X,A ~バッテン:エイ~

○登場人物


【第二警備部】


万里寺 焔  ばんりじほむら。元SAT隊員の男。生真面目で、英雄的。
伊藤 夜絆  いとうよはん。強力なPSI潜在保持者であり、狂人的。

柘榴      ざくろ。高村製薬株式会社が囲う、現代最高の歴史観測能力者の片割れ。


里中 裕一  さとなかゆういち。高村製薬第二警備部部長。甘党で小太りの男。

○1-1


―――1820年2月。第二次産業革命を40年後に控える、アメリカ合衆国サウスカロライナ州グリーンビルに、一人の男が生まれた。
彼の名前はシェーマス=フランクリン=ハルヴァート。後の時代を大きく変えていくことになる、人類史上初めて公的に観測されたPSI(超能力)潜在保持者。
保持していた「歴史観測」能力、通称「Akashic(アカシック)」は本来辿るはずだった文明の科学進化の歴史を、遠い未来の科学技術を持ち込む事で一足飛びさせた。
当時、やっと大陸横断鉄道が開通したというのにも関わらず、ハルヴァートがジョ―ダン産業株式会社技術開発工場を任せられてから5年で、アメリカの科学力は周辺各国のおよそ30年を先取りした。

ハルヴァート博士の登場を追うように、世界にはPSI潜在保持者が観測されるようになった。
ESP(六感能力)と、PK(念動力)。
博士と同様の「歴史観測能力を持った者(アカシックリーダー)」達の力を借りてもなお、その全貌は掴めておらず、時は過ぎ二十一世紀を迎えても解明されていない。

しかし、それが如何なるものなのかもわからぬまま、時代は彼らを有益な資源、もしくは大きな脅威として迎え入れた。
未来を先取りした人類が得たもの。行きつく先はいったいどこなのか?

 高村製薬株式会社は東京に本社を置く製薬会社だ。
自社製造の医薬品から近年ではジェネリック医薬品まで、世界125地域に供給している世界有数の多国籍企業。
800以上にも及ぶ自社製品の中でも最もシェアを集めているのは、ここ3年で大きく伸びた脳科学薬品の分野である。
社会に浸透していた「脳に効く薬は存在しない」という通念に一石を投じた、その独自性溢れる薬品は分野を独走。
この状態は特許権の切れるまで続くと予想されており、昨年の株価は十年前のそれの5倍にまで跳ね上がっている。
そんな優良企業にも、いやむしろだからこそ、ついて回るの明るい話ばかりでなく。政治献金などはまだ生易しい。
孤児を使った人体実験、PSI潜在者の解剖、黒い噂は後を絶たず、その真実は闇の中であった。

「失礼、本日付で第二警備部に配属となった万里寺焔であります。里中部長へお取次をお願いしたい」
「かしこまりました、只今確認の連絡を致します」

 如何にも新調したばかりのスーツ、真新しい鞄。短く切り揃えられた黒髪、そして切れ目で利発そうな顔立ち。男、万里寺焔はこの高村製薬株式会社に入社することになった新入社員である。年齢は32歳、前職は警察官。傍目から見れば異例な中途採用ではあったし、彼自身もまた自分がこの大企業に入社を許されるとは思って無かった為、採用通知が自宅に届いた際には大変驚いたものである。

 おっとりとした見た目に反して溌剌とした喋り方の受付嬢は、内線を使って確認を入れた後、「里中はこれからから参りますので、そちらにおかけになってお待ちください」と、受付デスクの前に置かれた応接用のソファーを指した。ソファーは小さな大理石のテーブルを囲むように4方に設置されており、急な来客はここで処理をするのだろう。焔は礼を言って、それに腰掛ける。柔らかく、身体が沈み込む感覚は悪くは無いが、だらけることを得意としない焔は、あまり長く座っていたいとは思わなかった。

