practice(174)
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ケッタがそこで待ち合わせたいと言った時,トンキは電話口で直ぐに場所の変更を申し立てたが,「マジ頼む!」の一点張りで通話状態を切られてしまい,目的は何だ,どこへ行きたい,直接そこでいいんじゃね?という,まったく同じ内容をコピペしたメールもシカトされた。ありとあらゆるラインを通じたメッセージも同じ目にあった。変更不可,ならばこっちも適当に待ってやろう,とトンキは当日,百貨店の正面玄関をくぐればあるインフォメーションが見える玄関の所でケッタを待った。ケッタはそこで待っていてくれ,と言ったのだ。半円のブースの周りには誰も居なくて,ブースの中のお姉さんは制服を綺麗に着こなし,顔を見れば,実際に綺麗である。トンキはそこで待っても良かった気がしたが,初志貫徹,どうせ遅れて来るケッタのことを説明せずに,永遠と友人を待つ,不審な人でないとお姉さんに説明する手間を省いた。最悪,会えればいいのだから,ここで構わないだろう。トンキはスマホでケッタの,「わりぃ,遅れる。」メールを受け取りながら,道を尋ねる外国の方に,尋ねられた場所へのルートをどうにか教えた。ありがとう,という返事に,トンキは曖昧なお辞儀をした。もう一回スマホを見て,近くのコンビニに行くことにした。信号のないところで道路を渡り,路駐した自転車とパーキングメーターとの狭い間を抜け出る。ショルダーのカバンが引っかかり,ちょっと手間取った。一応傷の確認,とカバンを前にして触ると,トンキが渡ったところとは違う,けど信号のない場所で渡るのはティだった。肌寒そうで,でも軽い格好で走っていく。こっちに一回も気付かなかった,とトンキは思ったところで,カバンをお尻に回し,スマホを取り出した。「道交法は守れよ。」,と打って送った。コンビニに入り,飲み物を取り,レジに持っていき,払ってる途中で返信があった。
「あんたもね。」
7円を受け取り,レシートを捨てて,店を出た。勢いよく自転車は歩道を走っていったが,通行人の間でブレーキを鳴らした。トンキはキャップを開けて,ひと口を飲んでから,うっと思い,ラベルを見た。新製品だった。違いはもう少し目立たせて欲しいもんだと,トンキはふた口目を口にして,一気に飲んだ。案の定,むせた。トンキが横断歩道に向かうのはそのせいで遅れた。
ティからのメッセージを開く前に,トンキはケッタを正面玄関の前で捕まえると,妙に気合いの入った格好に,顔つきが決まっていた。短髪の前髪に密かなアレンジが加わってもいる。シャレた感じの紙袋を引っ提げて,ケッタはトンキと遊びには行かない。
「受け取って下さい。」
ケッタからのそれを,半円のブースの中から,インフォメーションのお姉さんは困った顔で見返していた。そりゃそうだろう,とトンキも思う。お姉さんは,
「お客さま,こういうものは頂くわけにはいきません。」
そう言って,やんわりとお断りを入れた。しかしケッタは引き下がらない。上ずる声を抑えて,自分の気持ちなのだと述べた。声量,ってところも気を付けていた。しかし場所が場所だけに,えらい目立つ。ケッタからちょっと距離を開け,様子を見守らざるを得ないトンキは,外からお客が入って来ないか,警備員とか,奥から飛んで来ないかと心配で仕方なかった。お姉さんとも目が合った。妙なチクチクが首元にあるみたいに,気になってしょうがなかった。
「分かりました,お客さま。」
息を吐いたような,提案をしながら,お姉さんは取り敢えずそれをケッタに返した。夕方,今日は早めに帰宅するらしく,その時なら受け取れる。裏に社員用の出入口があるから,そこで待ち合わせましょう。それでいいですか?
ケッタはすぐに返事が出来なかった。だからトンキが代わりに「はい,それでいいです。」と返事をした。取りつく島がない結果に終わってもおかしくなかったのだから,それで納得しろ,とトンキはケッタに言っていた。ケッタは,うん,いや,はい。お姉さんを見て,そうします,シャレた紙袋をどけ,礼をした。トンキも続いて,軽くお辞儀をした。お姉さんもそうしていた。
半円ブースに置かれたパンフレットをめくり,高尚な内容っぽい映画のタイトルを読み,割引券つきの演奏会の案内を元に戻しても,エレベーターの前には誰も来ない。
トンキとケッタは二人で,百貨店から少し離れた映画館で,映画を見ることにした。買いたい物がトンキにはあったが,落ち着かないケッタを連れてぶらついても,と思ったし,時間を潰すには手っ取り早い。二時間半の長めのやつを選んで,チケットをそれぞれ買って,昼飯となるホットドッグやら何やらを,ケッタにおごってもらった。開始時間までなんとなくスマホをいじり,トンキはティに返事をして,ケッタは大事そうに紙袋を提げていた。案内される十五分前に二人して移動して,扉が開くのを待った。入ってからアルファベットの階段を上り,トンキから進んでいって,ケッタがきちんとついて来た。並んで座り,トレイをホルダーに差し込んで,ポテトのケチャップを貰い,ナプキンの数枚をケッタに渡して,二人でジュースを飲んだ。
「あ,やべ。ペットボトルがカバンに入ったままだわ。」
とトンキが言うと,
「飲まなきゃいんじゃね?」
とケッタが言った。ホットドッグを食べながら,トンキはいきさつをケッタから聞き,お前,無理あるだろ?と多少抗議をした。分かってるよ,だからお前を呼んだんだし,とケッタは足下に置いたそれを,蹴飛ばさない位置に隠し,すまん。とトンキに言った。
「まあ,な。」
とトンキはスクリーンを見た。時間のせいか,それとも,この作品がそうなのか,他の客がほとんど入って来なかったが,二人とも気にしなかった。結果のいかんを問わずに,元々予定していた通りに夕飯も一緒にすることにした。場所も決めた。上映時間を迎えて,より見えやすくなった前の席のポツポツとした人影を見て,予告を見て,本編を見た。トンキには難しいところもあったが,概ね楽しめた。一組の年配カップルに訪れたハッピーエンドの兆しが,ハッピーエンドか判断しかねるところだったが。ケッタは一度トイレをしに席を立った。すぐに戻って来て,割りに真剣に見ていた。紙袋はトンキのカバンとともに,空いた席に置かれていた。横向きで。
映画館を出て,二人で屈伸運動をした。
夕方の時間,表と違って忙しい雰囲気たっぷりのそこで,ケッタは無事にお姉さんに渡せた。歳は四つ上だという。少々苦情も言われたが,連絡を取り合う手段も交換して,ケッタは早速その事を謝りたいメールを作っていた。トンキはそれを見て,スマホをいじった。
「なあ,」
「なに?」
「夕飯にさ,ティも呼んでいいか?」
「うん?別にいいけど,なに,あいつ近くにいんの?」
「多分。」
「そっか。別にいいぜ。」
「んじゃ,呼ぶわ。」
「うん。」
大通りに出て,トンキは文字を打ち始めた。その途中,ティからメッセージが届いた。仲良しこよし,ケッタにもヨロシク言っといて。じゃあねー。トンキは周りを探した。百貨店に沿う流れ,から向かい通りの駅へと続く人の数々。隙間を縫うように,軽快に走ろうとする後ろ姿。髪がさらに短くなってやがる。トンキはそう思った。手に持っていた,初めて買ったパンフレットを丸める。
現行犯みたいに大きな声で,名前を呼んだ。
「え,あいつ,そんな名前なの?」と,ケッタが顔を上げて,おまけっぽく驚いていた。
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