会話劇 蝿
「お、蝿か。えい!」
「・・・えい!!」
「痛ったぁ!?」
「あ、生きてましたか。じゃあもう一発」
「いやちょっとまてたんま!図鑑で殴るのはちょっと無理!!」
「虫は教科書で殴るのにですか?」
「はい?」
「虫を殺すのは何故ですか」
「鬱陶しいから」
「では何故、鬱陶しいあなたを殺してはいけないのですか」
「あ、俺鬱陶しいと思われてたんだ」
「鬱陶しくて、面倒臭くて、うざくて、キモくて、およそ、ハエと変わらないスペックですおめでとうございます」
「いっそ殺せ」
「ハエかぁ」
「はい、ハエですよかったですね」
「喜べと?ハエで喜べと?」
「はい。殺したくなるくらいハエです」
「・・・このタイミングで言うのなんだけど、お前のこと結構好きなんだぞ?」
「あら奇遇ですね私もです」
「マジでか!?」
「ハエくらいには」
「ふぁっく!!」
「逆にあなたはどのくらい私のことが好きなのですか」
「めっちゃ好き。容姿も声も思想も生き方も罵詈雑言も、あとは風に乗ってくるパンテーンの香りも含めて全部好き」
「今、ヒエラルキーが変更になりました」
「・・・もしかして俺の思いが少しくらい伝わ」
「蛆にランクダウンです」
「!?」
「なんて事が昔あってさ」
「あはは、女さんらしいね」
「だろー。ごめんな、お前といるのに昔好きだった奴の話してさ」
「いいんだよ。私の好きな君が、その人のこと好きなのなら、私もその人を愛せる」
「お前のそういうとこ好きだわ」
「ありがと」
「あとパンテーンの香りも」
「キモいー」
「お久しぶりですね」
「おう。10年くらいぶり」
「生きてましたか、残念です」
「生きてて悪かったな」
「聞きましたよ、結婚したんですね。できたんですね、ハエでも」
「お、ランク上がってるな」
「10年経ちましたし、蛆も成長しますよ」
「あ、そういう感じか」
「結婚したって事は私の事嫌いになれたんですか?」
「いや無理だった。でも、お前より好きになった奴がいたからさ」
「どんな人ですか」
「容姿も声も思想も生き方も素敵な奴」
「昔聞きましたよそれ」
「罵詈雑言はお前の専売特許だろ。あと、一箇所にてるとこも見つけた」
「?」
「パンテーン」
「相変わらずキモいこと言ってますね」
「ああ、ここは外せないポイントだわ。で、お前は、結婚とかは?」
「予定はないですね。好きな人、いないわけではないんですけれど、この十年、大学とか研究とか忙しかったから」
「そういや研究やってんだってな」
「はい、研究大好きです」
「お前だいぶ丸くなったな」
「太ってないです。痩せました。ばーかばーか」
「いやそういう意味じゃなくて」
「本当言うと3キロ太りました」
「聞いてねえよ」
「聞きましょうよ」
「聞かねえよ」
「ふぁっく!!」
「こうやって・・・お前と話すのは好きだけど、結局今の嫁ちゃんと結婚して俺は間違いなかったって思えるよ」
「私の話を聞かずに語り出すとはいい度胸ですね」
「ありがとうな、あの時。罵ってくれて」
「変態」
「そういう意味じゃねえって」
「なら」
「お前があの日、ああ言わなかったら。俺は嫁ちゃんと結婚してなかったと思うから」
「・・・」
「ありがとう。じゃあ、俺、行くから」
「五月蝿いです。早く消えてください。お元気に失せなさい」
「つれねえな。そうだ、最後になんだけれど、研究ってなにやってんの?」
「好きな虫の研究です」
「ごめんなさい、遅くなって・・・」
「女ちゃん・・・お母さんが、お母さんが・・・」
「娘ちゃん・・・」
「・・・来てくれたのか」
「男君・・・お嫁さんは」
「3時間くらい、前にな・・・お前にも宜しくって」
「・・・・」
「俺、どうすりゃいいんだろうな。娘もまだ小さくてさ、嫁ちゃんとももっとずっといれると思ってたから、先延ばしにしてたこともたくさんあってさ、この先・・・この先・・・」
「・・・・」