他にする事もないので、周囲に目を配る。広い空間に身をおくとまず状況を確認してしまうのは、警察学校に入ってから習慣化された彼の癖だ。伊達に12年以上、東京に住んでいるわけではないし、出動で企業の高層ビルに呼ばれる事は少なくなかった。むしろ、この日本でもPSI潜在能力保持者による事件が増加傾向にあり、そのようなビルへの立てこもりなどもレアケースでは無くなってきている。しかし、この高村製薬株式会社本社ビルディングは、それらのビルよりも輪をかけて広く、ありていに言えば金がかかっている。この1階ロビーですら、都民体育館もかくやという広さであり、本当にここにいるのが全員社員であるのかさえ疑わしくなるような人の数が常に動いていた。ロビーより上の階は全て吹き抜けとなっており(よく見れば、ガラス壁によって閉じられているのがわかる)、そこにも人、人、人。さらに300メートル上方、ガラス張りになった天井からは、日光がさんさんと降り、ビル内を明るく照らしていた。デザイン面だけでなく照明にまわす電力消費を抑える工夫が窺える。

「・・・流石にあの窓を割って侵入する輩はいないだろうな」

 自分で言っていておかしくなったのか、焔は少し表情を崩した。東京タワーが解体されて既に30年余。
アレよりも大きい建造物は既にたくさん建設されているが、さすがにその真横を届け出のない民間ヘリコプターがかすめたらすぐに警察や警備会社に通報が行くだろうし、なによりリスキーだ・・・万が一侵入犯が空中浮遊や物理通過、物体透過といったPSI潜在保持者だった場合は話は別だが、むしろそのような能力を保持しているならもっと別の場所から簡単に侵入してくるに違いない。現に、4年前の事件の際には、警察の能力保持者に対する危機感や保持情報が少なかったとはいえ、容易にスカイツリーを占拠され、破壊されてしまったのだから。
 この、日本という極東の島国にとって、5年前にアメリカ合衆国NYで発生したPSI潜在保持者による反乱未遂事件は対岸の火事だった。政府関係者は別にしても、それこそ一般市民としては「アメリカのような大国だからそんな事件も起こる」程度の認識しかなかったのである。
 だが、しかし。その一年後。「かの地で起きた同胞達の反乱に感銘を受けた。いまこそ我々の存在をこの国にもしらしめん」という声明を掲げたPSI潜在保持者12名がスカイツリーに侵入。その場に居た従業員や観光客など256名を人質にとり、10時間に及ぶ立てこもりの後、全国民の関心が自分達に向いている事に満足した為か、あるいはもっと他に考えがあったのか、ツリーを根元からばっさりと折って、そのまま倒したのである。
 既に機能が池袋ハイタワーおよび各県に建設されたハイタワーラインへ移譲されていた為、電波被害は軽度ですんだものの、犯人および人質に生存者は無く、それどころかビルが倒れた南東方向約700メートルの建造物・住民・観光客・ライフラインに大きな被害が及んだ。
 政府発表の最終死者数は約1万人超。跡地は慰霊の意もこめて、今もほぼそのまま、一本の傷跡のようにそこに残っている。当時、焔はSATに所属していた・・・彼は12年前、機動隊に配属され、その6年後に大規模テロ鎮圧などを業務としている警視庁特殊部隊、通称SATへと志願・異動となった。
 警視庁は「SAT所属の警官はすべて25歳以下の独身者である」という発表をしているが、その実態は、素養さえあれば別というものであり、当時26歳だった彼のように、その年齢を超えている者は少なくない。というのも、「他言無用・秘密保持」の鉄の掟を守れる優秀な隊員を、年齢が上がった・結婚をしたなどという理由だけで手放せるはずがないからであり、実力だけでなく、精神素養も大きく考慮されるSAT故の風潮だった(かと言って場合によっては命を落としかねないような危険な職場に既婚者が居る・・・などという発表はできない)。
焔が元々警察へと進路を定めたのも、自分の潜在能力の高さを人助けの為に使いたいと思ったからであり、整った見た目が宝の持ち腐れになるほど硬派である内面のせいでこれまで浮いた話も無かった為、彼自身これほど自分向きの職場はないと考えていたし、部隊としても大歓迎だった。

