おうちに帰ろう
最寄は地下鉄A駅。ホームから地上に出ると、大きな交差点の四つ角のひとつに出ます。振り向けば大学が。昔好きだった人が通っていた大学です。南側に向いて道路を挟んだところには御所。御所の中は通り抜け可能です。東に向くと鴨川へ続く一本道が伸びています。西側の角にモスバーガー。京都の最後の思い出は、このモスバーガーでさよならをしたことです。わたしはいつも対面の角、ファミリーマートの前に自転車を置いていました。このファミリーマートの上にはネットカフェがあって、昔ここでMちゃんと夜通し漫画を読んで、朝方出ようとしたら、信じられない金額になっていたという思い出の場所です。
自転車に乗ります。先輩から譲り受けた水色のミニサイクルで、ハンドルがグニャアって曲がっていてお気に入りでした。京都を出るときに後輩にあげました。西に向かって自転車を漕ぎ始めます。すぐに小さな自転車屋があり、この辺りは道が狭いので気をつけないといけません。
ひたすら一本道を西へ、進みます。卒業式の前の日に泊まったホテルもこの道沿いにあります。しばらく進むと100円ローソンが見えます。この近くに、Yちゃんが大学院に入ってから住んでいたマンションがあります。大きな交差点が見えたら、ちょうど距離的には半分です。この交差点を南に折れると、インターン時代に毎日のように通っていた二条城がある気持ちの良い通りになります。北に行けば、学生主体の音楽祭のスタッフをやっていた時に通った道です。夜は灯りがそんなに多くなく、気持ちいい風がそよぐ道でした。
ここをどちらにも折れず、まだまだ西へ向かいます。この辺りになるともう徒歩圏内ですが、また小さな四つ角に当たります。北に行くと古本市場があります。わたしの地元にもある、チェーンの古本屋です。店内ではいつも一足遅れた流行曲が流れていました。漫画コーナーが2階の一番奥にあって、暇な夜や大学の帰りによく一人で自転車を漕いで通っていました。喫煙所の前に自転車を止めてしまうと大抵地元のヤンキーにいたずらされるので、灰皿が無い方の駐輪場に自転車を止めました。一度N君の自転車のサドルに噛みたてのガムがくっついていて、彼はそれを凝視したうえで何事も無かったようにサドルに跨りました。この人は本当に頭がおかしいなと思った瞬間だったのですが、久々にそんなことを思い出しました。
初夏の風は少し湿気混じりで、どこかセンチメンタルです。自転車のハンドルは相変わらずグニャアと曲がったままです。
古本市場と反対側の道、南には小さな花屋さんがあります。いつもこじゃれた雰囲気を醸し出していましたが、4年の間にここで花を買ったことは一度もありませんでした。もう少し進むとお母さんと行った一見美味しそうな雰囲気を醸し出している居酒屋がありましたが、実のところ全然美味しくありませんでした。
そこをもう少し南に下ると、Yちゃんが大学時代に住んでいた家があります。Yちゃんはマンションの上の方に住んでいたのに、そのマンションにはエレベーターがなかったので、いつもひいひい言いながら階段を上がりました。Yちゃんの家はいつも綺麗でした。
それで結局ここもどちらにも折れず、まだまだ西へ向かいます。とはいえ、目的地はもうすぐです。郵便局の手前で、南へ折れます。すぐに右手に小さな牛乳屋さんがあります。明け方この道を通ると、いつも早い時間から灯りがついていて、それはゴールがもうすぐなことを示してくれました。
牛乳屋の角を右に曲がるともうすぐです。右手にお世話になった内科、左手には西陣織のお店があって、病院の2軒隣にそう、わたしの家があります。外に自転車を置いていたら一度盗まれたことがあり、それ以来面倒でもオートロックのドアを入ったところにある駐輪場に止めるようにしました。各部屋の駐輪スペースがご丁寧に決まっていたのですが、中に入れただけで満足していたわたしはいつも入ってすぐ目の前の101号室のスペースに止めていました。確信犯です。一度止めようとしたタイミングで家主に遭遇、真顔で駐輪をし、真顔でエレベーターに乗るという強い気持ち、強い愛を貫きました。また別の日には、このオートロックドアからエレベーターまでのほんの2mほどの通路に、恐らく1階の誰かがバルサンを炊いたせいで死んだゴキブリが20匹くらい横たわっているという地獄絵図に遭遇したこともありました。今となっては良い思い出です。そして、エレベーターを上がればお家です。
窓が大きくて、雨が降っても洗濯物が干せるベランダが気に入っていました。ベランダから下を見下ろすと誰かが手を振って待ってくれているようでした。ここで4年間過ごしました。朝起きて、雪が降っていて、嬉しくて、ベランダに出て白い町を眺めました。深夜まで友達と遊んで、朝方に帰ってきたときに通る家の前の道と、そこから見上げたわたしの家。光の鮮やかさが今でも思い出されます。哀しくて辛い気持ちと、嬉しくて楽しい気持ちと一緒にここに毎日帰ってきました。
今まで生きてきた中でいちばん好きな家でした。
おうちに帰ろう