名残さね月
名残さね月
「怖い目をしている」
そう言いながらもあたしは彼に寄り添い、そっと指先を絡めた。
「たくさんの人を斬りました」
「だから北に行かれるのですか」
しばらく彼は答えない。
「多分違います」
曖昧な答え。
本当は彼の答えなどどうでも良かった。ただそれを始めるのが苦手だった。
できれば乱暴に始めてくれれば良かった。前の薩摩兵、いえ、官軍の将校のように。
「乱暴にして下さい」
あたしは彼のまだ若い自身が暴発したがっていることに気がついていた。
「私は農家の次男坊でした」
あたしは彼の身の上話を聞きながら、彼の右手を胸に誘った。
「それで?」
「私は武士になりたかった。だから、剣術を学びました」
遠慮がちな愛撫。
あたしはそっと彼の手を離す。
彼はあたしが導いたところだけを遠慮がちに触っている。
「乱暴にして下さい」
あたしは彼の手を今度はそっと太股に導いた。
脚の力はずいぶん前からだらしなく抜いている。彼はまた遠慮がちにあたしに触れる。
「触って良いって言ってるじゃない」
「ほら」
あたしは彼の屹立したそれにそっと触れた。
脈動。
彼はこれ程までに求めている。
「私は武士になりたかった」
あたしは彼の唇を唇でふさいだ。
やっと彼はあたしを抱き止め、髪を撫でる。
武士の時代はもうすぐ終るから、彼は武士になれた。
彼の指先をあたしに導く。
「乱暴にして下さいませ」
あたしは狡い人間なのかも知れない。
あたしの身体は彼の欲情を受け入れる準備が整っている。けれど、全てを不可抗力にしようとしている。
激痛。
貫かれる痛みは変わらなかった。
「もっと乱暴にして下さい。その方が女には心地好い」
この痛みになら耐えられる。
いつもそう思っていた。
それから何度もわけがわからなくなって、悶えて、拒絶して、受け入れて、朝になって。
「武士になりたかった。武士として生きたかった。だから武士として死ぬことに決めました。ありがとうございます」
彼の言葉で思い出した。そう言えばあたしは武家の生まれだった。
後衣の空には白いさね月が浮かんでいた。
後衣未練名残さね月。
北の街で戦争が起きた。
彼が戻ってくることはなかった。
昨日は官軍の将校が力ずくであたしを犯した。あたしの望むように。
名残さね月