虹色パレット

夕焼けオレンジ


「片思い上等だ、コノヤロー!」
隣で呆然としている俺に、植田はニカッと笑った。
「佐々森もなんか言ってみろよ、スッキリするぜ」
「い、いい。俺は遠慮しておく」
「あ、成宮発見!」
「え、どこ、どこ?」
植田はにやりと笑って、大きく息を吸った。
「佐々森は、成宮のことがすきだぁぁぁ!」
「ば、お前、何言ってんだよ!」
「成宮のことで毎日、頭がいっぱいだぁぁぁ!!」
「植田! ばか、やめろって!」
「ほれ、こっち見てるぞ。佐々森なんか言ってやれよ」
「……何で」
「ちなみに俺はぁ、C組の野中有希がすきだぁぁぁ! ……これでお互い様ってことで。で、いまお前にゃ目の前に相手がいると」
「な、成宮! 俺、佐々森博は成宮ハルナのことがすきです! え、えぇと。と、友達からっっお願いしますっっ!」
「……ぷふっ。友達かよ」
「るさいな!」
「お? なんか話してるっぽいぞ?」
「……お、俺、帰る!」
「まーて、待て。受け止めろ現実を」
「い、や、だって!離せ植田」
「ほら、ちゃんと見ろって。目、開いてるか? 開けてちゃんと見ろよ」
「いて、いったいって!」
植田を振り払って目を開くと、さっきよりも一層低くなったオレンジ色の空をバックにして、小さな影が両腕でマルを作っている。その足元で輝く水面よりも、彼女の笑顔がまぶしかった。
「やったな」
「ま、マジで? やった……。あ、ありがと!」

たんぽぽ

「ふぅちゃん、行くよ?」
「ママ、たんぽぽ。ほら見て、ぽぽたんたんぽぽ、ふわぁ!」
「上手、じょうず。お遊戯で習ってきたのね」
「へへー、ふぅちゃんじょうずなの。たんぽぽ、ぽぽたんぽぽ」
 十五歳違いの妹、双葉は私の事をママと呼ぶ。いくら言っても直らないので、そのままにしている。当の母親は、失踪中だ。また、若い男と遊んでいるのだろう。
「ふぅちゃん、はやく帰ってご飯にしよ?」
無邪気な双葉、可愛い双葉。この子はまだ、何も知らない。
世界は思った以上に色褪せていて、輝きは永遠ではないことを。薄っぺらい繋がりで、その不安定さを保っていることを。この子は知らない。だから私は、守らなければならない。まだ、そのことに気がつくのは早すぎるから。
 思えは、母は勝手な人だった。
 勝手に私を引き取り、勝手に私を投げ出して。だから私は祖母の家で育った。その、唯一の私の拠り所だった祖母も一昨年他界した。
 
 家に帰ると、あの、真っ赤なハイヒールが玄関に脱ぎ散らかしてあった。また、勝手にあの人は私の世界に当然のように現れた。
「あらぁ、双葉ちゃん大きくなったわね」
「まーちゃん!」
「きゃーぁ、可愛い。さすが私の子だわ」
「……何しに来たの?」
「なによぉ、お母さんが家にいたらおかしい? 私だってあなた達のことが心配なのよ?大切に思ってるの、ねぇ? 双葉ちゃーん」
 心にもないことを、あの人は平気で口にすることができる。何度も騙されて、裏切られて私は知っているのだ。人間の汚くて醜くて、遠ざけたいと思うような部分。
「双葉から離れなさいよ! なに? 今更母親ぶって! 男が振り向かなくなったから、また家族ごっこでもしに来たっていうの? 私が小さかった頃だってあなた、なんにもしてくれなかったじゃない! 何にも、なんにも!」
 運動会も、参観日も。手提げのバックも、お弁当も髪を結うのも、祖母がしてくれた。家事も料理も、みんな祖母が教えてくれた。
優しかった父は、涙を流して私に背を向けた。あの人の赤く長い爪が、私の腕に絡んできつく痛かったことを覚えている。私から父を奪った母は、その身勝手さから家庭を壊して、私の自由を奪って、最後は祖母まで奪った。
「全部壊していったくせに……私からこれ以上なにを奪っていけば気が済むの!?」
私は家を飛び出した。走って、走って、走って。気がついたら、さっきの土手に来ていた。祖母とよくふたりでここにきた。祖母が亡くなった日も、ひとりになりたい時も、私はいつもここに来た。ここには、私を拒むものはないから。ここでは、私はわたしとして存在していられる気がしたから。