 スカイツリー事件の際、狙撃を担当していた彼は、倒壊と共に崩壊していく街の様子を少し離れたビルの屋上から、スコープ越しに見ていた。唸るような爆音と振動を伴って壊れていく風景。続く悲鳴、サイレンの音。ガス漏れに引火して立ち上がる炎。その様は、まるで地獄絵図。
 自分の目を疑ったが、それは紛れもなく現実のものであり、焔は、そして日本に住むすべての人間は、その時初めて、たった12人でこれだけの大きな人災を引き起こす事の出来るPSI潜在保持者の脅威を自分達の身近に捉えたのであった。
 スカイツリー事件のすぐ後、PSI潜在保持者が国家機関へ入職することを認めないとする条約が国連で可決された。NYでの反乱未遂、東京での大人災を考えれば、万が一、国家機密ををPSI潜在保持の活動家にでも握られる事になれば、NP(非能力者)主権で動いている現代システムが崩壊してしまうと考えるのは当たり前のこと。
多くの潜在保持者や、それを擁護する人権団体が反対したが、押し切る形で条約は施行され、最後まで反対し続け条約にサインしなかったイギリス以外のPSI潜在保持者は公務を辞することとなった・・・勿論それだけでは済まず、社のイメージを守る為などといった名目で、おおくのPSI潜在保持者は仕事先を追われ、いじめ、迫害が横行した。
 時を同じくして、日本でもPSI潜在保持者による特殊事件は急増した。相手がESPであればまだしも、危険な能力を持ったPKを前にしては一般警察などひとたまりもない。自然と焔達SATや、特殊犯罪捜査係SITの活躍の場は増えていった。スカイツリー事件を目の当たりにし、その時何もできなかった焔にとって、PSI潜在保持者による事件を解決する事は助けられなかった人々に対する、たった一つの罪滅ぼしだった。勿論、当初は戸惑いもあった。凶悪事件を起こしたPSIと言えど、見た目も何もかも自分達と同じ人間なのである。逃げるそれを、完全装備したチームで追いつめ、捕縛、もしくは射殺する。グレネードや放水銃だけで済めば良いと何度も祈った。しかし、視聴覚への攻撃を受け付けないESPや、液体を凍らせるもしくは蒸発させるようなPK持ちに対しては、銃を使うしか無くなってしまう。

 初めて焔が殺した潜在保持者は、皮膚硬化能力を持つ高校生の少年であった。家族からの虐待と、学校でのいじめに耐えかねた連続殺人。学校に籠城した彼を逮捕する為に向った警官隊も撃退され、事件を重く見た上層からSATに出動命令が下ったのである。戦闘の末、校舎の半分が崩落、最終的には皮膚硬化速度を上回る速さでの攻撃が必要となり、当時配備されたばかりだった、最新の機関銃での射殺を余儀なくされた。事件の犯人だったと言えど、幼い命を奪った事実は消えない。しかし少年の攻撃によって殺されそうになっていた同僚からは感謝を受けた。
 苦痛だった。功績がたたえられ、班長に任命された。それも、苦痛で仕方なかった。気分が悪くなって、たびたび吐き気を感じるようになり、次第に眠れなくなっていき、体重も10キロ落ちた。医者からは鬱病と診断され、高ストレス下での業務を離れることを勧められたものの、責任感と累積した罪悪感がそれを許さない。
自分はもう戻れないところまで来てしまった。残りの人生もSATとして、生きていくしかない・・・彼自身が、PSI覚醒してしまったのは、そう思うようになった矢先の事だった。
 PSI潜在は、身体変貌型素養でこそない限り、見た目に出る特徴は無いのだから、言わなければ他人にばれる事はない。しかし彼はPSI発現を申告し自ら警察を去った。逃げ出したという自覚はあった。しかしそうでもしなければ逃げられなかったのだ。自分の正義から。罪悪感から。正当な理由でもなければ、逃げられなかった。

