秘密基地
あの頃の思い出。
プロローグ
「秘密基地をつくろう」
ある日幼馴染である友人が、いや、悪友が口にしたこの一言をきっかけに、我々は妙な事件に出くわすこととなる。
わが人生の精神的伴侶とも呼べるこの悪友を以後「K」呼称するのでご了承願いたい。
ひとまず、その事件については本編でじっくり諸君らに紹介するとして、そもそも「秘密基地をつくろう」というこの台詞は、齢二十を越えてさらに二つ年をとった我々が口にしていい台詞ではないだろう。我が愛すべき悪友は、時々このような突拍子もないことを私に言い放っては、迷惑、困難、過酷といった類の深い、いや不快な落とし穴へと引きずり込もうとしてくるのである。
Kがその意味不明なモチベーションを私にぶつけてきた時、私の心は酷く荒んでいた。付き合っていた彼女と別れ、身の周りの女性を恨むことに始まり、それが極まった際の私は知人の話によれば「この世のメス科の生き物をすべて抹殺する」などと、もはやホモサピエンスの壁を突破した憤りを言の葉に乗せ、豪語していたらしい。私の怒りの炎は木造マンションの火事の如く燃え盛り、女友達、そお女友達の彼氏、リア充共、と様々な所へ飛び火し、私の居住する地域界隈では大文字焼きよりも立派で、よもや荘厳であると言える程大きなものになっていた。
そんな所に、である。恐らく携帯の連絡先に名を連ねる者全員に嫌われたのではとセンチメンタルになっている私の心の傷に絆創膏をするかの如く、Kは「秘密基地制作」というそこはかとなくノスタルジーで、且つ優しい雰囲気たっぷりな企画を切り出してきたのである。これは、いかに冷静沈着、才色兼備、謹厳実直である私でさえ騙されかねん状況だったのである。なので私がどのような返答をしたとて、決してこれから起こることは自業自得などではなく、愛すべき悪友がすべて悪いということを、物語を読み進める前に読者諸君には理解して頂きたい。
長々とプロローグなどを綴ってしまったが、Kの誘いに対しての私の返答を始まりの合図に、いよいよ物語を始めたいと思う。どうか最後までお付き合い頂ければ幸いである。では始めよう。
「オフコース!!!」
一日目
八月某日、大学が夏休みに入って間もない頃、さっそく私とKは「秘密基地制作」に向けて行動を開始した。
まずは場所を決める、という方向で話がまとまり、昼の12時頃にわたしの車で出発し手ごろな場所をさがすことになった。車中、Kは場所を決めることの重要性をこんこんと私に話していた。「一番最初に決めなくてはならないこと、そして一番重要なこと。場所が決まれば秘密基地は半分完成していると言っても過言ではない」とか何とか。私はへいへいと聞きながら、後悔の念で頭を悩ませていた。本格的に計画が動き出し、制作が具体的になればなるほど、己のやっていることの虚無っぷりをひしひしと感じる。おそらく大学生活において最も尽力すべきことではないことであろうとさえ感じていた。
しかし、私は昔から困難な環境、状況下におかれたときに程、己の順応性が極限に高まるというサ○ヤ人のような性格の持ち主である。
小学校二年の頃、引越しをして間もなく地理把握が甘かったこと、さらにそこに破滅的な方向音痴も助力して、家に帰ることができないという何とも間の抜けた状況に陥ったことがある。普通の小学二年であれば大声で泣きじゃくってもおかしくはないだろう。そんな最中、私はたどり着けないと判断したやいなやすぐさま周囲を見回し、居心地のよさそうな芝生を見つけ、ランドセルを枕にそこで野宿をおっぱじめることを決意した。まぁ結局その日、紆余曲折を経て帰宅に至ったのだが、長くなるのでここでは語らないことにする。
兎にも角にも、わたしは順応性が高いのである。どうせ秘密基地を作ることになってしまったのであれば、もはや楽しまねば損である。楽しめたら得かと言われればかなり胸が痛いのだが、私は「秘密基地制作」を本気で楽しむモチベーションを高めていった。
人気のない所が良いと二人で思案を巡らせ、山道を行くことにした。途中、気になるところがあれば車を止め、地面やら人目やらを確認し、ブックマークをつけていき、夕刻までに三つほど候補が挙がった。「この三つに各自順位をつけて、お互いの意向になるべく沿う所を秘密基地の場所に決めよう。どこに決まっても、恨みっこなしだぜ」というKの言葉に概ね賛同し、私は順位を考えた。
Kと私は要らぬところで波長がものすごく合う。お互いのまったく露知らぬところで、しかしほぼ同時期にタバコの銘柄を同じものに変えていたことなど日常茶飯事である。この度もその力は発揮され、Kと私のつけた順位はまるで同じものとなり迷うことなく秘密基地の設置場所は決定した。「この場所がこれから第二の故郷だ」「うむ。異論はない」まるで上京したかのような覚悟の言葉を二人して口にし、その場を去り、順風満帆とまではいかぬまでも、滞りなく一日目の幕は下りたのである。
二日目
場所を決めた次の日、私とKは午前中から行動を開始した。ホームセンターに行き部材を揃える算段を立てた。幼稚園児の書いたような図面を堂々と広げ、必要な板の枚数、ビスの数、柱の数。それらを計算し必要な費用を出す。幸いなことに、友人の少ない我々はお金だけは一般大学生の平均をを遥かに凌駕する額をもっていた。サークル活動、恋愛、そういった軽佻浮薄なものにいっさい手を出さず己の心身を練磨してきたことの賜物であろう。さまざまな計算を終えて私とKが同時に放った言葉はこの一言だけである「「いける」」
それらの部材を買い占めた我々はいざ行かんとばかりに意気揚々と秘密基地建設予定地へと向かった。日を跨いで目にしても、建設予定地の魅力は揺ぎ無いものであった。楽しみなことに対しての我々の行動の速さは、裸の女性を目の前にした大学生の手を出すスピードをも超える。目まぐるしいスピードで秘密基地を作り上げ、夕暮れのころには粗雑ながらもほぼ完成目の前ほどにまで至っていた。「やっとここまできたな。長年の努力、我が人生の集大成と言えよう。」Kは言う。「だな。日の目を浴びない我が人生に一筋の光が差した瞬間であろう。」私は言う。この会話を折りに互いの疲労を互いが認識し、私たちは詰めの作業を後日に繰り越すことを決め、その場を後にした。
帰宅した我々は、祝杯といわんばかりにお酒を飲み、完成した秘密基地で何をするかと言う会話に花を咲かせた。「ただただ寝転がり一日を過ごしたい」と私が言えば「BBQをしよう、ふたりで」とKがいい、「インテリジェンスに本を読もう」とKがいえば「ならばハンモックが必要であろう」と私が主張し、話が尽きぬまま酔いつぶれて我々は寝た。
秘密基地