「陽ちゃん、見てごらん」
「たんぽぽ、いっぱいだね」
「ほら、てんとう虫がとまってる」
「本当だ」
「これは、陽ちゃんだね」
「なんで?」
「踏まれても、踏まれても、起きあがるたんぽぽみたいにね。いまはどんなに辛くても、あきらめないでいれば、そこにはちゃんと陽ちゃんの場所ができるから。おばあちゃんは陽ちゃんに、太陽に向かって羽ばたく、てんとう虫みたいにいてほしいの」

「また、咲いてるね。おばあちゃん」
黄色い花の隣に白い綿ぼうしのたんぽぽが揺れる。風に舞うその姿は、どこか母を連想させた。母は、てんとう虫になれなかったのだろう。風が吹けば飛んでいく、自由気ままな綿ぼうし。
「風が吹けば、どこかに飛んでいっちゃうくせに」
何度も期待しては裏切られた。いつかこの綿ぼうしが、根を下ろして花になるんじゃないかと。
「期待させないでよ……」
「ママ! ママも泣いてたの?どこかいたいの?」
「……ふぅちゃん。ママのほかにも誰か泣いてたの?」
「まーちゃん、まーちゃんはね、ここが痛いんだって。でもね、ママのほうがイタイイタイしてるかもしれないからって、ふぅちゃんがむかえにきたの」
「そうなの?」

「あのね、ママ。元気の出るおまじない、ふぅちゃん教えてあげようか?」
「うん」
「してあげる。ぽぽたんぽぽ、たん、ぽぽ、ふわーっ!元気、ね?」
「ん、元気でたよ。ふぅちゃんありがと」

夏風

例えるなら、若草色。キミドリよりも青臭く、緑よりもみずみずしい。そんな感じ。
「第一投、打」
「植田、集中!」
弓を引いて狙いを定める。ぴんと張り詰める感覚、指先から弾かれるようにヒュっと空気を裂く音がする。
「ナイス植田! 的中!」
「どうもどうも」
「なんだよ今日、絶好調じゃん!」
「いえーい」
「はい、野中もハイタッチプリーズ?」
「……ばっかじゃない? まだ試合中。植田、的前で騒ぐなっていったでしょ?」
「うわ、怖。こわー、なにあれ、キッツぅ」
「……」
また、だ。この刺すような視線を最近俺は毎日感じている。二年C組、野中有希。性格は活発でまわりに媚びない、一匹狼ではないが、初対面では近寄りがたい雰囲気を持っている。今の時点で言えることといえば、あまり俺はアイツによく思われてはいないらしい。

「植田、帰ろうぜ」
「悪い、先帰って、おれ用事できたから」
「なんだよ、用って」
「またな」
一度帰ったフリをして道場に戻る。誰もいないがらんとした静けさの中に立って、制服姿のまま、深呼吸。暗闇の中の的を見つめて弓を引く。パンッ……パンッ……。
「ふぅ、そろそろ、矢取りはいるか」
「結構深く刺さったな、まぁ、このくらいないといざって時落ちるもんな……あのさぁ、さっきから見てるみたいだけど。いい加減怖いんですけど?」
道場の入り口、外の外灯に揺らぐ影に俺は声をかけた。刺すような視線、そこにいるのが誰なのか、いわずとも分かっていた。
「あんたなにしてるの? いま、七時半過ぎだよ」
「お前こそ何してんの? わかった、俺のストーカーだな?」
野中に背を向けて、俺はまた暗闇の中の的に向けて弓を引いた。
「違うわ、英文のノート忘れたから取りに来たら、先生に捕まったの」
「ほー、ご愁傷さま」
「……いつもこんなにやってるの?」
「集中したいときはな。早く帰れよ、親が心配する時間だろ?」
その後も、何本か弓を引いた。背中にはあの、刺すような視線が変わらすに注がれている。
「部活のときは手を抜いてるのね、嫌味な奴。他の人の見て笑ってるんでしょ? 下手くそって」
「そんな悪趣味じゃないけど。そんなのは個性だろ? 形にはなってなくていいんじゃないの? 俺はそういうの羨ましいけどね」
手元にあった最後の矢が、もうすっかり夜色に変わった的に当たる。
「心にもないこと言うのね」
「暇だろ? 矢取りはいってくんない?」
「何で私が」
「帰るんだよ、送ってやるから手伝え」