「・・・ちゃんと、やってけんのかな・・・」
「・・・・大丈夫です。私も、手伝います」
「女・・・?」
「何かあったら、男君と娘ちゃんを私が助けるって、お嫁さんと約束しましたから」
「娘ちゃん、おはよう」
「女さん、おはようございます!」
「高校卒業おめでとう。大学もちゃんと決まってよかったね」
「女さんに勉強見て貰いましたし、もう100人力です!」
「こう見えても現役大学教授ですからね」
「おぉ、珍しく得意げ!」
「お父さんはまだ寝てるの?」
「はい、昨日は「前夜祭だー」とか言って泣きながらお酒飲んでましたから」
「そう。とりあえず、卒業式には間に合うようにさせるから」
「ありがとうございます」
「いつものことでしょ」
「いえ」
「?」
「お母さんが死んでから・・・、お父さんと私の事。ずっと有り難うございました」
「娘ちゃん」
「じゃあ、私先に行きますから。いってきます」
「お父さんさ」
「ん?」
「いつ女さんと再婚するの?」
「・・・はい?」
「いや、だってねぇ。逆に再婚しない方が不自然と言うか、間違いなく天国でお母さんも大爆笑してるに決まってると言うか」
「・・・」
「女さん、絶対お父さんのこと好きだよ?」
「・・・あいつに昔、蝿程度に好きっていわれたぞ」
「・・・お父さん?」
「なんだよそのジト目は?」
「当時は知らないけどさ・・・蝿メインにやってる昆虫学者さんの、蝿程度って、それなりに好感度高いんじゃない?」
「え?」
「やっほ、男君。20年ぶりくらい?」
「・・・おお、やっほ・・・って嫁ちゃん!?なんで!?」
「あはは、夢だもの。気にしちゃダメだよ。それよりも、再婚おめでとう」
「・・・ごめん」
「なんで、謝るかなぁ。私的にはめちゃくちゃうれしいよ。大好きな二人がさ。それに、娘ちゃんも立派になってさぁ・・・」
「・・・嫁ちゃん」
「男君さ、この夢が覚めても私の事覚えてたら、女さんに、約束守ってくれて、男君を好きでいてくれてありがとうって言っておいてね」
「・・・お願いだから、いかないでくれよ」
「それは、無理。ほら、前向いて。女さんが待ってるよ」
「じゃあね、男君」
「私と寝てるのに、お嫁さんの名前呼ぶとかだいぶビックリなんですけど」
「ごめん、図鑑は勘弁・・・」
「・・・お嫁さんだから、許します。で、夢でも見たんですか?」
「ああ・・・お前にもありがとうっていってた」
「・・・怒ってなかったですか?」
「うん。怒ってなかった。むしろ、喜んでくれた」
「そうですか・・・」
「俺、昔からお前が好きで、けど、嫁ちゃんの事も好きで、娘の事も好きでさ・・・ほんと、しかたねえな」
「おあいこです。私、お嫁さんと娘ちゃん大好きですし」
「・・・俺は?」
「蝿程度には、好きですね」
「おばあちゃん!!」
「あら、いらっしゃい」
「義母さん、ご無沙汰してます」
「おばあちゃん聞いて!あのね、学校の先生がね、夏の虫の観察はハエじゃダメだって言うんだよ!カブトムシにしなさいって!」
「そんな間抜けは、おばあちゃんがどうにかしてやりますからね」
「わーい!」
「お父さんが死んでから、もう3年も経つんですね・・・」
「今頃お嫁さんと、何十年かぶりにイチャイチャしてるんじゃないかしら」
「妬けます?」
「んー、長く私が独占しちゃったから、しばらくはあの人のばんでいいんじゃないかしらねぇ」
「お、珍しく寛大だ」
「長生きすると余裕もね」
「義母さんって」
「はい?」
「いつハエの研究しようって思ったんですか?」
「んー・・・そうね、少なくとも大学行くまでそんな気はなかったんだけど」
「だけど?」
「昔から好きな人を、ずっと好いていようって思って。そしたら、あんまり人が近寄ってこない研究とかいいなと思ったの」
「じゃあ、別段」
「ハエは好きじゃなかったわね」
「・・・」
「私の好きなハエは、まああの人だけだし」