「やあ、よく来てくれたね万里寺くん」

 声をかけられて、焔は我にかえる。
気が着くと、彼の傍に白髪交じりで小太りの男が立っていた。外見は、灰色のスーツからのぞく能天気な柄のネクタイも相まって、如何にもダサい中年と言う感じだが、声をかけられるまで焔が気付かなかったのだ。只人でない事は明らかであり、そしてその声には覚えがあった。焔は社から書類が送付されてきた際、確認の為に記載されていた電話番号に問い合わせたのである。その時、電話に出たのがこの声だ。

「はじめまして。私が、第二警備部部長の里中です」
「お初にお目にかかります、万里寺 焔です」

 焔が立ち上がって礼をすると、里中は「流石、元ポリスメン。礼儀正しいね」と茶化すように言って手を差し出してくる。何を求められているのかわからず焔が表情を曇らすと、里中は声を上げ笑って、「握手だよ」と彼の手をとり無理やりふるのだった。

「前の職場ではあまり握手の習慣は無かったかもしれないが、わが社のように様々な国に支社を置く企業内では、手っ取り早く信頼関係を築く為にもこういうスキンシップが重要視されるんだ。覚えとくといいよ」
「ご指導、感謝いたします」
「いいね、面白いよ。うちの部署には今まで居なかったタイプだ」

 「と、言っても。そんなに人数も居ないんだけれどね」と、自分で言って笑いながら、里中は焔の手を離した。彼の高いテンションに、焔は少し苦手意識を持ち始めてはいたものの、これから上司になる人間である以上、それを見せるわけにもいかず、仕方がないので会話の主導権を握ろうと話題を振る事にした。

「里中部長。早速ですが仕事について宜しいでしょうか」
「おお、いいとも。なんでも聞いてくれよ。まぁ、立ち話もなんだし、オフィスに向かって歩きながらにしよう」
 
それに頷いた焔が「それでは行く前に」と、世話になった受付嬢にも一礼をしたところ、そのずれた様子がまたツボに入ったのか、里中は再び大きく笑い、焔は何故笑われているのかもわからず首をかしげるばかりであった。

受付を離れながら里中は、「先に自販機によらせてもらうよ」と、焔に断りをいれた。

「人と話をしているとすぐに喉が渇いちゃってね。奢るよ、ブラックで良いかな」
「恐縮です」

 「ちなみにオフィスにはコーヒーサーバーがあるからね、自由に使ってもらって構わないよ」と、早口で言いながら砂糖増量のボタンを連打する。どうやら里中は、極度の甘党のようだ。その体型も頷けると焔は思いつつ、先に受け取っていたコーヒーに口をつけた。

「お待たせ・・・うぅん、やっぱりコーヒーは甘くないとダメなんだよな、僕は・・・。それじゃあ、気を取り直してオフィスに向かうとして、なんだっけ・・・ああ、そうだ仕事の話だった」

 コーヒーを手に歩きだした里中を追いかける。思ったよりも歩くのが早く、少々遅れてしまったが、すぐに追いついて歩みを合わせる。

「まずお聞きしたいのは、そもそもの業務に関してです。採用通知と共に郵送して戴いた、この社・・・いえ、我が社に関するパンフレットを読ませていただきましたが、その中には警備部門に関する説明がほとんどありませんでした。また、別資料にも、第一警備部が社内の安全管理業務を一重に受け持っているとしか書いておらず、第二警備部の存在およびその業務に関しては何一つ情報が記されていませんでした」