緩やかな坂道を、彼女を自転車の後ろに乗せて走っている。少し肌寒いような夏の終り。Yシャツの裾をつまんで、不服そうな彼女に声をかける。
「俺、野中に嫌われてるんだと思ってたんだけどさ、」
「キライだわ」
「結構好きなんだな、俺のこと」
「キライだって、聞いてなかったの?」
「さっき、見直した? まじめに的前に立ってって」
「ちょっとはね、でも、あんたキライだわ」
「お前に似てるから?」
風を切る音は、程よく心地よい響きを奏でる。前しか見ないですむから自転車は良いな。転ばないように、失敗しないようにするには、前だけ見ていればいいのだから。
「あんたと一緒にしないでよ」
「やっぱり、似てるからキライなわけか。……でも、似てるのは当然じゃない? 俺さ、あんたの立ち方真似して覚えたんだから」
「……なに、急に止まって」
「最初見たとき、キレーだなと思ってさ。……あれ? もしかしていまキュンとした? お前でもそうなるんだな」
「く、口ばっかり動かしてないで、足動かしなさいよ! 家に着かないでしょ」
「へいへい、わかっとりまーす」
この辺でいいわ、彼女が言うと自転車はゆっくりとブレーキを踏んだ。
「あ、ありがとね。送ってくれて」
「おう、じゃーな」
片腕を振りながら、植田は走り出すと、急にぴたっと止まって後ろを振り返った。
「あ、そうだ。俺、明日から本気で行くから!」
「当然でしょ! 試合前なんだから!」
「それもあるか。でもまぁ、お前も覚悟しとけよな!」
大声で宣言すると、上機嫌で一歩を踏み出した。
「的中、狙ってるんで」
夏風に混ざった最後の言葉は、彼女の耳に入ることはない。だけれど、不思議と明日の景色に繋がっていく。夜と朝に継ぎ目がないのと同じように。

そうね、例えるなら君は若草色。雨上がりのつかの間、露に濡れた青草のように。光を弾く。少しだけ、潮の香りがするの。暖かい南風が、私の心をほら、さらっていく。
あの雲の彼方に。

KING FIGHRE


絵に描いたような青春、なんて僕にはわからない。
 僕の高校三年間はたった二文字で集約できる。
 
『地味』そう、たったこれだけだ。

だから今回、こんな話をもらって心底困っている。
「……今川さん、本当にこの企画やるんですか?」
馬鹿の一つ覚えみたいに、ストーリーだけをキャンパスに書いていたあの頃。文字にして面白いところなんてひとつもない。
「えぇ、先生の高校時代を振り返るっていう連載企画なんですけど、作家を目指す若者が、こんな風に先生が青春時代を過ごしたんだなぁって思えるような。理想の人が自分と同じ歳の時に、何をして何を感じていたのかなんて、気になりませんか?くぅー萌えるぅ!」
「へぇ、ちなみに何回?」
「えっと。エッセイのような感じで、十八ページの十二回、なんてどうですか?」
「ながいですね、それ」
「え、そうですか?短いくらいですよ。なんたっていまをときめく、注目作家の青春連載なんですから!」
「長いですよ」
一ページ分も危ういんじゃないか?
「他の方にお願いした方がいいんじゃないでしょうか?僕では、その、読者をがっかりさせてしまうんじゃないかな?あまりにも……その、平凡すぎて」
「すぐにとかじゃないんです!考えてもらえませんか?」
「考えるもなにも、僕には語れるほどのエピソードはないですし」
「そこをなんとか……」
「僕はフィクション作家ですよ、今川さん。そこのところ、よく理解してくださいね?」
「すみません」
「文章を、というのは難しいですけど。話くらいはしてみましょうか?いくつかの出来事を、ただし、楽しいものではないですけどね」

♯1 夏休みの壱日(仮)

