若者のすべて
流れる音楽に任せて、走った。上がる息、もつれる足、流れる汗、肌をさらう外気。全てがリアルな今、なのに。
ぼくは、
にげたい。あらゆることの、あらゆる存在理由から。
食べたい。きみの見るものすべてを。
つないでたい。解けそうな手綱をもう一度握りしめて。
揺れたい。流るるままの、そのままの。
会いたい。ほしのよるを越えて。
歌いたい。手が届きそうな青空。
笑いたい。よじれてこんがらがるまで。
掴みたい。掴めないその手を。
潜りたい。羊水の溢れる君の子宮へ。
見たい。はじからはじの、つまさきまで。
戻りたい。戻れなくなるところまで。
塗りたい。きみの眼球、まっくろくろに。
抜け出したい。今、この、世界から。
勢いにまかせて地面に寝転んだ。そのまま二回転して見えた視界は一面、空、空、空。アスファルトのごつごつがやけに痛い。徐々に整う息。投げだした足、止まらない汗、肌を冷やす外気。
空に向かって手を伸ばした。そのまま、僕はもう動くことすらできずに。
どれくらい経ったのだろう。
突と影が落ちた。影の向こうに「にい、」と笑う君がいた。何も言えないでいると、何も聞かずに笑い出した。だから僕は泣いた。君がお構いなしに笑うから、僕もお構いなしに泣いてやるんだ。
君が手を差し出した。星も雲も太陽も夢さえも掴めなかった僕の両手がただひとつ掴んだのは、君の白く薄い手だった。ただただ、君の左手が僕の右手を、僕の右手が君の左手を掴んで引っ張って離さない。
繋がった手のひらから両手いっぱいの言葉があふれだして、でもどれも音にはならずに落ちていく。それでも、こころは満ちていった。歩き出す君の足、右、左、と進む歩に合わせて、想う。
(駄目なところをたくさん知っているはずなのに、どうしてきみは一緒にいてくれるの)
止まらない涙、落ちる言葉、全部全部君が掬いあげてくれる。薄いガーゼが何枚も重なったような君の掌が、砂のような僕の想いを全て掬ってさらさらにしてくれる。
「こういう夜もいいよ」
ぽつり、と君が宙に放った言葉が、ほら、また今夜も僕を救ってくれるんだ。
若者のすべて