そうして君は強くなる
(赤、黄色、)
ざく、ざく、ざく。落ち葉の軋む音に、秋が深くなるのを感じた。つい最近買った靴が、初めて触れる季節は秋。物持ちの悪い彼女のことだ、来年の今日まで持つだろうか。暖かそうな生地のサボは、歩く度に落ち葉を靴の中に巻き込んでいく。彼女は数十メートル歩いては靴の中の落ち葉を払い、また歩き出す、というようなことを二、三度繰り返した。彼女にとってそういった面倒くさい行為をする余裕は十分にあった。
ベンチに座る。首に巻いていた大判のストールを広げて、スカートが風で捲れないよう、膝の上に置いた。斜陽が彼女の横顔を照らしている。
11月が終わりを迎える。もう毎年のことだが、この時期はなんだか時が進むのが早い。残り少なくなった月日に何をするかを、頭の中で整理する。そうしてから、やることの全てをやりきるためには、もう少し早足で駆けないといけないことに気づく。時間はいつだってわたしを見過ごしてはくれない。
前を向くために過ぎた過去があるのだとしたら。そんなことがふと浮かぶ。目を閉じれば鮮明に蘇ったあれこれも、いま、この瞬間から、かけっこのようにして過去へと去っていく。言葉も、映像も、手触りも、鮮明だったあの頃は、リアルだったあの瞬間は、もう二度と戻ってこない。
伝えたいことがあった。そして彼女はついに、それを伝えることができなかった。
もごもご、と口の中で言葉を紡ぐ。その言葉は、過去に生きる彼の人に向けられたものだった。胸が疼くような心地、だけれど期待外れな程に涙は出なかった。そのことにでさえ、時間がいろいろなものを浄化して、少しずつ、少しずつ確実に、前へ進むための準備をしてくれているのだと感じた。
チリン、という音にはっと顔をあげると、ちょうど目の前で散歩中の犬を連れたお姉さんと、自転車に乗った男の子がすれ違う。覚えていたい、この音も、綱をぐいぐいと引っ張る犬の陽気さも、立ち漕ぎで去っていった男の子の笑顔も。
ざく、ざく、ざく。長く伸びた影がついに夜に混じって、灯りを頼りに来た道を戻る。疼いたままの心で、それでも歩く。全てを覚えていたい。覚えていられなかったことの、全てを。もう何も失いたくない、本当はただそれだけなのだ。
視界の先の電灯に向かって歩く。そうして彼女は電灯の支柱に片手をついて、左足の靴を脱いで目の高さまで上げる。はらりはらりと葉が落ちる。
(赤、黄色)
ざわざわ、と風にのって、金木犀の香りがした。
そうして君は強くなる