 あぁ、あれは高校も終わりの三年の夏だったかな。特に仲のいいクラスでもなかったのに、花火大会をやったっけ。
 僕は案の定、買出し係に任命されて、近くの店まで買いに行かされた。近くって言っても、土手から一キロは離れている。どうして言いだしっぺの奴が買ってこないんだって少々腹が立った。
 その時だったかな、Nと初めて話したのは。
 クラス替えから三ヶ月は経っていたのに、僕らは一度も話したことがなかったんだ。女子のジャンケンで負けたNは、「こういうのって苦手なんだよね」僕にちょっと苦笑いをした。彼女のいうところの、『こういうの』というのが、どういうことなのかイマイチ理解できなかった僕は、ひとまず、「ふぅん」とだけ返事をした。
 なにを話したのか、というのはあまり覚えていないけれど、その間はずっと頭のなかにNの言葉が響いてきたような気がする。もしかしたら彼女は、沈黙が怖かったのかもしれない。僕は、「うん」とか「へぇ」とか短い相づちを返すばっかりだったし、頭の片隅で昨日狩り損ねたグレートドラゴンの嵌め方について考えていたから記憶が薄いのだろう。
 ちなみに、グレートドラゴンはひたすらエーテルで回復し続けながら、コツコツと直接ダメージを与えるしか捕らえる方法はない。狩に行く前には、装備屋で買える分だけのエーテルを買うことをオススメする。
 さて話がずれたが、ここまで書くと、僕らは恋に落ちて花火をバックにキスでもするんだろ?なんて思う人もいるかもしれない。が、そんな甘酸っぱさはみじんもない。断じて。僕としては花火大会の記憶なんてこれっぽっちもない。
ただ薄暗い道をNとふたりで歩いたことと、その足音にさえ消えてしまいそうな彼女の囁きに短く答えている自分をぼんやりと記憶しているだけだ。
いや、花火は見た。確かに見た。だけどそれ以上に、僕には刺激的だったのだ。
ついさっきまで話していた彼女の行動が、……Nは男を好きにならない人種だった。受け入れない、というべきか。僕がそれを知ってしまった過程は衝撃的過ぎて書けないが、とんだ真夏の夜の出来事だった。
今でも思う、花火は家から見るのが一番良い。

「え、あの。Nさんはつまり?」
「その、つまり、そうだったんですね」
「れ、恋愛は自由ですもんね! はい!」
「ポジティブですね、今川さん」
「ほか、他にはないんですか?」
「他ですか……」

   ♯2 そんな文化祭(仮)

 文化祭って言うものは、世界的に珍しいものらしい。なかでも日本の文化祭は、生徒が主催する、自分たちで考え運営するという点で注目されている分野のひとつだ。
 卒業アルバムだって、だいたいが文化祭の写真で構成されているといっても過言じゃないと思う。感情の爆発。故・岡本太郎氏の『芸術は爆発だ』とでも言うように、十代の友情やら、愛情やらが弾ける瞬間を今かいまかと待っている状態だ。
 もはや、この文化祭において、僕の知識は外国人のそれにも及ばないだろう。なぜなら、僕は文化祭を見たことがないからだ。誤解しないでもらいたいが、出席はしていた。参加もしていた。でも、一度も自分の高校の文化祭を見たことがない。あぁ、これも語弊があるかもしれない、つまりは体育館から一歩も出なかったということだ。よって、演劇部の芝居だとか、有志のバンド、吹奏楽部のコンサートなんかは堪能していた。
 飾り付けられた教室や、廊下、イベントTシャツの生徒を見ることなく、僕の文化祭は終わる。だから、優秀賞とか、ユーモア賞とか表彰式なんか発表の時は、いつにもまして眠気が襲ってきて困った。危うく貧血患者のごとく、保健室に運ばれるところだった。それにしても、クローゼットのクラスTシャツの虚しいことむなしいこと。
 鮮明なのは、書類を片手に走り回った準備期間と、来客のゴミ処理に泣かされた後始末くらいだ。猛暑のなか飲んだあの、ライフガードがどれほど美味しかったことか……!
 渇きを潤したときのあの爽快感、僕は文化祭と聞くとまず第一にそれを思い出す。