 驚くべき事に、焔は自分が第二警備部という部署に着くと言う情報しか与えられていなかったのである(情報を知らされない、と言う事も驚きだがむしろそれでものこのこ来てしまう彼の律儀さに驚きを禁じ得ない)。警察を退職し、1か月が過ぎた頃。何もしない生活に少し飽きはじめ、それなら医療費や今後の生活費を工面するためにもなにかしらの職探しをしようと思いたったのが、ことの起こりだった。リクルート系のWEBサイトを眺めながら、「前職の経験を生かせる職場が良い」と思い、短期の警備アルバイトを募集していたこの高村製薬に応募した。その1ヶ月後、採用通知が届いたのだが、ふたを開けてみると警備員としての採用では無く、彼を第二警備部という部署へ社員として迎えいれてくれると言うもの。何かの間違いかと思い問い合わせてはみたものの結局採用は真実で、それならと、送られてきた社に関する書類などを熟読してはみたが、なんの記載もない。流石に、怪しいとは思った。しかし、提示されていた給料はSAT時代ほどではないが充分すぎる額であったし、何より自分を必要としてくれる職場につきたいと言う気持ちが強かった。だからこそ、情報もないままこうしてここに来たのである。

 「ああ、その事か。うちの部署が扱っている業務は、この会社に存在するどの部門のそれより、極秘で、重要なんだ。勿論、そういう部署があると言う事は、皆知っているが、実態は誰にもわからない。君にわかりやすく言うなら公安やCIAみたいなものだ。勿論、存在自体は秘密じゃないから当時、部外者だった君にも憚らず書類を送付できた」

 正面から見て、エントランスの右最奥。着いた場所は、エレベーターホールだった。この社には、右最奥、左最奥のホールに6機ずつエレベーターが設置されており、それぞれ到着する階が違うとパンフレットにかかれていた事を焔は思い出す。どうやらちょうど動いたばかりのようで、彼と里中しかいない。上役にボタンを押させるのは礼儀に反すると思い、「何階でしょうか」と聞きながら前に出ようとしたが、操作コンソールを見て、驚いて立ち止まってしまった。そこにあったのはボタンでなく、鍵穴。ぽつんと、一つ。

「我が社には既存の回線とは別に、独自のネットワークが存在していてね。機密情報はそちらに繋がったPCでしか取り扱わない。だから、ハッキングにはめっぽう強い。むしろ怖いのがリアルでアナログな犯罪だ。例えば、不法侵入とか。それを防ぐ為に、社員は全員部署ごとに決まった形の鍵を持っていて、エレベーターも、部署の扉もそれがなければあけられないようになっている。ほら、万里寺くんの分」

里中はポケットから一本、鍵を取り出しこちらに寄越した。ためしに開けてみろ、と解釈した焔は受け取って、コンソールに刺し、廻す。
 がちゃん…ニンショウシマシタ…ホカニゴリヨウニナラレルカタガオラレマシタラキーヲ…
 機械音声に促されるように、今度は里中がキーを入れて認証を行った。二人分の認証を終えたところ、ちょうどエレベーターが返ってきたようで、お決まりのチンっという音と共に扉が開き、二人はそれに乗る。

「行き先も、エレベーターの方が自動でやってくれる。が、一応教えておくとオフィスは地下だ。地下、6階。ようこそ、第ニ警備部へ」

 エレベーターがとまり、扉が開く。どうやらとても小さく造られているようで、そのフロアはぱっと見ても15畳・・・オフィス一つ分の大きさぐらいしかない。中央に円形の、足の短いテーブル。それを囲むようにソファーがあり、少し離れてテレビ、部長席と書かれているデスクと、少し離れてもう一つPCが置かれたデスク。その後ろの壁には書類や書籍の棚(何故かコミックスやゲームのパッケージなども見受けられる)、ウォーターサーバーとコーヒーサーバーが置かれたサイドボード、冷蔵庫があり…オフィスと言うよりはまるでシェアハウスのリビングのようだ。どうやら隣にも部屋があるらしく、厳重な鉄の扉があった。

「里中おかえり。この人が新入社員さん?」

 と、円形のソファーに座った女が声をかけてきた。座っているので誤差はあるだろうが、おそらく背丈は150センチ強。女性というには幾分年齢がたらず、おそらくまだ成人はしていない。一流企業にはそぐわない、奇抜な、まるでハードロックでも嗜むのではないかと言うような格好。セミロングの髪はいかにも染めていますと言う風なピンク、前髪にひとふさ、白のメッシュが入っている。

