夜を歩く

右ポケットに煙草を
左にはライターを入れて

右ポケットには携帯を
左にはリップクリームを

自由になった両の手と
軽くなった両足で
夜を歩きだした

アパートの入口を出て左
少しして牛乳屋さんを左折
信号を渡って右折
次の信号で左折

彼女は帽子を脱いで
彼は煙草の火を消した

23時の古本屋は人もまばら
たたた、と階段を登って
彼女はまっすぐ文庫棚を目指す
彼はふらふらふらふらと
彼女の後ろをついていく

は行の棚で腕組みして
読むは短歌の特集本
日に日に削がれる命と換えて
彼女はことばを吸っている
それは誰にも止められなくて
もちろん僕にも止められない

本を覗いた君がいう
短歌はいいよ、短歌はいい
言われなくてもわかっています
口では戯言いうけれど
同じ気持ちの今がしあわせ

ホタルノヒカリをBGMに
並んで階段駆け降りた
外はもう秋 季節はもう秋
0時を越えた本屋にさよなら

君は突然つぶやいた

「夜を歩く 隣で君は 鼻歌を
ドレミファソラシで 秋桜が咲く」

返歌は何にしようかな
鼻歌やめて考える

彼は鼻歌途中でやめて
頬の輪郭たどる、指
彼の癖はお見通し
変化球を投げるつもりね

「夜を歩く 秋の夜長に 五七五
ことばは宇宙の広さに似てるね」

何それ、と 返答聞いてほくそ笑む
知らなくていい、それが君だよ
笑ってことばを投げかけた
宇宙と秋桜のつながりを
必死で悩む君にほうらと
英和辞典を投げてあげたい
そんな気分になったのさ

古本屋を出て右
少しして信号を右折
信号を渡って少し歩いて
牛乳屋さんを右
少ししたらアパートの入口

右手でバイバイ
左手でバイバイ
彼女はアパートへ
彼は元の道へ
何もかもが違うふたりの
この思い出はひとつきり

「夜を歩く ふたつの影の その上は
星がきれいに ならぶ宇宙だ」

夜を歩く

夜を歩く

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-09

Copyrighted
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