「……確かに、のどは渇きましたが」
「あれは、あの甘ったるい感じがいいんですよ」
「否定はしませんけど、本当の話なんですか?」
「どっちだと思いますか?……今年最初のなぞ賭けですね」
「フィクション作家とかけて、青春の思い出と説く」
「そのこころは?」
「どちらもココロで描くものでしょう、か?」
「……なかなか上手いですね」
「あはは、練習の成果でしょうか?」

   ♯3 苦い放課後(仮)

 今回は初恋の話をしようと思う。
 唐突だけど、僕の初恋は実らなかった。ひたすらに想い続けた十年間、決して無駄だとは思いたくないけど、結果的にそれはあんなカタチで幕を降ろした。
 その日は体調が悪くて、部活を休んで早めに帰った。いつもと変わらない帰り道だ、なんてことはない。畦道、歩道橋、マンションの谷間、普段なら通り過ぎていただろう道を、なぜだか不意に振り返ってしまった。
 マンションの隅、樹の間から見慣れた制服が見えた。別に見たくて見たわけじゃなかった。まして、自分が思いを寄せる女の子が、別の奴とキスしてるところなんて。
 僕はもう足早にそこを立ち去った。早足がどんどん急ぎ足になって、気がついたら体調の悪さも忘れて全力疾走していた。心臓がどきどき脈打っているのは、そのせいだ。咳き込んで嗚咽雑じりなのは、走ったから酸素が減ったんだ。これは涙じゃない、ただ汗がしょっぱいだけさ。僕は言い聞かせた。
 馬鹿らしくて、泣けた。情けなくて、泣けた。なにも、あんなところで、あんなタイミングでしなくたっていいだろうにと、腹立たしくもあった。あんな子が好きだったのかと、思っていた以上にショックだった。十年想った末の片思いなんてこんなものだ。
 そういえば、彼女がくれた義理チョコはどれも焦げて苦い味がした。そんな彼女でも好きだったのだ。僕にとっては本当に特別だったのだ。あぁそれなのに……どうしてこうも上手くいかないんだ?
あれ以上強烈な思い出を作れる女性もこの先現れないだろう。その方がありがたい。
 料理を作ってもらえるなら、僕は、普通に美味しいのが一番だからだ。

「先生、結構波乱万丈じゃないですか」
「話にできそうなのを取り上げているだけですよ」
「好きな子がキスしてるところなんか、なかなか見られないですよね」
「あんなに軽い女だとは思いませんでした」
「それにしても、儚いですね」
「彼女がくれたチョコは、家できれいに吐いて(、、、)ましたけどね」
「それほどに?」
「正露丸の臭いがしました。彼女、ある意味天才ですよ」

想ひ出、ブルースカイ

眩しくて目を細めた。

だから私の世界は自然に狭くなっていたんだね。
陽の当たらない裏側にいれば、おかしいくらいに、
広い部分のことが理解できて。
頭でしか考えられなくなる。

ひとたび。

ひとたび、陽の光の下に出れば、
そんな知識はみんな陰になってしまったりして、
頭の中が真っ白になる。
考えられなくなる。

だから、

動かされるのは、
心なんだね。

気持ちはどこか、
まっすぐに進んでしまうから。
だから私の世界は不思議と狭くなっていたんだね。

小さくてもそこは、私のいる世界で。
狭いことが、不幸だとは思わない。
たとえば、
広い世界で。
どこにも居場所がない方が、
等しく不幸だとは思わない?

