ぼくと、ちいさな、まほうつかい
ぼくと ちいさな まほうつかい
きょうも おかあさんは おとうとのことばかりにむちゅうで ぼくのことをほったらかしにした。
そんなとき ぼくが ぼくのことを みてほしくて おおきなおとを たてたり
せんたくものを ちらかしたり おとうとの おもちゃをとってしまったりすると おかあさんは きまって こういって ぼくをしかった
「どうしてお兄ちゃんなのにそういうことをするの? どうしていい子にできないの!」
どうしてって わからないの?
ぼくは かおを まっかにして おもちゃを なげつけた。
また おかあさんの どうしてがはじまるまえに ぼくは ぼくのへやの くろーぜっとに にげこんだ。
ここは ぼくの ひみつきちだ。
ここには なんだって あるんだぞ。おもちゃも げーむも おかしも たからものだって あるんだぞ。
だから おかあさんが あやまりにくるまで ぼくはぜったい ここから でたりしないんだ。ぜったい ぜったい でるもんか!
「ううん どうしよう といれに いきたくなっちゃった」
ぼくが もじもじしていると うしろのほうで ちいさな わらいごえがした。
「それにしても あっというまの いえでだったね」
「うわぁ! ちっちゃい にんげんだ!」
「ほらほら はやくいってきなよ もれちゃうよ?」
「で でも!」
「にげないから いっておいでよ いえでは それからでも おそくないだろう?」
ぼくは いそいで だけど みつからないように といれにいって みつからないように ひみつきちに かえろうとした。
とちゅうで おかあさんが もうそろそろ しんぱいしているんじゃないかとおもって こっそりのぞいてみたら
おとうとと あそんでいた。ぼくの きぶんは さいあくだ。むかむかして ひみつきちに かえった。
「なんだか さっきよりも おこっているみたいだね」
「そうさ ぼくは おこってるんだ だからもう ぜったい ぜったい ここからでないんだからな!」
「ふぅん なんで そんなに おこっているのさ?」
「ちっちゃい にんげんになんか わからないよ! のうみそなんか こんな じゃないか! いてて! なにするんだ」
「これでわかっただろう? わたしのほうが きみより すぐれているって ことが」
「すぐれている?」
「なんでも できるってことさ」
「ほっぺを つねるくらい ぼくにだってできるよ」
「そう? じゃあ わたしが きみと おなじことができるってことがわかっただろ」
「ゆうき、もうすぐ夕飯の時間よ。降りてきなさい」
「やだ! ぜったいでない!」
「もう、そんなことをいっていないで早く出てきなさい。お兄ちゃんでしょう? お母さんを困らせないで」
「ぼくは おにいちゃんに なりたくてなったんじゃない!」
「まぁーまーーー」
「はいはい、今行くから。早く出てきなさい、お母さんだって忙しいんだから」
おかあさんは そういって はぁっとためいきをついて かいだんをおりていった。
それをみたぼくは はなのおくが つーんとした。のどのあたりが きゅうってくるしくなった。
「おかあさんには こどものきもちなんて わからないんだ! ぼくの きもちなんか どうでもいいんでしょう?
ぼくのことばっかり おこって ぼくばっかり わるくて あいつのほうが わるいときだってあるのに! ぼくばっかり!
