世界の終わり
某テレビ局のスタジオ。
終末論をめぐってパネラーが二手に分かれ、今まさに議論は白熱していた。
物理学が専門の大木という大学教授がやや興奮気味にしゃべっている。
「あんたたちは何かというと人類の終末だの、この世の終わりなどと世間の不安を煽るが、そんなものは何年も閉店セールをやっている場末の商店と同じで、終わる終わる詐欺じゃないか」
すると、超常現象研究家という肩書きの髭面の男が、すっくと立ち上がった。
「わたしは帰る。こんな分からず屋といくら議論をしても、時間の無駄だ」
司会者は表面上困ったような顔をしながら、内心はいいぞもっとやれと思っているのがあからさまな態度で、「まあまあ」などと言いながら双方を宥めている。
その時。
得も言われぬ美しい鐘の音が、スタジオ中に鳴り響いた。
大木教授は何事が起きたのかと周囲を見回して、驚いた。
血相を変えて立ち上がったはずの髭面の超常現象研究家を始め、スタジオ中の人間がまったくの無表情になり、操り人形のようなぎこちない動きでゾロゾロとスタジオから出て行ったのだ。
「な、何だこれは。ドッキリなのか」
教授の独り言のような問いかけに、スタジオの副調整室から返事が来た。
「いや、ドッキリではないよ。ちょっと待っててくれ、そっちに行くから」
スタジオに入って来たのは、番組が始まる前に段取りの打合せをしたディレクターだった。
「おお、あんたか。教えてくれ、いったい何が起きたのかね」
ディレクターはちょっと皮肉な笑みを浮かべた。
「本来なら説明するまでもなく、終末の鐘の音を聞いた瞬間に、現世の記憶はすべて消去されるはずなんだが、たまにこんな失敗が起きるんだよ」
「何の話だ。全然わからんぞ」
「まあ、簡単に言えば、世界が終わった、ということさ」
教授は呆れ果てたという顔をした。
「あんたまであのペテン師たちみたいなことを言うのかね」
「彼らの言っていることは、当たらずといえども遠からず、というところだが、まあ、言葉で説明するよりも、これを見てくれ」
そう言うと、ディレクターは皆が出て行った方のドアを開けて見せた。
先ほどまで廊下だったはずの場所は、まったく先が見えない灰色の霧に覆われていた。
「どうしたんだ。火事にでもなったのかね」
「違う。これは『虚無』さ。おっと、触っちゃいけないよ。ええと、そうだな」
ディレクターはスタジオにあったパイプ椅子を、その灰色の霧に差し込んだ。数秒待ってそれを戻すと、ちょうど霧に入っていた部分だけが、スパッと切り取られたように消滅していた。
「このスタジオは、ぼくが残務処理を終わるまで特別にブロックしてもらっているんだ。そうでなければ、鐘が鳴った瞬間に消滅してる」
「わけがわからん」
大木教授は頭をかきむしった。
「テレビに喩えた方がわかりやすいかな。この世界は打ち切りになるのさ、スポンサーの意向でね」
「スポンサー?」
ディレクターは黙って上を見上げた。
「そんな馬鹿な。わしは認めんぞ」
「あなたが認めなくても、別にいいけどね」
「それより、みんなはどうなったのだ。消えてしまったのか」
「まあ、物質としては雲散霧消したということになるな。もっとも、設定は保存されているから、いつでも再構成はできるよ」
「だったら、元に戻してくれ。あ、いや、あんたの言っていることを信じたわけじゃないがね」
ディレクターはちょっと困ったような顔になった。
「うーん、ぼくの一存では無理だね。スポンサーは人間に愛想が尽きたらしい。それに新しい企画がスタートすることになってる。今度の世界ではタコから進化した知的生物が主役さ。人間よりはずっとスポンサーに従順だよ」
「わしはこれからどうなるんだ。いやいや、わしなんかどうなってもいい。どうせ老い先短い命だ。しかし、若者や子供たちはこれからなんだ。あんたが何者かは知らん。スポンサーとやらがどういう意図なのかもわからん。だが、もう一度、人間にやり直すチャンスはないのかね」
ディレクターはちょっとため息をついた。
「いつも、こうさ。結局、情にほだされてしまう。まあ、今度こそ無理かもしれないけど、スポンサーに掛け合ってみるよ」
そう言うと、ディレクターの背中に大きな白い翼が現れた。ゆっくりとそれを羽ばたかせながら上昇し、スタジオの天井を通り抜けて消えてしまった。
「おい、わしはどうしたらいいんだ?」
「わたしは帰る。こんな分からず屋といくら議論をしても、時間の無駄だ」
司会者は表面上困ったような顔をしながら、内心はいいぞもっとやれと思っているのがあからさまな態度で、「まあまあ」などと言いながら双方を宥めている。
その時。
「あ、ああ、ちょっと待ってくれ。わしが言い過ぎたようだ。頼む、席に戻ってくれ」
急に態度を軟化させた大木教授に、司会者は一瞬落胆した表情になったが、すぐに作り笑顔で髭面の男を呼び戻した。男が席に着くと議論が再開されたが、当初の熱気はなくなっていた。
そんな中、大木教授はなぜ急に自分の闘志が消えてしまったのだろうと、首を傾げていた。
(おわり)
世界の終わり