「ああ、そうだよ。それより柘榴ちゃんは?」
「扉の奥。今さっき、米倉が降りてきて。多分サルベージじゃない?」

 そう言って、女は立ち上がると、焔に向って冗談のように手を振って見せた。

「はじめまして、私は伊藤夜絆。第ニ警備部所属のPSI潜在保持者で、歳は18歳。特技はなかたがいです」
「・・・里中部長、あれは」
「今の自己紹介の通りさ。伊藤ちゃん。この課で働いてくれているうちの社員だよ。美人さんがいる職場でよかったね」
「それよりだ里中、仕事だよ仕事。はよはよ」
「ちょっとまっててね、まだ万里寺くんに説明が途中なんだ・・・まあ、万里寺くん、ソファにでもかけてくれ。話の続きにしよう」
「・・・是非、そうしてください。ますますチンプンカンプンだ」
 勧められるがまま、焔はソファに腰掛けた。何故かすぐ横に夜絆が座り彼の方を見てにやにやしている。
「・・・なにかついているか?」
「いや、おにーさんみたいに男前だと一度見たら忘れないなって思って。もしかしてはじめましてじゃなかったり?」
「君のような奇抜な女も絶対忘れない。だから、初対面だ」

 里中は、自販機の紙カップを握りつぶしてゴミ箱に放り投げると、自前のものかピンクの豚が書かれたマグカップ(「あれ、去年の誕生日に私が買ってやった。似合うでしょ」と、夜絆が耳打ちして来た)を手に取り、コーヒーを入れ直しデスクに着くと。一口飲んで、こう切りだした。

「これから聞く事、見ることは全部ナイショだから」

 口に人差し指を当てる、ナイショのポーズをしながら、里中はさらに笑みを深くする。目は、笑っていない。焔は頷くしかない。

「よろしい。君は、ハルヴァート博士についての知識はもっているかな?」
「ハルヴァート・・・シェイマス=ハルヴァート博士の事でしょうか」
「そう、歴史上初めて公的に観測されたPSI潜在保持者、シェイマス=フランクリン=ハルヴァート博士。彼は、現代に身を置きながら過去現在未来、全ての歴史を観測できる「Akashic」なる能力を持っていて、それにより、科学技術を未来から盗用し、発展させ今の時代の基を築いた。勿論、本来誰かが思いつくはずだった技術を奪って作ってしまうのはいただけないが、しかしそれにより今があるのも事実だ。彼の行為がなければ、今の時代、平成25年はおそらくこんなに発展していなかっただろう。ある科学者が本来辿るはずだった科学進歩を計算してみたところ、どうやら本来僕達は、まだテレビを地上デジタルでみているらしいよ」

 IPS細胞の実用化もまだ無理だったらしいし・・・と、里中は肩をすくめてみせるが、焔は笑いもしない

「・・・今、言ったようにこの世界はハルヴァート博士の未来技術盗用により大きく進歩したが、本来辿るべき歴史は潰えた。そのかわり、僕たちの生きる今の歴史にも未来は産まれた。歴史は常に塗り替えられ、変容している・・・その扉の向こうには、もう一人女の子がいてね。歳は伊藤ちゃんよりもっと若い。名前は柘榴(ざくろ)と言う。彼女は早いうちにPSI潜在保持者である事がわかって、ご家族の手で当社に売られた。ちなみに双子の弟君の名前は瑪瑙(めのう)。彼はイギリスに売られた」