そんなおかあさんなら いらないよ! どっかいっちゃえ! 」
ぼくがそういうのを となりできいていた ちいさなこびとは こっくんうなずいて
ぽけっとからだした ちいさなすてっきを ひらりとふったんだ。
「わかった じゃぁ きみの ねがいを かなえてあげよう」
ちかちか ぴっかん ちかちか ぱらぱら ぴかぴか
ぱらぱら ちかちか ぴかぴか ぴっかん ぱらぱら
めをかくしていた てをどけると そこはまっくらな よるのなか。
ふかふかで あったかくて うえもしたもないけど ぴかぴか ちかちか ひかるあめが ふっていた。
「ほら このせかいには きみをおこる ひとなんていないよ。げーむも おかしも たからものも なくならないじゅーすだってある。ずーっと ここにいて いいんだよ」
「ほんとうに? すごいな! ねぇ あのいれものは なぁに?」
「あぁ それはね みずがめっていうんだよ このあめを いっぱいためておくんだ」
「あのこはだあれ?」
「さて だれかな あててごらんよ」
「おかあさんにもね きみくらいのころが あったんだよ。 みんなが はじめから おとなでうまれてくるわけじゃ ないんだ。
ちょっとずつ ちょっとずつ おおきくなって いろんなこと ちょっとずつおぼえて ちょっとずつ わすれていく」
「どうして わすれちゃうの?」
「さぁ しらない どうしてだろうね」
「わたしは きみの おかあさんの おきにいりだったんだ。だけどね あるときから ぜんぜん あそんでくれなくなった。
わたしのすがたも こえも いつのまにか みえなくなった きこえなくなった」
「ないてるの?」
「さぁ かなしいけれど ないているかは しらない。わたしのかおは わたしにはみえないから」
「そんなの かがみで みたらいいんだ」
「やってごらん ぼくは かがみに うつらない」
「あれ? なんで」
「さぁ しらない だけど きみには わたしのかおが みえるんだろう? わたしはどんなかおを している?」
「うーん ちいさいからなぁ ちょっとまって えーとね うーんとね ……できたぁ! ほら こんなかお」
「なにこれ まると さんかくと ……へたくそ」
「ほんとだよ ほんとに こんなかおなんだから!」
「きみは じぶんが どんなかおをしているか わかるかい?」
「そんなの わかるにきまってるじゃない ぼくは ぼくさ」
「ほんとうに きみは あのこに そっくりだ」
「ぼくは あんなふうにおこったりしないよ もっと ぼくのきもちをわかってあげようとするもの」
「じゃあ きみは おかあさんのきもちになって かんがえてあげたことはあるかい?」
「おかあさんの?」
「そうさ もっといえば おとうとくんの きもちをかんがえてみたことがあるかい?」
「そんなの ないよ だって あいつはいつも すきなようにしているんだもの ぼくのかみをひっぱったり
おもちゃをなげてこわしたり このあいだなんか ぼくのかいたえ だいなしにしたんだ せっかくうまくかけたのにさ」
「それがなんだよ べつにいいじゃないか」
「べつにいいって? どこがいいのさ」
「まっしろなんだ しょうがないだろう?」
「まっしろ?」
「いいことも わるいことも うれしいも かなしいも たのしいも まだまっしろなんだよ だから
きみたちのはんのうをみて まねをして べんきょうしているのさ」
「でもさ」
「きみだってそうだったんだよ? きみだってさいしょから なんでもできるわけじゃなかっただろう?」
「でもでも ぼくばっかり がまんするんだ それって ずるいんだ」
「ほんとうに がまんしてるのは きみだけかな?」
「なにさ ぼくが うそついてるっていうの?」
「そうじゃないよ」
「あれ? どうしたの、お兄ちゃんいないね」
「クローゼットの中から出てこなくなっちゃった、ちょっと八つ当たりしちゃったのよ」
「へぇ、」
「あの子、お兄ちゃんになりたくてなったんじゃないって言ってたわ」
「なろうと思ってなれるものじゃないからね」
「そういうことを言ってるんじゃないの」
「分かってる、何もそんなに落ち込むことはないさ。
クローゼットから出てきたら、ちゃんとごめんねって誤って、ぎゅって抱きしめてあげれば良いよ」
「一番上だからって言われるの、私だって嫌だったのにな。同じことしちゃってる」
「僕は兄さん達と比べられるのが嫌だったけどなぁ。どうしてこれくらいのことができないんだ? 兄さんの時はもうできたぞ、
なんて、父さんの口癖だったよ」
「ぱぱぁ にい いなぁ?」
「あー、そうだね。いないねぇ?」
「これぇ これねぇ」
「おー、お兄ちゃんにあげるのか。……てゆうか、破いちゃったんだな? いいかー? 一緒にごめんなさいするんだぞ?」
「ごめにゃさ」
「そうそう、がんばるんだぞー」
「さて わたしはそろそろ かえるとするよ きみも もとのせかいに もどるといい」
「でも……」
「かんたんさ とびらをあけたら ふたりに ごめんねっていえばいいんだ。まったく なかなおりが へたっぴなところまで そっくりだ」
ちいさなまほうつかいは ぼくにそういうと みずがめのなかに ぽちゃんととびこんだ。
そうして また ぴかんとひかったら ぼくは くろーぜっとのなかにいた。
ぼくをしんぱいしている おとうさんと おかあさんの こえがきこえる。
ぼくは くろーぜっとの とびらをあけて かいだんをかけおりた。
ぼくと、ちいさな、まほうつかい