじめられているのでも孤立しているのでもないようだが一人で居るのを見かける事が多かった。クラブは文芸部で、部員は山下さん一人だった。
 その日僕は終始眠たかった。借りていたDVDの返却期限なのにまだ全然観れてなくて前夜4本連続で観るはめになり自主的オールナイト上映で完全徹夜だった。授業中は何とか先生に注意されないで済んだが、授業が終わるとそのまま机に突っ伏して寝てしまった。
 ふと目覚めると教室には既に誰も居らず夕日が差し込んでいるような時間だった。窓際の席で山下さんが一人、文庫本を読んでいた。寝ぼけていて、いつもならそんな風に気軽に女子に声を掛けたり出来ないのだけどつい
「何読んでんの」
と声を掛けてしまった。山下さんはピクリとして振り返りあんたには分かんないでしょうけどといった風に
「古都。川端康成の古都よ」と言った。
「あーそれ、双子の女の人の話でしょ。生き別れになった双子」
「え?うん、それ。良く知ってんね」
「岩下志麻が一人二役やってた。めっちゃ綺麗だった」
「何の話?」
「うん、映画。古い日本映画」
「ふーん」
彼女は黙りこんで、僕はまだ頭の半分くらいは寝ぼけていた。その時なぜそんなことを訊けたのか今でも不思議だけど
「なんで溝口君みたいなのふったの?」と訊いてしまった。
彼女は少し驚いた後、薄く笑って
「俺が告白してんだから当然付き合うでしょ、って感じがムカツイタ」と言った。今度は僕が
「ふーん」と言った。よく考えたらあんまり関心はなかった。すると彼女は
「このこと私に訊いて来たのはあんただけだわ。みんな噂話するばっかで」そう言うと文庫本を鞄にしまって教室を出て行った。
 僕はまだ少し眠たかった。

古都

古都

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-10

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