 「突然何を・・・」と言おうとした焔の袖口を、ついついと夜絆がひっぱり、「ここからが大事な話」と呟いた。邪魔せずに聞けと言う事なのだろう。

「柘榴ちゃんと瑪瑙君は、ハルヴァート博士と同じ「歴史観測能力者(アカシックリーダー)」だ。しかも、類を見ないほど広域で、正確に歴史を観測する事が出来る。「歴史観測能力者」は他にも沢山いるが、現代で二人に敵(かな)う能力者はいない。そりゃあ、僕達からみたら、はるか過去遠い未来の日付と曜日と天気がわかる「観測者」だって凄いが、二人は天気なんてものだけではなく、起こるすべての現象を、寸分たがわず拾ってこれるんだ」
「・・・今のお言葉で理解しましたよ、高村製薬株式会社の急成長の理由を」
「察しが良いね。そう、彼女はうちの社に未来技術をあたえてくれる協力者だ。さながら、ジョ―ダン産業と合衆国に富と力を齎したハルヴァート博士のように。ちなみに瑪瑙君は、今頃バッキンガム宮殿にいる。王室に入った日本人は彼が初めてだろうね」
「どおりでイギリスが条約に頷かなかったわけだ・・・すると、この第ニ警備部の仕事は彼女の身辺警護?」
「そう・・・でもそれだけじゃない。僕達の仕事は、彼女自身だけでなく、彼女の予知した未来を警護する事だ」
「未来?」

話を聞くのに飽きたのか、夜絆は立ち上がって冷蔵庫に直行すると、中からカスタードプリンを取り出して食べ始める・・・「ちょっと、伊藤ちゃんそれ僕の」「里中は、喰わずに痩せろ」「上司に向って失礼だね君は」・・・その間、焔はここまで聞いた話を、かみ砕いて咀嚼する。

1、第ニ警備部の護衛対象は、PSI潜在保持者で柘榴という少女。
2、彼女は未来を観測する能力を持っており、この会社もそれでのし上がった。
3、彼女自身、そして彼女自身が視た未来を守る事が自分の仕事になる。

「未来は、簡単に変えられる。例えば、昨日。今日ここに君が来るという未来を誰かが観測して、君を殺しそれになり替わったとする。そしたら、君が起こすはずだった未来は改変され、君になり済ました別の人間のいる未来がしかれる事になる。一般人の生き死になんかはどうだっていいが、困るのは天才的な人間や発明の未来だ。柘榴ちゃんは観測の天才だが、科学者では無い。観測した情報は少しずつしかサルベージ出来ない。しかし、その途中に未来が改変され、例えば他の人物が、それを考案した未来に書き変わったとしたら?さらに、他の会社が雇っている観測者に横取りされてしまったら?宜しくないだろう?そうならない為に、彼女以外の観測者による歴史観測を阻止し、場合によっては関与者を殺害する事で未来を安定化させる。それが、僕達の仕事だ」
「ちょっと、待って下さい、殺害?一企業がそんな事をしたら」
「タダじゃすまないって?そんな事、人身売買だってやってるのに今さらじゃないか。君が知らないだけで他社でもやってる。うちに関しては政府の下請けもやっているからね、お墨付きもあってまだクリーンだ」
「・・・」
「それに、ここまで聞いておいて、業務が想像と違っていたからなんて大人の世界じゃゆるされないってわかってるでしょう?・・・そろそろなんで自分が社員にしてもらえたか理解したね、元SATのヒーローにして、PSI潜在保持者の万里寺 焔くん」

 嗚呼、心の中で強くここに来た事を早くも後悔した。いや。おそかったのかも。
 この場からは逃げられそうもなく、そして、運命からも、逃げられなかった。
 SATから、この場所へと勤務先を変えただけで、自分はまた人殺しをさせられる。

「改めて、第ニ警備部へようこそ」



                                                                                1-1  end

X,A ~バッテン:エイ~

X,A ~バッテン:エイ~

歴史観測能力者によって、大きく歪んだ「現代」。 企業が、それぞれの「都合の良い未来」を守るために「殺人者」を放つ狂った世界構造によって、 翻弄されていく、元警察官の男と二人の少女。 命を犠牲に未来を掴むことを求められた三人が至る果ては? これは、罰へと至る咎の歴史、そのはじまりの物語である。

  • 小説
  • 短編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-08

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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  1. ○登場人物
  2. ○1-1