「実娘の前で面と向かってハエよばわりできる義母さんのそういうところが、私は好きでたまらないです」
「それ、お嫁さんにも同じこと言われたわ」
「まあ、いつかまたそのうち、会えるでしょうから」
「?」
「その時はまた、直接詰ってあげることにするわ」
「って、言われてるよ。男くん」
「ん。できるなら、しばらく先に、して欲しいな」
「うん、そうだね」
「だから今はこうやって、たまに帰って見守るだけ」
「私たちに気づくかな」
「夢ならまだしも、起きてるうちにはなぁ」
「みんなで仲良くは、もう少し先だね」
「ずっと、先でいい」
「きゅうりのお馬さんだー」
「お盆だからね」
「馬っていうか・・・これサイドカーみたいになってますけど」
「二人乗りだから」
「・・・お父さんバイク運転できたんだ・・・」
「ううん、あの人乗り物は下手くそだったから。それにひきかえお嫁さんの運転は本当上手だったから・・・もうそろそろ、着いてるんじゃないかしらね」
「お盆くらい、一緒がいいですもんね」
「ああ帰ってるよ。ただいま」
「ただいま帰りました、女さん。娘ちゃん」
「おかえりなさい」
「ーーー」
「・・・って、次に言うのは・・・孫ちゃんが大きくなってからがいいかしらね」
「そう言わず、もっともっと長生きしちゃってくださいよ」
「・・・びっくりしたね」
「・・・ああ」
「嬉しいね」
「嬉しいな」
「さぁさ、スイカも冷えてるから食べましょうね」
「わーい!!」
「私切るの手伝いますよ!・・・お、旦那の奴今頃メールを・・・」
「パパいつくるのー?」
「明日のお昼ごはんまでには来てくれるって」
「パパきたら一緒にといざらすいくの―」
「そしたらおばあちゃん、お小遣いあげないとね」
「婆ちゃん!!婆ちゃん!!母さん、俺お医者さん呼んでくるから!!」
「お願い!!義母さん!!目を開けて義母さん!!」
「・・・ゆっくりおいでね。すぐに来ちゃ、だめだからね」
「おかあさ
「・・・私は、良い家族に恵まれました。生きて、恋して、愛して、良かった」
「よう、久しぶりだな」
「・・・えい!」
「痛ぁッ!!お前、あの世まで図鑑を!」
「生きてやがりましたか、蝿」
「・・・ついに、俺。蝿になったか・・・つうか、死んでるし」
「そうでしたね」
「ああ」
「・・・こういう時は、なんて言えば良いんでしょうね」
「なんか、わかんねぇよな。俺もそうだったし」
「とりあえず、人生まっとうしました」
「お疲れ。娘の事とか色々ありがとうな」
「気にしないで下さい。私の娘でもありますから」
「とりあえず、あっちで嫁ちゃんも待ってるから」
「はい・・・娘ちゃん、今まで、ありがとう。」
「今日は、義母のお別れに御立会いいただき、誠にありがとうございます。きっと、あちらでいつものように朗らかな笑顔で喜んでいる事だと思います。
さて、唐突ではありますが、私の親は3人居ます。父、早くに亡くなった実の母、そして育ての親である義母です。父が再婚するまでは、いつもまわりの大人は「大変だね」と声をかけてくれたものの、正直ずっと義母が面倒をみてくれていたので私は何が大変なのかまったく理解できませんでしたし、かと言ってじゃあ、実の母をないがしろに思った事もありません。
母は、父の事が大好きで、父の歩んできた人生も、父を取り巻く環境も大好きで、父と同じくらい、義母の事が好きでした。だからこそ、父は義母と再婚出来たわけですし、義母もまた、中学時代から秘めていた思いを遂げられたわけで。だからきっと、あちらに行っても3人仲良くしていることでしょう。・・・とりとめのない話になってしまわないうちに軌道修正を・・・すみません、こういうスピーチ苦手なので。あーもー、こんなことなら義母さんに習っておけば・・・
「しまらないな・・・」
「でも、良いこと言ってくれてるよ」
「はい・・・流石は私達の自慢の、娘です・・・」
会話劇 蝿
本作は旧名義の頃にツイッターでアップした作品になります。