だから私は目を細めた。
この小さな幸せに、心動かされたから。

願い星キラリ


 私たちには秘密がある。
誰にも言ってはいけない、二人だけの秘密。
「いつか本当のことがばれても、それでも一緒にいてくれる?」
「それはこっちの台詞」
「どうして?」
先生は私の髪をなでながら、ちょっと不機嫌に遠くを見た。
「……若い方がいいなんて言われたって、俺、もう若くないし」
「そんなこと思わないよ。だって、裕菜が先生を好きになったのは、そういう簡単な理由じゃないんだから」
「佐久間」
先生は私よりも十一歳年上で、どちらかといえば無口で、愛想がないと生徒から怖がられるような雰囲気のヒト。だけどそれは、いつも気を張っているからなんだって事を私は知っている。
 こう見えて先生の授業は聞き取りも板書も断然わかりやすいし、必要とあらば他の科目の問題も教えてくれたりする。根は優しいヒト。ただ、不器用で分かりづらいので誤解されやすいヒトでもある。
「学校以外では裕菜って呼ぶ約束」
「すまん。でもなぁ、そういう風にすると、ちょっとした時にボロが出そうでな」
「じゃないと、学校で大輔って呼ぶんだからね!」
「それはいかがなものか、フェアじゃない」
「そんなの、私たちは最初からフェアじゃないじゃん」
 先生は大人で、私は生徒で子どもだ。フェアじゃない。
 先生は必要以上に私に触れない、それは常識ある大人だから。私はそんな先生に触れたくてしょうがない、これは、私がまだ子どもだから?
「ふっ」
「あ、ねぇ、いまなんで笑ったの?」
「いや、そういうところが、俺は好きなんだなぁと思って」
「なにそれ」
「悪いな、いまはこれで我慢してくれ。……俺だってちょっとはツラいんだぞ?」
そういって先生は私をその腕の中に抱き寄せる。大きな手、私はこの手に守られている。見上げる私に、照れたように優しく笑いかける先生は私だけが知ってる。それだけで何だかすごく誇らしい気持ちになる。
「そんなの、あと二週間もすれば終わるもん。平気、全然、余裕だもん」
「あのなぁ、簡単に言ってくれるけど」
「……知ってるよ」
これから先を続けていくことが大変なことくらい。
「……解ってるよ」
絶対に埋められないものだってあるし、変えられないものだってある。だけどそれって、補っていけることがあるってことだし、変わっていっていいことだってたくさんあるはずなんだ。
「それでも私は、先生が好きだよ」

「未来切符。」


 二人は同じ切符を買いました。
どこまでも行ける、未来行きの切符でした。
いつでも二人は一緒でした。
だけど、いつまで続いていくのでしょう?二人の幸せな時間は。

 二人は電車に乗りました。二人を乗せた電車は走り出します。
がたん、ごとん、がたん、ごとん…
「ご乗車有難うございます。この電車は未来行き、各駅停車となっております。」
いくつもの駅を通り過ぎていきました。
たくさんのヒトが乗り込んだり、降りたりしていきました。

 いつか大人になったら、僕らはきっと別々の道に進むんだろう。ねぇ、僕達はいつまで、一緒に歩いていけるんだろうね。
「ねぇ、友達の有効期限はどのくらい?」
そんなことを聞いたら、君は笑うだろうね。「何で今そんなこと聞くんだよ。」って、そうやってキレイに笑いながら、話をはぐらかすんだね。そんなふうに言われると、僕はもう何も言えないよ。ただ「少し思いついただけ」って、下手に誤魔化すんだ。
本当は知りたくて、知りたくてしょうがないのに。 

 サヨナラと手を振って歩き出す。
 僕が振り返っても、きっと君は振り返らない。
 古びたアルバムの写真のように、色褪せていくだけ。

あの頃は、永遠のように思えた、君との時間。
僕たちはいつまで、友達でいられるんだろう?

ねぇ、友達の有効期限はどのくらい?

知っていたなら、もっと、もっと。
たくさんの想い出を残したはずなのに。

ねぇ、絆の強さはどのくらい?

きつく結んだはずなのに、指の先からほどけてく。
決して、解けることのないように、きつく結んだはずなのに。

僕は君の事を、忘れたことなんかないのに。
君は忘れてしまったんだね。

ねぇ、どうして出逢うのかな?
忘れられることしか、残りはしないのに。

 近くに居れば居る程、言えないことが増えていくね。いろんなことで空回りして、でもそれが幸せなんだってことも、離れ離れにならないと分からないんだね。
 遠くに居たらその分だけ、言いたいことも言えないのにね。伝えたいことも、伝わらないのにね。

 いつだって、言葉と気持ちは反比例。いつも、いつも。距離が長くなればなる程に、想いは大きさを増していくのに。いつまで経っても、僕と君とは平行線。
手の届かないところに君が居て、初めて大切だったって気がつくんだね。
言えたら良いのにね。「一緒にいよう」って。「君がいないとさびしいから」って素直に言えたら良いのにね。「そばにいてほしい」「ひとりにしないで」言葉は、僕のなかを巡るだけで、外に旅立とうとはしないんだ。身体の中を巡って、最後には音もなく消えていく。言えたら良いのにね。「君が、だいすきだよ」って。「世界中で一番すきだよ」って言えたら良いのにね。

 言葉にするのが下手だから、この気持ちを文字にしよう。真っ白な白い紙に、いろんな形の文字を並べて、伝えられたなら、どんなにステキだろうね。
 だけど、出来上がる文字の数より、消えていく文字の方が多いね。きれいな言葉も、文字にしたら壊れやすくなるね。
伝えたいことほど、文字にするのは照れくさくて。…だから他愛もない今日の話や、過ぎてしまったいつかの話。どうでもいいことばかり文字になっていっちゃうんだ。
でもね、僕はそれを無駄だとは思わないよ、こんなことで君とつながっていられるんだもの。それって幸せなことだよね。そしたらいつか言えるかもしれないじゃない、たった四文字「だ、い、す、き」。

 「…この前のアレさ、試してみればいいじゃん。俺らでさ、題して『永遠の友情はありえるのか?どうか』」
君はいつも、ほしい言葉をくれるね。そんな君に僕が、どのくらい感謝してるか君は知ってる?言い切れないくらい、たくさん、たくさん感謝しているんだよ。

 これからも、二人を乗せた電車は走っていくでしょう。
幾つもの駅を通り越して、遥か、遠い未来へ。

「僕たちの十年後の未来に」


 僕らはといえば、相変わらずつまらないことで笑ったり、時々ケンカしたりしている。
お互いに顔を会わせることは、以前のようにはいかないけれど。

 それでも、まだ。

 あの日ポケットにしまった切符は、僕らを乗せていく。

 色褪せはしなかった。
ただ、眩しいくらいに、想い出は遠くで輝く。
永遠が続いていく。

 手を振って、別々の道を行っても、また僕らは出会うことが出来る。
この、まるい世界にいるのなら。

 あの頃の僕は、「絆」っていうのは糸のことなんだって思っていた。
いつか「その目に見えない糸」が解けるんだ、切れちゃうんだって思っていた。でも、「絆」っていうのは、この手のことなんじゃないかって気がついたんだ。
 つないだら、そこに絆があるのが分かるから。キズナを確かめるって握手のことなのかなって、ときどき思う。
 だから、切れたり、解けたりしないんだね。

 いつから大人になるんだろう?なんて、この頃では思うんだけど。自然とならざるを得ないときが、もうきているんだと思う。
 十年なんてのは、あっという間で。本当はこんなに生きているなんて、不思議でしょうがないんだけど。毎日毎日、いろんなことを考えるんだ。
 
 忘れられてしまうのは、やっぱり寂しいのかなって思った。
誰の記憶にも残らないのは、たぶん悲しいのかなって思った。だけど、それもいいかな、とも思うのは事実で。
僕は何のために生まれたのか、それが分かればいいと思う。
「意味」なんてものがあるなら。
「理由」なんてものかあるなら。
僕以外の誰かが、その答えを知っている気がした。
 

幾千の朝も夜も、きみの隣で。
おはようと、おやすみを、きみの中に探す。
それが僕である理由。

少し大きすぎるソファにもたれて、きみのいれた珈琲に微笑んでいた頃が懐かしい。
もう、あれから。どれくらい月日が流れただろう?
少しも変わってないよ、
変われるわけがない。
止まってしまった僕らの時間、きみがいないせい。

探したって何処にもいない、そんなことは解っている。
信じたくない、信じない。
いまだってほら、その扉を開けて、すぐにでもきみが帰ってきそうだから。

幾千のおはようと、おやすみを、きみの隣で。
光と影に、きみの姿を探す。
日に日に薄れていくきみの気配が、悲しい。
ふたりには少し狭い部屋も、いまの僕には広すぎるよ。
入りきらないくらいの、きみとの思い出だけがその隙間を埋めてる。

虹色パレット

虹色パレット

色鉛筆をモチーフにした短編集。 気が付くと話が追加されていたりする不思議な物語。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-08

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著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 夕焼けオレンジ
  2. たんぽぽ
  3. 夏風
  4. KING FIGHRE
  5. 想ひ出、ブルースカイ
  6. 願い星キラリ
  7. 「未来切符。」
  8. 「僕たちの十年後の未来に」